魔攻機装

野良ねこ

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第三章 紡がれた詩

3-2.仲良くしようよ!

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 夕食を終えた足でシャワーを浴び、首にかけたタオルで髪を拭きながら自室を出たルイス。リビングで飲み物を調達し何気なしに足を向けたミネルバ内の工房では、奥の方の一角にだけ照明が灯いていた。

「……ニナちゃん?」

 以前見た外装の無い魔攻機装ミカニマギアを前にして熱心に作業を続けるニナは、ゆったりと近付くルイスには気付かない。

 せっかく集中しているのならとそれ以上は何も言うことなく近くに座り、机に拡げられた図面を見てみるも専門知識のないルイスにとっては何が何だかさっぱり分からない。
 しかし、あちらこちらにと動き回るニナの姿を何となく見ていたい気分になったルイスは再びリビングを訪れ、飲み物のお代わりを持ってニナが作業する横の机に居座っていた。

「!?」

 それから一時間ほどが経った頃、瓶詰めにされた三本目のエールが殻になると同時に振り返ったニナは、居るはずもない人物を目の当たりにしてビクリ!と身を震わせ動きを止める。

「な、なっ……」

「お疲れ。ニナちゃんの分、緩くなっちゃったけど……飲む?」

 ニナ用にと気を利かせて持ってきたのは彼女が口にすると知っている果実を原材料にしたお酒。冷蔵庫から出して随分経つが、せっかくなのでと聞いてみたのだ。

 しかし、驚愕を見せたニナはすぐに平静を取り戻すも、不機嫌そうな雰囲気を纏いつつもルイスの隣へと腰を下ろし膝を突き合わせる。

「何で……いつからですか?」

 差し出されたまま引っ込みの付かなかっただろうルイスの握る酒瓶。それを受け取り、何処からか取り出した栓抜きで蓋を開けると口を付ける。

 思わぬ近距離にドギマギするも、目を閉じ、酒を喉に通す姿に見惚れながら『不味った?』と自分の至らなかった部分を探すが思い付かず、お叱りを受ける覚悟で白状する。

「結構前、かな?……ごめん、ダメだった?」
「こんな場所でやってるんですからダメなはずはありません。けど、声くらい掛けてくれても……」
「ご、ごめん。一応声は掛けたんだよ?でも集中してたっぽいから気付くまで再度の声掛けは遠慮したんだ」

 無言で流れる時間。気不味くなったルイスが席を外した方がいいのかと思い至り、腰を上げる一歩手前で疑問を投げかけるニナ。不機嫌そうな雰囲気を放ちつつもその実、最近、事あれば目の行ってしまうルイスと二人きりだという環境にどうして良いのか分からないでいた。

「貴方は何故、魔攻機装ミカニマギアを使うのですか?」

「えっ?」

 自分がレーンと共に旅をする目的は一番新しい仲間であるシェリル達も共有すること。今更投げかけられた疑問の意図が読めず何を答えればいいのか分からない。
 だが、目の前のニナの顔は真剣であり、逃げを打つことは許されない感じがした。

「これは誰にも話していないんだけどね……」

 そう切り出したルイスはアリキティス事件の惨劇を語り始める。
 毎日夢に見る幼馴染と父親の死、それを行った黒き厄災ディザストロを殺す事こそが自分の本当の目的なのだ、と。

「今ではだいぶ落ち着いたつもり。けど、俺がアンジェラスを駆るのはどう言い繕っても復讐のためなんだ、これがニナちゃんの質問に対する答えだよ」

 殆ど感情が現れない事もあり、エルフ、それも一際の美貌を持つ王族だと判明したニナは一切の歪みの見当たらないお人形のような容姿。
 可愛さの中に綺麗さも入り混じる、何処か非現実さを感じさせる女の子に無言で見つめられるルイスは『正直に話したんだけど……』と、責められているような圧迫感を感じつつも逃げるわけにもいかず、磨かれた黄金のように綺麗な金色の瞳を見返す他なかった。

「私のを見たんですから、貴方のも見せて下さい」
「…………んんっ!?」

 『何を』と主語のない言葉は誤解を生み、顔を赤らめたルイスを見て小首を傾げるニナ。

 夜も更けた時間で二人きり、膝を突き合わせる距離で見つめ合っての一言。『ニナちゃんの目、綺麗だな』などと惚けていたところに投げられた石が、どの様な波紋をルイスに投げかけたかは想像にお任せしよう。

「アンジェラスを見せてください」
「あ、あ、あ、アンジェラスね!良いよっ!」

 自分のプライベートである未完成な魔攻機装ミカニマギアを見たのだから、ルイスの魔攻機装プライベートも見たい。
 それは、姉であり整備士ティジーとしての先生たるディアナですら魔力を通したことのないルイスのプライベートを自分だけには見せて欲しいというニナなりの距離の詰め方。

