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Episode➃ 最後の一滴

第18章|ビラ配り <7>1日目 シューシンハウスのモーレツ社長

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<7>


-《とにかく働け。夜討ち朝駆けの精神を忘れるな。寝食を忘れて働くべし。》-

-《お客様が、営業マンからの頼みを断れなくなるまで、深く懐に入り込め。》-

-《客の顔色を見過ぎてはいけない。巻き込め、巻き込め、巻き込め。》-

-《他社との軋轢を恐れてはいけない、喧嘩上等である。営業とはすなわち戦だ。》-


 そんな社長の現役時代の得意技は、通称『マムシ戦法』だったという。


-《競合他社があれば、客の家の前で待ち伏せをせよ。打合せを終えた他社営業マンが客の家を出たら、すぐさま客に喰らいつけ。絶対に引き下がらず、契約を奪い取れ。》-……


 家は、普通の人にとって人生最大、かつ、一度きりの買い物である。客はおのずと慎重になり、通常は数社で相見積もりを取る。

クロージングが近づくと、家族揃って話を聞ける日に数社の営業マンと時間をずらして約束し、順番に説明を受けて候補を絞り込んでいくことが多い。

一社あたり数時間かけて話し合うことも珍しくないので、17時からA社、19時からB社……とやっていると、打合せは夜半にずれ込み長丁場になる。
こういう時、最も遅い時間からスタートする最終枠は、営業マンにとって、商談がやりやすい時間帯になる。

最終枠が営業マンに有利なのは、客に次のアポがないからゆとりがあり、他社の提案内容や値引きの譲歩ラインを踏まえて、図面の修正提案、価格の作戦変更などが行えるためである。

特に、ほぼ建て売りと代わり映えのしない量産型の規格住宅や、コスト最重視の客については、最終タームの相見積もりで遅い時間帯の面談枠を取れるかどうかが成約の勝敗を分ける。

しかしそのパターンを分かっているのは他社も同様なので、最終枠はなかなか取ることができない。


そこで「シューシンハウス」創業者は考えた。

客が最終枠を取らせてくれないのなら、最終枠の後に奇襲をかけ、自ら、と。


社長は、狙った見込み客を定めると、じっとその家の前に張り付いておき、他社の営業マンがすべて商談を終えて出てきたタイミングを見計らい、すかさず客の家に夜訪をかける方策を得意としていた。

そこまでの打合せで関係を築いていれば、客は大抵、一応はドアを開けてくれる。そして客の玄関先まで割り込んだら、
“今日中にウチに決めて頂けるなら、さらに有利な条件までお値引き致します。何時間でもこのままお待ちしますから、どうかご家族で話し合ってください”
などと粘って、競争相手を出し抜き、成約をもぎ取るのである。
これが社内では通称『マムシ戦法』と呼ばれているやり方である。


正直なところ俺は、この『マムシ戦法』は、非常識の域に踏み込んでいるんじゃないか、と思う。

とにかく自社で家を建ててもらうために、打ち合せを終えた見込み客の疲労も都合もお構いなしで、約束無しに自宅に押しかける、という手法は、売りたい側のエゴ、自分勝手が行き過ぎているのではないか? と。


だが事実として、一部の客にはマムシの執念が効いたようで、創業社長は数多あまたの家を売りまくることに成功し、ここまで会社を大きくしてきた。


このような成功体験が社長のいしずえとなっている以上、「シューシンハウス」では、相手がお客様だろうが、自社で雇っている営業マンだろうが、プライベートな予定や都合などお構いなしに押しまくって営業をかける・かけさせることは、正当な手法と位置づけられている。

そして、狙いを定めたら金を吐き出すまでは喰らいついて離さない、遠慮のないしつこいスタイルも、「シューシンハウス」では“誠意ある営業マンの、積極的で好ましい所作”として歓迎されている。



……しかし。


そこまで熱心に売り込んで契約を取っているくせに、営業が契約のハンコを取りつけたが最後、次はできる限り安い値段に値切って、地場の工務店や一人親方に工事を丸投げしてしまう。

「シューシンハウス」は、とにかく安くやってくれれば誰でもいいと、コスパ重視で人夫をかき集める。

運良く腕のいい職人が当たれば問題は起きないが、普通は、儲けの少ない安い仕事、タイトすぎる工期、現場を抱えすぎて連絡の取れない現場監督、打ち合わせの不足などが、職人のモチベーションを下げてしまう。

そもそも「大工」を名乗るのに特別な資格や研修はいらないので、安請け合いしてくれる“自称・シューシンハウスの職人たち”には、職人とは呼べない水準の者が混じってくる。
当然、手抜き工事やいい加減な仕事も増える。

そのため、完成後の客からのクレームが非常に多いのだ。

打ち合せや図面と仕様が違っている、仕上げが雑、という指摘は日常茶飯事。
水漏れするとか、新築の床が傾いていたとかもよくある話。
建ててから別の専門家に見てもらったら違反建築だと言われた、という事例もあった。


だが不備が発覚する時期は、大抵が引き渡し完了後であり、その頃には費用は全額入金済みである。

会社にとって、もう一度同じ客に家を買ってもらう可能性は高くない。
いったん手に入れたあとの獲物に、社長は全く興味がない。

家が完成する頃には、大半の営業マンはきつい仕事に耐えられず退職しているか、異動させられるかしているので、契約当初の約束内容は確かめようもない。

有名芸能人を起用したCMで知名度を上げておいて、その実態は安さだけが強みという「シューシンハウス」を選んで家を建てようと決めてしまう情弱B層/D層の顧客には、狡猾な企業と渡り合うほどの知恵も、弁護士を雇う金もない。

必然的に客の立場が弱くなりがちな構造があり、クレームを入れたところで、のらりくらりと曖昧な返事で放置されれば諦めて泣き寝入りすることになる。


強烈な成約への熱意と、羊頭狗肉のサービス。


このような二面性が、社会的成功をおさめながらも、社長はサイコパスだ、アイツは大嫌いだ、と各方面から陰口を言われてしまう所以ゆえんであろう。



――――-《お客様に幸せなマイホームを提供する。》-


しらじらしい会社のスローガンも、こんな舞台裏を知っていれば、『お客様のために』の美辞麗句の裏に、社長の『お前らを養分にしたい』というエゴイズムが透けて見える。

お客様じゃなくて、、客や従業員を巻き込んでるだけだろ? と……。




それでも「シューシンハウス」は、目標必達に向け命を削って働く強烈な営業部隊と、広告宣伝への課金を武器に、住宅業界でそれなりの地位と知名度を築いてきた。

本業の住宅販売以外で不良債権を抱えてしまい、一時は倒産寸前に陥ったが、社名変更を強いられながらも超大手のHOZUMAに買い取ってもらえたのも、貪欲な資本主義社会では“とにかく商品を売ってしまえる能力”が、強烈な価値を持つことの表れではないだろうか……………。

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