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第三章 紡がれた詩
3-22.真相は闇に飲み込まれる
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「説明してください」
「はいぃぃっ!?」
支配人の立ち去った部屋で服を掴まれたルイスは、至近距離に詰め寄った金の瞳に射抜かれ硬直を余儀なくされた。
半分ずれたメガネからの上目遣い、そんな彼女を可愛いと感じたのは男として当然の反応。ニナの積極的な行為にドギマギしつつも主語のない言葉に『こっちが説明してほしいんですけど……』と思ってみたりもするが、なんとなく彼女のペースを崩してはならないと直感が訴えかけてくる。
本気で何を尋ねたいのかわからないルイスは宝石のような瞳を見返し『綺麗だなぁ』などと呑気に現実逃避をしているが、首元に突きつけられた言葉のナイフに一瞬にして目が覚める。
「ヤッたってどういう意味ですか?」
「えぇっっ!!今そこ!?」
グルカとのやり取りで出た言葉ではあるが、思い起こせばあの時はゴタゴタしていた為に口を挟むのを遠慮したのだろう。だが、揶揄われただけなのに、それをわざわざ説明するべきか否かは迷うところ。
幼い相手にどう答えたらと逡巡するルイスだが、見た目が十五、六のニナは実年齢が五十を超えていることを失念していた。
「えぇっとそれは、その……」
「ルイスは私のことをそんな目で見てたんですか?」
「ちっ、ちがっ!」
「違うって何が違うんですか?」
「えっと、その、あの……ニナちゃんのことはニナちゃんとして見てたわけで、異性としてとか……」
「さっきはニナって呼んでくれたのに今度はニナちゃんなんですか?なんでですか?」
「えぇっ!?さ、さっきはたまたま勢いで口が滑っ……」
「口が滑ったのならルイスの中でニナはニナなんですよね?だったらニナって呼んで下さい」
「えっ?あ、はい」
最初は嫌われているのかと思うくらいに、声をかけるのですら躊躇われる拒絶感をひしひしと感じていた。しかしいつの間にか、あったのかなかったのかよく分からないわだかまりは消え去っており、ほぼルイスが主体だとはいえ最近は二人で普通に会話を楽しむようになっている。
それが、今はどうだ。
はっきり言って名前の呼び方などどうでも良い。だが、捲し立てるような質問責めはいったい彼女の何を刺激すればこうも劇的に変化するというのだ。
分からない……女の子はさっぱり分からない。
「で、話は戻りますが……」
「も、戻るんだ……」
「ルイスは私の事を女だと思っていない、と?」
「言ってない!そんなことは言ってないよっ!」
「でも異性として見てないとはっきり言いましたよね?」
「そうじゃないっ、そうじゃないんだニナちゃん」
「あ、またちゃんって言いました。やり直しです」
「くぁぁぁぁっ!そうじゃないよニナ!これで良い!?」
「はい、結構です……で?」
「で?って!?」
「私だって女の子なのに、女として見られないほど魅力にかけている、と?」
「いやいやいや、ニナちゃんは十分み……」
「ほらまたニナちゃ……」
「ニナは十分魅力的な女の子です!」
「ふぅ~ん……」
フル回転した脳が酸素を求めて呼吸を早くしろと身体に命令を出した。それに応えたルイスの肉体は肩で息をするほど全力で呼吸を開始しする。瞬きすらしていないのではないかと感じさせる、片時も逸れることのない金の瞳を見つめ返しながら……。
「じゃあルイスは、私とヤリたいと思うのですか?この身体を好きにしたい、と?」
「待って、ニナ。男としてそういう欲求があるのは否定しない、けど……」
「じゃあ二人きりのこの部屋で私はヤラレちゃうんですね?」
「ヤルとか女の子が使うのはどうかと思うよ!?」
「……犯される?」
「聞こえが悪すぎるからやめてっ!」
「わがまま」
「とにかく!俺は欲望のままに行動するのは駄目だと思っている。なぜなら、その行為は本来子供を作る神聖なモノであって、遊びのように誰彼構わずするべきでないと考えるからだっ!……はぁはぁはぁはぁ、やっと言えた……」
「お疲れ様です」
「ああ、はい、お疲れ……って、ニナが言う!?」
「私が言ったら不味いことでも?」
「すみません、何でもないです」
疲労困憊、精疲力尽。僅か数分で極限まで疲れ果てた身体を癒すためこのままベッドに倒れ込みたい。今のルイスが一番に欲するのはそんな欲求だった。
もちろん、至近距離で服を掴み動こうとしない美少女を置き去りにして一人で、だ。
「ルイスは揶揄われるのが嫌だから私を抱かないのですか?それともお姉様に叱られるから?」
「俺は自分の好きな人としかしたくないだけなんだ、分かってよ、ニナ」
「では私はルイスに嫌われている、と?」
「そういうことじゃ……」
「じゃあ私にもチャンスはあるわけだ」
「ニナは……そういうことがしたいの?」
「ルイスと同じです、好きな人が相手ならば」
「そっか、一緒だ……」
「キス……して欲しい」
「えぇっっ!?そ、それはどういう……」
整ってきた呼吸だが、ニナの言葉に鼓動が加速する。
──今、彼女は何と?
