魔攻機装

野良ねこ

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第四章

4-7.晴れた視界に写るモノ

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「俺はお前より遥かに弱い」

 脈絡もなく告げられた言葉に小首を傾げるディアナ。その事実は理解できるものの、敢えて口にする理由までは分からなかった。
 当然、投げかけられたドミニャスとてそれは同じであり、何が言いたいとばかりに眉間に皺を寄せて続く言葉を待つ。

「俺はただアンジェラスという魔攻機装ミカニマギアに守られているだけなんだ。お前の放った必殺の魔法を受けてなお、俺が今、こうして生きているのが何よりの証拠」

「……守られている、だと?意味が分からん。そんな世迷言より魔力障壁パリエスを切り裂かれて尚、俺の刃を弾いたカラクリを教えやがれ」

「言った通り、全てはアンジェがやったことだ」

 魔攻機装ミカニマギア操者ティリスチーを守る……魔力障壁パリエスが自動で展開されることからそう比喩されることが無くはないのだが、そんなセリフを恥ずかしげもなく吐き出す輩のほとんどは自分の機体を愛して止まない、少しばかり常識からズレた存在だ。

 自身の仇敵が少々ヤバイ奴なのかと急に熱が冷めていくドミニャスだが、ルイスの言葉では渾身の一撃を防いだ説明にはなっていないと心の中で頭を振る。

魔力障壁パリエス以上に強堅な防御機構など革命レベルの代物。聞かれたからとて、おいそれと口にしないのも当然だな)

 すぐさま納得できる理由を弾き出すも、残念なことにそれはすぐに覆される。

「だいたい、思い出してみろよ。腹に風穴開けられて普通に動き回る馬鹿がどこにいるんだ?」

 ドミニャスにとって忘れもしないコロシアムでの最後の戦い。何がきっかけかは覚えていないものの、怒りに任せてルイスの腹をぶち抜いた。

 一瞬『殺っちまったか?』と焦りはしたものの三十連勝の大台に乗った喜びから大丈夫だろうと何の根拠もなく楽観したのも束の間、崩れ落ちるはずのルイスが何事もなかったかのように襲い掛かってきたのだ。

 あの時、確かに見た。魔力の槍が消えた後にルイスの腹から覗く汚れなき桃色の肉、それが一瞬にして真っ赤な血に染まる光景を。

「ここにいるじゃない……」

 肌で感じた黒き厄災ディザストロの異常性と、目の当たりにした『観測所』でのアンジェラスの覚醒。
 半信半疑だったルイスの使命話しも確信へと変えられ、コロシアムでの出来事も彼女の仕業なのだと今のディアナならば理解することができる。

(……くっ!)

 だが、かつてのディアナがそうであったように、ルイスの口から出たモノをそのまま飲み込むことが出来ないドミニャスは、屈辱を多分に含むトラウマに奥歯を噛み拳を固く握りしめる。

 降りた瞼に蘇るは忘れようと望んでも忘れられないあの時の光景。

 腹に空いた穴を白い光で塞ぎ、気を失ったかのように目を瞑ったまま拳を振り上げるルイス。耳をつん裂くガラスの割れる音のすぐ後には、久しく忘れていた血の味が口に溢れた。
 次々と襲いくる衝撃に脳が揺さぶられ、言い知れぬ恐怖に身体が動かず、なすがままされるがままに蹂躙された苦い記憶。

「あの時、意識のない俺の代わりに戦いに勝ったのはアンジェラスなんだ」

「意味が分からん! 魔攻機装ミカニマギアは機械だっ!己の意思を持つなど聞いたこともないし、仮にあったとしても十全に動くなど……」

「でもあのときお前はアンジェに負けたんだ。その事実は覆らない」

「…………」

「俺が言うと気に障るだろうけど、あの勝負のことは気にする必要はないと思うぞ?」

「……何が言いたい」

「コロシアムでの戦いって魔攻機装ミカニマギアの能力を如何に多く引き出せるか、持てる戦闘技術と如何に効率よく組み合わせられるかの操者ティリスチー同士の勝負。
 けど、勝敗の決したあの戦いを継続させたのは操者ティリスチー、つまり、俺を欠いた状態の魔攻機装ミカニマギアアンジェラス。お前の負けだと判断された戦いは前提条件すら達していない無効試合もいいところなんだよ」

 気にするな、などと言われようとも、事実、あの試合はドミニャスの負けだと判定がされて連勝記録はストップした。
 コロシアムが無くなった今ではそんなことを気にすること自体に意味はないのだが、手を引いてくれる仲間を振り切り、全てを投げ捨ててでもルイスに勝つ事だけを求める修羅の道を決心させるほど大きな傷痕を残した出来事。今更『はい、そうですか』などとどうして思えよう。

「現実的にはルイスの言い分は受け入れ難いしぃ?大勢の観客に見られたからね、素直に認めるのも簡単にはいかないとは思うわ。 けどね、いくら宿敵を見つけたからってなりふり構わず町中で戦闘するなんてお子ちゃまのすることよ?」

 勝てていない以上、晴れ晴れとした気持ちにはなれてはいないが、それでも己の全力を打つけたことにより人の話しが聞ける程度には落ち着いたドミニャス。
 するとどうだろう。先程から居たにも関わらず、今、ようやくにしてかつて恋焦がれた思い出深い最高の女が自分を見ていることを認識する。


──む?


