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第三章 紡がれた詩
3-23.私の秘技、効きますやろ?
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操作が行われる度に切り替わる画面。ミネルバのフロントガラスは現在、周囲の様子を映し出すモニターと化していた。
「なんだこりゃ」
「いや、弄っていたら便利な機能を見つけてな」
「これは周囲の様子か。どこまでの範囲が見えるんだ?」
「今それを探っているのだが、どうも範囲に限りがないような感じなのだ」
「限りがない?」
「ああ、不思議だろう?」
ミネルバに積載されたカメラを通して映像を見ることは『マジカル・キララ』がライブでふんだんに使っていた先端技術ではあるのだが、それならば普及しつつある魔導具であるが故に理解に苦しむことはない。
しかし、今映し出されているのはザルツラウで行った【ヤラガスタ鉱山】の採掘風景。遠く離れた場所を【サンタ・サ・スケス】に居るミネルバのカメラが捉えることなど不可能。しかし手元のサブモニターに表示される地図をタップするだけで現地の様子が手に取るように見えてしまうのは不思議が過ぎる機能であった。
「ちょっと貸してくれ」
隣に腰を下ろしたレーンへと手にしたサブモニターを渡すシェリル。運転席の前に設置されたソレは取り外しが可能なタブレット端末であった。
「これはまた荘厳な城だな」
「ああ、世界一だと持ち主も自負していたよ」
『キファライオ宮殿』と表示される枠の中に映し出されたのは見ただけで感嘆を漏らすような白亜の宮殿。左右対称の建物もさることながら魅せるために計算し尽くされた庭は、上空からの映像でも美しいと感じるほど芸術的に整っていた。
そこはレーンが目的と定めた地。ミネルバではまだ行ったことのない遥か遠方にある地が映し出されたことに驚いたのは当然の反応だろう。
「重力を制御するエルフの魔石にも驚いたが、それをたった二ヶ月ちょっとで使いこなす爺ちゃんズも大概だぞ?それにこのミネルバの機能。あの老人達は一体何者なんだ?」
「いや、俺に聞かれても知らねぇし」
ここには居ないディアナならば何かしら知っているのかも知れない。そう逡巡するレーンだが、それを掻き消すシェリルの言葉。
「おや?これは遺跡か?」
「遺跡?」
遺跡とは過去にあった都市の慣れの果て。帝王学としてさまざまな事を叩き込まれたレーンは他国の歴史をも己の知識としている。
しかし、レーンの持つタブレットを横から操作していたシェリルが見つけたその遺跡は記憶にない。他種族とはいえドワーフ国【サンタ・サ・スケス】の歴史をも網羅しているはずだったのに、だ。
「おおっ!大きくなった。これならよく見えるが、これはただの岩じゃないのか?」
「忘れられた遺跡か、はたまた爺ぃ共の悪戯か」
表示されている地図には小さな三角があった。そこをタップしてみれば上空からの映像が映し出されるとともに『研究所』と表示までされている。しかし、どこからどう見てもただの岩にしか見えないのだが、何が琴線に触れたのか、レーンの肩へと手を置き口角を思い切り吊り上げるシェリル。
「ニナはしばらく戻らないんだろ?なら、我々は時間を持て余しているわけだ。それならばせっかく見つけた遺跡なんだ、観光がてら行ってみるのも面白いと思わないか?」
▲▼▲▼
「こうやって見るとただの岩だよね」
「そうね、こっちからだと岩にしか見えないわ」
一方向から見ないと扉には見えない。しかもよく見ないと扉がある事にすら気付けない隠されたものだとは現在進行形で身をもって体験している。
「でも、どうやったら開くんだ?」
「取っ手もありませんし、押しても開きませんし……」
「これってさぁ、魔導砲の出番じゃなぁ~い?」
荒野に佇む高さ三メートルの卵型の岩。他にも似たようなものは無数にありはするがミネルバが告げるのは皆が思い思いに調べるこの岩に間違いない。
しかし明らかに人工的な直線の切れ目があるものの、押そうが引こうが叩こうが、うんともすんとも反応しない。これではこの岩が本当に遺跡の入り口だったとて中に入るなど不可能に思える。それでも叩けば返ってくる軽い音が、長方形の切り込みの向こう側が空洞であることを告げていた。
