魔攻機装

野良ねこ

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第三章 紡がれた詩

3-11.緊急です!補給を……早く!!

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「くううっ!……まだまだぁっ!!」

 捌き切れなかった攻撃を展開された虹膜が防いでくれる。しかし相手は手返しの良い細剣が二つ。魔力障壁パリエスの発動を横目に確認した次の瞬間にはもう片方が迫り、否応なしに対処を求められる。

「………………」

 加減なく淡々と振られるレイピアは真紅の魔攻機装ミカニマギアエルキュールのもの。それを纏うディアナは無表情のままルイスへと刃を叩きつけている。
 唯一感情が読み取れるとすれば、時折ピクピクと頬が引き攣ることくらいか。

「こっ、これ以上はっ!」

 新品の槍を試したいと言い出したのはルイスではある。しかしその相手には、師匠だと言っても過言ではないほど毎日のように鍛錬に付き合ってくれるグルカを選んだはずであった。
 だが、たまたま現れた不機嫌極まりないディアナが乱入し、なし崩し的にルイスが嬲られる構図が出来上がっている。

「………………チッ」

 上半身の動きのみで縦横無尽に描かれる金色の線。それですら対応しきれないというのに、突然動き始めたディアナは棒立ちになっているルイスの回りを高速で駆け始めた。

「くっ!あ!ちょっ、ディアナさん!!無理ぃっ!!」

 視界から外すまいと左足を軸にして必死で身体を回転させるルイスだが、変わらないスピードで襲いかかるレイピアの対応に追われて徐々に追い付けなくなる。
 視界から消えた紅の機体。当然その手は休まるはずもなく、見える範囲ならば対処出来るもののそれ以外からの攻撃には魔力障壁パリエスが発動しルイスがシャボン玉に包まれているかのように見える。


──ピキキッ


 ギミックもなければ魔法も使えない。まともな武器を得てようやく一端の機体として成り立ったアンジェラスだが、人の手により造られた魔攻機装ミカニマギアより遥かに硬い魔力障壁パリエスは元から備わる唯一の取り柄であった。

 慣れているわけでもなければ武道の心得があるでもない。操者ティリスチーとして未熟なルイスを助けていたのは一般的な機体より高い数値に跳ね上がる身体能力と強固な魔力障壁パリエス
 その強化された身体を持ってしても洗練されたディアナのスピードには追い付けず、いくら強固だから、いくら一撃の軽いエルキュールの攻撃だからとて受け続けるには限界がある。

(不味いっ! それなら一か八かっ……)

 そうは思えどなす術はなく、槍を振ろうとも掠りもしないし、襲いくる刃の半数も捌けていない。
 起死回生を狙い闇雲に突き出した左手は素早く動くディアナの行動を逆手に取るものだった。

「!!」

 予想外に伸ばされた純白の腕、その先端付近に突然現れる “黒” 。手首の上に出来た僅かな膨らみから真っ直ぐな黒線が描かれ始める。

 もう油断はしないと心に刻まされた不覚はつい先日の出来事。例え模擬戦といえども、例え相手が未熟なルイスと言えども、魔攻機装ミカニマギアを纏った瞬間から集中していたディアナは固く編み込まれたロープを視界に捉えた。
 フラッシュバックするあの時の光景。しかし、鼓動が一つ高鳴りはしたが、あんな単純な小道具は捕まらなければなんてことはない。

「くそっ!外した!」

 魔攻機装ミカニマギア戦においてロープを射出するなどあり得ない行為だ。百歩譲って奴らが使った特殊な物のように魔力障壁パリエスを透過し拘束されたとしても、魔法で対処すれば良いだけの話し。

 戦闘において初見だったとの言い訳は通用しないが魔力障壁パリエスの無視という異常事態に呆気に取られ対応が遅れたのは間違いがない。加えて、敵ながら見事なまでの連係。
 その二つがあってこそ有用となる代物であり、ルイス一人が闇雲に使ったとて脅威すら感じられないどころか、意味を理解せず、ただ単に行為を真似たことには怒りすら湧いてくる。

「ふ、ざ……」

 爆発的に湧いた感情は音を立てて噛み込まれた奥歯により一旦は静止するも、溢れ出す波に堪えきれず声となり漏れ出る。

「……けるなぁぁああっっ!!」

 自身の虹膜を突っ切り横に伸びた真っ黒なロープを掴んで引き寄せる。当然それはアンジェラスへと続くものであり、目を疑う程の力に引かれてバランスを崩したルイスへと飛び掛かったディアナが床を変形させるほどの勢いで右脚を踏み込む。

「こはっっ!」

 両の手首を突き合わせて押し出された掌打は、限界寸前であったアンジェラスの虹膜を砕くに至る。

 魔力障壁パリエスで軽減されてなお殺しきれなかった掌は無防備に晒されるルイスの腹部にまで到達し、その反動で弾かれると一直線に宙を舞い壁へと叩きつけられてしまった。

「おいおい、いくらなんでもやり過ぎだろ……」

「グルカの言う通り!」
「やりすぎじゃっ!」
「物事には限度がある!」
「あぁ……あんなに傷んでしもて……」
「謝れ!ミネルバにっ!!」
「あれは張り替えだな」
「壁は無事か?」

