魔攻機装

野良ねこ

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第四章

4-17.次の目的は如何に?

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「馬鹿野郎!なんでそんな大事なこと今まで黙ってやがったんだコノヤロウ!俺は……俺はっ……糞ぉぉっ!」

 盛大に流れる涙をテーブルクロスで拭う鶏冠頭のヤンキー。そんなことをすれば当然のようにクロスの上にあった物は床にダイブするわけで……被害を被ったヤユが「ちょっと!」と抗議をしつつも慌ててメイドを呼び寄せる。

「おいユースケ!料金なんざ要らねぇ!魔力はキツぃーが歯を食いしばってでも飛んでやる!次の目的地は何処か言いやがれっ!」

「ちょっ!待って!待ってください!エルさん!気持ちは凄く嬉しいんですけど、今は大丈夫ですからっ!」

「うるせぇ、遠慮なんかしたらシバク……」

 無理やり立たせたユースケをテラスへと引き摺るガブリエル。早く次に行くぞと言うが、それは余計なお節介である。ユースケの目的は強力な再生魔法を使用できるディアナの確保。彼女が一緒とあらば話は別なのだが、まだそういう段階まで話しが進んでいないのが現状だ。

 何故か涙腺の緩いガブリエルは派手な見た目に反して心根の優しき男だった。しかし猪突猛進系の彼が暴走すれば全員が引き摺られることになる。それは勘弁しろとばかりに取り出した紅いハンマーを手首のスナップを効かせて振り下ろす。

 ピコっという間の抜けた音が部屋に響き渡ってから数秒、固まった時間を動かしたのは止めた張本人であるレーンだった。

「うるせぇのはお前だ、少し黙れ」
「兄ちゃん、そりゃねぇぜ。俺は今すっげぇ感動して……」
「それは分かったから掻き回すな、話しがややこしくなる。いいからもうしばらく茶でも啜ってろ」

 ドヤされたガブリエルは渋々席に戻る。大した文句を言わないところをみるに、どうやら彼の中での序列はレーンの方が上らしい。上位者を嗅ぎ分ける嗅覚はもはや才能なのだがソレはソレ。出戻りしてきたことにヤユが『げっ!』と令嬢らしからぬ呻きを漏らし「アンタねぇ!」と先程の愚行にすかさず抗議を入れている。

「お金が無いから再生師を呼べないって言ってたけど、大公家の令嬢と幼馴染っていう時点で貴方の家は貴族家のはずよね?」

「小国の子爵家など少し裕福な平民と変わりありません。国内の事業だけでは存続が難しいので、長男である俺が出稼ぎをしているのです」

「跡取りのはずの長男が?」

「弟は病気がちだったので……幸い、俺は身体能力が高かったらしく、子供の頃に見込まれて自分の意思で諜報員になると決めました。これでもエルさんと専属契約が許されるほど名前が売れてるんですけど、井の中の蛙だったと先程身をもって知りましたよ」

 視線を向けた先には忍び最強との歌声が高いアッティラの姿がある。目を閉じて腕を組み、レーンの背後の壁に背を預ける彼はこの場の全てを監視している。
 それと対等に渡り歩いた少女は呑気にケーキをパクついているのだが……。

「う~ん、そうねぇ……」

「お願いします!頼れるのはディアナ様しかいないのです!何卒!妹を助けて下さい!!」

「そういうのやめてくれない?嬉しくないどころか逆に気分が削がれる」

「えぇ~!?そ、そんなぁ……」

 再び床に額を擦り付けたユースケだが、あっさり否定されると泣きそうな顔をする。諜報員の中で有望株にあげられるのは事実であるというのに、弱みを握られた者とはこうもなりふり構わず遜るものなのか。

「手足が動かないだけで他には異常がないのよね?」
「フローラ様もミズキもそう診断されてます」
「しかも介護する者達には感染っていないのにミズキちゃんには感染った?」
「そう、ですね」
「大公令嬢も先天性ではない、と?」
「はい。ミズキとフローラ様が出会ったのは子供同士でよくやるお茶会の真似事会でしたので」
「いいわ、今すぐでなくても構わないって言うのなら診るだけ診てあげる。ただし治る保証はないからその覚悟はしなさいよ?」
「はいっ!はい!ありがとうございます!!」
「じゃあ、有金全部出しなさい」
「……えぇっ!?全部、ですか?」
「そうよ、文句ある?」
「あの、話し聞いてました?家ビンボーで……」
「だから何?そんなの私に関係ある?」
「うぐっ……関係、ないです」

 渋々ながらも懐から端末を取り出したユースケは本人が言うようにそこそこ有名な諜報員。当然それなりの稼ぎがあり、手持ちこそ少ないものの口座には一端の貴族の財産ほどの資産が入っていた。それを同じように端末を取り出したディアナがあからさまなホクホク顔で受け取る。

 資金の尽きかけたところに魔導バイクが売れて思わぬ金が手に入ったと喜んでいたところに更に大量の資金が転がり込んだ。ディアナの機嫌が良くないはずがない。

「貴女ねぇ、血も涙もないわけ?」
「いくらでも良いって言ったのは彼なのよ?」
「だからって全部とか……せめて終わってからにしてあげれば?」
「いいからいいから。あっ、ポケットの中のも出しなさい?」

 普段なら噛み付くキアラの苦言もなんのその、軽く受け流したディアナの機嫌は天井知らだ。目が金貨になっているのは気のせいではあるまい。

「姉ちゃん、尻の毛ぇまでは勘弁してやってくれよぉ。ユースケが哀れでならねぇ」
「な~に言ってるの?何なら、連帯で貴方のお金も出しとくぅ?」
「いやっ、あの……すんませんでした!」

