魔攻機装

野良ねこ

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第二章 奇跡の光

2-24.トラブルメーカーって誰のこと?

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 大地を踏み締める足音と、小気味良く響く乾いた木音もくおん。時折聞こえる息遣いは二人の協奏曲に色を添えていた。

「今日が最終日であったか?」
「ああ、そのつもりだ」

 身体から立昇る熱気を微風に委ねながら対峙する二人の男。
 『紅月家』当主ミフネと一対一という道場に通うものなら誰しもが羨む状況。それを来る日も来る日も一月もの間、道場のすぐ外である庭にて稽古をし続けたレーンの実力はアイヴォン宗家であるこの道場の師範代を超えている。

「ならば手加減は不要だな。貴殿がココで吸収した全てを打つけてみるが良い」

 静かに、ゆっくりと、肺に溜まる空気の全てを吐き出す。それは、呼吸と共に気持ちを整え、己の全てを出し切るために必要不可欠な下準備。

「よく言うぜ。この一ヶ月、手を抜いて優しくされた覚えなんてねぇぞ?」

 口からはいつも通りの軽い言葉を吐き出したレーンではあるが、心地よい緊張が身を包んでいた。

 道場に通う他の門下生と同じ決まった型の反復練習や、手取り足取りの実技指導など一切やっていない。丸一日向かい合って交わした言葉が一言二言ということもザラにあったほど、時間の許す限り槍を交え続けた二人。
 それは一重に、稽古風景の観察だけで『紅月家』の基本を覚えてしまい、それを実践出来てしまったレーンの天才的なセンスが故の師範であるミフネ直々の特別メニューであった。

 しかし、片時も手を抜く事はなかったミフネだが、それと同時に本気ではなかった事を理解していたレーン。己に理解出来るよう槍を用いて悪癖を指摘し、実戦の中で手本を見せることにより無言の指導をしてくれていたのだ。


──そのミフネが『加減しない』と言った


 まだ越えられぬ先達者が己のために剣を抜く、最終日という節目だとはいえこれほど嬉しいサービスはない。
 十年近くぶりに本気で打ち込んだ鍛錬、その成果を見るまたとない機会。心根を見せぬよう気を配ったつもりではいたが自然と上がる口角を抑えきれずにいたレーンは全神経を集中させ、練習用にと穂先に布を巻かれた槍を構える。

「私を超えてみせよ」
「……望むところだ」

 最初に目にした時から片鱗は感じていた。しかし、ここ二、三日で格段に増えた強者の纏う雰囲気。仕方のない都合があるとはいえ、五十年という歳月の中でミフネが出会ったどの人物より才気あふれるレーンを仕上げてやれぬのは心苦しかった。

(いっそ師範など辞めて、彼らと共に旅にでも出る……か?)

 自分の思考に自分自身で笑える。

 傭兵に憧れて入門した十代。才覚に恵まれたミフネは先代に説得され、仲間達とは袂を分けて槍術を極めることに没頭した。
 寝ても覚めても槍だけに生きる毎日、来る日も来る日も修行に明け暮れたミフネは二十代半ばにして師範となった。

 時折訪れる同時期に汗を流した仲間も時間の経過と共に数が減り、今では一人も居ない。

 顔を合わせるのは『紅月家』の人間だけと言っても過言ではない日々。
 アイヴォン内にある数カ所の道場へは出向くものの、そこにあるのは『師範ミフネ』という肩書き。槍馬鹿であった彼は世間話しに疎く、それを察する弟子達もまた槍術の話題で場を繋ぐ。
 ミフネの人生は『紅月家』のためだけにあり、馬鹿正直にそれに応えた生真面目な彼は『紅月家』の内だけで生きてきたのだ。

 しかしレーンとの出会いは、長い時間滞っていたミフネに新しい風を送り込んだ。

 頭の堅い自分には出来もしない願望を抱かせてくれた次世代の若者。槍を教える対価として、忘れかけていた外の空気を思い出させるきっかけを与えてくれたレーン。


──できることなら、この愉しいひとときをもっと……


 叶わぬと知りながら、かつての憧れに胸を焦がれた男は密かな願いを思い浮かべる。
 そして、久しく見せることのなかった喜色の混じる顔を若き恩人へと向け、己自身とも言える槍の切先を持ち上げたのだった。


▲▼▲▼


 勝手を知らぬ町中を情報通りに進み行けば、緑の生垣に囲まれた他とは毛色の違う大きな屋敷が見えてくる。

「あれか?」
「みたいだな」

 ジーンズとTシャツ、それにジャケットを羽織っただけのラフな格好。アイヴォンではよく見かける一般的なファッションではあるが、見た目とは裏腹にギラギラとした目付きが近寄り難い雰囲気を醸し出している二人の男。

「キース、エドル、目的は捕獲だ。殺すんじゃないぞ?」

 しかし、いくら見た目を誤魔化そうとも癖までは意識せねば隠す事ができない。

 自然と足並みの揃ってしまう男達は厳しく訓練された帝国の兵士であると如実に物語るが、それを隠そうともしない三人に同行する方としては溜まったものではなかった。

「へいへい、分かってますよ大尉殿」
「やめろ、エドル。相手は上官だぞ?」
「上官ったってよキース、ついこの間中尉に上がったばかりの奴が何でもう昇格してるんだ?おかしいだろ」

