魔攻機装

野良ねこ

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第三章 紡がれた詩

3-12.笑顔の裏には意図がある

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 第三の都市リバレーヒルズから首都であるメレキヤまでは町を三つ越えての七日の道のり。
 その間にあった黒狼の襲撃は三回、そして今回を含めれば四回に登る。それは町を出る度に襲って来ていることを示しており、腕を組んだディアナがいい加減うんざりとして窓の外を眺めるのも無理はなかった。

「懲りないわね……」
「いやぁ、あの人達もお仕事ですからぁ」
「身も蓋もないわね、ノルン」
「お褒めに預かり光栄ですぅ~」
「……褒めてないわよ?」
「てへぺろ~」

 一度目の襲撃では雪辱を晴らすべく意気込んで出撃したというのに、僅か数分で鮮やかな撤退をしていった黒い狼達。試し切りが出来ると息巻いていたルイスが愚痴るのも頷けるやる気のなさであった。

 懲りずに砲弾を叩き込んできた二度目は、魔攻機装ミカニマギアの姿を確認した途端に撤退して行く。
 そして三度目は再び敷かれた地雷により空へと打ち上がったミネルバを狙い撃ちにするも、桃色魔石により強化された常時魔力障壁フリーズィエスがその悉くを防いでしまい、水色魔石による重力制御システムのテストに役立っただけに終わる。

 そして今回の四度目。

 再び宙を舞ったミネルバに向けて無駄な弾が放たれる一方、僅か数日で更なる進化を遂げた重力制御機構グラビティゼダーが能力を発揮した。

 ゆっくりと降下するミネルバの下を追いかける黒い魔攻機装ミカニマギアの集団、彼らが発したのは例の黒いロープだった。ミネルバ自体を捕らえようとの作戦らしいが、時が止まったかのように勢いを削がれたロープは辿り着くまでの空中に線を描くのみ。
 何食わぬ顔で空の旅を終えたミネルバは唖然とする彼らを置き去りに再び地面を走り始める。

 こうして通算五度もの襲撃を受けたミネルバは、難なく首都メレキヤの城門をくぐり抜けたのだった。


△▽


「ここまでくるとドワーフ率が半端ないですね」
「我らの故郷ルピナウスとてこんなものだろう?」
「メレキヤは人間が3%、獣人が3%、その他の種族が5%で、残りはドワーフらしいですよぉ?」
「よく調べたな、ノルン」
「わたしぃ、暗部ですからぁ~。えへへっ」

 平均身長が百二十センチと小柄な男性は一目でドワーフと分かるような堀が深い特徴的な顔。

 それに対して女性はといえば、男性と同じく凹凸のハッキリとした顔立ちではあるものの比べるべくもないほど肌艶が良く、他種族から見ても美人だと感じられる者が多い。そんな彼女達の平均身長は百五十センチと人間や獣人とほぼ変わりがないため顔を見ないと判別し難い。
 しかし種族の特徴とは容姿だけではなく、纏う雰囲気や些細な仕草、歩き方などの違いから観察力のある者にはパッと見で見分けがつくようだ。

「先ずは宿の確保。それから商工ギルドに行ってアポイントを取ってくるわ」

「言っていた工房はそんなに人気なのか?」

「そうね、王室御用達って格付けだから余所者の飛び込みだと嫌がられるのよ。あんな物を見せれば飛びつくかもしれないけど、なるべく穏便に済ませたいから一応、ね」

「やはり今回も一月くらい滞在する予定か?」

「う~ん、そこは彼ら次第だから何とも言えないわね。さっさと出たいのは山々なんだけど、研究の進度次第では長期間になるかも?」

「ならばまた魔攻機装ミカニマギアを貸してはくれぬか?」

「ノルンにも貸して欲しいですぅ~。姫っちだけ組んず解れずはズルっ娘ぉ」

「ちょっとノルン!言い方!」

 名目上は侍従なのに些か近過ぎる『シェリル』の呼び名は諦めた。しかし、組んず解れずとは外聞が悪く、カーヤからしたら看過できない表現なのである。

 実際行われるのは魔攻機装ミカニマギアを使っての戦闘訓練。

 以前勝ち取った約束は紅月家で襲って来た帝国兵の機体をシェリルの物へと改修してプレゼントする事で収まっている。
 だが、その作業を眺めていたシェリルは子供のようにワクワクする気持ちを抑えきれず、ディアナが出掛けて作業出来ないときには改修途中の機体を借りてルイスとの訓練を楽しんでいたのだ。

 それを羨んだノルンが駄々をこね、テスト用の機体であるアーテムを借り受け参戦したのもリバレーヒルズでのこと。
 女性に免疫のないルイスではあるが、毎日のように可愛子ちゃん二人と蜜な時間……もとい、密な時間を過ごしていたりする──羨ましい限りだ。

「それはそうとぉ、ず~っと疑問に思ってたんですけどぉ~」

「なに?」

「ミネルバのお部屋でも十分広いのにぃ、なんでわざわざ町に着く度に宿を取……モガモガモガ」

「ちょっと!ノルン!」

 いくらフレンドリーに接してくれているとはいえ相手は自分の遣える主人の雇い主。つまりディアナは現在進行形でシェリル達三人の上司に値するのだ。
 その人に向けてのデリカシーのない発言。流石に続けざまの二度目の失言は見過ごすわけにもいかず、慌てて当てられたカーヤの手がノルンの言葉を堰き止めた。

