魔攻機装

野良ねこ

文字の大きさ
上 下
60 / 119
第三章 紡がれた詩

3-5.ギリギリは攻めてなんぼ

しおりを挟む
 剣戟の衝撃だけで土埃が舞うのは、打ち合う二人が人並外れた実力を持ち合わせているから。
 仄かな光を纏う棍と大斧は、人の何倍もの力を加えられたとて折れることも欠けることもなく、ただひたすらに主人の代理として意地を張り合う。

「腕を上げたな」
「そりゃ~そうさ。アンタみたいなケダモノが闊歩する世の中さね、女は男の庇護下に入るか、負かされないほど強くあるしかないのさ」
「ふんっ、俺は同意のない交渉はしない主義なの」
「アンタだけの話しじゃないだろう」
「あっそ」

 二人の戦いに水を差してはいけない、心の片隅で言い訳をする襲撃者達は暗黄と菫が入り乱れる区画から離れて紅い機体を追う。

「レーンっ」

 後続の男達を【アミーシャ】で牽制しつつ、五人に囲まれながらも徐々に押していたレーンの元へと駆け寄るディアナ。僅か数瞬だが確かに繋がった碧眼と薄紫の瞳。それだけで分かり合った二人は僅かなズレもなく同時に口を開く。


雷電刺牙パグナローテ・レリクタム
炸裂炎弾フラムバリ・エスプロジオ


 目を見張るほど強力ではないものの、それでも物理攻撃に勝る魔法による挟み撃ち。直撃を被った三機は魔力障壁パリエスを破られ、直接の肌で雷と炎を味わうこととなる。

「これほどの逸材が隠れていたとは恐れ入ったが、依頼主の方も軍属とはいえ相当だな。今は小手調べで殲滅されなかったことを良しとしよう」

 常軌を逸するグルカとツァレルのパワーバトルに見惚れていた眼帯男はレーンとディアナの起こした爆発によりハタと我に返る。
 見れば押されかけていた状況は悪化しており、劣勢は火を見るより明らか。これ以上の戦いは無意味に怪我を増やすだけであり、打ち合わせ通り雇い主が割って入った以上、貰った金分の働きはしたと判断できた。

「でも……やられっぱなしは格好がつかない、でしょ?」
「その通り。舐められ、名を落とせば、他の隊にも迷惑がかかる。ここは一つ、我らの尊厳を保つために一泡吹いてもらうとするか」
「りょ」

 男の服を離した少女はくたびれたウサギの下敷きになっていた、これまたくたびれた斜めかけの鞄から金属の棒を取り出す。
 革製の持ち手を付けられた二十センチほどの細い棒。二つが打ち合わされれば、楽器のような耳障りの良い音色が何もない荒野の空気を震わせた。

「……なんだ?」

 等間隔に三度響く高い音はディアナの合流により余裕の生まれたレーンの集中力を奪う。

 油断──まさにそれは心の隙。優勝劣敗であり、絶えず変化し続ける戦場においては決して見せてはならない弱い部分であった。


△▽


 これまでとは違い一気に押し寄せる黒い魔攻機装ミカニマギアの集団。狙いを定めさせぬよう長所である高い機動力を生かした緩急の激しい不規則な動きは、あたかも我先にと山を滑り降りる土石流に見える。

「……何をするんだ?」

 初めての魔攻機装ミカニマギア同士の戦闘に固唾を飲んで観入っていたシェリルだが、目の端に飛び込んだ光に気が付けばそれをやったであろう本人へと向き直る。

 続けざまに集まる視線、下手人は後部席のニナ。手にするタブレットによりミネルバの遠隔操作を行い、操縦席に並ぶパネルへと色を付けたのだ。

「魔導砲による威嚇射撃を行います」


「「「魔導砲!?」」」


 聞いたこともない言葉だが何となく “凄そう” と感じ取ったシェリル、カーヤ、ノルンはワクワク、ハラハラ、ドキドキと三者三様の感情を折り混ぜ、何が起こるのかと期待の眼差しを向ける。
 そんな彼女達にチラリとだけ視線を向けたニナは、軽快な指捌きで待機しているミネルバに次々と指令を送り出していく。

