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第四章
4-18.酒は飲んでも呑まれるな
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「ああぁぁ~っ!もぉっ誰よぉ?朝っぱらから鐘叩いてる奴ぅ!ぶっ飛ばしてや……あいたたたたたた、あたま痛ぁ~い~。もぉ、やだぁぁ……」
自室から這い出てきたディアナは這う這うの体でリビングのソファーへと辿り着く。しかしそこには誰もおらず、人知れず前日の不摂生の名残に打ちのめされていた。
「あ~ら、物音がしたかと思ったら仔猫ちゃんじゃなぁい?だいぶ辛そうね、水でも飲む?」
キアラの好意に甘えるディアナは受け取った水を一気に飲み干した。それで治る頭痛ではないのだが多少なりともマシにはなる。
項垂れ、再び突っ伏した彼女を気遣い隣に腰を下ろしたキアラは、なるべく動かさないようにと丁寧に頭を持ちあげ自らの膝をその枕にすべく滑り込ませた。そっと乗せた手は慈しむようオレンジの髪を這う。ゆっくりと優しい動きは安心感を与え、痛みを訴える頭を心なしか落ち着かせる。
この日のキアラは肌艶と共にすこぶる機嫌が良かった。何せ昨晩はレーンを独り占め出来たのだから。その為、心に余裕があった。
「昨日はありがと、お陰さまでしばらく頑張れる活力を貰ったわ」
耳障りの良い声色で届けられた言葉を理解するまで数秒、今更ながらに事態を把握したディアナが飛び起きるが、少しだけ和らいだはずの頭痛が激しい動きと共に舞い戻ってくる。
「ちょっ!あ痛たたたたた……」
「貴女が言い出したのよ?私はまだ戻らないから先に帰ってって。そうしたら結局朝まで戻らないじゃない?自業自得ってこういうことを言うのよ?」
「くぅぅっ!アンタっ!覚えてっ……痛たたた」
「貴女はいつでも一緒だけど、私はそうはいかない。さっきも言ったけど一晩だけでもレーンを独占させてくれたこと、感謝してるのよ?」
「誰がっ!……アンタの感謝なんか欲しくないわ」
「まぁ、いいわ。それが貴方だもんね。じゃあ私は行くわ」
「行く?」
「ええ。レーンの反応があったから飛び出してきちゃったけど、これ以上私のわがままで予定を変更することはできない。仕事よ」
「あっそ、居なくなるなら清々す……」
「レーンのこと、頼んだわよ?」
「あ、あなたに頼まれてなくたって!」
終始笑顔のキアラは身を屈めてディアナの額に口付けを落とした。驚き、動かなくなったディアナの頭をそっと元に戻すとその場を離れて行く。
コツコツと遠ざかって行く靴音、それを耳にしながらしばし放心していたのだが、おもむろに起き上がりドアノブに手をかけたキアラに素朴な疑問を投げかけた。
「ねぇ、次はいつ会えるの?」
足りない言葉は誤解を招く。ディアナが聞きたかったのはキアラがレーンに会いにくるのはいつなのか、との問い。それを分かってか分からずか、後ろ目で振り返った黒いライダースの美女は「そのうち、よ」とだけ告げて部屋を出て行った。
「寂しがりのくせに……」
自分がもし逆の立場だったなら、たまにしかレーンに会えないなど耐えられるわけがない。仕事や柵など、全てをほっぽり出して駆け寄るというのにあの女はそれをしない。その理由は彼女がアイドルであるがため。
他人に夢や希望を与える『マジカル☆キララ』熱狂的なファンは世界各地に三十万人はいるという。その全ての人々に生きていくための活力を分け与えるキアラは身一つで闘い続けているのだ。己を犠牲にしてまで課せられた仕事をし続けるのは尊敬に値する行為。次に彼女に会った時にはもう少しだけ仲良くしてあげてもいいかな、そんなことがディアナの頭に過って行った。
「おっはよぉーーっ!!」
「くぉぉぉぉぉっ……ノルン、もう少し小さな声で喋って……頭が、割れるっ」
おセンチな空気など吹き飛ばす台風の到来。壊れるかという勢いで扉を開け放ったノルンは、ディアナを見つけるなり当然とばかりに朝の挨拶を告げる。
しかし帰ってきたのは苦言。これには眉根を寄せるノルンではあるものの『自分は悪くない』と結論付けると向かいのソファーにダイブした。
「おはようございます」
「おはよう」