聞き間違いであれば良かった。でも、未だ逸されることのない金眼は己が告げた思いに対するルイスの返事を待っている。
「ルイスは私が嫌い?」
「違う。嫌いなら同じ部屋に泊まったりしない」
「じゃあ、好き?」
「好きだけど、その好きと奥さんとして好きとは一緒かどうか分からないよ」
「好きに種類なんてない。もう育ったか、まだ育ちきってないかの違いだけ。だから……」
ズレていたメガネを外して目を瞑ると、ルイスを目掛けて顔を傾けるニナ。
彼女は恋人などではない。当然のように夫婦でもない。しかし、その美しすぎる無防備な顔は心の奥底に押し込めたはずの欲望を助長させる。
心臓が早鐘と化したルイスは自分がどうすることが正解なのか分からなくなっていた。
本音を言えば興味はある。しかしそれはフィラルカ聖教の教えに反すると考えるルイス。母親を早くに亡くし、心の拠り所となったフィラルカ聖教はルイスの根幹とも言える教え。そのため、教会努めでない信者にはめずらしく、貞潔を重んじなければとの心理が働くのだ。
「キス、とは、相手を受け入れ、より深い繋がりを持つための神聖な行為。それを拒むということは、私とは一緒に居たくないということですよね」
薄桃色の唇に紡がれた言葉は脳の奥の奥を揺さぶった。
──相手を受け入れる神聖な行為──
心臓が脈打つ毎に胸の奥に熱を感じる。それが溜まりゆくのは心の最奥に鎮座する理性という名の桶。
刻一刻と流れ込む “衝動” はすぐに限界を迎えて溢れ出し、堰き止めていた心のたがは溶かされ、欲望という毒が全身に回る。
「ニナ、俺はっ……」
華奢な身体を捕まえるには少々力が過ぎていた。しかし、そのことにすら気付けないほどに気が昂るルイスは肩に置いた手を操りニナを引き寄せる。
一方の手が腰へと回され、今の心境を表わすかのように二つの身体を密着させた。
普段の倍以上を奏でる鼓動、それに伴ない上気する二人の頬。互いの唇は徐々に距離を失い、やがてゼロ距離となる。
「んっ……」
尻から頭までを駆け抜けた電撃。身体の神経という神経を柔らかな羽根で撫でられたかのような形容し難い感覚は、端的に言えば未だかつて味わったことのなかった心地良さ。初めての感覚に思考が停止し、とても気分の良い夢見心地にただただ身を委ねる。
不意に訪れた浮遊感、かと思えば背中を包み込むように感じる柔らかさ。
押し倒された事を悟ったニナだが誘ったのは自分。幕が開き始めた未知の世界は不安なはずなのに、膨らみきった期待がそれを覆い隠す。
──あぁ、私、ルイスと……
腰にあったルイスの手が抜かれ腕に触れた。たったそれだけの事でゾクゾクし、これから起こる事に期待が膨らむ。
撫でるようなゆっくりとしたペースで這い上がる手は、肩で折り返すと慎ましい胸の上へとやって来た。
「んんっ!」
再び駆け抜ける電撃に頭の芯から気持ち良さが拡がる。
──もっと欲しい、もっと気持ち良いのが……
ルイスが鼻息を荒くし、ニナが初めての感覚に身悶えする。加速する二人の感情はもはや止まることはない。
ピピッ……ピピッ……ピピッ……
そのタイミングを狙ったかのように聞こえる電子音。それはニナの耳に嵌められた通信機からの着信を知らせる音だった。本来であれば装着しているニナにしか聞こえない仕様なのだが、二人が繋がっていたためルイスの耳にも届いてしまったのだ。
「──っ!?」
「うわぁっっ!ごっ、ごめん!!俺っ、何やって……ホントごめん!」
我に返った二人が慌てふためくのはなんと滑稽なことか……。
大慌てで飛び退いたルイスが床に両膝を突き、手を合わせてニナを拝む。彼としては精一杯の謝罪なのだろうが、そもそもニナが誘ったことなのに謝られても気分を害するだけだとはテンパる頭では気付けない。
「え?あっ、わっ、とととと……はい!」
『あぁん?ルイスか?何慌ててんだ?』
「えっ!?いやっ、あのっ!」
『まさかおめぇ、俺が衛兵相手にしてるってぇのにニナとしけ込んでたとか言わねぇよな?』
「そっ、そんなことしませんよ!絶対!!!」
『そこまで慌てるったぁ、マジでヤッてたな?』