 本能的に恐怖を感じたガブリエルは即座に目を逸らし「あの人怖ぇぇっ!」と隣に座るヤユに泣き付いている。五連ものピアスを両耳に付ける緑髪を鶏冠にした凶悪ヤンキーでも今のディアナの前では肩無しのようだ。

「ユースケ、コレくれるの?」

 お行儀悪くフォークを咥えたまま、ノルンの指先で回るのは薄緑の腕輪、それは当然ユースケの魔攻機装ミカニマギアだ。激しく首を振るユースケに落胆の色を見せたノルン、彼女には彼女の言い分があった。
 シェリルはあっさり希望が通り、自分専用の魔攻機装ミカニマギアを手に入れている。それはたまたま手に入った機体を改装しただけで済んだからなのだが、おなじように操者ティリスチーとして適性があると言われた自分も欲しいと思うのは人として当たり前の感情。しかし現物がない以上、我慢するしかなかったのだ。

 だがその二人の様子は悪魔と化した女に見られていた。

「ユースケ、それもちょうだい?」
「うわぁぁっ!!駄目です!コレだけは駄目なんです!!コレがなかったら仕事できませんし、仕事がなければ生きていけませんよっ!!」

「じゃあ、死ねば良いのよ」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!?」

 ボソリと呟いた一言に居合わせた全員の避難を浴びることとなったディアナ。次々と押し寄せる苦言に流石に言い過ぎたと悟ったかどうかは別として、普段なら絶対にやらないお茶目なポーズで「てへぺろ☆」と濁した彼女は酔っ払っているかのようだ。

「まぁ、冗談はほどほどにして、いつ行けるかは今のところ分からないけどキファライオに行った後くらい?」
「俺に聞いても知らん、いつでもいいなら都合がついたら行けばいい」
「そうね。差し当たっては荷物なんだけど、先生、私宛の荷物が届いてなぁい?」

「私は知らないよ?お父様、聞いてます?」
「いや、私も感知していない。調べさせるから少し待ってくれるか?ディアナ嬢」

「あ~、はいはいよろしくぅ。じゃあこっちでも聞いてみますね」

 届くはずの荷物とはザルツラウを出る際に頼んだ魔攻機装ミカニマギア作製のための部品。つまり、ノルン専用機を作る材料であった。
 サンタ・サ・スケスで予定より多く時間を取ることになったということは、そろそろ到着していてもおかしくはない。さして急いでいなかった旅ではあったが、一先ずの目的地であるキファライオ王国が戦火に包まれるというのなら早目に向かうに越したことはない。

「ちょっとノルンちゃん!ここ部屋の中だよ!!」

 直接、荷の送り主たるカルレに状況を聞こうと通信機に手を当てた矢先に視界の端に捉えた薄緑の光。それは嬉しそうに笑うノルンの身体を包み込み、ものの一秒で金属と化す。

「ノルン、そんな下手くそじゃないよぉ?」

 軽やかな三ステップでバルコニーまで到達した後、四歩目で壁を越えた。

 ここは王宮の三階にある王族のためのプライベートルーム。前触れもなくその付近に所属不明の魔攻機装ミカニマギアが現れたとしたら不審者として捕縛、もしくは撃墜されることになるのは当然の処置である。

「直ぐに通達しろ!あの魔攻機装ミカニマギアに手出しすることを禁ずる!アレは大切な客人のジョークなのだと!!」

 国主の命を受け部屋の外に待機していた騎士が慌てて駆け出すのと時を同じくして「ノルンちゃん、それ……俺の」と青い顔のユースケが胃を押さえながら床に突っ伏した。
 短時間で溜まりまくったストレスは彼の胃を荒れに荒れさせたようだ。穴など開いたりしなければいいが、ナムナム……。

「もしもしぃ?カルレ?私だけどさぁ、例の荷物って今どこら辺か……え?明日出発ぅ!?」
『仕方ないじゃない、これでも無理させたのよ?だいたい、魔攻機装ミカニマギア一機分の部品なんてウチの許容外の注文だわ』
「いや、形にしてくれとは言ったけど、遅くない!?」
『嫌ならいいのよ、キャンセルってことね?』
「うわ~、あくどいわぁ、アンタ」
『最高の褒め言葉ね。早く欲しいなら直接取りにきなさい?』
「う~~ん、直接かぁ……」

 文字通りミネルバを飛ばせば一日ちょっとで着くことは出来るだろう。トンボ帰りは癪だけど、余裕を持って考えても往復四日の工程。待てば十日だがどうしようかと悩むディアナに妙案が閃いた。

「良いわ、送って?アメイジアで受け取るわ」
『順調に行って十日だからね?』
「分かってるからよろしくぅ」
『はいはい。それじゃあ、また』

 通信を切ったディアナが皆に視線を送るとほぼ全員が自分を見ていた。その視線は今後の予定を窺うもの。
 ニィッと三日月型に口角を吊り上げて見せたディアナの機嫌はすこぶる良い。それもそのはず、この後にお楽しみが待っているからだ。だから窓の外に薄緑の魔攻機装ミカニマギアが同じカラーリングをほどこされた十機以上の魔攻機装ミカニマギア達に追いかけ回されていようとも目先のビジョンに塗り替えられて認識できないでいる。

「サンタ・サ・スケスで時間を使い過ぎたからキャンセルしようと思ってたのよ。臨時でお金も入ったことだし。でも幸い、まとまった時間が出来たわ、だから予定通りに行く。
 みんな! カジノに出陣よっ!!」


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