「威嚇なんぞ要らんわ」
「その通り!」
「黒い奴らを塵と化せ!」

「サブ魔導エンジン始動、目標出力50%」

 前面の一部がスライドすることで顔を覗かせた直径二十センチの円筒物。数センチだけ迫り出した砲身の先では、ポツリポツリと何処からともなく湧いて出る光の粒子が砲内へと吸い込まれ始めた。


△▽


 土煙を上げ、怒涛の如く迫り来る黒い魔攻機装ミカニマギア達。
 目の前へと意識を戻したレーンは目を細めて行動の先読みをしようとするが、これまでの接近戦のイメージが頭を占めており、思わぬ行動に出た彼らの動きに悪手で対応してしまう。

 それはレーンと合流した事で背後を気にする必要がなくなったディアナも同じ。
 人並外れた機動力と良く訓練されている連帯攻撃。並の魔攻機装ミカニマギアであれば数秒で飲まれていただろうが、武を学んだレーンと最強たるオウフェン、それに加えて自身のエルキュールがあれば確実に勝てるビジョンが見えていた。

「──っ!!」

 僅かな時間差で放たれた黒、尾を引くそれは鞭のようであった。

 反射的に振り上げてしまったランスだが、数本を纏めて叩き落としたものの数の波が押し寄せる。
 だがそんな物は魔力障壁パリエスが弾き返す、そう思っていた矢先に背筋を刺激する直感的な緊張。流れる時間さえ遅く感じるほどの極度な集中が展開された虹膜に接触する黒いロープをスローモーションであるかなようにハッキリと可視化させる。

 虹と黒とが触れ合った瞬間、拒絶されるはずの黒が虹色の中へと埋もれゆく。

 それだけで痛みがある訳ではない。しかし自分の体内へと何かが侵入してくるような反吐が出るほどの形容し難い気持ちの悪さ。見開いた目が次々とやって来るロープを捉えるが、それを振り切るランスは役目を果たして空を目指している。
 魔力障壁パリエス無き今のレーンは無防備であり、ここぞとばかりに迫り来るロープの群れは容赦なく腕に足、胴に首にと絡み付く。

 張られたロープは自由を奪う、それは隣のディアナも同様であった。
 

「第一皇子ぃぃぃっ!!!!」

 
 二人を縛るために動きを止めた黒の集団、その背後から飛び出したのは憤怒に燃える一機の魔攻機装ミカニマギア
 群青色は小隊規模の隊長機色。憎しみで血走る目を向け走り寄るエドルが帝国の軍人であることなどレーンからしたら聞くまでもないことだった。

(ミフネを殺った奴らか!)

 人の上に立つ者の素養の一つに相手の顔を覚えるという技能も含まれる。かくいうレーンもリヒテンベング帝国という巨大国家の頂点に立つべくして産まれた男子、動乱の中でチラリと見ただけのエドルの顔を苦もなく思い出した……が、ミフネは殺されてなどいない、断じて。

「チッ!」

 張られたロープに捕らわれ身動きが取れないのは打ち合わせ通りのシナリオ。例え鋼鉄を破壊するような剛力の持ち主だとしても、初速を殺されれば真価など発揮できやしない。

 数の暴力を活かした単純な作戦ではあるが、そもそも魔力障壁パリエスを持つ魔攻機装ミカニマギアの拘束自体が不可能に近い。それを可能にしたのが帝国から支給された黒いロープ。パワーでは劣る黒い魔攻機装ミカニマギア達だがピンと張られたロープを手に負けじと踏ん張る、当初から彼らに依頼された役目はこれだけであった。