 しかしそれは、魔攻機装ミカニマギアしかない世界で生きてきたニナには精一杯の努力でも、一般的には説明されないと理解し難いもの。
 当然、テンパるルイスに理解することなど出来なかったのだが、アンジェラスを纏ったルイスの周りをちょこまかと動き回るニナの姿はこの後三時間に渡り見ることができた。


▲▼▲▼


 右手に嵌る白い腕輪を通して流される魔力。整備士ティジーとしての能力ちからは魔導具の解析にも発揮されるのだが、机に置かれた黒い手錠からは何の情報も得られないでいた。

「だめか?」
「ぜんっぜんダメね」

 それは紅月家襲撃の際に帝国兵が投げつけて来た物体。見た目がそっくりなのでどちらかは見分けが付かないが、二つの内の一つはオゥフェンの魔力障壁パリエスを侵食したのだ。これが武器として採用されれば、厄介極まりないことは想像に難しくない。

 帝国の持つ技術が魔攻機装ミカニマギアの根底を覆す。知らないのならまだしも現物が目の前に有る以上、見て見ぬふりが出来るほどお気楽ウサギではない。ディアナが解析に乗り出したのも当然の流れだが、整備士ティジーの魔力が通らない以上全くもってお手上げ状態である。

「師匠達は貰った魔石を使ったギミック開発に没頭してるし、【サンタ・サ・スケス】に着くまでお預けって感じね」

「帝国の開発した物がドワーフに分かるのか?」

「魔導具開発はドワーフの専売特許だって知ってるでしょ?いくら進んでる帝国の開発チームっていっても、残念ながら技術力ではドワーフの方が上だわ」

「それほど進んだ技術がありながら、世界を獲らなかったのが不思議だな」

「生粋の技術者集団ってのは師匠達を見てれば分かるでしょ?それに彼等は世界の覇権より、今飲めるお酒があれば満足なのよ」

「あと、女か?」
「そうね」
「そうなると世界を獲った方が好きなものが好きなだけ手に入る気がするが?」
「そんな先を見れないのがドワーフって種族なのよ」
「フッ、それもそうか」

 物を作ることが何よりも好きなドワーフ。それと対を成すのは酒なのだが、それはそれである。

 魔攻機装ミカニマギア本体の技術は各国の方が高い現在だが、その付属品たるギミックや武具に関してはドワーフの方が多彩で良いものを開発している。
 それを仕入れて新たなものを研究開発する人間ではあるが、所詮後追いでありドワーフには追い付けていない。それと似た状況なのが魔導具であり、最高級、もしくは目新しい物を求めるのであればドワーフの国【サンタ・サ・スケス】を訪れる必要がある。

「それよりもソレ、早く捨てない?」

 ディアナが指指すのは机にちょこんと座る黒髪の人形。マジックバッグに付けられたソレは『マジカル・キララ人形』であり、キアラが取り付けた発信機だ。レーンには似合わない可愛らしい人形でありながら特に気にする素振りもなく付けられたままになっている。

 発信機としては十キロ圏内でないと居所など分からない。つまり同じ町でもない限り使えない代物なのだが、ディアナが言いたいのは『関係を切れ』ということであり、珍しい物言いにレーンの口角が吊り上がった。

「あんなに仲良くしてたのに、どうした?」
「なっ!?……アレは人生最大の汚点だわ」

 あの夜、ベロベロに酔っ払ったディアナとキアラはレーンと共に会場を後にしたのだが、一足先に自我を取り戻したキアラの策略に嵌り二人に可愛がられる事となる。
 翌朝、裸で眠る三人の姿に朧げながらの記憶が真実であることを理解させられたディアナ。出立の見送りに来たカルレがぶすくれる彼女を見て笑い転げたのは記憶に新しい。

「安心しろ。俺の一番はお前だ、ディアナ」
「そっ、そんなの……ズルい……」

 頬に手を当て真顔で囁くレーン。告げられたディアナは顔を赤くし、純情なる乙女と化していた。

「なぁ、ルイス」
「なんですか?」
「俺は今夜、女を買いに走るぜ。一緒に行くだろ?」
「いやいや、そんな誘い要りませんって」
「連れねぇ童貞チェリーだな、おい」
「それとこれとは関係ないでしょ!」

 甘々な空気に当てられ不純な決意をしたグルカは、例え町泊でなくとも魔導具バイクを借り受け大人のお店へと急ぐ事だろう。

 純愛を良しとし、不特定多数の女性と関係を持ちたがるグルカとは同類だと認識されたくないルイス。盛大に二歩後退りビシッ!と音の立つほどの勢いで指を指すが、その瞬間を狙ったかのように床から突き上げるような衝撃が全員を襲う。

「ん!?」
「なにっ!?」
「おわっっ!!」

 続けざまに感じる浮遊感、バランスを崩して床に投げ出される面々。
 何がなんだか分からない現状に緊張感が走るもののその直後、場に似つかわしくない間延びした放送が緊急を要する状況を告げた。

『あははっ、てきしゅ~だよぉ~、キャハハハハハハハッ』


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