魔攻機装

野良ねこ

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第四章

4-15.事情聴取は入念に

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「おわっ!とっ!とっ!とっぉ!?うぉっ、あっぶね……次からはもうちょっと丁寧にお願いしますよ!?エルさん」
「うっせー!てめぇが急にこんな手狭いとこに降りろっつーからだろうがぁっ!しかも他人に見られたじゃねえか!違約金払いやがれ!!」

 重苦しい空気が場を支配する中、テラスに突然現れたやかましい二人組。一方は教会の物と思われる白いフード付きの外套を纏う青年。もう一方は町であまりすれ違いたくない相手、両耳に六連ものピアスを付けた緑色の鶏冠頭が特徴的な鋭い目付きの男。

「いや~すみませんって、ヒィィッ!」
「あ゛?」

 ここはモアザンピークの王宮の一室。そうでなくとも他者様の家に許可なく押し入る不審者など容赦なく斬り捨てねば、被害を受けるのはこちら側になる。

「殿下のお手を汚すまでもありません。ここは俺にお任せください」

 即座に愛刀を抜いて青年の喉元に切っ先を突き付けたレーン。その動きは軽やかであり、戦闘の達人たるアッティラからしても見事なものに見えた。
 更に言えば使う獲物が自分と同じ片刃。事前情報として知っていたとはいえ、実際に見ると嬉しいらしい。黒い布に取り残された目が優しい色を帯びている。

「待って!待って下さい!突然の侵入は謝ります!ですから話しだけでも……」
「あ、ユースケだ。ヤッホー!」
「ノルンちゃん!お久しぶり!って、た、助けて~!」

 不機嫌そうに腕を組み、我関せずを貫く鶏冠頭──ガブリエルは同行者が殺されそうでも動こうとしなかった。
 その片棒たるユースケはピョンピョンと無防備に近寄ってきたノルンに救いの天使を重ねた。正に風前の灯であった自分の命を救ってくれる、これぞ運命じゃね?とか涙ながらに妄想は進んでいるが、残念ながら相手は天然娘ノルン。

「え?なんでぇ?」

 まさかの言葉に呆れたのか、愛刀を下ろしたレーンも、その代わりを引き続ぐと言った歴戦のアッティラでさえ耳を疑いノルンを見る。

「な、なんでって……」
「なんでノルンがユースケを助けるのぉ?」
「ほ、ほ、ほらっ!アレだよっハンバーガー!ハンバーガーあげたじゃない!?美味しい奴!」
「う~ん?……もらった!」
「だ、だからそのお返しに助けてくれると嬉しいかなぁなんて言ってみたりして……」
「分かった! 黒いおっちゃん、ユースケは悪い人じゃないよ?」
「いやいや、お前さん、それでいいのか?」
「恩を貰ったら恩で返す、コレ、忍びの流儀だよぉ?」
「ククククッ、よもやこんな小娘に忍びを解かれようとは。良いだろ、今は殺さないでおいてやる」
「あんがとぉ!良かったねぇ、ユースケ!」
「はははは……ハンバーガーあげといて良かったよ。まさか生命と交換になるとは、ね」

 道場に通うレーンの監視をしていたときに迷い込んできたノルン。物欲しそうな雰囲気に堪らずあげたハンバーガーが自分を救うなど誰が予測できただろう。
 何が起こるか分からぬのが世の中、慈善行為は身を削ってでもすべし、である。

「んで?王宮に侵入たぁなかなか度胸があるが、その目的はなんなんだ?」

「あ、はい。見ての通り俺は教会の関係者です。特命を預かったので急いでいたのですが、たまたま通りかかったこちらに目的の方が見えたもので、失礼を承知で不時着させていただきました。
 それであの……このような場に居る方々ですからご存じな方もみえるでしょうが、彼の事は他言無用でお願いしたいのですが……」

「宅急便の存在くらい知ってる。この面子で知らないのは、あぁっと、シェリル、カーヤ、ノルンの獣人は当然としてルイスにニナにシーリル、あとはオリビアは知ってるかもだが、ヤユは知らんだろ?」

 飛行する魔攻機装ミカニマギアは特殊であり、それを使用して行われる宅急便という高速で物を運ぶ事業は秘匿されている。理由は簡単、特殊訓練を受けて事業に携わる操者ティリスチー魔攻機装ミカニマギアごと奪おうとする不貞の輩から保護するためだ。

「お、そんなにいるのか?ラッキー!」
「ああ、七人分はふんだくれる」
「サンキュー!アンタ、分かってんな!」

 ユースケのように専属契約をするには当然のように規約があり、契約者が引き金となり人目に触れた場合には違約金を支払わなければならない。その計算で重要になるのが目撃者の数。存在を知っている者はカウントされないため、宮殿での目撃だったこともあり臨時ボーナスは半ば諦めていたガブリエルに振って沸いた金。それは自分の身を切り売りしていることなのだが、あまり気にしていないようだ。

「んな余談はどうでもいい。本題を話す気がないのなら帰れ」

「すみません!話しますっ!もちろん話します!!ですがその前にこちらを……」

 ユースケが取り出したのはまたしても手紙。しかし今回はちゃんと本人に読んでもらえるようだ。受け取ったディアナは「私?」と目をパチクリしながら心当たりのない手紙を受け取り中身を確認する。

「はぁぁぁぁぁっ!?何よコレぇ!何の冗談!?」

 怒りのあまり叩きつけた拳がテーブルの茶器を震わせ音を立てる。その矛先は届けたユースケに向けられるが、あまりの剣幕に小さな悲鳴をあげて背を向け、ソレから逃れようとする。頭を腕で押さえることに意味はないが、おそらく本能的なものだろう。