 魔攻機装ミカニマギアを纏う事により、普段よりも多く曝け出されている白いおみ足。真っ赤な布切れを割るスリットは下着が見えそうなほど深く、ただ立っているだけだというのに情欲が掻き立てられる魅惑の女性。
 服の上からでも分かる腰のくびれ、相も変わらず主張の激しい胸部の膨らみ。鎖骨からうなじのラインを視線で愛でれば、シャープな顎のすぐ先にむしゃぶりつきたくなるような唇が待っていた。

「顔は悪くないくせに貴方のそういう幼稚なところがモテない原因なのよね。いい加減、気付いたらどうなの?」

 コロシアムに通っていたのは何もギャンブル好きなオッサンばかりではない。
 暇を持て余してやってくる者もいれば、魔攻機装ミカニマギア同士の戦闘を肴に酒を飲みに来る者もおり、娯楽を求める老若男女、エスクルサ内外の多くの者達でひしめき合っていた。

 そんな中、最強の一角たるドミニャスの人気がないはずがない。
 
 コアなファンというのは男女を問わず、寄せられる好意に変わりがなかった。いや、寧ろ、勢いにかまけて熱烈になる分、異性の方が歯止めが効かない傾向にある。
 選り取り見取りに差し出されたうら若き肉体。ドミニャスも健全な男であるがため気に入った女を部屋へ招き、思うがままに何十人と食い散らかしたものだ。

 だがしかし、ディアナの影を追い求めるドミニャスが夢中になれるような女が現れることはなかった。

(そうか……そうだ、思い出したぞ!コイツはディアナ以上の女を知りながら隠したんだ!!)

 一目見ただけで『これは無理』と諦めざるを得ないほどレーンにべったりするディアナ。そんな姿を目の当たりにすれば、特定の男など寄せ付けなかった孤高の女が自分に振り向くことは無いと悟る。
 しかし、心がささくれ立ったままに迎えたルイスとの対戦の最中、漆黒の魔攻機装ミカニマギアを纏うディアナ並みの極上女が居ることを耳にしたのだ。

 数多の女を抱きながらもディアナという理想とは違うと落胆する日々。それが突然、降って湧いた黒き厄災ディザストロ操者ティリスチーへとすげ替わる。

 だが、希望の光を見せた直後、それを独り占めするかの如く『女には会わせられない』とルイスがほざく。
 光から闇への逆転劇。空高く舞い上がった心は呆気なく叩き落とされ泥まみれとなる。

 当然のようにそれは引き金となり、怒りの沸点など瞬時に飛び越え、今、この時にまで至る悲劇の幕が開けたのだ。

「俺が引き退るには条件がある。それは、お前の言った漆黒の魔攻機装ミカニマギアを持つ女がどこにいるかを教えることだ」

「えっ!?」

 黒き厄災ディザストロの情報を求めたのは自分。
 しかし、何処をどうまかり間違えればそうなるのか理解に苦しむが、逆に問われてしまったルイスが返答を持ち合わせているはずもない。

(それは俺が聞きたいよ……)

「良いわ、知りたいことを教えてあげる。その代わり、ちゃんと剣を納めるのよ?」
「ディアナ!?」
「あららぁ~?やっと呼び捨てで呼んでくれたわね」
「……ディアナ、さん」
「ルイスのケチっ!」
「ちょっ!? その話しは何度も……」

「良いだろう、聞こう」

 刻々と拓けるドミニャスの視界に既にルイスは入っておらず、追い求めるべき対象の情報をくれると言い放ったディアナだけがそこにいる。

 己の意思を示すよう両手に持つジュディオからは緑の刃が消え失せ、代わりに現れた薄い魔力光に導かれて鞘である腕の膨らみへと格納された。
 ルイスもディアナも魔攻機装ミカニマギアを纏ったままでいることから魔攻機装ミカニマギアこそ解除してはいないものの、これは事実上の武装解除。
 薄紫の瞳と視線をつなげたままのドミニャスは今度はそっちの番だと言いたげに軽く顎をしゃくってみせた。


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