「なんでって、そんなの気分転換に決まってるじゃない」

「つまりレーンとのイチャイチャがマンネリ化しない為の布石というわけだな?」

「お嬢様!?」

 自由奔放なノルンを制したかと思えばシェリルからのぶっ込みに目を丸くするカーヤ。
 だが「そうね」と意外にも軽く言い放つディアナの返答にずり落ちた大きなメガネを指で押し上げながら、自分だけが間違った距離感で接していたのかと愕然とした思いに駆られていた。

「じゃあ我々は我々でもっと親睦を深めることに利用させてもらうとするかな……なあ、ルイス?」

「はぃぃっっ!?」

 たまたま客席部キャビンに居合わせたルイスは窓の外に視線を向けて耳に入る会話を何気なしに聞いていた。
 しかし、耳を疑う言葉に思わず素っ頓狂な声で反応してしまう。

(レーンとディアナのように親睦を深める!?それって、つまり……)

 三日月のように口を歪ませたシェリルは、ギギギギッと錆びた音が聞こえてくるようなコマ送りで振り向くルイスを眺めている。運転中だというのにハンドルを片手に半身は後部席を向いてる……小慣れたものだ。

「ノルンも~っ!ルイっちぃ、良いでしょう?」
「じゃあ私も参加させて頂きましょう」

 覆面で隠れた鼻から下を座席に隠すノルンの行動は意味不明だが、見えている目からはとても楽しそうだという以外は読み取ることができない。
 そんな二人の悪戯に拍車をかけるのは背もたれに肘を突いてルイスの観察を始めたカーヤ。血色の良い赤い唇に指を二本当て、ウインクと共に投げキッスを放つ。

「三人して揶揄うのはやめてくださいよぉ」

 それを受けたルイスは耳まで真っ赤に染まり尻を軸にゆっくりと回転すると、小悪魔と化した三人から背を向け外を見ながら一人、煩悩を押し殺そうと心を無にして黄昏るのだった。


▲▼▲▼


 塗られたポマードにより撫でつけられた黒髪、黒い革靴に燕服とくれば職業など言わずと知れる。ドワーフ族にしてはスリムな体型、しかし身長は平均的であった。
 男が見つめる先には箱型のモニター。眉間に皺を寄せ、そこに映る人物を見て溜息を吐くのは種族柄、仕方のない事だったとも言えよう。

「エルフが町に入っただと?」

 勢い良く開け放たれた扉をくぐったのはボールのような体型の男。ルハルド・ミント・ジ・オンデマンド、ドワーフ国【サンタ・サ・スケス】の第一王子である。

「はい、こちらでございます」

 促されるままに音を立てて座ったルハルドは脂肪で膨らんだ身体を背もたれへと預けた。悲鳴を上げる椅子などお構い無しに、おもむろに持ち上げた片足はもう片方の膝へと乗せられる。
 彼がやりたかったのは “足組み” であったが、いかんせん、短い足に加えて腹の肉が邪魔となりこれが限界であった。ちなみに本当は腕も組みたいと思いつつも、どう頑張っても肉の上で手首が交差する以上には腕同士が “こんにちわ” をしない……そう、彼の腕は仲が悪いのだ。

「この耳、間違いなくエルフだな。わざわざこんな奥地まで何用でき……おいっ!コイツの隣の女を拡大しろ!」

(やはりそこに目が行きますか……こうなると肝心のエルフなど眼中になくなってしまう)

 突然両手を伸ばして身を乗り出したルハルドは目の前のモニターを鷲掴みにして顔を近付ける。

「おおおおおっ……素晴らしい。素晴らしい女だ」

 馬の尻尾のように細い金のポニーテール。それと並んで歩くオレンジのポニーテールは毛量が多くてふんわりとしている。
 相対効果で小さく見える小顔はどちらかといえば人間の女が好みであるルハルドの目を惹く。更にその相対で実物より大きく見える胸の膨らみも好みのど真ん中であり、それを強調するかのような衣服に素晴らしいボディラインをまざまざと見せつけられて彼のボルテージが天を目指す。

「その背後は獣人だな。おいっ、もう少し右だっ!」

 二人の背後を歩く熊耳の獣人は顔は好みなのだが、オレンジ髪と比べたら胸の大きさで見劣りする。
 逆に胸は合格レベルのキツネ耳だが童顔は好みの範疇外。ヒョウ耳の謎めいた雰囲気には興味をそそられるものの覆面で顔が見えないため、やはりオレンジ髪の女へとターゲットが絞られた。

「人間にエルフに獣人とは異色の組み合わせだな。入国の目的はなんだ?」

「魔導具の解析だそうです。何でもリバレーヒルズの職人の紹介状をいくつも掲示したとか」

「という事はフランダラン商会か?」

「さようでございますが明日はディノクリム様の成誕の儀がございますぞ?」

「ぐぬぬ……仕方あるまい。リードニックには段取りを整えるよう指示を飛ばしておけ」

 了解の旨を示すよう恭しく頭を下げた執事だが、ドワーフ族とは犬猿の仲であるエルフのことなど頭からすっぽ抜けたルハルドには溜息を吐きたい心境に駆られていた。

「あのメスはどのような声で鳴くのであろうか………クククククッ」

 それとは対照的に、モニターに映る女を見つめてオアズケとなったお楽しみの時間への期待に胸を膨らますルハルドは鼻息を荒くするのであった。


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