──開かぬなら 無理やり開けよ ホトトギス
「おや?」
物騒な事を口にしたノルンが何気なく突いた手に違和感を覚えた。扉だと思しき長方形のすぐ隣、退かした手の下から現れたのは十五センチ角の小さな別の扉だった。
「でかしたっ、ノルン!」
口を開けた扉の向こうには、どなたのものか分からない手形がくっきりと残されているのみ。何かしらのスイッチやボタンは一切見つからず、物は試しにと手形に手を重ねてみるも特に何も起こる気配がない。
「多分手を合わせるのには違いないと思うんだけど開かないのは何ででしょうね。気になるのは真ん中に掘られたマークだけどコレ、何処かで見覚えがあるのよね」
手のひらの真ん中辺りには重なり合う三つの輪、三円が重なる中心にはクロスされた二枚の羽根が描かれている。
「そうだな……場所的にはドワーフの国旗や王家の紋章であってもおかしくはないだろうが、あからさまに違うし、他の国のものでも見た記憶はない。俺には心当たりがないんだが本当に見覚えがあるのか?」
「う~ん、どっかで見たのよねぇ……どこでかなぁ……」
「う~ん?……あぁ本当だ、見覚えのあるマークだな。ディアナと同じで思い出せないが」
物は試しにと覗き込んだシェリルも顎を手に当て悩み始めた。
続いて覗き込んだカーヤは思い当たる節が無かったらしく小さく首を振るも、物は試しにとばかりに手形へと手を合わせてみたのだが何かが変化する兆しはない。
「一つ提案が」
「何か閃いた?」
「魔導具のように魔力を込めると開くとかはありませんか?まぁ、私の弱い魔力では何も起こりませんでしたけど」
「うーん、やってみるわ」
魔力が弱くて反応しないのならばと、手を当てたディアナは徐々に強くして行ってみるがやはり変化がないままである。
「ねぇ姫っちぃ、ノルンの秘技を見せてあげようかぁ?」
一応皆の真似をして描かれた紋章を見はしたが、覚えなしと判断するやウロウロとしながら考え事をしているシェリルに近付き下から覗き込む。
「あー、うん、頼むよ」
心ここに在らずの返事だが了承を取り付けたノルンは意気揚々とシェリルの背後から抱き付いた。
「ひぁっ!?」
そんなことをされれば何事だと我に返るシェリルだが、しかしその時にはもう秘技は発動される寸前であった。
「ちょっと!ノルン!?」
「秘技、おっぱいモミモミ刺激で閃きピラーンの術!」
「ちょっ、あんっ……やめろ、ノル……んんっ!」
「──!!」
自分達の他に誰も居ないとはいえココは外。信じられない奇行にすぐさま駆け付けたカーヤは、楽しげに胸を揉みしだくノルンの脳天に手刀を叩き込む。その威力に「きゅ~っ」と目を回して離れるが、フラついているところに蹴りを追加されてあえなく地面とお友達になった。
「あっ!思い出した!」
自分のモノだと主張するようにカーヤに抱き抱えられたシェリルだが、突然大声を上げると彼女を置き去りにミネルバへと駆けていく。
一人残され哀愁漂う背中は如何ともし難く儚げではあるが、そこに優しい言葉を投げかける者は誰もいない。
「これよっ、これ!ほら、見て!」
胸の支えが取れたかのように満面の笑顔で戻ったシェリルは、得意げな顔で握っていた物をこれ見よがしに見せる。
それは手のひらサイズの黒いパイナップル。
ミネルバ内で通称 “爆弾” と認定されたエルフ国【レユニョレ】の国王夫妻からニナへと贈られた最強の通信機は、世界中どこからでも繋がると豪語する謎の魔導具。
その上部にある電源ボタンに遺跡と瓜二つのマークが刻まれていた。
「これかぁ」
しかし、疑問は晴れたものの同じマークを見つけたとて扉が開くわけでもない。
何気なく……そう、何気なく、マーク同士を合わせてみたら何かしら起こるのではないかと考えたとて自然な流れであっただろう。
「あー、その手が……」
『あなたっ!電源がっ!!フィア!フィアっ!元気なのっ!?お母さん心配で心配で夜も寝……』
