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Episode② 港区ラプソディ
第9章|弱肉強食の世界 <32>吉田弁護士と副社長高根の会話
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<32>
渋谷駅近く、某喫茶店。昼下がり。
高根と弁護士の吉田が、テーブルに向かい合って座っていた。
「吉田先生、その後、例のポンジ・スキーム詐欺事件についてはどうですか」
高根が訊いた。
「あー、あの件ですか。南野さんに色々と詐欺師の情報をお聞きしましたのでね。私から弁護士会への照会を行い、返答待ちです。
あれだけ手がかりがあれば、弁護士会経由の照会で、ある程度、相手の身元が割れるでしょう。色々な切り口から攻めて住所までわかれば、無視を決め込まれても、公示送達などを駆使して訴訟を起こせると思います。
あとは、もともと紺野トモコさんが投資資金の振り込み先として教えられていた、詐欺師の銀行口座も一応、弁護士会経由で照会しておきましたけどねぇ……。
だいたいポンジ・スキームや振り込め詐欺や、ロマンス詐欺なんかでは、振込用に指定された銀行口座があっても、辿っていくと所有者の身元がハッキリしないこともよくありますから。“飛ばし”の架空口座の可能性が高い、といったところでしょう。
今回、足立さんが南野さんに情報を聞いてあげなければ、ほぼ泣き寝入りだったと思いますよ」
「へぇ……。先生、一般的にこういうポンジ・スキームの詐欺では、どの程度の確率でお金を取り戻せるんですか?」
「まぁ、良くて1-2割といったところでしょう。そもそもポンジ・スキームに騙されるような人間は、詐欺に遭ったら弁護士に頼ろう、という知識すらないこともありますから。というか、これだけ情報が溢れている社会で、いまだに典型的な投資詐欺に引っかかる方が問題ともいえるんだけど、詐欺師って生き物は、絶妙に人間心理を突いてきますからね」
「詐欺師に身ぐるみ剥がされて、さらに弁護士費用もかけて訴訟とは……あのお嬢さんも大変だ」高根がつぶやいた。
「手付金で15万円。成功報酬は、取り戻せた金の30%……。ウチは良心的な値段で引き受けてるほうですよ。
ただ、訴訟までは起こせそうだが、金を取り戻せるかどうかはわからないなぁ。まぁ、私にも、弁護士としてのプライドがありますからね。今回の件は可能な限り、紺野さんの力になりたいとは思っていますが……」
「場合によっては、一円も戻らない可能性もあるってことかァ……」
高根の言葉に、吉田弁護士は冷水を一口飲んだ。
「そういうことも、ありますよ。
本当はね、こういうのは火がついてから消すよりも、火事にならないようにすること、ボヤ騒ぎのうちに火消しすることの方が大事なんだ。それはおたくの、『株式会社E・M・A』がやっている、産業保健の仕事だって、きっと同じでしょう?」
「ええ。特にメンタル不調社員がらみの事案なんかは、端から見ているだけでも、色々と難しそうだなと感じますよ。いったん揉めると、年単位でやりとりしていることもありますからね。予防と早期対処が何より大切だと思います」
「我々と同じだね。だから会社は顧問弁護士を雇うんだ。ところが、平常時から専門職に相談しておくための必要経費をケチったり、そもそも弁護士の使い方が全く分かってない企業も多いから。
そういう会社に限って、トラブルを起こして火が燃え盛ってから泣きついてくることがあるけど、事が大きくなってから頼まれちゃあ、今更もうどうしようもない、ってケースもあるんだよな………。
ところで……足立さん、だったかな。あの子でしょう? 高根くんが前に言っていた、未経験の保健師ってのは……」
「そうです。緒方社長が連れてきたド素人保健師は、彼女です」
「新人なのに、いきなり会社を巻き込んで、面白い子だね」
「面白くなんか、ありませんよ。今回、本人には、会社に迷惑をかけるとクビになることもある、と話しておきました。“余計な騒ぎを起こして迷惑かけると、追い出されるぞ”、という警告の意味で」
「お友達を助けたら会社から睨まれてしまうなんて、さすがにちょっとかわいそうだな。この程度じゃ、足立さんを解雇する事由にはならんでしょう」
「まぁ僕としては、今回の件を理由に退職させる気はもともとありませんけどね。どちらにしろ足立さんは期間限定で雇い入れた契約社員ですので、その必要も特にありませんし。ただ、会社にトラブルを持ち込まれて、我々の計画に影響が出るのも困りますので。釘を刺したまで、です」
「ふうん。そうですか。ま、高根くんならきっと、色々と問題なく終わるように調整してくれると信じていますよ」
「ははは。ありがとうございます。吉田先生」
高根が笑い、冗談めかした様子で深々と頭を下げたが、そのとき、彼の携帯電話が鳴った。
「あ、メールだ。すみません。ちょっと失礼します」
「どうぞどうぞ。遠慮なく見てください」
「…………。『ジュリー・マリー・キャピタル』からのメールでした。
