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Episode② 港区ラプソディ

第7章|六本木の超高級カラオケ店 <5>私のサブスク??

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<5>

 コンシェルジュがいなくなると、食事タイムになった。
イシダさんがすぐ隣で、うめぇと言いながら、音を立ててピザを食べている。

 ちらりとトモコを見ると、いつの間にかトモコの腰に、カラスさんの腕が回されていた。トモコが丸いワイングラスをツンと持っている姿は、友人から見ても色っぽい。今日、私、トモコと一緒に帰れるかな?


 タカさんとMiekoさんは食事も早々に、カラオケの端末をいじりはじめている。
こんな豪華な食事なのに、あんまり興味がないのだろうか。

私は和牛ステーキを口に入れた。めちゃくちゃ柔らかくて、とろけるように美味しい。味付けも絶妙だ。


「んー……お、美味しいっ。もうちょっと食べよう」
食い気にエンジンがかかってきた私に、イシダさんが言った。


「ねぇ。さっきの話。リナちゃんの『イースタ』。見せてよ」


「え……あ、はい……いいですよ」私はスマホを取り出した。


 私の『イースタ』は、フォロワー数が13人しかいない。載せている写真がいまいちなのは、自覚している。


「…………これって……。写真、少なくない? 載せてるのもさ……“100均で買ったオシャレなマグカップ。ドヤ”、“590円のTシャツ、SALEでゲットしたぞ~嬉しい♥”、“道路で見た野良猫。今日お金ないから猫缶あげられないよごめんね”……って、これさ……なんか……なんか……」
私のスマホを見たイシダさんは、画面を真顔で見つめている。


「なんか、なんですか?」
どうせ、ダサいって言うんでしょ、と思って、テーブルの料理を追加で自分のお皿に取り分ける。んー。カラスミのピザも、激ウマである。


「……オレさ、リナちゃんに今、出会いの運命、感じちゃったわ」

「え、、、えっ!?」


――――う、う、運命ィ――――……!??


イシダさんが、私のほうに向き直った。
「……リナちゃん。オレ実は、“東京貧困女子”の社会問題に興味があってさ。リナちゃんみたいな、貧乏だけど東京で頑張ってる女の子の事が、ずっと気になってたんだ」


「あ……はぁ……」


今日会ったばかりなのに“貧乏”と断言してくるなんて、イシダさんって失礼な人だな、と思ったけれども、私の『イースタ』がイケてなさすぎるせいか……と少しわが身を振り返った。


「だからさ、これマジな話なんだけど。ひと月3万でさ、サブスクで……オレと契約しない?」

「は?サムフク??」頬張ったステーキが邪魔をして、モゴモゴしてしまった。

「うん。リナちゃんの生活の様子とか、もっと知りたい」

「別に、お話だけなら、いくらでもお聞かせしまふけど……ムグっ」

喉にステーキが詰まりそうになって、慌てて水をググっと一気に飲んだ。
ん?? これ水じゃない。ワインだ。私、そんなにお酒強くないのに……。


「イシダさんと私で、サブスク契約って、どういうことですか。サブスクって、1か月に一定の料金で、サービスを受け放題……、ってことですよね」私が訊く。

「うん、だから、1か月に3万円払うからさ、東京女子の生活のリアルをさ、話して聞かせてほしいんだよぉ」

 ヘンな話だ。インタビューがしたいなら、色んな子に話を聞けばいいのに。

テーブルの上のトリュフグラタンを取ろうとしたついでにMiekoさんとタカさんに助けを求めようとしたけど、2人はカラオケ曲の選定に夢中みたいだった。


「でも私……”貧困”っていうほどは、お金に困っていません」


 確かに、ここまでの人生に色々な出来事があって、私は貧乏だ。
同じ時期に看護学校を卒業したトモコと比べて、圧倒的にお金がない。
だけど、私は、住む家がない、食べ物がない、っていう状態じゃない。
もっと困っている人は、いくらでもいると思う。


「ほんと? じゃ、貯金、いくらあるの?」

「……ウッ。たまたま、今は貯金、ほぼないですけど……これから仕事して貯め……」

「頼れる彼氏か、スネかじれるお金持ちのご両親、いる?」

「それも……い、いませんけど」

「でしょ。それって、、ってことだよ。もし病気でもして、ナースとして働けなくなったら、来月からすぐ、家賃とか色々どうすんの? ってなる状態だよ」


「それは……そうかも……しれませんね」



――――“もしでもして、ナースとして働けなくなったら、色々どうすんの? ”


……イシダさんの放った言葉が、脳裏にこびりつく。



看護学校を卒業して、ナースになって、地元日高の精神科病院で働いていた。でもある事件をきっかけに、私は時々、奇妙な症状が出る体質になってしまった。

 しかも、理由わけあって私は、北海道日高の実家に身を寄せることができない。実家には、滞在しても3日が限界なのだ。だからしばらく、実家には帰っていない。


「オレさぁ、リナちゃんのこと凄く気に入っちゃったんだよ。オレが渡す3万円で、リナちゃんは生活にゆとりができるし、オレはリナちゃんのこともっとよく知れる。これ、Win-winの関係だよね?」イシダさんが続けた。


(今日出会ったばかりの私に?? お話しするだけで、月3万円……??)


 なんか怪しい。凄く怪しい。そう思ったけど、うまく返す言葉が見つからない。
私はとっさに言い返すのが苦手で、言い負かされてしまうことが多い。対面式のショップでは、つい店員さんに押し負けて、身の丈に合わないものを買ってしまうほうだ。


その時だった。頭の中に声が響いた。



――――――お金、お金、お金お金お金お金!!!!!!!



――――――お金、お金、お金お金お金お金!!!!!!!



 突然、部屋の飾り棚の柱が、グニュっと折れ曲がったような感覚になった。

汗が噴き出る。吐き気がする。私はお皿とフォークを取り落とした。

「うっ……う……」

だ。アレがまた、来ちゃった。どうしよう……。


苦しい。苦しい。息ができない。

(ど……どうしよう……。和牛が……出ちゃう……)
 

「里菜、大丈夫?」
呼吸が荒くなった私を見て、隣の席にいたトモコが心配そうに背中をさすってくれた。


「はぁ……はぁ……ハァっ……だい……じょ……ぶ」


「え? ちょ、何、何コレ。オレ、何もしてないよ??」イシダさんが、審判にアピールするサッカー選手のように両手を上げて無実を主張した。


「……す……すみませ……ちょ、ちょっとお手洗い……、行って、きます」


「里菜、あたしも行くよ」トモコが心配そうに声をかけてくれたけど、
カラスさんが「ほっとけよ、は」と言うのが、同時に聞こえた。


少し気まずくなってしまった場の雰囲気をかき消すように、Miekoさんが、「イシダちゃん、『LOVEマシーン』入れといたよぉ♪ 議員先生の歌声、聞かせて聞かせてぇ~!」と叫んだ。


 曲のイントロが流れ始める。


 その隙に、ふらつく足で部屋を出た。外に待機していたコンシェルジュさんに、お手洗いの場所を聞いた。

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