突然荒野に響いたのはニナこと、フィアネリンデの母アナシアの切迫詰まる声。しかし悲しいかな、手に負えないと判断されるや否や速攻で電源が落とされ、失態を悟ったシェリルが謝罪の意味を含めて苦笑いと共に振り返った。罰の悪そうな顔で小さく舌を出し、拳を頭に付けるというオマケ付き。
凛とした印象の強い高貴な彼女がすれば、普段とのギャップが強く多少の失態などかき消すほど可愛らしい……が、実にあざとい。
一度電源を入れてからというもの封印という認識の元に見栄えの悪いアクセサリーとしてミネルバの運転席にぶら下げられていた超高性能魔導具。しかし【レユニョレ】にある片割れは台車で運ばなければならない大きさであるものの、アナシアが常に持ち歩き通信が来るのを今か今かと待ち侘びていたのだ。
「帰ったらニナに通信するように言っておくよ」
「ええ、お願い。私からも言うわ」
深い息を吐き出すシェリルとディアナだが、スススッと忍び寄ったノルンに警戒の色を示す。
再び胸を揉まれては敵わないと二人して手を構えて拒絶を表してみるが、当のノルンは唯一見えている目だけで笑ってみせた。
「ノルンの閃き、聞いてくれますぅ?」
「打つ手なしだから何でも言ってみて」
警戒を解いたディアナに向け、隠す事なくさも当然のように伸ばされたノルンの手は途中で叩き落とされる。「あぅっ」とか可愛らしい声を出すものの二人の視線は『早く言え』と冷たいものだったのだが、めげないノルンは何事もなかったかのように己の考えを提案する。
「パイナップルはエルフの作った特別な魔導具ですよねぇ?ぽーんとあっさり貰って来ちゃいましたがぁ、それはニナっちがエルフのお姫様だったってだけだと思いませんかぁ?」
「ええ、たぶんその通りだわ」
「最初はニナっちが起動させたし、今回は半分エルフの姫っちが起動した。でぇ~、もしかしてもしかすると特別な魔導具だからエルフ専用だったりして、とか思ってみたりぃ?」
「ふむ……しかし、その仮説を試すにはリスクが大き過ぎると思うのだが?」
「姫っちぃ、向いている方向が違いますのねん。試すべきはアッチではございませんのぉ?」
指された指に振り返る二人、そこにあるのは扉と思しき切り込みの横にある手形である。
これがもしもエルフにしか起動出来ない代物ならば、エルフの血を持つシェリルが魔力を通せば何かしらの変化が現れるかも知れない。そうノルンは仮定したのだ。
「何か説得力ある」
「試す価値は大いにあるわね」
互いの意思を確認するよう頷き合ったシェリルは自らの手を窪みに合わせる。そして魔力を送り出せばピピッという電子音と共にうんともすんとも言わなかった扉がゆっくりと開いて行くではないか。
「おおおおおっ!」
「やったわ!」
「やるじゃないか」
現れたのは風化など一切感じさせないピカピカに磨き上げられた金属で覆われた小狭い部屋。恐る恐る中を覗けば何もない密閉空間の壁に見覚えのあるボタンが四つ。
「これってもしかして……」
「エレベーターですか?」
「そんな気がするぅ」
扉の開け閉めと上昇下降の四つのボタンは天空都市【ウラノス】に向かう際に乗ったエレベーターと同じであった。
「爺ちゃん達は置いていって良いのか?」
「う~ん、まぁいいでしょ?」
「じゃあ、れっつらご~っ!」
ミネルバから降りてこなかった爺ちゃんズは置き去りに、レーン、ディアナにシェリル達三人はエレベーターに入ると扉を閉め、下降のボタンを押したのだった。
△▽
「良かったのか?」
ミネルバ居住区の一室、窓から見えるは閉じゆくエレベーターの扉。ここは姿を現さなかった爺ちゃんズの部屋である。
「アレと共に居る以上、遅かれ早かれ知ることになったであろう」
「しかし、気付かないままで終わる可能性もあった」
「希望的観測だ。ミネルバを与えた以上、知ってしまう確率の方が遥かに高かろうて」
扉が閉まり、再び岩と化した遺跡を眺めていたゼノはかけられた声に振り返った。そして例の如く言葉の掛け合いが始まったのだが彼らが言うアレとは一体……。
「人は興味を失ったら終わりなのだ。彼らがここを見つける、それはすなわち今を目一杯生きていることの証左だよ」
「フッ、我らと同じだな」
世界にある技術では到底成し得ない上空からの映像。その映像は一体どこから?ミネルバでそれが見えるのは何故?
