魔攻機装

野良ねこ

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第三章 紡がれた詩

3-25.地獄の釜が開くとき

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 設置された十本もの天井まで届く中型水槽。そこには男女五人ずつの肉体が長き時を経てなお囚われ続けている。
 部屋毎に区分けされた標本は人間だけに留まらず、意志疎通の可能な亜人種で代表的なエルフにドワーフ、獣人に加え、エルフより希少とされる魔族までもが巨大試験管の中に収められていたのだ。

「もう、お腹いっぱいだよぉ……」
「でも次あたり、本命の研究所っぽいのが出てきそうな雰囲気よね?」
「生物研究という時点でこれ以上探索をしたくない思いに駆られるが、設備といい自立ロボといい、超古代感漂うこの施設の終着点を見なければ帰れないな」
「言い出した本人が逃げ出すのは認めんぞ?」
「今回の事で好奇心の出し過ぎは危険だと自覚なさいませ、お嬢様?」

 エレベーターが止まり開いた扉の先はこれまでとは毛色が違っていた。
 見上げる天井は目測で十五メートル、横にも奥にも広い空間には先程のフロアでも目にした小振の水槽が立ち並び淡い光りを灯している。

 だがその中に浮かぶモノが皆の視線を釘付けにし、それ以上奥へ進むのを躊躇わせる。

「ちょっとココは……」
「いよいよ生々しくなったわね」

 人の身体に内包する臓物など普通の生活をしていれば目にする機会はまずない。しかし例え直接知らずとも肉の色や質感は食用にされる動物のソレと変わりがないため見れば直感的に理解してしまう。加えて見慣れた部位たる両眼が特に目立つ場所に保管されていればその理解も早まるというものだ。

「ごめん、ちょっと無理、かも……」

 心臓、肺、肝臓から小腸に至るまで、二十以上に分かれたブースには各部位の入れられた水槽が何十本と淡い光に照らされている。
 それに忌避を覚えるのは正常な反応だと言えた。


『警告、セキュリティパスが感知出来ません。一分以内に認証キーを所定の場所に翳して下さい。
 警告、セキュリティパスが……』


 突然鳴り響く警告音と強い主張を表す赤いランプの点滅は侵入者を驚かせるにはもってこいだ。当然のようにビクッ!と大きく身を震わせたシェリル達はただの放送かと胸を撫で下ろしはしたものの、安心するのはまだ早い。

「パスって何よ、そんなのあるわけないでしょ」

 慌てて引き返そうと振り返ればエレベーターの扉は既に閉まっている。

「うそ……」

 しかも、いくら壁のボタンを押そうとも、あれほど敏感に反応した扉が動く気配すらない。

 顔を見合わせる面々は全員が『ヤバイ』と感じており、互いに目を合わせて『どうする?』と探り合いを始めた時だった。

「おい、嘘だろ?」

 この広い空間で四方から警備ロボが湧き出てこれば堪ったものではない。先んじてオゥフェンを身に纏ったレーンが驚愕に固まった視線の先、それを追って顔を向けた全員が呟きをも真似て凍り付く。

「あれは猿、なのか?それにしちゃあ禍々し過ぎるこの気配と、なによりあの大きさはヤバイ」

 監視するかの如く正面に立ち並ぶ目玉入り小型水槽の更に奥、警告音を合図に一メートル上がった場所に聳え立つ巨大な水槽に紫の灯りが灯った。
 直径だけでも三メートル、高さは天上まで届く勢い。その中の液体に浸されたあり得ない大きさのゴリラは体長が六メートルも七メートルもあるように見える。

 パーツだらけの部屋にあり、唯一原型を留める生物。しかも水槽の生物は全て死んでいるものとばかりに思われていたというのに、巨大ゴリラははっきりとした敵意を感じられるほど鋭い目付きでレーン達を睨んでいたのだ。

 全員の背中を駆け抜ける悪寒。レーンの言葉に触発されずとも今にも飛び出してきそうなソレを見れば本能が身の危険を告げてくる。

 一番近い退路は真後ろのエレベーター。しかし、固く閉ざした入り口はオゥフェンの指が掛かろうともビクともしない。

「くそがぁぁっっ!!全員、扉から離れろ!」

 焦れたレーンが手振りで皆を退避させると、大きく引かれた右腕が炎に包まれる。


突き破れ!イベリッシュ・フォーガ


 突き出した炎腕が派手な音を立ててノックをした。同時に注ぎ込まれる炎はまるで脈動するかのように幾重もの波となって押し寄せ、貝のように固く閉ざした扉全体へと広がって行く。

「……まじか」

 しかし、役目を終えた炎が収まった後にはあいも変わらず鏡のような扉が健在であり、傷が付いている様子ですら見受けられない。

 凡庸な魔力障壁パリエスならば一撃で砕く炎の魔法。狙う的は静止している物体であり、その威力は存分に伝えることができた。

 しかし、結果は全員が目にする通りレーンの完敗。

 最も得意とする雷の魔法では電気回路に影響を及ぼす可能性があり控えただけのこと。それでも手を抜いた訳ではなく、多少傷付けてでもと放った魔法が何の成果もあげられなかった事はショックではあった。

 だが今は、少々プライドが傷付いたなどと足を止めている場合ではない。

(背後は塞がれた。と、なれば前に進むしかねぇよな)

 振り返ったレーンの目に映ったのは内包していたはずの水が半分にまで減った巨大水槽。既に化け物ゴリラの肩までが水面から出ており、水が抜け切った時点で動き出すとしか思えない。

