魔攻機装

野良ねこ

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第四章

4-12.禁断の果実はどんな味?

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 磨き上げられた床面は美しい模様を生かした総大理石。真っ直ぐに続く長い長い廊下は幅が優に十メートルを超えており、頻繁に訪れるだろう来客を見越しての設計だとはいえ国の豊かさを表していた。
 そこに敷かれる継ぎ目のない絨毯。色むらを感じさせない赤は作製する技術の高さを物語り、油断すれば足を捻りそうなほど長い毛足は高級品であると言わずとも知らしめる。

「キョロキョロするな、小物感がハンパない。だいたい、我が国の城も差して変わらんぞ?」

 先導する騎士の後ろ、先頭を歩くツァレルは横目で振り返り、青い二人に苦笑いを漏らす。
 ここはメラノウン帝国の首都ライザス。リヒテンベルグ帝国の使者として訪れた三人は皇帝への御目通りを受理され王宮内に居た。経験の乏しい二人が圧巻するのはそう誘うように設計されているからだ。

 広いものを更に広く感じるよう計算され尽くしている等間隔に続く柱たち。その一本一本には意趣を凝らした彫刻が施されており、芸術を知らぬ者でも感嘆を漏らすほど美しくデザインされている。
 同じように匠の技が光るのは遥か上の天井。立ち止まらない限りじっくり見ること叶わぬというのに、廊下の端から端までの長い距離を、物語を綴るかの如く色鮮やかな壁画で着飾っていた。

「そ、そうなのか?」
「いや、士官学校を出たとて私も所詮は軍人。謁見の間に呼ばれた経験などないよ」

 一番年下のジェレミがエドルの階級を追い抜き中佐という格上を押し退けレーン捕縛の隊長を張るのは、第二皇子アシュカルの息が掛かっていることもあるが、数少ない軍学校の出だからというのが元々の要因である。

 だが今回、メンバーに変わりはないものの別任務に当たる三人は、他国と関わる建前上、中佐の階級にあるツァレルを代表とし、ジェレミとエドルはそれに付き従う形をとっている。

「合図があるまでお進みいただき、その場にて膝を突き頭を下げ、陛下のお声かけをお待ちください」

 自分の仕事はここまでだと案内を務めた騎士は荘厳な扉を前にして道を譲る。
 ツァレル達の来訪を知らせる声が復唱された後に開かれた謁見の間には、まるでパーティー会場にでも迷い込んだかのような錯覚に陥るほど大勢の着飾った紳士淑女の群れが三人を待ち侘びていた。

「気後れするな。我々は国の代表だぞ?我々こそが世界に名だたるリヒテンベルグであると見せつけてやればいい」

 ピンと伸ばした背筋に僅かにだけ上げた顎、興味本位の視線などつゆ知らず、堂々たる立ち姿でアウェー感しかない会場に切り込む様子に器の違いを感じたとて無理もないこと。

 憧れすら抱きそうになる彼女だが、経験の浅い自分とて負けてはいられない。

「行くぞ」
「あ、あぁ……」

 同僚の脇腹を小突くが返事が曖昧、エドルは完全に場に飲まれているようだ。

 現場一貫で戦闘技術のみを磨いてきた男には荷が重いのだろう。そう結論付けたジェレミはコレも経験だと腹を括り、先達であり手本となってくれているツァレルに感謝しつつも、その一挙手一投足を見逃すまいと集中し己の地肉を増やすことに専念する。


 人間の住む領域の西端に位置するメラノウン帝国。国土は世界随一の広さを誇るものの、その殆どは荒野であり、元はと言えば放牧を主とする遊牧民の集まりだった。

 魔攻機装ミカニマギアの開発に端を発した世界戦争にて弱小国であったメラノウンが生き残れたのは偏に取り込む魅力に欠けるから。人の居ない辺境より活気のある中央に進出してこそ意義があると捨て置かれたのだ。

 だが、まったく価値が無かったのかというと、実はそうでもない。
 発見されたばかりの鉱脈はどの国から見ても喉から手が出るほど魅力的ではあったものの、人里から遥か遠い山の中腹にあるのは頂けなかった。採掘する人件費、運搬のための費用。占領して自国の労働者に掘らせるより、武力に物を言わせて二束三文で買い叩く方が効率が良かっただけの話し。独占することは出来ないものの各国の思惑は一致し、管理することを望まなかったのだ。

 されど魔攻機装ミカニマギア製造の全盛期、たとえ安かろうとも掘れば掘るだけ儲かるのは想像に難しくない。
 溜まりゆく資金にて鉱山仕様の魔攻機装ミカニマギアを仕入れ、意図を見透かされぬよう修理目的と称して周辺諸国から設計図を手に入れた。戦争の終結と共にあぶれた技術者を招き入れ、自国で戦闘用の魔攻機装ミカニマギアを造れるようになってから二十年。資金源であった鉱山自体はほぼ掘り尽くされたが、遅ればせながらも世界に匹敵する武力大国へと成長するに至る。

