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Episode① 産業保健ってなあに
第4章|サクラマス化学株式会社 東京本社 <5>職場巡視と健康診断チェック
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<5>
そのあとは、『サクラマス化学株式会社』の社内を見せてもらった。
実はこれは、社会見学ではなくて、立派な産業医のお仕事だ。
『労働安全衛生規則』という省令で、産業医は原則として月1回、職場環境を見て回り、危険な箇所、不衛生な箇所がないかをチェックしなくてはならないと決められている。
でも、『サクラマス化学株式会社』の本社オフィスは、新しく小奇麗な事務所で、特に問題のある箇所は見当たらなかった。女性トイレも見せてもらったけど、清潔で、とても使いやすそうだった。
「足立さん、見ていてどこか、気になったところはありますか?」鈴木先生に尋ねられる。
「いえ……むしろ、こんなキレイなオフィスで働けたらいいなぁと、思いました」
――――お世辞ではなくて、私の本音の感想だった。ただの感想だけど。
岩名さんが、それを聞いてニッコリ笑った。
「そう言って頂けると、嬉しいです。では、鈴木先生、残りのお時間で、社員の健康診断の結果をご覧頂けますか」
『サクラマス化学株式会社』との産業医契約。月に1回、1時間の訪問。
その短い時間の中で、目まぐるしく業務が回っていく。私は、ついていくのがやっとだ。
鈴木先生と応接室に戻って、今度は、岩名さんが持ってきた、社員が受けた健康診断の結果用紙を一枚ずつ見ていく。こちらも、法律で決められている産業医の仕事なのだ。
「今日は、『南アルプス工場』の健診結果をお願いします。私は、少し席を外しますので。終わったら教えてくださいね」
……岩名さんがそう言って、部屋を去った後、鈴木先生に訊いた。
「先生、『南アルプス工場』って、なんのことですか?」
「……ああ。『南アルプス工場』というのは、『サクラマス化学株式会社』が山梨県に持っている工場です。本社オフィスの社員は50人を超えていて、産業医を設置することが法律で定められているのですが、南アルプス工場には社員が30名弱しかおらず、職場に産業医がいません。しかし、出来る限り社員さんの健康管理をしたいという本社の意向で、本社オフィスの産業医である僕が、余った時間で健診結果を拝見しています」
「なるほど。そういうことですか……」
「工場所属の方に産業医面談を実施する必要が発生した際に、オンライン会議システムを使って、僕が南アルプス工場の社員さんと面談をしたこともあります……。しかし、場所がだいぶ遠いですし、本来の契約範囲からは外れているので、直接工場にお伺いしたことはありません」
そんな会話をしながら、鈴木先生は素早く健診結果に目を通していく。
左手で一枚ずつ社員さんの健康診断結果用紙をめくりながら、一瞬で視線を紙面に走らせて、数値を判定しているようだ。
鈴木先生は何も言わず、左手の親指と、ペンを持った右手を、サッ、サッと動かした。
(なんか……“職人の技”っぽい感じ……)
初回訪問の前の予習と照らし合わせると、鈴木先生は今、健診結果を見て、働くのに支障がありそうな社員さんか、そうではないかを選別しているんだと思う。
健診結果の数値が一定以上悪かったり、大きな病気を疑う検査結果が出ていたりする社員さんがいれば、そういう人達には追加でフォローを行っていく。例えば健診担当の社員さんから病院受診を勧めてもらったりとか、産業医面談を行って状況説明したりとか。
「……さて。僕のチェックは終わりました。足立さんも、結果をご覧になりますか」
鈴木先生が、健診結果用紙の束を差し出した。
「あ、はい……」
鈴木先生の付けた判定がペンで書きこまれた用紙を、私も受け取って眺めてみる。……確かに、岩名さんが言っていたように、女性の社員さんは全員、乳がん検診と子宮頚がん検診を受けている。それに、極端に検査数値が悪い社員さんも、いないようだった。
でも、これ……。鈴木先生と同じスピードでは、とても見きれない。
一人当たり数十個の検査数値の洪水に、私の頭の中はグルグル回りそうだった。
「……おや。そろそろ終了時刻ですね。岩名さんにお声がけしましょう」