ディアナ達が泊まるのはアメイジアでも指折りの高級宿の最上階。国内最大のカジノが目の前にあり、反対側には世界最大の湖【リグラントミレ】のプライベートビーチという最高の立地。利便性を重視したレーン一行は、家族団欒を希望したグルカを王宮に放置し、残りの全員でこのスイートルームに宿泊したのだ。幸にして部屋は余っている、全財産をむしり取られたユースケまでもがいつの間にか紛れ込んでいた。
「その顔だと盛大にスったようだな。いくら負けた?」
最後に登場したレーンがリビングに来るなり盛大なため息を吐き捨てる。昨晩の別れ際から想像するに、ソファーでこめかみを押さえるディアナが “負け“ から自棄酒に走っただろうことは聞くまでもない。
「知らないわ……全部よ」
「ぜ、全部って、全部ですかっ!俺の金も!?」
「五月蝿い!もうアンタのお金じゃ……うっ……痛たたたた……」
思わず横槍を入れたのは信じられないと目を見開くユースケ。哀れ、彼が粉骨し、妹のためにと貯めに貯めた巨額の資金は一夜にしてカジノの運営資金に成り下がったのだ。いくら治療費として支払った金だとて、診てもらう前であるその日のうちに散財したなどと聞かされれば腹に黒いモノも溜まる。
「……え?」
額を押さえて自らが招いた頭痛に身を焦がすディアナ。その彼女を物言いたげに見つめていたユースケの視界を鮮やかな赤が占めた。驚き、急いで視点を合わせれば、安っぽい蛇腹を持つ両頭ハンマー。これまた安っぽい黄色い肢を辿れば『使え』とばかりにソレを差し出すレーンが目に映る。
意図は分かるが戸惑うユースケ。しかし、不敵に微笑むレーンが『ヤレ』と言わんばかりに軽く顎をシャくるものだから、燻っていたやり場のない怒りが炎として立ち上がる。
「ていっ!」ピコッ
「ぁ痛っ!」
「ていっ!ていっ!」ピコピコッ
「あ、頭は止め……」
「ていっ!ていっ!ていっ!」ピコピコピコッ
「お願いっ!本当に……割れ、る……」
瀕死の如く美しき肢体をソファーに投げ出した美女にユースケが喉を鳴らす。自分の所作に応えて身悶えする女、その扇状的なあり様に性的な興奮を覚えたものの、所有者であるレーンを始めとする多くの人に見られている中で素の自分を曝け出すほど自分を見失ったわけではなかった。
「ノルン、ディアナは体調が優れないらしい。何か良い薬でも煎じてやったらどうだ?」
「ディー姉ぇ、二日酔い?ちょっと待ってねぇ」
「いいえ。それよりディアナ様は再生師なのですから、ご自分に再生の魔法をかけたらよろしいのでは?」
「カ、カーヤ……今、何て?」
ぐったりとソファーに突っ伏していたディアナは重たい身体を辛うじて起こし、虚な瞳でカーヤを探す。
「ディアナ様、再生魔法を」
「あああぁぁぁ…………」
目から鱗とは正にこのこと。自らの能力をどこかに置き忘れ、苦しみに身を委ねていた自分が嫌になる。
カーヤに支えられて抱き起こされたディアナは己の右手で額を覆った。すると溢れ出す白き光が彼女の頭からつま先までをゆっくりと包み込む。
「ありがと、カーヤ。もっと早く気付くべきだったわ」
二日酔いからは解放された。しかしディアナを取り巻く環境までもが変わったわけではない。自身が招いた結果だとはいえ身体的な拷問から抜け出しはしたものの精神的な苦痛を味わい、自らの行為の代償を支払わなければならない時は今なのだ。
目線を合わせるためにしゃがみ込んだレーンは逃げ場を塞ぐ魂胆であった。逃走は不可能であり、言い訳をさせるつもりもない。真っ直ぐ見つめる碧眼はその考えを如実に伝える。
「それで?いくら残ってるんだ?」
「……いくらも何も、全部無いわ。端末まで取られた」
「それなら酒代はシャレンス持ちだな。後で礼を言っておけよ?奴がお前の面倒を見てくれたお陰で酔い潰れても身包みを剥がれなかったんだからな」
「はぁい……」
「金はいいとしても端末は不味い。買い戻すにしてもこれだけでは資金が足りない、か」
独りごちるレーンが鞄から取り出したのは握りこぶしサイズの皮袋。カジノ出陣の際にディアナが全員に配った軍資金なのだが、軽く遊んだだけの中身は減るどころか倍になっていた。
「少し使ったけど、必要ならコレも使ってよ」