例のポンジ・スキームの件、ちょっと変わった“副作用”が起きたようですね……」
「副作用? 」吉田が怪訝な顔をした。
渋谷駅近く、某喫茶店。昼下がり。
高根と弁護士の吉田が、テーブルに向かい合って座っていた。
「吉田先生、その後、例のポンジ・スキーム詐欺事件についてはどうですか」
高根が訊いた。
「あー、あの件ですか。南野さんに色々と詐欺師の情報をお聞きしましたのでね。私から弁護士会への照会を行い、返答待ちです。
あれだけ手がかりがあれば、弁護士会経由の照会で、ある程度、相手の身元が割れるでしょう。色々な切り口から攻めて住所までわかれば、無視を決め込まれても、公示送達などを駆使して訴訟を起こせると思います。
あとは、もともと紺野トモコさんが投資資金の振り込み先として教えられていた、詐欺師の銀行口座も一応、弁護士会経由で照会しておきましたけどねぇ……。
だいたいポンジ・スキームや振り込め詐欺や、ロマンス詐欺なんかでは、振込用に指定された銀行口座があっても、辿っていくと所有者の身元がハッキリしないこともよくありますから。“飛ばし”の架空口座の可能性が高い、といったところでしょう。
今回、足立さんが南野さんに情報を聞いてあげなければ、ほぼ泣き寝入りだったと思いますよ」
「へぇ……。先生、一般的にこういうポンジ・スキームの詐欺では、どの程度の確率でお金を取り戻せるんですか?」
「まぁ、良くて1-2割といったところでしょう。そもそもポンジ・スキームに騙されるような人間は、詐欺に遭ったら弁護士に頼ろう、という知識すらないこともありますから。というか、これだけ情報が溢れている社会で、いまだに典型的な投資詐欺に引っかかる方が問題ともいえるんだけど、詐欺師って生き物は、絶妙に人間心理を突いてきますからね」
「詐欺師に身ぐるみ剥がされて、さらに弁護士費用もかけて訴訟とは……あのお嬢さんも大変だ」高根がつぶやいた。
「手付金で15万円。成功報酬は、取り戻せた金の30%……。ウチは良心的な値段で引き受けてるほうですよ。
ただ、訴訟までは起こせそうだが、金を取り戻せるかどうかはわからないなぁ。まぁ、私にも、弁護士としてのプライドがありますからね。今回の件は可能な限り、紺野さんの力になりたいとは思っていますが……」
「場合によっては、一円も戻らない可能性もあるってことかァ……」
高根の言葉に、吉田弁護士は冷水を一口飲んだ。
「そういうことも、ありますよ。
本当はね、こういうのは火がついてから消すよりも、火事にならないようにすること、ボヤ騒ぎのうちに火消しすることの方が大事なんだ。それはおたくの、『株式会社E・M・A』がやっている、産業保健の仕事だって、きっと同じでしょう?」
「ええ。特にメンタル不調社員がらみの事案なんかは、端から見ているだけでも、色々と難しそうだなと感じますよ。いったん揉めると、年単位でやりとりしていることもありますからね。予防と早期対処が何より大切だと思います」
「我々と同じだね。だから会社は顧問弁護士を雇うんだ。ところが、平常時から専門職に相談しておくための必要経費をケチったり、そもそも弁護士の使い方が全く分かってない企業も多いから。
そういう会社に限って、トラブルを起こして火が燃え盛ってから泣きついてくることがあるけど、事が大きくなってから頼まれちゃあ、今更もうどうしようもない、ってケースもあるんだよな………。
ところで……足立さん、だったかな。あの子でしょう? 高根くんが前に言っていた、未経験の保健師ってのは……」
「そうです。緒方社長が連れてきたド素人保健師は、彼女です」
「新人なのに、いきなり会社を巻き込んで、面白い子だね」
「面白くなんか、ありませんよ。今回、本人には、会社に迷惑をかけるとクビになることもある、と話しておきました。“余計な騒ぎを起こして迷惑かけると、追い出されるぞ”、という警告の意味で」
「お友達を助けたら会社から睨まれてしまうなんて、さすがにちょっとかわいそうだな。この程度じゃ、足立さんを解雇する事由にはならんでしょう」
「まぁ僕としては、今回の件を理由に退職させる気はもともとありませんけどね。どちらにしろ足立さんは期間限定で雇い入れた契約社員ですので、その必要も特にありませんし。ただ、会社にトラブルを持ち込まれて、我々の計画に影響が出るのも困りますので。釘を刺したまで、です」
「ふうん。そうですか。ま、高根くんならきっと、色々と問題なく終わるように調整してくれると信じていますよ」
「ははは。ありがとうございます。吉田先生」
高根が笑い、冗談めかした様子で深々と頭を下げたが、そのとき、彼の携帯電話が鳴った。
「あ、メールだ。すみません。ちょっと失礼します」
「どうぞどうぞ。遠慮なく見てください」
「…………。『ジュリー・マリー・キャピタル』からのメールでした。
例のポンジ・スキームの件、ちょっと変わった“副作用”が起きたようですね……」
「副作用? 」吉田が怪訝な顔をした。
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