鍵を握るのは七人のドワーフ。しかし物語は、軽い気持ちで遺跡の散策にでかけたレーン達を追う。
「まぁ、なるようになるじゃろ?」
「違いない」
「「「あっはっはっはっはっ」」」
「なんだこりゃ」
「いや、弄っていたら便利な機能を見つけてな」
「これは周囲の様子か。どこまでの範囲が見えるんだ?」
「今それを探っているのだが、どうも範囲に限りがないような感じなのだ」
「限りがない?」
「ああ、不思議だろう?」
ミネルバに積載されたカメラを通して映像を見ることは『マジカル・キララ』がライブでふんだんに使っていた先端技術ではあるのだが、それならば普及しつつある魔導具であるが故に理解に苦しむことはない。
しかし、今映し出されているのはザルツラウで行った【ヤラガスタ鉱山】の採掘風景。遠く離れた場所を【サンタ・サ・スケス】に居るミネルバのカメラが捉えることなど不可能。しかし手元のサブモニターに表示される地図をタップするだけで現地の様子が手に取るように見えてしまうのは不思議が過ぎる機能であった。
「ちょっと貸してくれ」
隣に腰を下ろしたレーンへと手にしたサブモニターを渡すシェリル。運転席の前に設置されたソレは取り外しが可能なタブレット端末であった。
「これはまた荘厳な城だな」
「ああ、世界一だと持ち主も自負していたよ」
『キファライオ宮殿』と表示される枠の中に映し出されたのは見ただけで感嘆を漏らすような白亜の宮殿。左右対称の建物もさることながら魅せるために計算し尽くされた庭は、上空からの映像でも美しいと感じるほど芸術的に整っていた。
そこはレーンが目的と定めた地。ミネルバではまだ行ったことのない遥か遠方にある地が映し出されたことに驚いたのは当然の反応だろう。
「重力を制御するエルフの魔石にも驚いたが、それをたった二ヶ月ちょっとで使いこなす爺ちゃんズも大概だぞ?それにこのミネルバの機能。あの老人達は一体何者なんだ?」
「いや、俺に聞かれても知らねぇし」
ここには居ないディアナならば何かしら知っているのかも知れない。そう逡巡するレーンだが、それを掻き消すシェリルの言葉。
「おや?これは遺跡か?」
「遺跡?」
遺跡とは過去にあった都市の慣れの果て。帝王学としてさまざまな事を叩き込まれたレーンは他国の歴史をも己の知識としている。
しかし、レーンの持つタブレットを横から操作していたシェリルが見つけたその遺跡は記憶にない。他種族とはいえドワーフ国【サンタ・サ・スケス】の歴史をも網羅しているはずだったのに、だ。
「おおっ!大きくなった。これならよく見えるが、これはただの岩じゃないのか?」
「忘れられた遺跡か、はたまた爺ぃ共の悪戯か」
表示されている地図には小さな三角があった。そこをタップしてみれば上空からの映像が映し出されるとともに『研究所』と表示までされている。しかし、どこからどう見てもただの岩にしか見えないのだが、何が琴線に触れたのか、レーンの肩へと手を置き口角を思い切り吊り上げるシェリル。
「ニナはしばらく戻らないんだろ?なら、我々は時間を持て余しているわけだ。それならばせっかく見つけた遺跡なんだ、観光がてら行ってみるのも面白いと思わないか?」
▲▼▲▼
「こうやって見るとただの岩だよね」
「そうね、こっちからだと岩にしか見えないわ」
一方向から見ないと扉には見えない。しかもよく見ないと扉がある事にすら気付けない隠されたものだとは現在進行形で身をもって体験している。
「でも、どうやったら開くんだ?」
「取っ手もありませんし、押しても開きませんし……」
「これってさぁ、魔導砲の出番じゃなぁ~い?」
荒野に佇む高さ三メートルの卵型の岩。他にも似たようなものは無数にありはするがミネルバが告げるのは皆が思い思いに調べるこの岩に間違いない。
しかし明らかに人工的な直線の切れ目があるものの、押そうが引こうが叩こうが、うんともすんとも反応しない。これではこの岩が本当に遺跡の入り口だったとて中に入るなど不可能に思える。それでも叩けば返ってくる軽い音が、長方形の切り込みの向こう側が空洞であることを告げていた。
──開かぬなら 無理やり開けよ ホトトギス
「おや?」
