魔攻機装

野良ねこ

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第二章 奇跡の光

2-19.欲望は率直に告げるべし

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「お祖父様はお願いした【ルピナウス】の事、ちゃんと覚えていてくださるのだろうか……」

 物憂げな顔で窓の外に見える獣人の国【ルピナウス】を眺めて独り言ちるシェリル。運転手という任に在りながら完全なる余所見をしているのはけしからんが、何分、何も無い広大な荒野。何かにぶつかる心配もなければ、方角さえ合っていれば迷子になることもない。

 戻らぬと決めた故郷ではあるが、全てを押し付けてきた形となったカトレアーヌとキリクに多少の罪悪感を感じ、住んだことが無いとはいえ肉親の治めるもう一つの祖国、エルフ国【レユニョレ】に対して正式に獣人の国【ルピナウス】の復興支援を申し入れてはいた。
 しかしトップ二人は失われていた我が娘の帰還で頭が一杯。キチンとした対応をされはしたが、初めて顔を合わせた孫娘であるシェリルですらオマケのようであり、なんだか相手にされていないように感じてしまったのだ。

 そんな状態での申し入れがちゃんと耳に届いているのか心配になったとて、それは正常な思考だと断言できよう。

 しかし実際には優秀な宰相であるネルパによって手配は行われ、シェリル達が【レユニョレ】を発ったすぐ後で大規模な支援部隊が出発している。
 これにより獣人の国【ルピナウス】は早期復興を果たしカトレアーヌ主導の新体制が構築されるのだが、それは余談として小耳に入れておこう。


 一方、ザルツラウ商業連邦を目指すレーン一行は再びミネルバという監獄に押し込められ、合計五日間という時間を持て余すこととなる。

「結論から言えば、対象となる魔石に影響を及ぼすなどという恐るべき性質を持っているわ」

 場所は例の如くミネルバ内にある魔攻機装ミカニマギア工房、兼、格納庫。ルイスとグルカの鍛錬場となっている現実を見れば当初の予定通りに使われることは未だにないが、広いスペースの片隅に置かれたテーブルへと集まったニナを中心とするディアナにレーンと七人の爺ちゃんズ。

「桃色魔石は彼の国のバリアを張る装置の要」
「魔石が張る防御幕を更に強くする効果がある」
「それを進化させシステムとしたようじゃな」
「つまり魔力障壁パリエスを強力にし、拡大、広域化したのがバリアだと言えば分かりやすいかの?」
「だが他の魔石に影響を与えられるということは、逆を言えば個を弱くする恐るべき能力をも秘めているということ」
「バリアシステムは学んできた」
「この魔石を取り付けたからの、ミネルバの防衛システムである常時魔力障壁フリーズィエスとは別に防御幕を張れるシステムを開発する」

「この魔石は貴女へと贈られた物よ、どう使うかは貴女が決めなさい」

 ニナの前に置かれたのは化粧品が入っていそうなコンパクトケース、開かれたその中には話題となった桃色の魔石が十も並べられていた。更にその下には三つの水色魔石、これは彼女が【レユニョレ】を発つときに渡されたニナに似合う小さな背負い鞄に入っていた物。

 そこに詰め込まれていたのはニナ用にあつらえた服の群れ。それは五十年もの時を経て、持たされる形で返却された大事に取ってあった過去の服。
 他にも新しく新調された服に女性用の小物、宝飾品の数々と色々詰め込まれていたのだが、一番驚いたのは先の魔石であり、二番目は容れ物とされた可愛らしい鞄そのものだった。

「でもお姉さま……」

「でもも何もないわ。多分その魔石なら通常の魔石を邪魔するような干渉の仕方はしないと思う。だから貴女の造っている魔攻機装ミカニマギアに組み込んでしまえば良いのよ。
 残りはそうね。持たせる武器にでも組み込んでしまえば、相手の魔石にすら影響を及ぼせる最強のギミックになりそうじゃない?」