 搾取された過去を払拭する準備は整った。

「世界に名だたるリヒテンベルグ帝国がわざわざ弱小たる我が国にお越しとはとんだサプライズだな。遠路遥々ようこそ使者殿、楽にしてもらって構わぬよ」

 膝を突いてからものの一分、声に従い顔を上げた先に見たのは濃青の髪を油で撫で付けた初老の男。滲み出る威圧感に加えて、灰色の瞳から発せられる刺さるような視線。浅黒い肌は生まれつきなのだろう、彫りの深い顔と相まって対峙する相手に畏怖の念を植え付ける。それに加えて皇族とはとても思えないほど鍛え上げられた肉体は高価な布に覆われていても隠しきれるものではない。

 メラノウン帝国四代皇帝メメリア・ネロ・アリビリト・ドメラルク。なかなか死なぬ父皇を毒殺にて強制的に退け、念願の帝位に就いて三年で戦争の準備を整えた実力者だ。

「して、此度の来訪はどのような目的があってのことか?まさかこんなド田舎に観光の申し入れをしに来た訳ではあるまい」

 謁見理由など先に申し入れてある。それでも敢えて問うのは同席する者達に強国たるリヒテンベルグが訪れた理由を明確に示すため。

「小国であったとはいえランポリオを飲み込んだ貴国の噂は世界中に広まっております。ご存じでしょうか?隠れ潜んで力を溜め、知らぬ間にヴィルマン王国、エヴリブ公国に次ぐ世界的な大国家へと成長したメラノウン帝国のことを恐怖の念を込めて『大蛇』と呼んでいることを」

「ほぅ、初耳だな。それで?」

 肘掛けに突いた手に頬を乗せ愉しげに微笑むメメリアは『大蛇』の呼称がお気に召したらしい。
 蛇とは森であろうと砂漠だろうと寒さ以外には適合し、己より大きな獲物でも狩る強かな生き物。死と再生のシンボルはこれから這い上がるメラノウンのイメージにピッタリであった。

「今回、我々が貴国に足を運んだのは互いに理のある提案をするためです」

 提案とはもちろん同盟の話し。メラノウン帝国がキファライオ王国に戦争を仕掛ける際、キファライオの同盟国たるローゼナハ連邦共和国に圧力をかけて増援を防ぐ。つまり、メラノウンがキファライオを喰らう助けをする代わりにリヒテンベルグがローゼナハを喰らうと約束付ける協定である。

 この提案を受け会場はおおいに盛り上がった。一時的とはいえ天下のリヒテンベルグが味方に付く。それだけでも世界に認められたのだと喜ぶと共に、キファライオ王国の陥落がより鮮明にイメージ出来たのだ。

 しかし、皇帝であるメメリアは変わらぬ微笑みを携えながらも観衆とは違うモノを見ている。

 事前に知らせてきた内容を一字一句違わぬよう復唱した美貌の女。初対面の上位者だとて頑として意志を曲げない力強さを感じさせる水色の瞳は、雑に短くされたグレーの髪がとても良く似合っている。
 それなりの歳ならば相応の経験もあるだろう。有能な彼女ならば己の有用性とて理解しているはず。キファライオの姫君は二人とも母親に似て美形だと伝え聞くが、それは戦の醍醐味であり楽しみの一つ。しかし好みからすれば、ただ泣き叫ぶだけの処女より愉しむ余裕のある女の方が良い。

 ようやく手にした力が世界に通用することを認識した男に恐れるものなど何もない。捕食対象が目の前に居れば喰らいつくのが『大蛇』の性。それが世界に名だたるリヒテンベルグの使者という禁断の果実だとすれば余計に美味そうに見えるというもの。

「それとは別に皇帝陛下にお願いがあります」

 どう攻めようかと模索していた矢先、女自らが弱みを晒す。そのあまりのタイミングの良さに思わず口角が吊り上がるメメリア。しかし、それはほんの僅か。彼は外交も担う国トップ、常人に気付かれるような変化を見せたわけではない。
 そこに関しては絶対の自信があるというのに、目の前の女の目が笑ったかのように感じられる。更に言えば僅かにだけ見せた赤い舌、アレはよもや挑発であったのかと己の目を疑った。


──余は新進気鋭のメラノウン皇帝なるぞ?


「よい、申してみよ」

 ツァレルのお願いは至って簡単なこと。キファライオとの戦に自分の分隊を遊撃隊として参加させて欲しいのだと言う。

 キファライオに紛れ込んだ逆賊を捕らえるために国中を駆け巡りたいという理由には納得も行く。
 彼女の実力はなかなかのようだが、後ろの二人は大したことはない。この大事な場面に連れ歩く部下から察すれば、たかが十一人ごときが反乱を起こしたとて大した被害にはなるまい。よしんば協定そのものが破られようともキファライオに敗れることなどあり得ない。

「メラノウンにとって悪い話しではなさそうだな。良いだろう、詳細は食事の席で聞こう」

 終わりを告げて立ち上がれば全ての者が頭を垂れる。静寂に包まれる謁見の間を去るメメリアの顔は先程とは違い欲望に歪んでいた。

 他国の戦争に関与してまで捕らえたいという獲物には興味が湧いたが、それより強い魅力を発する雌が目の前にいる。まずはそれを味わう。

 これは、決定事項だ。


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