「違います!そんなことあるわけないでしょう!?」
ムクリと起き上がったニナは感情の読み辛いいつもの顔。飛んで来た通信機を受け取り慌てて出てみれば、まるで見ていたかのように現状を看破される。
己の対応が情報をダダ漏れさせているのだが、自ら火に油を注ぐルイスは墓穴を拡げることに勤しむだけだった。
そんなルイスを尻目に小さく溜息を吐き出したニナは、他人の温もりが残る唇に指を当て己の行動を見返していた。
──何故わたしは……
望んでいなかったと言えば嘘になる。しかし急にあんな気分になった原因はなんだと、理屈を探るニナの視界に窓際に置かれた香炉が入る。微かな煙を上げる香、しかし匂いと言える匂いは感じられない。
「…………」
ベッドから立ち上がり近付いてみれば丁寧に畳まれた一枚の紙切れ。まさかと思い開いてみれば、予想通りに文字が現れる。
『お二人を見ていると焦ったくなります。想い想われるのなら結ばれるのが望ましい。差し出がましいとは思いましたが人生の先達としてささやかなプレゼントを贈ります。
お二人の未来に幸があらん事を願って』
差出人は書かれていない。しかし、文面から察するにあの支配人であることはまずもって間違いはない。
再び唇に指を当てたニナは微笑みを浮かべて香炉も手に取る。横目で見れば正座をしたまま大袈裟に身振り手振りを交えての言い訳をしているルイスの姿。
グルカへの対応に全力を尽くすルイスはそれに気付かず、この事件の原因たる二つの証拠品が知らぬ間に鞄の中へと仕舞われることとなった。
「はいぃぃっ!?」
支配人の立ち去った部屋で服を掴まれたルイスは、至近距離に詰め寄った金の瞳に射抜かれ硬直を余儀なくされた。
半分ずれたメガネからの上目遣い、そんな彼女を可愛いと感じたのは男として当然の反応。ニナの積極的な行為にドギマギしつつも主語のない言葉に『こっちが説明してほしいんですけど……』と思ってみたりもするが、なんとなく彼女のペースを崩してはならないと直感が訴えかけてくる。
本気で何を尋ねたいのかわからないルイスは宝石のような瞳を見返し『綺麗だなぁ』などと呑気に現実逃避をしているが、首元に突きつけられた言葉のナイフに一瞬にして目が覚める。
「ヤッたってどういう意味ですか?」
「えぇっっ!!今そこ!?」
グルカとのやり取りで出た言葉ではあるが、思い起こせばあの時はゴタゴタしていた為に口を挟むのを遠慮したのだろう。だが、揶揄われただけなのに、それをわざわざ説明するべきか否かは迷うところ。
幼い相手にどう答えたらと逡巡するルイスだが、見た目が十五、六のニナは実年齢が五十を超えていることを失念していた。
「えぇっとそれは、その……」
「ルイスは私のことをそんな目で見てたんですか?」
「ちっ、ちがっ!」
「違うって何が違うんですか?」
「えっと、その、あの……ニナちゃんのことはニナちゃんとして見てたわけで、異性としてとか……」
「さっきはニナって呼んでくれたのに今度はニナちゃんなんですか?なんでですか?」
「えぇっ!?さ、さっきはたまたま勢いで口が滑っ……」
「口が滑ったのならルイスの中でニナはニナなんですよね?だったらニナって呼んで下さい」
「えっ?あ、はい」
最初は嫌われているのかと思うくらいに、声をかけるのですら躊躇われる拒絶感をひしひしと感じていた。しかしいつの間にか、あったのかなかったのかよく分からないわだかまりは消え去っており、ほぼルイスが主体だとはいえ最近は二人で普通に会話を楽しむようになっている。
それが、今はどうだ。
はっきり言って名前の呼び方などどうでも良い。だが、捲し立てるような質問責めはいったい彼女の何を刺激すればこうも劇的に変化するというのだ。
分からない……女の子はさっぱり分からない。
「で、話は戻りますが……」
「も、戻るんだ……」
「ルイスは私の事を女だと思っていない、と?」
「言ってない!そんなことは言ってないよっ!」
「でも異性として見てないとはっきり言いましたよね?」
「そうじゃないっ、そうじゃないんだニナちゃん」
