魔攻機装

野良ねこ

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第三章 紡がれた詩

3-26.動物の弱点、それは……

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 静止を決め込んでいた巨体が唐突に動き出す。

 砕けた床材を蹴り散らし、砲弾のように飛び出した紫の塊は巨軀に似合わぬ俊敏な動き。
 荒らされたばかりの床を叩いた炎は一瞬、その芯たる金属を晒すものの、レーンの闘志ともいえる熱い魔力によりすぐに元へと戻った。

 有り余る威圧に気圧されはした。しかし、次元が違うとさえ感じたあのエヴランスと比べたら目で追えるだけマシに思える。それはひとえに一ヶ月もの間みっちりと特訓した成果ではあるものの、遥かな高みを目指すレーンは己の現在地を見誤り、巨ゴリラから発せられる強烈な存在感は虚仮威しなのかと疑問に感じてしまっていた。

 しかしそれは間違いなのだと、数秒後には気付かされることとなる。


突き刺され、疾風の六棘ゼラチョヒ・パグナテート・へクシィ


 魔力で作られた緑色の棘は細く短く、薄暗い部屋では尚のこと視認性が悪い。それが六本。身軽に宙を舞い離れ行く七メートルの巨体を目指して音も無く駆け抜ける。

「──っ!」

 魔力で作られた魔法とは役目を果たして消失するまで術者と繋がりを持っている。それ故に熟練者であれば、追加の魔力を加えることにより既に発動している魔法に変化を与えることすら可能なのだ。

 逆に言えば、発動中の魔法に己の意思とは異なる変化があればすぐに気付くことができる。


「グルォオオッ!」


 短い紫の体毛に覆われた胸部。見るからに筋肉の塊である膨らみが少しばかりの膨張を見せた次の瞬間、それまで確かにあった魔法との繋がりが突然消失する。

 本能で危険を悟った巨ゴリラの吐息がレーンの魔法を掻き消したのだ。

「チッ」

 身体の隅から隅までを巡る血液と同じく体内を循環する魔力。その魔力を魔攻機装ミカニマギアという容器に集めて魔石という増幅装置の力を借りることにより、想像を絶する人知を超えた力を発現するのが魔法なのである。


──魔法に対抗出来るのは魔法のみ


 吐き出しただけの息で魔法が相殺されるなど普通であればあり得ない現象。しかしココは怪しげな生物研究所であり、何より今相手にしているのは常識外の巨大生物なのだ。

 見られただけで本能が逃走を呼びかけるほどの圧倒的存在感。そして極大の咆哮は全員の思考を停止させた。
 それらを踏まえれば奴が途轍もない強者であり、己の常識には当て嵌まらないのだと悟ることができる。

 瞬時に気持ちを切り替えたレーンは着地直前の巨ゴリラに向かい床を蹴る。

 同時に練られた魔力は炎に包まれたままの双頭ランスの周りに幾本もの稲妻を走らせた。


煉獄にて宿業を受け入れよエピシリシ・ディアモニス


 周りへの影響になど構ってはいられない。先ほど威力を抑えて警備ロボへと放った魔法とは比べものにならぬ威力を秘めた極太の雷光。狙った巨ゴリラとは関係のない場所にまで行き渡る雷は、レーンの魔力の半分を消費する大魔法が万が一にも避けられぬようにと敷いた保険のための布石であり、薄暗い部屋の全てを照らすかのような明るさに扉の開錠に取り組んでいたディアナ達が思わず振り返る。

「凄い……」
「これが魔法……」
「おお~っ、さっきより綺麗だ」

 しかし、それを讃える感嘆など一瞬。あっという間に薄暗さを取り戻した部屋には大きな紫色の毛球が転がっていたのだ。

──焼けた痕など一切ない

 人間ならば跡形も残さず消し飛ぶような、あからさまに高威力な魔法をくらったというのに、丸まっていた身体が何事もなかったかのように元の巨体へと戻る様子にディアナ達の血の気が音を立てて引いて行く。

「うそ、アレをまともに受けて平気な……レーン!?」

 それを予測していたかのように突き進む金色の影は燃え盛る炎を巨体へと突き入れる。

「グルルルッ、ガアアッ!!」

 間一髪のところで飛び退いた巨ゴリラは二度、三度と続けざまに振られる炎のランスを軽やかに躱してみせる。
 七メートルと一・八メートル。あからさまな身長差にレーンの不利は確実ではあるものの、果敢に飛び込むことでそれを補い相手を休ませることなく攻め続けた。

 しかしその攻防は巨ゴリラが攻めに転じたことであっさりと均衡が崩れ去る。

「ゴフッ……」

 炎を纏いし双頭ランスが駆け抜けた一瞬の後、丸太のような腕が目にも止まらぬ速度で振り抜かれた。

「レーン!!!!」

 その威力たるや正に脅威。

 現存する魔攻機装ミカニマギアの中で最高の性能を誇るオゥフェン、それを駆るのは血筋からしてサラブレッドとも言えるリヒテンベルグ帝国の第一皇子。最強の組み合わせから成る最硬の魔力障壁パリエスは鉄壁であるにも関わらずただの一撃で砕け散ったのだ。