(ねぇねぇ……)

 同じく教会関係者であるシーリルが隣りに座るルイスの肩をちょいちょいと突つき、握り締められくちゃくちゃになった手紙を寄越せと無言の指示を出すもんだからさぁ大変。未だ猛獣に握られる彼女の持ち物に手を出すことを渋ったルイスは一度大きく首を振るが、その猛獣の師匠も伊達ではなかった。
 可愛らしい幼顔の眉間に皺を寄せ、頬を膨らませての抗議。その向こうからは何故か怖い顔をしたグルカがクイッと顎をしゃくる。有無を言わさぬ気配に観念したルイスがしぶしぶ手紙に手を伸ばそうとした矢先、その様子を観察していたニナがあっさりと手紙を奪い取った。

(ニナちゃん!?)

 助かった!そう思った矢先に怒り狂う猛獣に睨まれビクリッ!と身を固める羽目になる。しかし猛獣の血走る目はすぐに逸れ、それ以上の追撃は無いまま事なきを得た。

「えっと、なにな……えっ!?せ、聖女に認定ぃぃ!!!!」

「ねぇねぇ姫っちぃ、聖女ってなにぃ?」
「確か、伝記に出てくる存在じゃないか?」
「神様の娘って奴ですね」

 人間社会とは疎遠な獣人といえども長い年月をかけてその程度の認識は流れて来ていた。だがそれでは足りないと判断したヤユが補足を入れる。

「聖女とは【最高神エンヴァンデ】の娘のことです。残念ながら御名は記されておりませんが、たびたび人間として降臨される聖女様はそのお力を存分に振るわれ奇跡を起こしてくださるとの言い伝えです」

「私は聖女なんかじゃない!」

「い、いや、でも、教会が貴方を聖女として認定したので、本教会までご同行願え……」

「私は聖女じゃないって言ってるでしょ!!」

「せっかくだからフィラルカ聖教国まで行って来たらぁ?そしたらわたくしがレーンを独占……」

「黙れ!アバズレ!誰がそんなとこに行くって言ったのよ!!行かないっつってんでしょ!!!」

 目を吊り上げ、フーフーと肩で息をするディアナはかつてないほどの怒りを讃えてユースケを睨みつける。その視線が横槍を入れるキアラに向かうものだから「きゃっ!」とかワザとらしい悲鳴をあげ、ここぞとばかりにレーンに飛びつくものだから火に油を注いだようなもの。

「うがーーーーーーーっ!!!!!」

 奇声を上げながらキアラへと襲いかかるディアナ、その顔面をレーンの手のひらが捉えて突進を止めさせる。それでも子供のように大きく手足をバタつかせる彼女に「止めろ」と一言いえばその動きもピタリと止まった。
 「お前もだ」と軽い手刀を頭に受けたキアラはペロリと舌を出すが反省の兆しはない。

「聖女に認定されるにはそれなりの理由があるはずだ」

 心当たりといえばミフネ蘇生の件。だがアレの目撃者は門下生のみのはず。あの中に敬虔けいぎゃくな信者がいたとも考えられるが、武を志す者にはそういった考えの連中が少ないことからも可能性は低い。

「理由、ですか……」

 ただの遣いであれば知らなくても仕方がない。だがこの男は質問から逃げようとした。つまり何かしらは知っている、もしくは、口にする事で不具合が懸念されるということ。

「ノルン、この男とはどこで知り合った?」
「あっ!あぁ~、ノ、ノルンちゃん……あは、あはははは……」

 おそらくコイツはノルンと同じ諜報員、自分の不利は目に見えているのだろう。余計な口出しはするなと睨みを効かせれば口を閉ざすユースケ。
 最初の言い訳の時点でコイツは言葉を誤った。『目的の方が見えた』ということはコイツ自身がディアナを知ってるということなのだ。

「アイヴォンだよぉ?」
「そのときコイツは何をしていた?」
「レーちゃんのこと覗いてた!」
「ほ~ぅ、それはどこからだ?」
「高い建物の中?」
「町中のか?」
「うん。それで、ハンバーガー貰って食べてたら怪しい四人組を見つけたからバイバイしたよぉ」

 帝国兵が屋敷を襲う直前のことか。つまりコイツはディアナが蘇生する様子を見ていたことになる、つまり……。

「アッティラ」
「御意」

 言葉なくとも意思を汲み手足のように動く駒は使い勝手が良い。それが強者なら尚のこと。
 国に追われるレーンだが、ウィルを始めとし、ジルダやシモンのように敵意を持たない宮廷十二機士イクァザムがいるのは救いである。もし彼らの全てが本気であれば、たとえグルカやディアナが付いていようともあっさりと捕まっていたはずだ。それを考えると、最も恐れるべき隠密が敵対しない現状はレーンにとって幸運以外の何物でもない。

 再び刃物を突きつけられ両手を上げて降参の姿勢を見せるユースケの顔は青い。たとえ宅急便がいても忍びであるアッティラの前からは逃げられぬと判断したようだ。

「つまり貴様が教会にディアナの能力を告げ口した、これに間違いはないな?」

「はい……その通りです」

「理由を聞こう。目的はなんだ?単に金ならまだ可愛げがあるが俺のカンは違うと言っている。何を企んでいる?その身が惜しいなら洗いざらい全部吐き出せ」


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