魔攻機装

野良ねこ

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第四章

4-10.同じ分野でも相容れないのだ

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 青味がかったソレは極めて濃い緑色をしている。男の動きに合わせて揺れるはずの “飲み物” は、まるでジャムであるかのように動きを見せなかった。推察するに、何かの葉っぱをすり潰してペーストにしたものを濃縮に濃縮を重ねて作り出した、少しばかり水気が多いだけの塗り薬のようにしか思えない謎の物体。
 コップに詰められたソレを『飲め!』と勧められてはレーンでなくとも気分を害する。

「お世辞にも感動できる見た目ではありませんけどね。ほら、この芳醇な香りを嗅いでもらえば些細な事だと気にならなくなりますよ?」

 紫色の毒気のような、嗅いではならない臭気が立昇る幻が見えてしまいそうなコップに躊躇なく顔を近付ける。
 まるで香り高いコーヒーでも愉しむかの如く、謎の男がうっとりとした表情を浮かべるのとは対照的に、レーン、ディアナ、キアラの三人は酷い二日酔いのときのような、生気のないゲンナリとした表情を浮かべている。

「てめぇ、白昼堂々この俺を毒殺しにくるったぁ……」

「毒ぅ?冗談じゃないっ!」

 覇気のない恫喝が災いしたのか、力仕事など到底無理そうな貧弱な見た目などなんのその。あからさまに弱そうなくせに己を主張するべく声を荒げる謎の男。

「これはその真逆で、常日頃から知らず知らずの内に溜め込んでいる、身体にとって悪い物を分解してくれる薬なんです!」

 許可もなく、毒々しい液体の乗る銀の盆をサイドテーブルに置くと勢いよくグラスの一つを手に取った。

 身をもって証明しようというのだろう。上を向き大きく開かれた男の口、その真上には件のグラス。だがしかし、既にグラスは傾けられているというのにスローモーションでも見せられているかのように中身がこぼれ落ちるのがあまりにも遅い。

 たっぷり五秒もの時間をかけてグラスから排出された濃緑の物体は、重油を連想させるようなスライム状の、液体とは到底言い難い異常なまでの粘度。ドロ~ンという擬音語が似つかわしい様相で垂れ下がってきた最初の一塊が男の口に到達すると、何でもないことのように喉を鳴らして自らの体内へと流し込む。
 
「!!」
「!?」
「うへ……」

 水着の上から白衣を羽織るという謎の出立ちは、この男の異常性を物語っているのかもしれない。

 白衣を捲り、腰に片手を当てた正しい姿勢で、ハチミツが流れ落ちるかの如く棒状となり絶え間なく落ちゆく液体 (物体) を受け止め続けている。
 普通であれば喉を詰まらせ呼吸困難に陥っていることだろう。だが、平然と謎の物体を飲み込み続ける姿に言葉の出ないレーン達は異様過ぎて目を離すことができないでいただけで決して見ようとして見ていたわけではない。その証拠に、ディアナとキアラは口元に手を当て、押し寄せる嘔吐感を必死になって抑え込んでいる。

「うん、味はミントに限るよね。うましっ!」

 空になったコップを盆に戻した謎の男は清々しい笑顔で口元を拭う。

「さぁさぁ、毒じゃないのはこの僕が証明したろ?今度はキミ達の番だからグイッと行ってみよう!」

 無精髭を生やしたその顔は端正であり、ボサボサの髪さえ気にしなければ黄色い声が飛んできてもおかしくないイケメン。だがしかし、今しがたの蛮行を見てしまえばお近づきになりたいと思う人間は誰もいないことだろう。
 そんな男が王子様スマイルで八重歯を光らせたとて二人が靡くことなどはなく、ましてや主で勧められているレーンは男なのだ。イラつきはしても絆される可能性など微塵もない。

「っざけんな!んな気色悪ぃもん飲めるかぁぁっ!!」

 怒りに任せたレーンの手が銀の盆を払い除ける。しかし見た目に反して反応が良く、「おっと」と思わず口にした男は自称 “薬” 入りのコップを両手で掴むと、事なきを得た後で「危ないなぁ」と小言をぬかす。

「良いかい?人は生きていく上で身体に負担をかけ続けているんだ。特に君達のようなお金持ちは恵まれた生活をしているから多量のアルコールを摂取したり、必要以上の肉や魚をたくさん食べたりするのだろうけど、その偏った摂取物を分解し、身体を動かすためのエネルギーに変換するためには、体内にいくつもある臓器が……」

「分かった分かった、もういいわ。つまり貴方は私達にその薬を売り込みたい、そういう事よね?」

 うんざりした顔でパタパタと手を振ったディアナは『研究費をくれる後援者パトロンを欲しているんでしょ?』と男に向けた白い目で無言の質問を飛ばす。
 それは男の思惑そのものであり、直球を投げつけられたことに驚き目を丸くするもののこういうことには慣れているのか、直ぐに元の笑みへと顔を戻した。

「うん、まぁ、平たくいえばそうなのだけど、随分噛み砕いて言っちゃうんだね、キミ」

「生憎だけど薬なんて必要ないわ。私のコレ、見たら分かるでしょう?」

 これ見よがしに掲げられた右腕には三つの腕輪。一つは装飾品、もう一つは整備士ティジーとしての白き腕輪。そして最後の一つは、白い魔石の嵌る白い腕輪。

 再生魔法の使い手である証を目にした男の目が驚きのあまり大きくなるが、頭を振ったその顔は先ほどまでとは異なり真剣なものへと変わっている。それは無理もないこと。

 人体の仕組みを紐解き、科学的論理に基づいて医療と呼ばれる分野を確立させている医者や薬師。極少数の才覚者にのみ許されるとはいえ、ただ魔力を流すだけで全てのものを元通りにしてしまう再生魔法などというものは彼らからしたら敬仰に値しないのだ。
 両者は水と油。つまり、男とディアナは相容れない存在なのである。

「物理法則を無視してあらゆる物を元に戻してしまう再生魔法が有用なのは認めよう。だがキミ達は、それだけが全てではないと知るべきだ」

「睡眠薬や痺れ薬に毒薬、催眠薬や媚薬なんかもそうね。薬が有用でないとは言ってないわ?」

「キミの言う用途は副産物だ。体内を正常な状態へと導く薬本来の使い方とは道を別けた別分野」

「貴方達がどういう区分けをしようと世の中からすれば薬は薬だわ。人に害をもたらそうと、人を救おうともね」

「世の流れは認めざるを得ないが、僕が言いたいのはその点ではない」

「膨大な症例を頭に叩き込み、ソレを元に診断結果から対処法を導き出す。医者って、よほど頭が良いか、とんでもない量の経験がないとなれない職業よね。
 別に私は貴方たち医者を見下してやしないわ。寧ろ、使い手が少ないことが原因で高額な治療費のかかる再生魔法とは違い、安くはないとはいえ良心的な価格で怪我や病気の治療に当たることには好感がもてるもの」

「それが傲慢だと言っているのだ。キミは医療を再生魔法より下にしか見ていない」

「事実でしょ?再生魔法とはあらゆるものを元通りにするのよ。手や足が失われても元に戻せる。それを医療でできる、とでも?」

「そんな奇跡を起こせるのは再生師の中でも限られた者だけだろう?」

「でも医者にはできない、そうよね?」

 男の感情が感染ったかのように微笑みを消して真剣に言い合いをするディアナ。再生師としての誇りがそうさせるのか、医師と馴れ合う事はしないとばかりに否定的な言葉が並べられていった。


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