 唯一の救いは魔力障壁パリエスが砕けることでその一撃を相殺し切ったということ。

 それでも床に叩きつけられた衝撃までもは殺しきれず、レーンの肉体を揺さぶり計り知れないダメージを与えた。
 その証拠にレーンの口元には、体内から漏れ出した赤い血が付着している。


「このケダモノがぁぁぁっ!!!」


 それを見るなり逆上するディアナ。御しきれない怒りは魔力となり全身を紅く染め上げ、それを受けたエルキュールの背中では真っ赤なリンゴ──【アミーシャ】が彼女の意志を汲んで機体から離れた。
 次の瞬間には視界から消えた八つもの【アミーシャ】が四方に散開、仇敵と定めた巨ゴリラへと攻撃を仕掛ける。

(あの馬鹿、役目を見誤りやがって……)

 何もない空中から放たれる小さな火魔法の数々。其処彼処に赤色が湧く様子は花火のようでもあるがそんな生易しいものではない。
 一秒の間に数発もの魔法が別々の場所から襲い来る。全てを防ぐのは困難であり、ましてや回避しきるなど到底不可能。魔力障壁パリエスだけを頼りに嵐が過ぎ去るのを待つというのは、標的となった相手からしたら生き地獄に思えることだろう。

 当然のように魔力障壁パリエスなど持たない巨ゴリラは避けること叶わず、次々と打ち込まれる火魔法に晒され皮膚を焼かれる。

「グルルルルルルルルルルッ……」

 紫色の大地を彩る赤いクレーター。じわりと溢れ出る血液は巨体を伝い滴り落ちるものの、苛立ちを込めて振られる腕は衰えるどころか寧ろ怒りを滾らせ加速しているようにすら感じる。

 常人には捉えられぬスピードで動き回る八つの【アミーシャ】。しかし、丸太のような太い腕が振られる度にその数は一つ、また一つと数を減らしていた。
 だが見えていないのは巨ゴリラも同じようで、赤い光に染まる瞳のない目がディアナへと向けられたまま動かない。

(本物の化け物だわ)

 攻撃を仕掛けているのがディアナであると悟った巨ゴリラは、傷付きながらも手を休めることなく殺意を叩き込み続ける。
 一方、相対するディアナもディアナで真っ向から睨み返し、レーンを傷付けられた怒りに胸を焦がす。

『コイツの相手は俺がする』

 多少なりとも冷静を取り戻したディアナが次なる魔法のために魔力を練り始めたところで聞こえる通信機からの声。

『先に進まねぇと全滅するっ、扉を開けろ!』

 五つめの【アミーシャ】が破壊されると同時、機を狙っていた金色の機体が巨ゴリラの腹へとめり込む。

 ディアナと【アミーシャ】に気を取られた完璧なタイミング。七メートルの巨体はくの字に折れ曲がり、幾つもの機械を薙ぎ倒して動きを止めた。
 そんな状態にありながらも色を濃くした赤い目はレーンを捉えて離さない。


「グルォラァァァァアアアアアアアッッ!!」


 鋭い咆哮と共に弾丸のように飛び出した紫の巨体。『来いよ』とばかりに待ち構えるレーンへと一直線に向かって行くものの、双頭ランスが炎を噴き上げたのを見るや否や残像を残すほどの勢いで突然進路を変える。

「ハッ!火が怖いってか?所詮ケモノだなっ」

 巨ゴリラの弱点を見抜いたレーンは側面からの攻撃に炎滾るランスを合わせる。すると先程のような圧倒的な威力など何処へやら、最も簡単に受け流せたことで確信を得た。


──風は当たらず雷も効かぬ。しかし、炎であれば渡り合える


『頼むぞ……』

 ディアナの耳に囁きが届いた次の瞬間、巨ゴリラの腕がレーンを捉えた。

 ガラスの割れる甲高い音を立て虹色の破片を撒き散らしながら吹き飛ばされる黄金の機体。本日二度目の魔力障壁パリエス破壊はレーンの魔力を大きく奪ったことだろう。

 しかし、目を見開き、声にならない悲鳴を上げたディアナが目にしたのは、壁に激突した直後を狙って肉薄した巨ゴリラが噴き上がる炎にたじろぎ直前で攻撃を止めた姿。
 慌てて飛び退く巨ゴリラを追い、壁となった炎の中から火の鳥が現れたのを最後に、色が変わるほど強く唇を噛み締めたディアナが呆然としているシェリル達へと振り返った。

「扉の開錠をする、急いでっ!!」

 
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