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第四章
4-25.整えられた道筋
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「糞がぁぁぁぁっ!!ふざけやがって!!!!」
部屋に有るありとあらゆる物を投げ捨てる男の名はアウギュスト・デッパートラン。ビスマルクの大公ウィンブル家のお抱え再生師である。
「随分と荒れとるな。それくらいお得意の再生魔法で治せば問題あるまい?」
ウィッグで隠しているはずの毛の無い頭頂部は、激しい運動のために露わとなっている。他人の目がない以上そのことを指摘やるつもりは更々なかったのだが、普段からそのくらいは運動しろよとは肥え過ぎたみっともない身体に言ってやりたい気分ではあった。
だが、今それを口にすれば八つ当たりを受けるのは目に見えている。そうなれば例え有用な男とて殺してしまいそうだと口を噤んだのは、腕を組み、怒り狂うアウギュストを傍観していた小柄な男ヨンデル。大公令嬢フローラとユースケの妹ミズキの手足の自由を奪った拳法使いである。
「二度だぞっ!二度も奪われたんだ!!お前も同じ仕打ちをされれば俺のこの例えようもない怒りが理解できるはずだっ!絶対に許さない!殺すだけじゃ済まさないからなっっ!!!」
四肢を捥いで屈辱の限りを尽くしてやると息巻くものの自分で実行出来るだけの能力があるわけではない。
妄想を語るだけの哀れな男。見ているだけでストレスが溜まる状況だが、与えられた仕事を片付けなければ本国に帰還することも叶わない。
「分かった分かった。復讐の手助けはしてやるから、先ずは相手の情報を寄越すのじゃ」
▲▼▲▼
半ば諦めた眼差しで自身を覆っていた白い光が消えて行くのをぼんやりと眺めていた女性。
それは彼女にとって幾度となく見た光景であり、期待を抱くたびに裏切られる悪夢のような、拷問にも似た苦悩の時間の始まりを示していた。
──期待しては駄目
老若男女さまざまな再生師が訪れては白い光を灯すだけで最後には首を横に振る。
始めは『きっとこの人なら……』と父親が連れて来る者達に期待していたのだが、何十と繰り返された絶望の光景により、いつしかそれが自分の仕事であるかのような錯覚を覚えるようになってしまっていた。
それでもいつか元通りに動ける日が来るのだと微かな期待をする自分がいる、それは彼女の願望であり切望。いつ来るのか、はたまた、来るかどうかもわからない未来を胸に仕舞おうとゆっくりと瞬きをしたフローラは、隣に置かれた椅子に腰掛けるオレンジ髪の美女に形式的な疑問を投げかけようと口を開くのだが、それは同席した男により遮られることとなった。
「先生、どうなのですか!?フローラはっ、妹は元通りの身体に戻るのでしょうか?」
早く答えをよこせと言わんばかりの鬼気迫る勢いで訪ねるのはウィンブル家の次男レディオス。
最近ではこの様な席に居合わせることも少なくなったが、それは家の仕事が忙しいからだとは彼女も理解てしている。幼き頃から優しい兄ではあれど、お荷物でしかない自分の側にいるより家のことを優先してと頼んだのは他ならぬフローラなのだ。
父親が顔を出すのも珍しいが兄レディオスと揃って同席するなど何年振りのことだろう。
それに輪を掛けるのがレディオスの態度。フローラと同じく何十回と落胆を重ねたことにより訪れる再生師に期待することをしなくなったというのに、今日の彼は病気を患った当初のような勢いで質問を口にした。
それを不思議に思いつつも、久方ぶりに訪れた担当以外の再生師の言葉に耳を傾けるフローラ。
「原因は分かったわ。これなら大丈夫よ」
「原因が分かっただと!出鱈目を言うなっ!!」
診察を終えたディアナに応えたのは重そうな皮下脂肪を身に纏う男。フローラ専属再生師として雇われているアウギュストは、本来ならば他の再生師が訪れた際に同席することなどない。