 成り行きを見守っていた全員が全員『そっちかよ!』と白い目を向けるが、当の爺ちゃんズはディアナの足元にワラワラと群がり床の検証に取り掛かる。

 それを置き去りにしたディアナは紅い光に包まれながら壁際で動かないルイスへと近寄って行く。険しい顔付きに加えて、収まらぬ怒りが滲み出るような強い靴音。誰も何も言わない彼女は近寄り難い雰囲気を纏っていた。

「どういうこと!? 説明して!」

 膝を突き、同じく生身となったルイスの胸ぐらを掴み無理やりに起こす。壁へと押し付け、寄せた顔は、ルイスとの距離僅か十センチ。そんな雰囲気ではないと分かりつつも頬に熱を感じたルイスが顔を逸らしたのは女性に免疫が無さすぎたからだった。

「知らない間に生えてたんだよ」
「生えたって……」

 ディアナが指したのは先程の黒いロープを射出するギミック。それが普通のロープであったのならまだしも黒狼の使っていた魔力障壁パリエスを透過するなどというふざけた能力を持つ特殊なロープと同じなのだから説明を求められても仕方がないだろう。
 しかもタイミング悪く、ディアナは同じ能力を持つことが判明している黒い手錠の鑑定を巡り方々を駆けずり回っている最中であった。

「断られたわ」
「……えっ?」
「全部『分からないから他を当たれ』って断られたのよっ!」
「え、あぁっと……ご愁傷様です?」
「ふざけないで!魔攻機装ミカニマギアの常識が覆りそうなほどの代物を何で貴方が持っているのよ!!何処で手に入れたか白状なさいっ!!!」
「待って、待ってディアナさん!本当に気が付いたら生えてたんだってばっ!」
「またディアナさんって言った!ディアナって呼び捨てにしろって何回言えば分かるの!?」
「いきなりの話題転換!って、今更そこ!?」
「毎回毎回同じこと言ってるのに理解出来ない!お前の頭にはネズミ程度の脳しか詰まってないのかぁぁぁっっ!!!!」

 最初の一、二軒はいくらドワーフといえども分からないことはあるのだと素直に諦められた。しかし二、三日預けては『鑑定不能』という結果をもらい続ければ流石に心労も溜まるというもの。

 それに追い討ちをかけるのが「紹介状を書くから王都に行け」と言われたこと。

 依頼されたは良いがさっぱり分からず、仕方なしに取った最終手段ではある。彼らが口を揃えて言うのはドワーフ国【サンタ・サ・スケス】の首都メレキヤにある国一番の工房での鑑定。そこで分からなければお手上げだ、とのこと。

 しかしディアナには、出来ることならばメレキヤには近付きたくない理由があった。
 そのため、ルイスの武器を作るという目的なのに、武器工房が少ないと知りながらも便の良いリバレーヒルズに立ち寄ると決めたのだ。

「お姉様、ルイスの表現はおかしく聞こえますが的は得ています」

 突然近くに聞こえた聞き慣れた声。しかしその途端、ふしゅる~ふしゅる~と奇妙な音を立てていたディアナの荒い息がピタリと止まる。


(…………ルイスぅぅぅっっ!?)


 思わず力が篭り壁に押し付けられたルイスが「グェッ」とカエルが潰れたような声を漏らすが気付かれもしない……。胸ぐらを掴んだままに振り返ったディアナの目は信じられないものを見るかの如く大きく見開かれていた。

 何の拘りがあるのかは知らないが、最も親密であると自負するディアナに対してでも『お姉様』と呼ぶニナは個人名を口にすることがまず持って無い。唯一耳にしたのは親族であると判明したシェリルのみ。

 そのニナが『ルイス』と呼んだのだ。

 煮え繰り返っていたディアナの頭は瞬間的に冷却され、見開いたばかりの薄紫の瞳は勢いを失い優しい光を灯した。ぱんぱんに膨らんでいた頬は萎み、屁の字口の口角は柔らかく上がり緩やかな弧を描く。

「ニナは診た・・の?」

「アンジェラスに発生した新たなギミックは後付けされた感じではなく、元の設計から組み込まれていたかのように完全に一体化しています。ですから『生えた』というのが適切な表現かと思われます」

「マジでか……」

「マジで、です」

 ニナが『マジで』などと口にするのは違和感極まりなかったが、全てにおいて堅い彼女が軟化するのは好ましいこと。それを成したルイスには嫉妬すら感じるが、それよりも大きいのは成長に対する感動であった。

「分かった、ニナがそう言うのならこの件は不問とする」
「ふ、不問って……」
「……何か言った?」
「い、いえっ……何も」

 振り向いたディアナの目は『ニナに何をした』と疑問の乗るジトッとした湿度の高いもの。
 その意味が分からないルイスではあったが逆らってはダメなのだと本能で悟ると、口を閉ざすという最良の選択をとる。

「仕方ないから覚悟を決めるわ。明日、リバレーヒルズを出てメレキヤに向かう。シェリル、運転頼んだわよ」

「ああ、一ヶ月以上も遊び歩いたんだ。雇われた以上仕事をしないと面目がなくなる、任せてもらおう」

 こうして急遽決まったメレキヤ行きだが、ディアナにはもう一つの思惑があった。

 それは彼女が不機嫌であったもう一つの要因。昨晩飲みに行ったままレーンが帰らなかったことにより、彼の愛情が不足して苛々していたのだ。
 これを解消するために最も効率が良いのはミネルバでの移動。広いようで狭い車内に閉じ込めてしまえば何処にも逃げようがなく、毎度毎度暇を持て余すレーンに甘えても彼の特になるだけでお互いwin-winでいられるからだった。


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