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Episode② 港区ラプソディ
第9章|弱肉強食の世界 <34>「多様性と会社」密森さんの考え
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<34>
なんとコメントしていいか、わからない。
会議室の机を挟んで私と鈴木先生がしばらく黙って座っていると、その静けさを切るように、密森さんが妙に明るい声で言った。
「…………我々『ジュリー・マリー・キャピタル』は、多様性を大切にしている会社です。
でもたまに、“多様性を認める”とか“個人の事情に配慮する”っていうと、ひと昔前に流行った、“皆で手を繋いで徒競走、全員一等賞”…………みたいな世界線だと、誤解する方がいらっしゃるようなんですよ。
もちろん、人権はどんな人間にも等しく存在してますから、個性の違いは当たり前に認められてしかるべきだ。
しかし労働の場においては、多様性を認めるならば、その引き換えに必ず『公正な評価』が必要となりますよね?
会社に対して、いくら利益をもたらしたのか。
どんな価値や、新しい視点を提供したか。
そこを軽視して、“多様性”だけを一方的に認めていれば、事業は早晩、成り立たなくなってしまいます。
多様性を認めるということは、裏を返せば、性別、年齢、学歴職歴、国籍、人種、思想信条、病気や障害の有無…………どんなバックグラウンドも、すべてフラットになっていくということであり、会社への貢献度を軸に優劣が評価される実力主義の世界にするっていうことだ。
つまり”多様性を認める”ということは『革命的な転換』でもあり、結構、過激な話なんです」
密森さんが話している内容はわからなくもないけれど、彼の言う通り、差別なく誰でも参加できる代わりに会社への貢献度で厳密に評価される時代がやってくるんだったら、働く人々が晒される競争のレベルは、今よりもずっと激しくなるように思える。
少しボーっとしたタイプの、私や私の家族みたいなタイプは、無事に働いて生きていけるのか心配になる話だ。
「僕自身はね、多様性が尊重され、バックグラウンドに関わらず健全な競争ができる社会がいいと思っています。
ただ、果たしてそれが万人にとってのユートピアなのかっていうと……………
突き詰めていくと、どうなのかな? それは正直、わかりませんよね………
ま、どうせ僕らくらいの年齢の世代は逃げ切れるから、どっちでもいいんですけどねェ」
ニヒルっぽく、密森さんが笑った。
「密森さんのお考えは、承りました」鈴木先生が感情を込めずに返した。「本日のご用件は以上でしょうか」
「おっと、長々と語ってしまった。失礼致しました。それでは僕は、これにて失礼致します」
****************************
エレベーターを待つ去り際に、密森さんが私に耳元で囁いた。
「江鳩の事も、それ以外も、僕は人事的なジャッジを求められるとき、迷ったら原点に立ち返ることにしているだけなんだ」
“―――会社への貢献ができているのか? 会社に具体的に何円の利益をもたらしたのか? ”
「だから里菜さん、僕のことあんまり、『怖いオジサン』みたいに、思わないでほしいんだよなァ…………」
エレベーターに乗り込んだ密森さんは、振り返ると私達に笑顔を見せて、右手を軽く上げて挨拶した。
扉が閉まる直前、一瞬、密森さんと視線が合い、彼がウインクするのが見えた。
…………なぜだろう。
なんとなく、私はあの人を好きになれない、という気持ちがある一方で、
密森さんの残した言葉は、しばらく、やけに耳にこびりついて残った。
なんとコメントしていいか、わからない。
会議室の机を挟んで私と鈴木先生がしばらく黙って座っていると、その静けさを切るように、密森さんが妙に明るい声で言った。
「…………我々『ジュリー・マリー・キャピタル』は、多様性を大切にしている会社です。
でもたまに、“多様性を認める”とか“個人の事情に配慮する”っていうと、ひと昔前に流行った、“皆で手を繋いで徒競走、全員一等賞”…………みたいな世界線だと、誤解する方がいらっしゃるようなんですよ。
もちろん、人権はどんな人間にも等しく存在してますから、個性の違いは当たり前に認められてしかるべきだ。
しかし労働の場においては、多様性を認めるならば、その引き換えに必ず『公正な評価』が必要となりますよね?
会社に対して、いくら利益をもたらしたのか。
どんな価値や、新しい視点を提供したか。
そこを軽視して、“多様性”だけを一方的に認めていれば、事業は早晩、成り立たなくなってしまいます。
多様性を認めるということは、裏を返せば、性別、年齢、学歴職歴、国籍、人種、思想信条、病気や障害の有無…………どんなバックグラウンドも、すべてフラットになっていくということであり、会社への貢献度を軸に優劣が評価される実力主義の世界にするっていうことだ。
つまり”多様性を認める”ということは『革命的な転換』でもあり、結構、過激な話なんです」
密森さんが話している内容はわからなくもないけれど、彼の言う通り、差別なく誰でも参加できる代わりに会社への貢献度で厳密に評価される時代がやってくるんだったら、働く人々が晒される競争のレベルは、今よりもずっと激しくなるように思える。
少しボーっとしたタイプの、私や私の家族みたいなタイプは、無事に働いて生きていけるのか心配になる話だ。
「僕自身はね、多様性が尊重され、バックグラウンドに関わらず健全な競争ができる社会がいいと思っています。
ただ、果たしてそれが万人にとってのユートピアなのかっていうと……………
突き詰めていくと、どうなのかな? それは正直、わかりませんよね………
ま、どうせ僕らくらいの年齢の世代は逃げ切れるから、どっちでもいいんですけどねェ」
ニヒルっぽく、密森さんが笑った。
「密森さんのお考えは、承りました」鈴木先生が感情を込めずに返した。「本日のご用件は以上でしょうか」
「おっと、長々と語ってしまった。失礼致しました。それでは僕は、これにて失礼致します」
****************************
エレベーターを待つ去り際に、密森さんが私に耳元で囁いた。
「江鳩の事も、それ以外も、僕は人事的なジャッジを求められるとき、迷ったら原点に立ち返ることにしているだけなんだ」
“―――会社への貢献ができているのか? 会社に具体的に何円の利益をもたらしたのか? ”
「だから里菜さん、僕のことあんまり、『怖いオジサン』みたいに、思わないでほしいんだよなァ…………」
エレベーターに乗り込んだ密森さんは、振り返ると私達に笑顔を見せて、右手を軽く上げて挨拶した。
扉が閉まる直前、一瞬、密森さんと視線が合い、彼がウインクするのが見えた。
…………なぜだろう。
なんとなく、私はあの人を好きになれない、という気持ちがある一方で、
密森さんの残した言葉は、しばらく、やけに耳にこびりついて残った。
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