物騒な事を口にしたノルンが何気なく突いた手に違和感を覚えた。扉だと思しき長方形のすぐ隣、退かした手の下から現れたのは十五センチ角の小さな別の扉だった。
「でかしたっ、ノルン!」
口を開けた扉の向こうには、どなたのものか分からない手形がくっきりと残されているのみ。何かしらのスイッチやボタンは一切見つからず、物は試しにと手形に手を重ねてみるも特に何も起こる気配がない。
「多分手を合わせるのには違いないと思うんだけど開かないのは何ででしょうね。気になるのは真ん中に掘られたマークだけどコレ、何処かで見覚えがあるのよね」
手のひらの真ん中辺りには重なり合う三つの輪、三円が重なる中心にはクロスされた二枚の羽根が描かれている。
「そうだな……場所的にはドワーフの国旗や王家の紋章であってもおかしくはないだろうが、あからさまに違うし、他の国のものでも見た記憶はない。俺には心当たりがないんだが本当に見覚えがあるのか?」
「う~ん、どっかで見たのよねぇ……どこでかなぁ……」
「う~ん?……あぁ本当だ、見覚えのあるマークだな。ディアナと同じで思い出せないが」
物は試しにと覗き込んだシェリルも顎を手に当て悩み始めた。
続いて覗き込んだカーヤは思い当たる節が無かったらしく小さく首を振るも、物は試しにとばかりに手形へと手を合わせてみたのだが何かが変化する兆しはない。
「一つ提案が」
「何か閃いた?」
「魔導具のように魔力を込めると開くとかはありませんか?まぁ、私の弱い魔力では何も起こりませんでしたけど」
「うーん、やってみるわ」
魔力が弱くて反応しないのならばと、手を当てたディアナは徐々に強くして行ってみるがやはり変化がないままである。
「ねぇ姫っちぃ、ノルンの秘技を見せてあげようかぁ?」
一応皆の真似をして描かれた紋章を見はしたが、覚えなしと判断するやウロウロとしながら考え事をしているシェリルに近付き下から覗き込む。
「あー、うん、頼むよ」
心ここに在らずの返事だが了承を取り付けたノルンは意気揚々とシェリルの背後から抱き付いた。
「ひぁっ!?」
そんなことをされれば何事だと我に返るシェリルだが、しかしその時にはもう秘技は発動される寸前であった。
「ちょっと!ノルン!?」
「秘技、おっぱいモミモミ刺激で閃きピラーンの術!」
「ちょっ、あんっ……やめろ、ノル……んんっ!」
「──!!」
自分達の他に誰も居ないとはいえココは外。信じられない奇行にすぐさま駆け付けたカーヤは、楽しげに胸を揉みしだくノルンの脳天に手刀を叩き込む。その威力に「きゅ~っ」と目を回して離れるが、フラついているところに蹴りを追加されてあえなく地面とお友達になった。
「あっ!思い出した!」
自分のモノだと主張するようにカーヤに抱き抱えられたシェリルだが、突然大声を上げると彼女を置き去りにミネルバへと駆けていく。
一人残され哀愁漂う背中は如何ともし難く儚げではあるが、そこに優しい言葉を投げかける者は誰もいない。
「これよっ、これ!ほら、見て!」
胸の支えが取れたかのように満面の笑顔で戻ったシェリルは、得意げな顔で握っていた物をこれ見よがしに見せる。
それは手のひらサイズの黒いパイナップル。
ミネルバ内で通称 “爆弾” と認定されたエルフ国【レユニョレ】の国王夫妻からニナへと贈られた最強の通信機は、世界中どこからでも繋がると豪語する謎の魔導具。
その上部にある電源ボタンに遺跡と瓜二つのマークが刻まれていた。
「これかぁ」
しかし、疑問は晴れたものの同じマークを見つけたとて扉が開くわけでもない。
何気なく……そう、何気なく、マーク同士を合わせてみたら何かしら起こるのではないかと考えたとて自然な流れであっただろう。
「あー、その手が……」
『あなたっ!電源がっ!!フィア!フィアっ!元気なのっ!?お母さん心配で心配で夜も寝……』
突然荒野に響いたのはニナこと、フィアネリンデの母アナシアの切迫詰まる声。しかし悲しいかな、手に負えないと判断されるや否や速攻で電源が落とされ、失態を悟ったシェリルが謝罪の意味を含めて苦笑いと共に振り返った。罰の悪そうな顔で小さく舌を出し、拳を頭に付けるというオマケ付き。
凛とした印象の強い高貴な彼女がすれば、普段とのギャップが強く多少の失態などかき消すほど可愛らしい……が、実にあざとい。