だが、自身を襲った賊に続いてこのタイミングで訪れた再生師。更に言えば、大公であるマナジアスと共にレディオスまで立ち会うと聞かされては只者ではないのだと察知し、どの様な人物なのかとその目で確かめずにはいられなかったのだ。
「今はディアナ女史が診てくださっている。担当医を任せているとはいえ口を挟むのは謹んで頂こう、アウギュスト殿」
ビスマルク大公マナジアス・ウィンブルはこの時既に愛娘に起きた悲劇を認知し、はらわたが煮えくりかえる思いを抑えるのに必死であった。
全ては前日、人知れず訪れたユースケによりもたらされた子爵令嬢ミズキ・アンゼルヴの復調の事実。たまたま居合わせた次男レディオスと共に事の顛末を知ることとなった二人は即座にアウギュストを殺すと息巻くものの、同伴したノルンに『ダメ』と言われて強制的に席に戻らされる羽目となる。
その後に語られたユースケの計画には意気込んで賛同し、アウギュストの身柄を引き渡す約束を取り付けることで全面協力すると確約したのだ。
「こんな不自由な暮らしを何年?可哀想に。今解放してあげるからちょっとだけ待ってね?」
「はい。よろしくお願いします、先生」
過去に原因が分かったと言った再生師も何人もいる。しかしその期待は毎回裏切られ今に至ることを当然のようにフローラは記憶している。だから今回も期待はしない。
落胆を防ぐために用意された返答を感情もないままただ口から紡ぐだけ。容姿秀麗な愛くるしい見た目に反して、ベッドに横たわるだけの生を強要されてきた彼女の心は荒んでしまっていた。
──出来る事なら死んでしまいたい
「ほら、右手を動かしてみて?やり方は覚えてる?」
右肩に手が添えられたかと思いきや、短い棒のようなものがその上にトンと当たった。再生魔法である白い光が溢れ出すこともなくかけられた声に小首を傾げるフローラではあったが、不思議に思いながらも言われるがままに右手に動けと念じれば僅かながらも指先が動いた気がして目を見開く。
「フローラ!今っ!今、指がっっ!!」
「おおっっ!!流石は聖女様!少しでも疑った罰はいくらでもお受けします!ですからどうか、他の手足も……」
「聖女ぉ!?マナジアス侯っ!今、聖女と仰られたか!?」
何人たりともフローラの不自由を解消することは叶わなかった。
しかし、突然やってきた見目麗しき美女が手を当てただけで不治の病が治ってしまったのだ。事前に聞いていたマナジアスやレディオスを含め、フローラ本人や居合わせたメイドまでもが信じられないと目を見張るのも仕方のないこと。
アウギュストの驚きなどは捨て置かれ、左肩、右足、左足と、次々と場所を変えていくディアナの一挙手一投足に全員の意識が集中していた。
「先生!動きますっ!私の手足が動きます!!」
力無き動作ながらもその度に動いて見せるフローラの手足。それは正に病が治った証拠であり、溢れ出す涙は積年の苦しみから解放された喜びの証である。
「フローラ!良かったな。これでお前も人並みの生活が送れる。今までよく頑張った」
「お父様やお兄様、世話を焼いてくださった皆のお陰です。何より、ディアナ様、この御恩は感謝してもしきれるものではありません。本当にありがとうございました」
ひしと抱き合う兄妹の絵面は先日も目にした。向けられた謝辞に微笑みを返すディアナだが、そんな光景を見れば久しく会っていない自身の弟妹を思い出してしまう。故郷を出てから既に十余年、どうしているのかなどと感慨に耽っていれば、感動渦巻くこの場に相応しくない視線が自身に向けられていることに気が付いた。
「ごめんなさいね、簡単に治しちゃって。私、優秀なもので」
怒りを湛えた目を血走らせるのは当然の如くアウギュスト。
フローラの手足が動くようになった時点で彼はお払い箱となり、優遇されていた衣食住が失われる上に毎月入って来ていた大金も無くなるのだ。ボロい商売で儲けた金を持って潔く去ればいいものを、一度甘い汁を吸った者は皆こぞって似たような汁を求めてしまう。それが己の破滅を導くと薄々勘づいていても、だ。
「マナジアス侯、先程の聖女との発言がどういったものか説明いただけますかな?」