「ギミックそのものに魔石を……?」

「そう。宮廷十二機士イクァザムには一つの武器に三十六もの魔石を付けているキチガイもいたわ」

「凄いです」

魔攻機装ミカニマギアや魔導具だと、組み込んだシステムに影響を及ぼすから複数の魔石を取り付けることはリスクが大きい。安定させられる技術があれば何倍もの強力な力が得られるけど、まだまだ解明し切れてない分野なのは貴女の知る通り。
 でも魔石とシステムの融合ではなく、魔石を制御するシステムと捉え方を変えることで理解できる技術みたいだわ。もっとも、壊れやすい武器やギミックに魔石を直接使うだなんて、余程のお金持ちじゃなきゃやらないでしょうけどね」

「魔石は私が使うとしても、この鞄はどうしましょう?」

 蓋の留め具には赤色のハートが取り付けられ、そこから白い翼が小さく伸びている。ニナの背格好に合わせたかのようなこじんまりとした可愛らしい背負い鞄ランドセル
 だがそれは、エルフ国【レユニョレ】との取引を認めてもらおうと献上された、人間の造りし “マジックバッグ” であった。

「それもニナが貰った物でしょ?デザインも可愛いし、使わないときは部屋にでも飾っておいたらいいんじゃないかしら?」

「お姉さまがそう仰るのなら、そうします」


△▽


 机に広げられた図面を取り囲む爺ちゃんズと、装甲のない未完成の魔攻機装ミカニマギア【イザイラム】と向かい合うニナ。別のテーブルには新しい通信機を組み立てるディアナと、その前に座りグラスを傾けるレーン。彼の目線の先には互いに向けて棍を振り合うグルカとルイスの姿がある。

 移動を続けるミネルバ内の日常風景、それに終止符を打ったのは格納庫の扉を開けたノルンだった。

「ザルツラウ商業連邦が見えたらし~ですよぉ?」

 鼻までを布で覆うのは顔バレしないが為。ミネルバに居る間は全くといって必要性を感じないのだが、毎日着ている黒装束は彼女の個性なのだろう。
 小柄なノルンは忍者と呼ばれる影の諜報部員。キビキビとした動きは流石としか言いようもないが、その口から吐き出されるのはギャップのあり過ぎる間延びした喋り方と鼻にかかる甘ったるい声。

「わかった、行くわ」


△▽


 客席部キャビンへと移動した一行は一月以上前に目にした光景に迎えられることとなる。

 囲む規模こそ劣るものの、二十メートルの高さと十五メートルの奥行きを持つ世界最大の市壁。その唯一の入り口に並ぶのは入国を待つ輸送車や馬車の列だった。

「なんかめっちゃ並んでねぇか?」

 来てみたものの並ぶのを躊躇うほどの長蛇の列。前回来た時より遥かに長い入国待ちの列は、臨時で増やされた三箇所もの検問所があってもこの現状である。

「許可証も貰ってるしインチキしましょう。シェリル、列の左側に沿って門へと向かって頂戴」

 大型の乗合馬車や、町から町までの移動を定期的に行う大型の自動車。商店の物資輸送車が主だった前回と比べて代わり映えした検問待ちの列の横を疑問に思いながらも通り過ぎる。

 首都アイヴォンに入るのは八メートルの門の右側。逆に左側は出てくる者達が通る場所と、右側通行が定められている。
 列の左側を進んで行けば出てきた輸送車が向かってくるのは当たり前のこと。しかし向こうも分かっているのだろう、一般と違う入り方をしようとするミネルバを迂回するべく大袈裟なほど距離を空ける進路を取り始めた。

「どこの町でも幅を利かせるのは権力者、か」
「権力ってそういうものだからでしょ?」
「だからって当然のようにデカい面してやがるのは気に入らねぇよ」

 権力ちからのある者に謙り、相手の機嫌を見て言動や行動を左右させる。今いる権力者のみが偉そうにふんぞり返り、真に優秀な者、涙ぐましい努力をする者が泣きを見る世の中の仕組みをレーンは嫌っていた。
 権力ある者は自分より更に強い権力者に媚びてゴマを磨る。貴族社会の腐った仕組みもまた、レーンが世界的な大国である “リヒテンベルグ帝国次期皇帝” という立ち位置から逃げ出すきっかけの一つとなった。