「あ、またちゃんって言いました。やり直しです」
「くぁぁぁぁっ!そうじゃないよニナ!これで良い!?」
「はい、結構です……で?」
「で?って!?」
「私だって女の子なのに、女として見られないほど魅力にかけている、と?」
「いやいやいや、ニナちゃんは十分み……」
「ほらまたニナちゃ……」
「ニナは十分魅力的な女の子です!」
「ふぅ~ん……」
フル回転した脳が酸素を求めて呼吸を早くしろと身体に命令を出した。それに応えたルイスの肉体は肩で息をするほど全力で呼吸を開始しする。瞬きすらしていないのではないかと感じさせる、片時も逸れることのない金の瞳を見つめ返しながら……。
「じゃあルイスは、私とヤリたいと思うのですか?この身体を好きにしたい、と?」
「待って、ニナ。男としてそういう欲求があるのは否定しない、けど……」
「じゃあ二人きりのこの部屋で私はヤラレちゃうんですね?」
「ヤルとか女の子が使うのはどうかと思うよ!?」
「……犯される?」
「聞こえが悪すぎるからやめてっ!」
「わがまま」
「とにかく!俺は欲望のままに行動するのは駄目だと思っている。なぜなら、その行為は本来子供を作る神聖なモノであって、遊びのように誰彼構わずするべきでないと考えるからだっ!……はぁはぁはぁはぁ、やっと言えた……」
「お疲れ様です」
「ああ、はい、お疲れ……って、ニナが言う!?」
「私が言ったら不味いことでも?」
「すみません、何でもないです」
疲労困憊、精疲力尽。僅か数分で極限まで疲れ果てた身体を癒すためこのままベッドに倒れ込みたい。今のルイスが一番に欲するのはそんな欲求だった。
もちろん、至近距離で服を掴み動こうとしない美少女を置き去りにして一人で、だ。
「ルイスは揶揄われるのが嫌だから私を抱かないのですか?それともお姉様に叱られるから?」
「俺は自分の好きな人としかしたくないだけなんだ、分かってよ、ニナ」
「では私はルイスに嫌われている、と?」
「そういうことじゃ……」
「じゃあ私にもチャンスはあるわけだ」
「ニナは……そういうことがしたいの?」
「ルイスと同じです、好きな人が相手ならば」
「そっか、一緒だ……」
「キス……して欲しい」
「えぇっっ!?そ、それはどういう……」
整ってきた呼吸だが、ニナの言葉に鼓動が加速する。
──今、彼女は何と?
聞き間違いであれば良かった。でも、未だ逸されることのない金眼は己が告げた思いに対するルイスの返事を待っている。
「ルイスは私が嫌い?」
「違う。嫌いなら同じ部屋に泊まったりしない」
「じゃあ、好き?」
「好きだけど、その好きと奥さんとして好きとは一緒かどうか分からないよ」
「好きに種類なんてない。もう育ったか、まだ育ちきってないかの違いだけ。だから……」
ズレていたメガネを外して目を瞑ると、ルイスを目掛けて顔を傾けるニナ。
彼女は恋人などではない。当然のように夫婦でもない。しかし、その美しすぎる無防備な顔は心の奥底に押し込めたはずの欲望を助長させる。
心臓が早鐘と化したルイスは自分がどうすることが正解なのか分からなくなっていた。
本音を言えば興味はある。しかしそれはフィラルカ聖教の教えに反すると考えるルイス。母親を早くに亡くし、心の拠り所となったフィラルカ聖教はルイスの根幹とも言える教え。そのため、教会努めでない信者にはめずらしく、貞潔を重んじなければとの心理が働くのだ。
「キス、とは、相手を受け入れ、より深い繋がりを持つための神聖な行為。それを拒むということは、私とは一緒に居たくないということですよね」
薄桃色の唇に紡がれた言葉は脳の奥の奥を揺さぶった。
──相手を受け入れる神聖な行為──
心臓が脈打つ毎に胸の奥に熱を感じる。それが溜まりゆくのは心の最奥に鎮座する理性という名の桶。
刻一刻と流れ込む “衝動” はすぐに限界を迎えて溢れ出し、堰き止めていた心のたがは溶かされ、欲望という毒が全身に回る。
「ニナ、俺はっ……」
華奢な身体を捕まえるには少々力が過ぎていた。しかし、そのことにすら気付けないほどに気が昂るルイスは肩に置いた手を操りニナを引き寄せる。