ようやく落ち着いて来た場に投げかけられる一石。それは娘の病が本当に治ったことを心から喜んでいた大公マナジアスを、最愛の妹を愛おしそうに抱くレディオスを現実へと引き戻すものだった。
「説明も何もあるまい。ここに在わすディアナ様こそが聖典でも語られる聖女様なのだ。当然、教会もそのことを把握しておる。
教会からの正式な発表の前にウチの者がその情報を掴んで事情を打ち明けたところ、フィラルカ聖教国へ赴くついでにこの屋敷にお立ち寄りくださったのだ」
「馬鹿なっ、そんな重要な情報は……」
「我がウィンブル家に雇われてからというものの屋敷からほとんど出なかった其方が何故公表前の聖女様の情報を得られると考えるのだ?」
「そっ、それは……」
「まぁ、今はそんな些細はどうでも良い」
会話を打ち切ったマナジアスは成り行きを見守っていたディアナに向かい深々と頭を頭を下げた。そのままの姿勢で改めて謝辞を述べるのは愛娘を救ってくれたことに対する最大限の気持ちの現れ。一国を預かる男のすべき事ではなかったが、それよりも彼は家族を思う父親として義を重んじた。
「聖女……」
「その呼び方は好きじゃないの、ディアナで良いわ」
「ではディアナ様、此度の御業に対するお礼とフローラの復調を祝ってささやかな晩餐をと思うのですがご同席いただけますか?」
「ええ、良いわよ」
「ありがたきお言葉。至急用意させます故、お時間を頂戴致します」
満面の笑みを浮かべる主人の目配せを受け、壁際に控えていたメイド長がそっと部屋から出る。彼女が向かう先は厨房を含めた各所。予め出した指示が滞りなく進んでいるのか確認しに行くのだ。
「今夜は長い夜になりそうだわ」
普段携える微笑みとは違い、自分でも驚くほどの心からの笑み。口角が上がり、目は弧の字に細まる。ガラスに映るその顔を見て自身が浮かれていることに気付きはするも、今の心情ではそれを抑えようとは思えなかった。
彼女はマナジアスに心から信頼される者であり、ウィンブル家を己の家族同然に愛する者。よって昨晩フローラの身に起こった顛末を聞かされており、これから起こるエピローグを知る者の一人なのである。
部屋に有るありとあらゆる物を投げ捨てる男の名はアウギュスト・デッパートラン。ビスマルクの大公ウィンブル家のお抱え再生師である。
「随分と荒れとるな。それくらいお得意の再生魔法で治せば問題あるまい?」
ウィッグで隠しているはずの毛の無い頭頂部は、激しい運動のために露わとなっている。他人の目がない以上そのことを指摘やるつもりは更々なかったのだが、普段からそのくらいは運動しろよとは肥え過ぎたみっともない身体に言ってやりたい気分ではあった。
だが、今それを口にすれば八つ当たりを受けるのは目に見えている。そうなれば例え有用な男とて殺してしまいそうだと口を噤んだのは、腕を組み、怒り狂うアウギュストを傍観していた小柄な男ヨンデル。大公令嬢フローラとユースケの妹ミズキの手足の自由を奪った拳法使いである。
「二度だぞっ!二度も奪われたんだ!!お前も同じ仕打ちをされれば俺のこの例えようもない怒りが理解できるはずだっ!絶対に許さない!殺すだけじゃ済まさないからなっっ!!!」
四肢を捥いで屈辱の限りを尽くしてやると息巻くものの自分で実行出来るだけの能力があるわけではない。
妄想を語るだけの哀れな男。見ているだけでストレスが溜まる状況だが、与えられた仕事を片付けなければ本国に帰還することも叶わない。
「分かった分かった。復讐の手助けはしてやるから、先ずは相手の情報を寄越すのじゃ」
▲▼▲▼
半ば諦めた眼差しで自身を覆っていた白い光が消えて行くのをぼんやりと眺めていた女性。
それは彼女にとって幾度となく見た光景であり、期待を抱くたびに裏切られる悪夢のような、拷問にも似た苦悩の時間の始まりを示していた。
──期待しては駄目
老若男女さまざまな再生師が訪れては白い光を灯すだけで最後には首を横に振る。
始めは『きっとこの人なら……』と父親が連れて来る者達に期待していたのだが、何十と繰り返された絶望の光景により、いつしかそれが自分の仕事であるかのような錯覚を覚えるようになってしまっていた。
