魔攻機装

野良ねこ

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第二章 奇跡の光

2-13.昔々あるところに……

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「次、来ます。数、十二」
「はいは~い」
「規定位置まで三、二、一……」
「ふぁいあ~」

 向かい来るミサイルを迎撃すること十数回。一切の撃ち漏らしなく全てを破壊するのは、ディアナの纏う真紅の機体【エルキュール】の背中から飛び出して行った赤いリンゴ達。
 【アミーシャ】と名付けられた奥の手の一つは、組み込まれたアリベラーテ技術により縦横無尽に、しかも高速で宙を舞う。魔力によって遠隔操作される拳ほどのリンゴは視認性が悪く、特別にあしらわれた小さな魔石を核としているので魔力障壁パリエスすら展開できるディアナ自慢のギミックの一つだ。

「次、同じく数、十二」
「いつでもいいわよ~」

 速度を自動車並みに落としたミネルバの屋根の上、エルキュールを纏ったディアナがだらしなく足を投げ出しながら次々とやって来るミサイルの群れを最も簡単に撃ち落としていた。

「最初からこうすれば良かったのよ」

 昨晩、視認性の悪い夜であった事、初見であった事、未知の襲来までの時間が僅かだったといういくつもの要素が絡み合い、判断する間も無く “回避” という悪手を指示してしまった。

 もちろんそれ自体は間違った選択ではなかったのだが、最良でもなかったというだけの話し。

 ニナの解説によれば熱を感知して追いかけてくる誘導装置が組み込まれた恐るべき兵器らしく、余裕を持って回避行動に移れば起動を修正されてしまうので引き付ける必要があったとの事。
 おかげで見事回避に成功したものの、ミネルバの行動を読めなかった面々は男女問わず一塊にされ、本人すら意図としない “お触り” という辱めを受ける羽目になったのだ。

「さすがディアナ、見事なものだな」

 腕を組み、真顔で外を眺めるグルカだが、その顔には未だ昨晩の粛正の跡が色濃く残る。
 判子のようにハッキリと形の残る三つの手形。どさくさに紛れたセクハラの報復はディアナ、シェリル、そしてカーヤからのものだった。

「グルカさん、その顔で真面目ぶっても締まらないですよ?」
「ん?これは男の勲章だぜ?」

 言葉をかけるルイスだが、彼の頬にも紅葉が一つ。全くの冤罪であったのだが、グルカのおかげで犯人と勘違いされシェリルに手酷い仕打ちを受けている。
 もちろん真犯人が分かったところで謝罪は受けたのだが、それだけで傷が癒えるはずもなかった。

「ニナ~、あとどれくらいで着きそう?」
「【レユニョレ】到着まで二十分です」
「そう。彼方さんも懲りないわね、えいっ」

 夜が明けるのを待ってからの再突入。だが、当然の如く次々とミサイルが襲い来る。にも関わらずいつも通りののほほんとした運行なのは、脅威ともいえるアミーシャの活躍があってこそであった。

 エルフ国【レユニョレ】を真っ直ぐ目指しているので時間はかかろうともいずれは到着する。
 朝から見えている天空都市【ウラノス】はもちろん、地上都市【エイダフォス】ですら形が視認出来るようになったところでミサイルによる波状攻撃はピタリと止んだ。

「やっと諦めたのかしら?」
「さぁな。悪いがディアナ、そのままそこで警戒に当たってくれ」
「おっけ~、日向ぼっこしておくわ」


△▽


⦅止まれ⦆

 その後は何事もなく地上都市【エイダフォス】に到着した一行だが、町を取り囲む市壁の手前二百メートルの所で拡声器を通して聞こえた指示に素直に従う。

「私達は人間だけど【レユニョレ】に用があって来ただけよ」

⦅人間がエルフに用など同胞を攫うことの言い訳に過ぎぬ。お引き取り願おう⦆

「何でそんなに警戒するのか知らないけど、私達はザルツラウ商業連邦のカルレ・ディデューレンスの紹介を得てここにやって来た。エルフを攫おうなんて気はサラサラないから入れて欲しいんだけど?」

⦅ザルツラウのカルレだと?しばし待つが良い⦆

 言葉通りしばらくの沈黙、返答を待つディアナ達もまた誰も口を開かないでいたのだが、思い出したかのように天窓からミネルバ内を覗き込んだディアナ。

「ねぇシェリル、私思うの」

「うむ、恐らく私が思っていることと同じだろうが、試しに言ってみてくれ」

「ここってシェリルの出番じゃない?」

「私としては町の門を括る時に顔を出して驚かせる、などというサプライズを計画していたのだが、今の状況からするとやむを得ないな。
 ニナ、外に声を届けることは可能か?」