「ディアナはエルキュールを!シェリルは二人を連れて俺に続けっ!」

 カーヤとノルンがシェリルに飛び付き、キリアを纏ったシェリルが走り出したレーンの後を滑るように追随する。同時に走り出したディアナが紅い光に包まれれば、真紅の魔攻機装ミカニマギアが殿を駆ける。

「おぉ~、いっぱい来たよぉ」
「何を嬉しがってるのよ!貴女はっ!!」

 頭でクルクルと回る赤色灯は薄暗い部屋に良く映えて綺麗ではあるのだが、その数が二十を超えるともなれば騒々しい事この上ない。
 巨大水槽を通り越した先、数個のブースの更に奥には何処からともなく湧き出した警備ロボが集まりつつあったのだ。


雷針乱舞トニテュア・ダニアーゴ


 時間にしてほんの一、二秒。オゥフェンの握る双頭ランスの先から眩い光が解き放たれたかと思いきや、糸のように細い稲妻が前方へと拡がり暗がりの奥へと駆け抜けて行く。

 たったそれだけのことで部屋を彩っていた赤色は消灯し、代わりに鼻をつまみたくなるような異臭を伴う煙が其処彼処から上がっている。

「凄い凄ぉ~いっ!もう一回やってぇ」

 暗闇に映えた稲妻が気に入ったのかノルンが手放しに褒め称えるものの、相対するはずの警備ロボの全ては既に行動を停止している。

「ノルン!いい加減に……っっ!?」

 場を弁えないお調子者を咎めるべく、いつものように調停役のカーヤが抗議を入れようとした矢先に聞こえるガラスの割れる派手な物音。


──何が起こったかなど見なくとも想像が付く


 それでも全員が反射的に振り向いた先、今しがた出来上がったばかりの少量の水を湛えるガラスの王冠。その中心には巨大な紫色の塊が鎮座していた。
 丸まっていたゴリラは自由を噛み締めるかのようにゆっくりと膝を伸ばして行き、巨大過ぎる全身を晒し始める。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」


 勢いよく拡げられた四肢と共に解き放たれる特大の咆哮。有り余る力を示すかの如く凄まじき声音は広い空間の隅々まで行き届き、ビリビリと肌を叩く振動は室内に立ち並んでいた無数の水槽をことごとく破壊して見せた。

 奴が示したのは無駄にデカいだけの声ではない。そこには長きに渡り理不尽に囚われていた苛立ちから来る怒りの感情が存分に込められており、それを本能的に感じ取った全員がその場に立ちすくみ思わず耳を塞いだのは動物として正常な反応であった。


──弱者は、強者の影に怯えて生きるもの


 二十秒を超える恐怖に晒されたことにより全員が我を忘れて巨ゴリラを魅入っていた。

「走れ!」

 沈黙を破ったレーンが魔攻機装ミカニマギアを纏うディアナとシェリルの腕を叩き部屋の奥へと走り始めるが、その一声が巨ゴリラの意識を自分達へと向けてしまう。

「姫っち!逃げよぉ~」
「お嬢様!!」

 二人の声にようやく我を取り戻したシェリルは慌ててレーンとディアナの後を追い始める。その際、床に散らばる臓物にカーヤが眉を顰めるも、今はそんなことに構っていられる余裕などありはしない。

「シェリル!急いで!」
「分かっている!」

 天井スレスレまで飛び上がった巨ゴリラは地響きと共に地に足を付けた。一足で進んだ距離はおよそ二十メートル、足場となった一つのブースはもはや鉄屑と化している。
 そして、僅かな溜めで行われる再びの跳躍は前に進むことを意識したものであり、灯りを灯すだけとなったブースを避けつつ奥へ奥へと走り続けるレーン達との距離を詰めにかかる。

「チッ!」

 みるみる間に距離の無くなる絶望的な逃走劇は巨大な壁が行手を阻んだことにより一分という短な時間で終焉を迎えた。
 しかしそれはレーン達の都合であり、暗闇に赤く目を光らせる追跡者の勢いが衰えることはない。
 
「ディアナ!コッチは任せた!時間を稼ぐから何とかしろっ!!」
「レーン!一人ではっ!!」

 レーン達に残された選択肢は二つ。数秒で追いつかれる巨ゴリラを打ち負かす、もしくは、壁に嵌め込まれた小さな扉を開けて前に進むかだけであった。

 単純に考えれば前に進む選択を取るべきだろう。しかし、それが容易ではない事を示すかのように、エレベーターと同じ扉でありながらその横にあるはずのスイッチが見当たらない。
 それを見たレーンは扉を開くには誰かが足止めをする必要があると判断し、勢いそのままに飛び上がると壁に足を付け、走り寄るディアナ達の頭上を飛び越えて行く。

「ソレを何とかしなきゃ、殺られるのを待つだけだろう!」

 魔力を受けた双頭ランスが炎に包まれる。それは、かの最強の男エヴランスと相見えたときと同等の威圧感を放つ強者へと立ち向かう覚悟の現れ。


「うぉぉおおおおおおおおおおおおおっっ!!」


 燃え盛る炎を大上段に構えたまま飛びかかる先には着地した直後で動きを止めた巨大なゴリラ。
 レーンの接近に次の跳躍を取りやめた巨ゴリラは鼻に皺を寄せて牙を剥きながらも、赤い目でその姿を追いながら獲物がやってくるのをじっと待っている。


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