机に置かれたのはレーンがポンポンと片手で投げて遊ぶ皮袋と同じ物。ルイスの置いたその隣にはニナが追加した同じ皮袋が寄り添う。
「元はといえばディアナの物だしな、必要なら遠慮なく回収してくれ」
神に祈るように胸の前で組まれた両手。感謝のあまり潤んだ瞳をルイスとニナに向けていれば、並んだ皮袋の隣に同じものが次々と増える。それはシェリル、カーヤ、ノルンがそれぞれ返した物。結局、昨晩配った軍資金は、ほぼ全額ディアナの元に舞い戻ったことになる。
しかし問題なのはその額。何千万リロという大金を持っていたというのに、皆に分け与えたのは極々僅か。ディアナ自身のがめつさが身に降りかかっただけなので誰にも文句は言えないのだが、これでは何かと便利な端末を取り戻せたとしてもレーン一味の資金は本当の意味で底を尽きることとなる。
しかしそのときディアナは閃いた。この資金難を解決する方法を。
「ふふふふふっ、このお金を元にして増やせば……」
「止めろ、アホタレ」ピコッ
例えグロッキーであったとて酒は既に抜けていた。ただ副産物として残った脳内分泌物が頭痛として現れていただけのこと。
コミカルな音が鍵となり引き出された記憶は、成り行きを見守っていた男に多量の殺気を含む鋭い視線を向けさせる。
「ひっ!?」
「アンタ、人が弱っているのを良いことに、よくもまぁさんざん好き放題してくれたわね」
「ごっ、ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさぃぃぃっ!!!」
今更ながらに自分の行いを謝るユースケは床に額を擦り付けて平伏する。それと同時に彼の脳裏で行われていたのは妹ミズキへの謝罪であった。
(ごめん、俺はもう二度とミズキに会えないかもしれない)
更に並行して行われていたのは【最高神エンヴァンデ】への祈り。普段は全くと言っていいほど信仰していないというのに最後に頼った神への祈りは『妹を健常な身体へ』という身内とはいえ他人を思いやる願いだった。
「ねぇレーン、私、良いこと思い付いちゃった」
「その顔はろくでもないことじゃねぇのか?」
「失礼ね……カジノみたいな不確かなお金儲けじゃないわ」
「そうか。その辺はお前に任せるが、ちなみに何をするんだ?」
「ふふふっ。シェリル、仕事よ?帝国の上空を駆け抜けてビスマルクに向かうわ」
自室から這い出てきたディアナは這う這うの体でリビングのソファーへと辿り着く。しかしそこには誰もおらず、人知れず前日の不摂生の名残に打ちのめされていた。
「あ~ら、物音がしたかと思ったら仔猫ちゃんじゃなぁい?だいぶ辛そうね、水でも飲む?」
キアラの好意に甘えるディアナは受け取った水を一気に飲み干した。それで治る頭痛ではないのだが多少なりともマシにはなる。
項垂れ、再び突っ伏した彼女を気遣い隣に腰を下ろしたキアラは、なるべく動かさないようにと丁寧に頭を持ちあげ自らの膝をその枕にすべく滑り込ませた。そっと乗せた手は慈しむようオレンジの髪を這う。ゆっくりと優しい動きは安心感を与え、痛みを訴える頭を心なしか落ち着かせる。
この日のキアラは肌艶と共にすこぶる機嫌が良かった。何せ昨晩はレーンを独り占め出来たのだから。その為、心に余裕があった。
「昨日はありがと、お陰さまでしばらく頑張れる活力を貰ったわ」
耳障りの良い声色で届けられた言葉を理解するまで数秒、今更ながらに事態を把握したディアナが飛び起きるが、少しだけ和らいだはずの頭痛が激しい動きと共に舞い戻ってくる。
「ちょっ!あ痛たたたたた……」
「貴女が言い出したのよ?私はまだ戻らないから先に帰ってって。そうしたら結局朝まで戻らないじゃない?自業自得ってこういうことを言うのよ?」
「くぅぅっ!アンタっ!覚えてっ……痛たたた」
「貴女はいつでも一緒だけど、私はそうはいかない。さっきも言ったけど一晩だけでもレーンを独占させてくれたこと、感謝してるのよ?」
「誰がっ!……アンタの感謝なんか欲しくないわ」
「まぁ、いいわ。それが貴方だもんね。じゃあ私は行くわ」
「行く?」
「ええ。レーンの反応があったから飛び出してきちゃったけど、これ以上私のわがままで予定を変更することはできない。仕事よ」
「あっそ、居なくなるなら清々す……」