それでもいつか元通りに動ける日が来るのだと微かな期待をする自分がいる、それは彼女の願望であり切望。いつ来るのか、はたまた、来るかどうかもわからない未来を胸に仕舞おうとゆっくりと瞬きをしたフローラは、隣に置かれた椅子に腰掛けるオレンジ髪の美女に形式的な疑問を投げかけようと口を開くのだが、それは同席した男により遮られることとなった。
「先生、どうなのですか!?フローラはっ、妹は元通りの身体に戻るのでしょうか?」
早く答えをよこせと言わんばかりの鬼気迫る勢いで訪ねるのはウィンブル家の次男レディオス。
最近ではこの様な席に居合わせることも少なくなったが、それは家の仕事が忙しいからだとは彼女も理解てしている。幼き頃から優しい兄ではあれど、お荷物でしかない自分の側にいるより家のことを優先してと頼んだのは他ならぬフローラなのだ。
父親が顔を出すのも珍しいが兄レディオスと揃って同席するなど何年振りのことだろう。
それに輪を掛けるのがレディオスの態度。フローラと同じく何十回と落胆を重ねたことにより訪れる再生師に期待することをしなくなったというのに、今日の彼は病気を患った当初のような勢いで質問を口にした。
それを不思議に思いつつも、久方ぶりに訪れた担当以外の再生師の言葉に耳を傾けるフローラ。
「原因は分かったわ。これなら大丈夫よ」
「原因が分かっただと!出鱈目を言うなっ!!」
診察を終えたディアナに応えたのは重そうな皮下脂肪を身に纏う男。フローラ専属再生師として雇われているアウギュストは、本来ならば他の再生師が訪れた際に同席することなどない。
だが、自身を襲った賊に続いてこのタイミングで訪れた再生師。更に言えば、大公であるマナジアスと共にレディオスまで立ち会うと聞かされては只者ではないのだと察知し、どの様な人物なのかとその目で確かめずにはいられなかったのだ。
「今はディアナ女史が診てくださっている。担当医を任せているとはいえ口を挟むのは謹んで頂こう、アウギュスト殿」
ビスマルク大公マナジアス・ウィンブルはこの時既に愛娘に起きた悲劇を認知し、はらわたが煮えくりかえる思いを抑えるのに必死であった。
全ては前日、人知れず訪れたユースケによりもたらされた子爵令嬢ミズキ・アンゼルヴの復調の事実。たまたま居合わせた次男レディオスと共に事の顛末を知ることとなった二人は即座にアウギュストを殺すと息巻くものの、同伴したノルンに『ダメ』と言われて強制的に席に戻らされる羽目となる。
その後に語られたユースケの計画には意気込んで賛同し、アウギュストの身柄を引き渡す約束を取り付けることで全面協力すると確約したのだ。
「こんな不自由な暮らしを何年?可哀想に。今解放してあげるからちょっとだけ待ってね?」
「はい。よろしくお願いします、先生」
過去に原因が分かったと言った再生師も何人もいる。しかしその期待は毎回裏切られ今に至ることを当然のようにフローラは記憶している。だから今回も期待はしない。
落胆を防ぐために用意された返答を感情もないままただ口から紡ぐだけ。容姿秀麗な愛くるしい見た目に反して、ベッドに横たわるだけの生を強要されてきた彼女の心は荒んでしまっていた。
──出来る事なら死んでしまいたい
「ほら、右手を動かしてみて?やり方は覚えてる?」
右肩に手が添えられたかと思いきや、短い棒のようなものがその上にトンと当たった。再生魔法である白い光が溢れ出すこともなくかけられた声に小首を傾げるフローラではあったが、不思議に思いながらも言われるがままに右手に動けと念じれば僅かながらも指先が動いた気がして目を見開く。
「フローラ!今っ!今、指がっっ!!」
「おおっっ!!流石は聖女様!少しでも疑った罰はいくらでもお受けします!ですからどうか、他の手足も……」
「聖女ぉ!?マナジアス侯っ!今、聖女と仰られたか!?」
何人たりともフローラの不自由を解消することは叶わなかった。