一方の手が腰へと回され、今の心境を表わすかのように二つの身体を密着させた。
普段の倍以上を奏でる鼓動、それに伴ない上気する二人の頬。互いの唇は徐々に距離を失い、やがてゼロ距離となる。
「んっ……」
尻から頭までを駆け抜けた電撃。身体の神経という神経を柔らかな羽根で撫でられたかのような形容し難い感覚は、端的に言えば未だかつて味わったことのなかった心地良さ。初めての感覚に思考が停止し、とても気分の良い夢見心地にただただ身を委ねる。
不意に訪れた浮遊感、かと思えば背中を包み込むように感じる柔らかさ。
押し倒された事を悟ったニナだが誘ったのは自分。幕が開き始めた未知の世界は不安なはずなのに、膨らみきった期待がそれを覆い隠す。
──あぁ、私、ルイスと……
腰にあったルイスの手が抜かれ腕に触れた。たったそれだけの事でゾクゾクし、これから起こる事に期待が膨らむ。
撫でるようなゆっくりとしたペースで這い上がる手は、肩で折り返すと慎ましい胸の上へとやって来た。
「んんっ!」
再び駆け抜ける電撃に頭の芯から気持ち良さが拡がる。
──もっと欲しい、もっと気持ち良いのが……
ルイスが鼻息を荒くし、ニナが初めての感覚に身悶えする。加速する二人の感情はもはや止まることはない。
ピピッ……ピピッ……ピピッ……
そのタイミングを狙ったかのように聞こえる電子音。それはニナの耳に嵌められた通信機からの着信を知らせる音だった。本来であれば装着しているニナにしか聞こえない仕様なのだが、二人が繋がっていたためルイスの耳にも届いてしまったのだ。
「──っ!?」
「うわぁっっ!ごっ、ごめん!!俺っ、何やって……ホントごめん!」
我に返った二人が慌てふためくのはなんと滑稽なことか……。
大慌てで飛び退いたルイスが床に両膝を突き、手を合わせてニナを拝む。彼としては精一杯の謝罪なのだろうが、そもそもニナが誘ったことなのに謝られても気分を害するだけだとはテンパる頭では気付けない。
「え?あっ、わっ、とととと……はい!」
『あぁん?ルイスか?何慌ててんだ?』
「えっ!?いやっ、あのっ!」
『まさかおめぇ、俺が衛兵相手にしてるってぇのにニナとしけ込んでたとか言わねぇよな?』
「そっ、そんなことしませんよ!絶対!!!」
『そこまで慌てるったぁ、マジでヤッてたな?』
「違います!そんなことあるわけないでしょう!?」
ムクリと起き上がったニナは感情の読み辛いいつもの顔。飛んで来た通信機を受け取り慌てて出てみれば、まるで見ていたかのように現状を看破される。
己の対応が情報をダダ漏れさせているのだが、自ら火に油を注ぐルイスは墓穴を拡げることに勤しむだけだった。
そんなルイスを尻目に小さく溜息を吐き出したニナは、他人の温もりが残る唇に指を当て己の行動を見返していた。
──何故わたしは……
望んでいなかったと言えば嘘になる。しかし急にあんな気分になった原因はなんだと、理屈を探るニナの視界に窓際に置かれた香炉が入る。微かな煙を上げる香、しかし匂いと言える匂いは感じられない。
「…………」
ベッドから立ち上がり近付いてみれば丁寧に畳まれた一枚の紙切れ。まさかと思い開いてみれば、予想通りに文字が現れる。
『お二人を見ていると焦ったくなります。想い想われるのなら結ばれるのが望ましい。差し出がましいとは思いましたが人生の先達としてささやかなプレゼントを贈ります。
お二人の未来に幸があらん事を願って』
差出人は書かれていない。しかし、文面から察するにあの支配人であることはまずもって間違いはない。
再び唇に指を当てたニナは微笑みを浮かべて香炉も手に取る。横目で見れば正座をしたまま大袈裟に身振り手振りを交えての言い訳をしているルイスの姿。
グルカへの対応に全力を尽くすルイスはそれに気付かず、この事件の原因たる二つの証拠品が知らぬ間に鞄の中へと仕舞われることとなった。
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