「レーンのこと、頼んだわよ?」
「あ、あなたに頼まれてなくたって!」
終始笑顔のキアラは身を屈めてディアナの額に口付けを落とした。驚き、動かなくなったディアナの頭をそっと元に戻すとその場を離れて行く。
コツコツと遠ざかって行く靴音、それを耳にしながらしばし放心していたのだが、おもむろに起き上がりドアノブに手をかけたキアラに素朴な疑問を投げかけた。
「ねぇ、次はいつ会えるの?」
足りない言葉は誤解を招く。ディアナが聞きたかったのはキアラがレーンに会いにくるのはいつなのか、との問い。それを分かってか分からずか、後ろ目で振り返った黒いライダースの美女は「そのうち、よ」とだけ告げて部屋を出て行った。
「寂しがりのくせに……」
自分がもし逆の立場だったなら、たまにしかレーンに会えないなど耐えられるわけがない。仕事や柵など、全てをほっぽり出して駆け寄るというのにあの女はそれをしない。その理由は彼女がアイドルであるがため。
他人に夢や希望を与える『マジカル☆キララ』熱狂的なファンは世界各地に三十万人はいるという。その全ての人々に生きていくための活力を分け与えるキアラは身一つで闘い続けているのだ。己を犠牲にしてまで課せられた仕事をし続けるのは尊敬に値する行為。次に彼女に会った時にはもう少しだけ仲良くしてあげてもいいかな、そんなことがディアナの頭に過って行った。
「おっはよぉーーっ!!」
「くぉぉぉぉぉっ……ノルン、もう少し小さな声で喋って……頭が、割れるっ」
おセンチな空気など吹き飛ばす台風の到来。壊れるかという勢いで扉を開け放ったノルンは、ディアナを見つけるなり当然とばかりに朝の挨拶を告げる。
しかし帰ってきたのは苦言。これには眉根を寄せるノルンではあるものの『自分は悪くない』と結論付けると向かいのソファーにダイブした。
「おはようございます」
「おはよう」
ディアナ達が泊まるのはアメイジアでも指折りの高級宿の最上階。国内最大のカジノが目の前にあり、反対側には世界最大の湖【リグラントミレ】のプライベートビーチという最高の立地。利便性を重視したレーン一行は、家族団欒を希望したグルカを王宮に放置し、残りの全員でこのスイートルームに宿泊したのだ。幸にして部屋は余っている、全財産をむしり取られたユースケまでもがいつの間にか紛れ込んでいた。
「その顔だと盛大にスったようだな。いくら負けた?」
最後に登場したレーンがリビングに来るなり盛大なため息を吐き捨てる。昨晩の別れ際から想像するに、ソファーでこめかみを押さえるディアナが “負け“ から自棄酒に走っただろうことは聞くまでもない。
「知らないわ……全部よ」
「ぜ、全部って、全部ですかっ!俺の金も!?」
「五月蝿い!もうアンタのお金じゃ……うっ……痛たたたた……」
思わず横槍を入れたのは信じられないと目を見開くユースケ。哀れ、彼が粉骨し、妹のためにと貯めに貯めた巨額の資金は一夜にしてカジノの運営資金に成り下がったのだ。いくら治療費として支払った金だとて、診てもらう前であるその日のうちに散財したなどと聞かされれば腹に黒いモノも溜まる。
「……え?」
額を押さえて自らが招いた頭痛に身を焦がすディアナ。その彼女を物言いたげに見つめていたユースケの視界を鮮やかな赤が占めた。驚き、急いで視点を合わせれば、安っぽい蛇腹を持つ両頭ハンマー。これまた安っぽい黄色い肢を辿れば『使え』とばかりにソレを差し出すレーンが目に映る。
意図は分かるが戸惑うユースケ。しかし、不敵に微笑むレーンが『ヤレ』と言わんばかりに軽く顎をシャくるものだから、燻っていたやり場のない怒りが炎として立ち上がる。
「ていっ!」ピコッ
「ぁ痛っ!」
「ていっ!ていっ!」ピコピコッ
「あ、頭は止め……」
「ていっ!ていっ!ていっ!」ピコピコピコッ
「お願いっ!本当に……割れ、る……」
瀕死の如く美しき肢体をソファーに投げ出した美女にユースケが喉を鳴らす。自分の所作に応えて身悶えする女、その扇状的なあり様に性的な興奮を覚えたものの、所有者であるレーンを始めとする多くの人に見られている中で素の自分を曝け出すほど自分を見失ったわけではなかった。
「ノルン、ディアナは体調が優れないらしい。何か良い薬でも煎じてやったらどうだ?」