「そう? でも、それを言ったからといっても、たかが一個人の意見なんて聞き入れられないわよね?」

 言われるまでもないことは分かりきっている。しかし気に入らなければ気に入らないと言いたくなるのがレーンの性格。
 だがそれを聞いたディアナの頭には『皇帝を継げば良いのに』との思いが過ぎって行った。



「ディアナ様、おかえりなさいませ。獣人の国【ルピナウス】の観光は如何でしたか?」

 門の左脇に誘導されたミネルバを止めたのは見覚えのある兵士、それは前回の時も受付を担当した男だった。

 何故門番がプライベートを知っている、と突っ込みたいレーンではあったが、笑顔のディアナに目で制されては苛立ちを含めた言葉が吐き出されることはない。

「ええ、おかげさまで良い人材が見つかったわ」

 親指で指されたシェリルがニコリと微笑めば、少しだけ頬を染める検問の兵士。どうやらシェリルは彼の好みであったらしい。

「それはそれは良き旅でございましたね。ご無事に戻られ何よりです。
 カルレ様には私の方から連絡しておきますので、皆さまはこのままお進みください」

「あ、ちょっとっ!」

 もう一度シェリルへをチラ見した兵士は、自分の仕事に戻ろうとミネルバを離れようとする。それに待ったをかけたディアナに再び振り返る事になった門番の男。

「何かございましたか?」

「大したことじゃないんだけどね。前に来たときより随分混んでるようだから何か理由があるのかなぁって思ったのよ」

「ああ、そのことでしたら “歌姫” のライブが影響しているのでしょう。
 明々後日から三日置きにアイヴォン全域の合計十ヶ所で大規模なイベントが行われるのです。それに参加し、彼女を一目見ようと近隣の町から人が集まって来ているのです。なんでも国を一つ二つ越えてやってくる熱心な信者までいるそうですよ?」

「そんなに人気がある人なの?」

「ええ。世界的に有名なアイドルで『マジカル・キララ』って、ご存知ありませんか?」

「えっ!? ここ二年くらいで爆発的人気を博した、あのっ!?」

 普段なら触ることさえ忌避するかの如く避けるルイスが、ディアナの背に手を置き窓から顔を覗かせる。その目は珍しくキラキラとしており『女性話に飛び込んでくるなんて』とディアナが目を丸くしたほどだ。

「そのキララです。 ディアナ様には敵わないかも知れませんが絶世の美女だとの謳い文句は本物らしく、その口から溢れる歌声は一度聴いたら忘れられないと評判でして……私もせっかくなので行きたいとは思っていたのですが、そもそもチケットが手に入らなくて涙を飲んで仕事なのですよ、ははは……」

「なんだルイス、行きたいのか?」

 アイドルと聞き、耳をそば立てていたグルカがニヤリと口の端を吊り上げる。

「機会があればとは思ったけどチケットが手に入らないのなら無理ですよね~」
「馬鹿だなぁ、そういうときこそ知り合いの権力者を使うんだよ」
「どういうことですか?」

 「それはな」と得意げな顔で目を瞑り、指を立てたグルカは片目だけを開いてルイスを見る。その表情は悪巧みを思いついた子供のようだ。

 それもそのはず。『ルイスの為に』という大義名分を手にしたのだ。

「決まってるだろ?この町の頭首であるあの女なら、たかがチケットの一枚や二枚や三枚、手に入れるのなんて造作もないことだろう。
 だが安心しろ、チケットがあったっておめぇさん一人じゃ寂しいだろ?俺様が一緒に行ってその感動を分かち合ってやるっ!
 さぁ行こう! あの女の元へ!!」

 建前など向こう側が透けて見えるほどそれはそれは薄い壁。しかし、そんなことは気にも止めないのがグルカという男。
 早く行けとばかりに前方を指差す彼へと冷めた目を向けたシェリルではあったが、苦笑いの門番が『どうぞ』と手で示すので何とも言えない表情を返した後で静かにミネルバを発進させたのだった。



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