一度電源を入れてからというもの封印という認識の元に見栄えの悪いアクセサリーとしてミネルバの運転席にぶら下げられていた超高性能魔導具。しかし【レユニョレ】にある片割れは台車で運ばなければならない大きさであるものの、アナシアが常に持ち歩き通信が来るのを今か今かと待ち侘びていたのだ。
「帰ったらニナに通信するように言っておくよ」
「ええ、お願い。私からも言うわ」
深い息を吐き出すシェリルとディアナだが、スススッと忍び寄ったノルンに警戒の色を示す。
再び胸を揉まれては敵わないと二人して手を構えて拒絶を表してみるが、当のノルンは唯一見えている目だけで笑ってみせた。
「ノルンの閃き、聞いてくれますぅ?」
「打つ手なしだから何でも言ってみて」
警戒を解いたディアナに向け、隠す事なくさも当然のように伸ばされたノルンの手は途中で叩き落とされる。「あぅっ」とか可愛らしい声を出すものの二人の視線は『早く言え』と冷たいものだったのだが、めげないノルンは何事もなかったかのように己の考えを提案する。
「パイナップルはエルフの作った特別な魔導具ですよねぇ?ぽーんとあっさり貰って来ちゃいましたがぁ、それはニナっちがエルフのお姫様だったってだけだと思いませんかぁ?」
「ええ、たぶんその通りだわ」
「最初はニナっちが起動させたし、今回は半分エルフの姫っちが起動した。でぇ~、もしかしてもしかすると特別な魔導具だからエルフ専用だったりして、とか思ってみたりぃ?」
「ふむ……しかし、その仮説を試すにはリスクが大き過ぎると思うのだが?」
「姫っちぃ、向いている方向が違いますのねん。試すべきはアッチではございませんのぉ?」
指された指に振り返る二人、そこにあるのは扉と思しき切り込みの横にある手形である。
これがもしもエルフにしか起動出来ない代物ならば、エルフの血を持つシェリルが魔力を通せば何かしらの変化が現れるかも知れない。そうノルンは仮定したのだ。
「何か説得力ある」
「試す価値は大いにあるわね」
互いの意思を確認するよう頷き合ったシェリルは自らの手を窪みに合わせる。そして魔力を送り出せばピピッという電子音と共にうんともすんとも言わなかった扉がゆっくりと開いて行くではないか。
「おおおおおっ!」
「やったわ!」
「やるじゃないか」
現れたのは風化など一切感じさせないピカピカに磨き上げられた金属で覆われた小狭い部屋。恐る恐る中を覗けば何もない密閉空間の壁に見覚えのあるボタンが四つ。
「これってもしかして……」
「エレベーターですか?」
「そんな気がするぅ」
扉の開け閉めと上昇下降の四つのボタンは天空都市【ウラノス】に向かう際に乗ったエレベーターと同じであった。
「爺ちゃん達は置いていって良いのか?」
「う~ん、まぁいいでしょ?」
「じゃあ、れっつらご~っ!」
ミネルバから降りてこなかった爺ちゃんズは置き去りに、レーン、ディアナにシェリル達三人はエレベーターに入ると扉を閉め、下降のボタンを押したのだった。
△▽
「良かったのか?」
ミネルバ居住区の一室、窓から見えるは閉じゆくエレベーターの扉。ここは姿を現さなかった爺ちゃんズの部屋である。
「アレと共に居る以上、遅かれ早かれ知ることになったであろう」
「しかし、気付かないままで終わる可能性もあった」
「希望的観測だ。ミネルバを与えた以上、知ってしまう確率の方が遥かに高かろうて」
扉が閉まり、再び岩と化した遺跡を眺めていたゼノはかけられた声に振り返った。そして例の如く言葉の掛け合いが始まったのだが彼らが言うアレとは一体……。
「人は興味を失ったら終わりなのだ。彼らがここを見つける、それはすなわち今を目一杯生きていることの証左だよ」
「フッ、我らと同じだな」
世界にある技術では到底成し得ない上空からの映像。その映像は一体どこから?ミネルバでそれが見えるのは何故?
鍵を握るのは七人のドワーフ。しかし物語は、軽い気持ちで遺跡の散策にでかけたレーン達を追う。
「まぁ、なるようになるじゃろ?」
「違いない」
「「「あっはっはっはっはっ」」」
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