「ディー姉ぇ、二日酔い?ちょっと待ってねぇ」
「いいえ。それよりディアナ様は再生師なのですから、ご自分に再生の魔法をかけたらよろしいのでは?」
「カ、カーヤ……今、何て?」
ぐったりとソファーに突っ伏していたディアナは重たい身体を辛うじて起こし、虚な瞳でカーヤを探す。
「ディアナ様、再生魔法を」
「あああぁぁぁ…………」
目から鱗とは正にこのこと。自らの能力をどこかに置き忘れ、苦しみに身を委ねていた自分が嫌になる。
カーヤに支えられて抱き起こされたディアナは己の右手で額を覆った。すると溢れ出す白き光が彼女の頭からつま先までをゆっくりと包み込む。
「ありがと、カーヤ。もっと早く気付くべきだったわ」
二日酔いからは解放された。しかしディアナを取り巻く環境までもが変わったわけではない。自身が招いた結果だとはいえ身体的な拷問から抜け出しはしたものの精神的な苦痛を味わい、自らの行為の代償を支払わなければならない時は今なのだ。
目線を合わせるためにしゃがみ込んだレーンは逃げ場を塞ぐ魂胆であった。逃走は不可能であり、言い訳をさせるつもりもない。真っ直ぐ見つめる碧眼はその考えを如実に伝える。
「それで?いくら残ってるんだ?」
「……いくらも何も、全部無いわ。端末まで取られた」
「それなら酒代はシャレンス持ちだな。後で礼を言っておけよ?奴がお前の面倒を見てくれたお陰で酔い潰れても身包みを剥がれなかったんだからな」
「はぁい……」
「金はいいとしても端末は不味い。買い戻すにしてもこれだけでは資金が足りない、か」
独りごちるレーンが鞄から取り出したのは握りこぶしサイズの皮袋。カジノ出陣の際にディアナが全員に配った軍資金なのだが、軽く遊んだだけの中身は減るどころか倍になっていた。
「少し使ったけど、必要ならコレも使ってよ」
机に置かれたのはレーンがポンポンと片手で投げて遊ぶ皮袋と同じ物。ルイスの置いたその隣にはニナが追加した同じ皮袋が寄り添う。
「元はといえばディアナの物だしな、必要なら遠慮なく回収してくれ」
神に祈るように胸の前で組まれた両手。感謝のあまり潤んだ瞳をルイスとニナに向けていれば、並んだ皮袋の隣に同じものが次々と増える。それはシェリル、カーヤ、ノルンがそれぞれ返した物。結局、昨晩配った軍資金は、ほぼ全額ディアナの元に舞い戻ったことになる。
しかし問題なのはその額。何千万リロという大金を持っていたというのに、皆に分け与えたのは極々僅か。ディアナ自身のがめつさが身に降りかかっただけなので誰にも文句は言えないのだが、これでは何かと便利な端末を取り戻せたとしてもレーン一味の資金は本当の意味で底を尽きることとなる。
しかしそのときディアナは閃いた。この資金難を解決する方法を。
「ふふふふふっ、このお金を元にして増やせば……」
「止めろ、アホタレ」ピコッ
例えグロッキーであったとて酒は既に抜けていた。ただ副産物として残った脳内分泌物が頭痛として現れていただけのこと。
コミカルな音が鍵となり引き出された記憶は、成り行きを見守っていた男に多量の殺気を含む鋭い視線を向けさせる。
「ひっ!?」
「アンタ、人が弱っているのを良いことに、よくもまぁさんざん好き放題してくれたわね」
「ごっ、ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさぃぃぃっ!!!」
今更ながらに自分の行いを謝るユースケは床に額を擦り付けて平伏する。それと同時に彼の脳裏で行われていたのは妹ミズキへの謝罪であった。
(ごめん、俺はもう二度とミズキに会えないかもしれない)
更に並行して行われていたのは【最高神エンヴァンデ】への祈り。普段は全くと言っていいほど信仰していないというのに最後に頼った神への祈りは『妹を健常な身体へ』という身内とはいえ他人を思いやる願いだった。
「ねぇレーン、私、良いこと思い付いちゃった」
「その顔はろくでもないことじゃねぇのか?」
「失礼ね……カジノみたいな不確かなお金儲けじゃないわ」
「そうか。その辺はお前に任せるが、ちなみに何をするんだ?」
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