結局、私が健診結果用紙の半分も見終わらないうちに、約束の一時間を迎えてしまい、鈴木先生が立ち上がった。健診結果は、すべて岩名さんにお返しして、私と鈴木先生は『サクラマス化学株式会社』をあとにした……。
そのあとは、『サクラマス化学株式会社』の社内を見せてもらった。
実はこれは、社会見学ではなくて、立派な産業医のお仕事だ。
『労働安全衛生規則』という省令で、産業医は原則として月1回、職場環境を見て回り、危険な箇所、不衛生な箇所がないかをチェックしなくてはならないと決められている。
でも、『サクラマス化学株式会社』の本社オフィスは、新しく小奇麗な事務所で、特に問題のある箇所は見当たらなかった。女性トイレも見せてもらったけど、清潔で、とても使いやすそうだった。
「足立さん、見ていてどこか、気になったところはありますか?」鈴木先生に尋ねられる。
「いえ……むしろ、こんなキレイなオフィスで働けたらいいなぁと、思いました」
――――お世辞ではなくて、私の本音の感想だった。ただの感想だけど。
岩名さんが、それを聞いてニッコリ笑った。
「そう言って頂けると、嬉しいです。では、鈴木先生、残りのお時間で、社員の健康診断の結果をご覧頂けますか」
『サクラマス化学株式会社』との産業医契約。月に1回、1時間の訪問。
その短い時間の中で、目まぐるしく業務が回っていく。私は、ついていくのがやっとだ。
鈴木先生と応接室に戻って、今度は、岩名さんが持ってきた、社員が受けた健康診断の結果用紙を一枚ずつ見ていく。こちらも、法律で決められている産業医の仕事なのだ。
「今日は、『南アルプス工場』の健診結果をお願いします。私は、少し席を外しますので。終わったら教えてくださいね」
……岩名さんがそう言って、部屋を去った後、鈴木先生に訊いた。
「先生、『南アルプス工場』って、なんのことですか?」
「……ああ。『南アルプス工場』というのは、『サクラマス化学株式会社』が山梨県に持っている工場です。本社オフィスの社員は50人を超えていて、産業医を設置することが法律で定められているのですが、南アルプス工場には社員が30名弱しかおらず、職場に産業医がいません。しかし、出来る限り社員さんの健康管理をしたいという本社の意向で、本社オフィスの産業医である僕が、余った時間で健診結果を拝見しています」
「なるほど。そういうことですか……」
「工場所属の方に産業医面談を実施する必要が発生した際に、オンライン会議システムを使って、僕が南アルプス工場の社員さんと面談をしたこともあります……。しかし、場所がだいぶ遠いですし、本来の契約範囲からは外れているので、直接工場にお伺いしたことはありません」
そんな会話をしながら、鈴木先生は素早く健診結果に目を通していく。
左手で一枚ずつ社員さんの健康診断結果用紙をめくりながら、一瞬で視線を紙面に走らせて、数値を判定しているようだ。
鈴木先生は何も言わず、左手の親指と、ペンを持った右手を、サッ、サッと動かした。
(なんか……“職人の技”っぽい感じ……)
初回訪問の前の予習と照らし合わせると、鈴木先生は今、健診結果を見て、働くのに支障がありそうな社員さんか、そうではないかを選別しているんだと思う。
健診結果の数値が一定以上悪かったり、大きな病気を疑う検査結果が出ていたりする社員さんがいれば、そういう人達には追加でフォローを行っていく。例えば健診担当の社員さんから病院受診を勧めてもらったりとか、産業医面談を行って状況説明したりとか。
「……さて。僕のチェックは終わりました。足立さんも、結果をご覧になりますか」
鈴木先生が、健診結果用紙の束を差し出した。
「あ、はい……」
鈴木先生の付けた判定がペンで書きこまれた用紙を、私も受け取って眺めてみる。……確かに、岩名さんが言っていたように、女性の社員さんは全員、乳がん検診と子宮頚がん検診を受けている。それに、極端に検査数値が悪い社員さんも、いないようだった。
でも、これ……。鈴木先生と同じスピードでは、とても見きれない。
一人当たり数十個の検査数値の洪水に、私の頭の中はグルグル回りそうだった。
「……おや。そろそろ終了時刻ですね。岩名さんにお声がけしましょう」
結局、私が健診結果用紙の半分も見終わらないうちに、約束の一時間を迎えてしまい、鈴木先生が立ち上がった。健診結果は、すべて岩名さんにお返しして、私と鈴木先生は『サクラマス化学株式会社』をあとにした……。
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