 エスクルサの一件で階級を中尉にあげたジェレミは、レーン追跡任務の指揮を任されるに当たり大尉へと昇進している。
 しかしそれが軍法会議という特別な場所において吐き出した “嘘の証言” の対価だということを二人の男は知る由もない。

「それでも軍に属する以上、階級は絶対だ」

 立て続けの昇進に納得出来ないのは地道に功績を上げ中尉まで登ってきたキースにエドル。特にキースは、面倒を見たことのあるジェレミに追い越され思うところが無いはずがないのだが、ソレはソレだと割り切る辺り軍というものを理解していた。

「キース中尉の言う通りだぞ? 己の階級に不満があるのなら手柄を立てて上がればいい。それが出来ぬのなら、諦めて上位者に従うしかないね」

 これ以上の不和は早々に打ち消すべきと判断した女はうんざりとした顔でエドルに物申す。
 しかし一度溢れ出し始めた不満は止まることを知らなかった。

「大尉に使われるアンタは不満じゃないのかよ?ツァレル中佐」

 中佐といえば魔攻機装ミカニマギア二百機からなる大隊を率いる権限を持ち合わせる階級。しかし同行するツァレルは現在、特別な任務だとはいえ大尉であるジェレミの指揮下に入っている。

「アタシは戦闘要員だからね、腕さえ良ければ司令官の階級なんざどうでも良いさ」

 歩みを止めてまで放った言葉だが、こうもハッキリと否定されてはぐうの音も出ない。納得はいかないまでも「チッ!」と盛大な舌打ちで己を制したエドルは再び前を向く。

「これはアシュカル閣下が我々に与えたチャンスなのだ。成功させれば昇進も夢ではないだろう?それぞれ不満はあるだろうが任務のために今は堪えてくれ」

『お前も一緒に上がったら意味がない』

 そう言いたかったエドルだが、これ以上場を掻き乱すのは良くないと判断し言葉を飲み込む。

「隊長に従うのが軍属の仕事だ。コレが終わったら愚痴ぐらい聞いてやるから、今は目先の任務に集中しようぜ?」

 横に並び肩を叩いてきたツァレルに視線が釘付けにされる。
 何故なら彼女の羽織る胸までしかない革ジャンは見た目重視の小さき物であり、ヘソが出る短さのタンクトップは大きく脇が空いているのだ。そんな衣装で手を伸ばして来たものだから、隠されるべき膨らみが頂点付近まで見えそうになっており、男としての本能が視線を固定し離さない。

「そ、その飲みは中佐殿の奢りなんだろうな?」

 ジェレミに対する苛立ちなど何処へやら、エドルの頭は既に “飲み” どころか、その後の妄想にまで到達していた。

「チッ、現金な奴だな。言い出した手前引っ込みが付かねぇじゃねぇか……しゃーねーから奢ってやるよっ。ただし、飲みに行くなら全員一緒に、だ」

 それでも尚、妄想から鼻の下を伸ばすエドルに呆れるキースとツァレルだが、隊長であるジェレミの一言で頭を切り替える。

「第一皇子は道場前の庭で『紅月家』師範と二人きりで模擬戦を行なっている。
 もう一度言うが我々の任務は第一皇子の捕縛。多少傷付ける程度なら大した問題ではないが決して殺害が目的でないと肝に命じてくれ」

「了解だ、ジェレミ大尉」

 軍人の顔となったエドルに安堵する二人。人、一人を捕まえるだけとはいえ、たった四人での任務なのだ、一致団結しなければ成せるものも逃してしまいかねない。

「全員、弾倉のチェックをしろ」

 思考が揃った四人は腰裏に隠したホルダーから一斉に銃を抜く。
 地面を向く銃口、スライドされるシリンダー。六発の弾丸を確認するとカチャッという小さな金属音が一度だけ響く。

 タイミングまでピタリと揃うのは軍属としての練度を体現している。
 大なり小なりを除けば四人全員が部隊長を務める者達、言わばリヒテンベング帝国において中位~上位に属するのだ。練度が高いのは当然のこと。

「万が一がある、魔力は十全だな?」
「当然よ。それより例の物は大丈夫なんだろうな?」
「それこそ我々の身の安全のためには当然のことだ」

 エドルの問いかけに、ジェレミとツァレルが左手に持つ金属製の黒い手錠を二人に見せる。

「これはリヒテンベング帝国にとって必要不可欠な重要任務である。チャンスはいくらでもあるが、アシュカル閣下の信用を失わない為にも失敗は許されないと心得よ。
 先方はエドルとキース、突入三秒で行動開始。各員、抜かるなよ」

 右手に銃を握りつつ引き締まった顔で『紅月家』の正門へと歩き始めたエドルとキース、それに続くジェレミとツァレル。
 一糸乱れぬその姿は平和なアイヴォンにおいて違和感でしかなかったが、幸にして人通りもなくレーン捕縛作戦は順調な滑り出しをみせていた。


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