「死に晒せぇぇえええぇぇえぇえぇええっ!!」


 無防備など知ったことかと大きく身体を開き全力で振りかぶられたエドルの手斧。怒りが移ったかのように燃え盛る炎は、親友であったキースの仇を討つべく込められた憎しみの魔力。

 拘束されたことにより拘束を解く方に意識が行ってしまった。故に、魔法を放とうにも魔力が集まる前に手斧がやってくる。
 避けることも防ぐこともままならぬ今、頼るべきは魔力障壁パリエスのみ。そう判断したレーンは眼前に迫る赤々とした手斧を睨みつけた。

「──っ!!」

 甲高い音と共に弾き返す──が、数日かけて練り上げられた怨嗟が確かな爪痕を残す。

 意識することにより普段より多くの魔力が消費され、より強固となる薄い虹色の防御膜。その虹膜に一本の線が書き入れられ、周りに細かなひび割れが発生している。
 拘束されるという予想外の状況に多少なりとも動揺していたのもあるのだろう。しかし、それを差し引いても曲がりなりにもオゥフェンが張る魔力障壁パリエス、汎用機の一撃が砕く寸前までのダメージを与えるなど目を疑う事象である。

 しかし、極度に集中された意識は魔攻機装ミカニマギアの性能を発揮させ、普段ならばあり得ない結果を生み出した。


(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっっ!!!)


 反作用により後退するエドルは、地面を穿つ勢いで突き立てた足が浅い溝を掘りながらも強引に制動をかける。当然、過度な負荷は己の魔攻機装ミカニマギアにダメージを与えるが、そんなこと知ったことではない。一撃で砕けぬなら砕けるまでやるのみ。再三の警告を受けて尚、捕縛という任務など置き忘れてきたエドルはキースの仇を取ることにしか意識がなかった。

 込められた魔力が消費され一旦は消えてしまった炎。しかし、目的はまだ果たされていない。


「うぉおおおおおぉぉぉおおぉぉぉおっ!!!」


 再び灯った炎は先程よりも大きく、手斧が纏っているというよりは柄の先に篝火が付いているかのよう。碧眼を睨みつけるエドルは本人を目の前にしたことで堰を切ったように憎悪が溢れ出していた。

『潮時だ、撤収する』

 思わぬ威力に警戒心を高め、次撃に集中しようとした矢先。僅かにしか動かせないほど頑強な拘束が呆気なく解かれる。

「なん……っ!?」

 今、まさに飛びかかって来ようとしていたエドルが目にも止まらぬ速さで近寄った黒い影に弾かれると同時、ピリピリとした仄かな圧力を感じていた右手側から眩いばかりの光の膜が引かれて何も見えなくなる。

「ニナか!」

 疑問を口にする前に飛び込んできた光景。既に遅いとは分かりながらも反射的に飛び退き視線を向ければ、砲身をこちらに向けたミネルバの姿が。

 それを確認し視線を戻した時には、既に射程から外れた黒い魔攻機装ミカニマギア達。何の置き土産も無いままに背後を見せる姿は鮮やか過ぎる撤収だと、惚れ惚れするほど統率の取れた集団に感嘆したレーン。
 それは次なる行動を起こさず同じ方向を見て立ち並んだディアナにしても同じだった。

「際どいとこに撃ち込んできたけど、的確過ぎるわよ……ニナ」

 光の帯が駆け抜けたのはレーンとディアナの目の前五十センチ。ほんの少しズレただけで味方まで焼き尽くす攻撃は諸刃も良いところである。
 しかし絶体絶命とまではいかなくとも拘束という厄介な状況に直面しており、起死回生の一撃であったのは紛れもない事実。

「ニナがお前を傷付けるわけねぇだろ?それだけ自信があったってことさ」

 事を成したニナを見るかの如くミネルバへと視線を向けた顔には微笑みが浮かぶ。

 出されたままの砲身から青白い粒子を微風に流すミネルバ。それを眺めるレーンの中には『やってくれたな』と意表を突かれたことに対する苦言と共に『助かった』との感謝の念も入り混じっていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

処理中です...