しかし、突然やってきた見目麗しき美女が手を当てただけで不治の病が治ってしまったのだ。事前に聞いていたマナジアスやレディオスを含め、フローラ本人や居合わせたメイドまでもが信じられないと目を見張るのも仕方のないこと。
アウギュストの驚きなどは捨て置かれ、左肩、右足、左足と、次々と場所を変えていくディアナの一挙手一投足に全員の意識が集中していた。
「先生!動きますっ!私の手足が動きます!!」
力無き動作ながらもその度に動いて見せるフローラの手足。それは正に病が治った証拠であり、溢れ出す涙は積年の苦しみから解放された喜びの証である。
「フローラ!良かったな。これでお前も人並みの生活が送れる。今までよく頑張った」
「お父様やお兄様、世話を焼いてくださった皆のお陰です。何より、ディアナ様、この御恩は感謝してもしきれるものではありません。本当にありがとうございました」
ひしと抱き合う兄妹の絵面は先日も目にした。向けられた謝辞に微笑みを返すディアナだが、そんな光景を見れば久しく会っていない自身の弟妹を思い出してしまう。故郷を出てから既に十余年、どうしているのかなどと感慨に耽っていれば、感動渦巻くこの場に相応しくない視線が自身に向けられていることに気が付いた。
「ごめんなさいね、簡単に治しちゃって。私、優秀なもので」
怒りを湛えた目を血走らせるのは当然の如くアウギュスト。
フローラの手足が動くようになった時点で彼はお払い箱となり、優遇されていた衣食住が失われる上に毎月入って来ていた大金も無くなるのだ。ボロい商売で儲けた金を持って潔く去ればいいものを、一度甘い汁を吸った者は皆こぞって似たような汁を求めてしまう。それが己の破滅を導くと薄々勘づいていても、だ。
「マナジアス侯、先程の聖女との発言がどういったものか説明いただけますかな?」
ようやく落ち着いて来た場に投げかけられる一石。それは娘の病が本当に治ったことを心から喜んでいた大公マナジアスを、最愛の妹を愛おしそうに抱くレディオスを現実へと引き戻すものだった。
「説明も何もあるまい。ここに在わすディアナ様こそが聖典でも語られる聖女様なのだ。当然、教会もそのことを把握しておる。
教会からの正式な発表の前にウチの者がその情報を掴んで事情を打ち明けたところ、フィラルカ聖教国へ赴くついでにこの屋敷にお立ち寄りくださったのだ」
「馬鹿なっ、そんな重要な情報は……」
「我がウィンブル家に雇われてからというものの屋敷からほとんど出なかった其方が何故公表前の聖女様の情報を得られると考えるのだ?」
「そっ、それは……」
「まぁ、今はそんな些細はどうでも良い」
会話を打ち切ったマナジアスは成り行きを見守っていたディアナに向かい深々と頭を頭を下げた。そのままの姿勢で改めて謝辞を述べるのは愛娘を救ってくれたことに対する最大限の気持ちの現れ。一国を預かる男のすべき事ではなかったが、それよりも彼は家族を思う父親として義を重んじた。
「聖女……」
「その呼び方は好きじゃないの、ディアナで良いわ」
「ではディアナ様、此度の御業に対するお礼とフローラの復調を祝ってささやかな晩餐をと思うのですがご同席いただけますか?」
「ええ、良いわよ」
「ありがたきお言葉。至急用意させます故、お時間を頂戴致します」
満面の笑みを浮かべる主人の目配せを受け、壁際に控えていたメイド長がそっと部屋から出る。彼女が向かう先は厨房を含めた各所。予め出した指示が滞りなく進んでいるのか確認しに行くのだ。
「今夜は長い夜になりそうだわ」
普段携える微笑みとは違い、自分でも驚くほどの心からの笑み。口角が上がり、目は弧の字に細まる。ガラスに映るその顔を見て自身が浮かれていることに気付きはするも、今の心情ではそれを抑えようとは思えなかった。
彼女はマナジアスに心から信頼される者であり、ウィンブル家を己の家族同然に愛する者。よって昨晩フローラの身に起こった顛末を聞かされており、これから起こるエピローグを知る者の一人なのである。
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