「問題ありません。外部音声出力、起動」

⦅待たせたな。【エイダフォス】守備隊としての結論からすると、カルレ・ディデューレンス本人が同席していなければ書状が本物かどうか……⦆

 攻撃が止んだとはいえ、一度敵認定された以上は簡単には通してもらえないようだ。

 やはりダメか、と深いため息を吐き出したシェリルは、意を決してニナから渡されたマイクを口元に当てた。

⦅話しの途中に割り込んですまない。私の名はシェリラルル・シャトロワ・ジ・テレチュレア。獣人の国【ルピナウス】にてこの者達に命を助けられた縁でここまで同行して来た。私の身を持ってしても彼等を【レユニョレ】に入れることは叶わぬものなのか?⦆

⦅シャトロワ……ですと?ならば貴女が本物だという証拠をお見せ頂こう⦆

「やはりそうなるよな……ディアナ」

 手を伸ばしたシェリルの意思を汲み、天窓から外へと引っ張り上げる。
 エルキュールを支えにミネルバの屋根に立ったシェリルは、再び口元にマイクを当てた。

⦅これで満足か?⦆

⦅生体認証システムでグリーンが三つ灯りました。貴女様は間違いなくシャトロワ家のお方です。大変失礼致しました、天空都市【ウラノス】へとご案内させていただきます⦆

 シェリルが顔を見せた、たったそれだけのことで手のひらを返したような丁寧な対応に呆れるディアナ。

「エルフと人間との間にある軋みが原因なのか、それとも貴女が特別なだけなのか、答えはどっちなの?」

「ふふっ。両方、というのが正解だな」

 開き始めた門から出てきた数人のエルフ。緑を基調としたお揃いの服は、警備隊の制服なのだろうか。彼らは両手に持つ赤い光を灯す短な棒を大きく振り、シェリルの乗るミネルバを町中へと促しているようだ。

 天窓からマイクを挿し入れたシェリルは、それを受け取るニナに向かい僅かにだけ顎を突き出した。それに応えるよう小さく頷いたニナはミネルバをゆっくりと発進させエルフの国へと向かい始める。

「今から五十年以上前のこと、ここエルフ国【レユニョレ】から王族の赤子が拉致される事件があったらしい」

「ん?聞いた話し?」
「ああ。私の生まれる前の事だしな」
「ふぅ~ん、それで?」

「結論から言えば犯人は人間ということ以外に手がかりが無いらしく、当然捕まらなかったために赤子も行方不明のままだそうだ」

「それから人間を敵視するようになった?」
「そういうことだ」
「ならどうしてカルレはエルフとコンタクトを取れたのかしら?」

「それは簡単なことだよ。獣人が渡りをしたからだ。まぁ、私の兄に当たる今は亡き第一王子、つまり獣人の国【ルピナウス】の次期国王が共に出向いたからなんだがな」

「なるほどなるほど」
「軽いな。経緯は気にならないのかい?」
「気にならないことはないけど、それよりも他に気になる事があるわね」
「ふふっ、欲しがりだな?」
「そうよ?悪い?」
「いいや。強欲は力なり、ってね」
「聞いたことないわ」

「持論さ。色々なモノを吸収する能力のある者でも全ての始まりはまず触れること。興味を持って得ようとしなければ己の力にはならないのだよ」

 門兵の指示に従い動きを止めたミネルバ。軽やかな身のこなしでシェリルが屋根から飛び降りれば、それに続いて紅い光を靡かせるディアナが魔攻機装ミカニマギアを腕輪に戻した普段の姿で並び立つ。

 黒いクマ耳を持つ美しき獣人は、一拍という僅かな間だけ黄金の瞳を彼女へと向けた。

「私が特別な理由のヒントは私の名前に現れている」

 そして、それが当たり前のことであるかの如く、四メートルの門の両側に立ち並ぶ大型の銃器を手にする集団の元へと足を進めて行く。

「『シェリラルル・シャトロワ・ジ・テレチュレア』、ラストネームである『テレチュレア』は獣人王家の家名。
 そしてミドルネームである『シャトロワ』はエルフ王家の家名なのだよ」

「それって……」

 門を括る直前で歩みを止めればディアナも合わせて立ち止まる。
 しかし、もう一歩だけ歩みを進めたシェリルは流れるように半回転し、来訪した友人でも歓迎するかのように軽く両手を広げて見せた。

「その通りだよディアナ、私には両王家の血が流れている。
 父親は見ての通りクマの獣人、母はこの国から嫁いだエルフ。そして生まれた私は見た目こそ獣人ではあるものの、ハーフエルフという微妙な立ち位置にある者なのさ」


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