魔攻機装

野良ねこ

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第二章 奇跡の光

2-10.王女と王子と、王女と皇子

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 真っ白な肌に映える真っ赤な唇。その吊り上げられた端を見て悪寒が背筋を駆け登る。

 目にするのはいつもの光景。黒き刃を携えし黒い魔攻機装ミカニマギアが幼馴染である桃色髪の女性へと音もなく迫る。

「!!!!」

 どれどけ強く『止めろ!』と願おうが叫ぼうが変わることのない結末。柔肌を突き抜けた黒剣はさらにその背後に居た父親へと突き刺さり、二人から飛び出した赤い液体が宙を舞うのが目に映ったところで現実に引き戻された。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 日課の如く飛び起きたルイスは汗でベタつく額に手を当て乱れた呼吸が戻るのを待つ。


 エスクルサではグルカに止められ対峙する事さえ許されなかった。

 しかし、昨日は違う。

 他の憂いを引き受けてくれたレーンにディアナ。自分を奴の元へと運んでくれたニナと、ブチ切れそうな自分を叱咤激励してくれたグルカ。
 皆に助けられてようやく叶ったディザストロとの対決。だというのに、黒き光を纏う奴の剣を目にした途端に恐怖が全身を支配し、原動力となる怒りの感情ですら鳴りを潜めてしまった。

「ディザストロ……次に会った時こそ、必ず」

 もう片方の手を握り締め、あの女どころか己の心に敗北した情けない自分に次こそはと鞭を打つ。
 顔を上げたルイスの黒き瞳には決意の炎が揺らめいていた。

「よしっ!」

 気合を入れると立ち上がり、汗を流すべくバスルームへと向かう。
 しかし、その決意に応えるかのように左手の腕輪に白い光が灯っていたのには気付かないままであった。


▲▼▲▼


 撃沈から二時間ほどで復活したノルンのもたらした情報によれば、王家一族の生活の場である王宮を含め、国王を始めとする重鎮達が仕事を行っていたはずの王城はディザストロの一撃で壊滅し瓦礫と化していた。
 それに伴い国を纏める中枢機関は停止してしまったのだが、偶然にも王宮を離れていた第三王女と第五王子とが難を逃れており、騎士団と衛兵とを指揮して瓦礫の撤去作業に当たっているとのこと。

 獣人の国【ルピナウス】には一人の国王と六人の王妃が存在した。
 彼らを始めとする六人の王子と十七人の王女は王城と隣接する王宮に居を構えており、他家に嫁いで王宮を出た者を含めて全ての者が国の政に関する仕事を行なっていたため、ディザストロの襲来時には王宮、もしくは王城に居たものと推測される。

 もし仮に生き残っていたとすれば、すぐさま王城に駆けつけ指示を仰ぎに来るであろう。しかし集まった王族はたったの二人。
 そこに第十四王女の遣いであるノルンが現れれば、是が非でも本人を呼び戻して協力を仰ぎたいと考えるのが正常な思考回路なのだろう。

「なんで俺達まで行かなきゃなんねぇんだ?」

 朝帰りしたレーンは「寝てねぇから眠い」と拒否を示したが、いつもよりほんの少しだけ棘のあるディアナに再生魔法をかけられ強制的に連行されている。

 平然を保ちながらも内心ビクついているレーン。自分が昨晩何をしていたかを知っていながら何も言ってこないディアナには少なからず恐怖を感じてはいるようだ。
 そんな事なら浮気などしなければ良いという話しだが、彼からすると『気持ちが浮ついているわけではないから浮気とは言わない』という持論のもとでの行動らしい。

 それが理解されるかどうかは別として、ようやく体験できた理想の世界を満喫したレーンの機嫌はすこぶる好調である。

「キミ達の旅の目的はあの黒い鎧女を追うことにあるそうだな?そのためにエルフの国【レユニョレ】に用事がある」

「うん? まぁ、間違ってはいないがそれが何か関係あるのか?」

 ディアナからの説明ではミネルバ専属の運転手をスカウトに行くのだと聞いている。
 魔力の高いエルフというのが条件らしく、それならば構造すら理解しているニナが適任ではあるものの、妹のように可愛がる彼女を運転席に押し込めて自分達だけが悠々自適に楽をして過ごすのがディアナ的に我慢がならないのだろうとレーンの中で勝手に思い込んでいた。

 事実、それは彼女の想いそのものであり、付け加えるのなら、何にでも優秀な才能を見せるニナの趣味と化した魔攻機装ミカニマギア製造をやらせてあげたいとの考えがある。その為にも運転手などという一日の大半を拘束される役目を負わせるのが心苦しかったのだ。

「【レユニョレ】に入る為に商人の紹介状を持っているそうだが、それだけでは弱い。
 他種族を異常なまでに警戒するエルフには、人間などと比べるべくもなく関係の深い獣人ですら完全に信用されることはないのだよ」

「ほぉ、んで?」

「例え入国を許可されようとも、行動の殆どは制限された上で厳重な監視もされるだろうな。
 その点、私ならエルフと太いパイプがある」

「全然話が見えねぇんだが?」

「簡単なことだよ。 これから会いに行くのは今やこの国の中心人物である第三王女カトレアーヌと第五王子キリク。彼らは数の少なくなった王族である私を取り込み、国のために働かせようとの魂胆でいるはず。
 だが残念なことに私はこの国にあまり愛着がないのだ。王宮を出てフラフラしていたおかげで難を逃れたのは幸運だったが、散々放任しておいて今更こき使われては堪ったものではない」

「つまり、国から逃げ出すのを手伝え、と?」

「私が提供するのはエルフ国【レユニョレ】を自由に観光できる切符。その対価にキミ達を利用させてもらいたい。
 どうだい?悪くない取引ではないかな?」


△▽


「現状の原因がその黒き厄災ディザストロが引き起こしたということ、彼らが【ルピナウス】の危機を救ってくれた勇者であることは分かったわ。
 でもねシェリル。いくら恩人の為だとはいえ、こんな時に貴女自身が【レユニョレ】に行かなくても良いのではないですか?今の【ルピナウス】には貴女の力が必要なのです。それは貴女とて重々承知していることよね?」

「政に関わりの薄かった私など居ても居なくても変わりは無いでしょう。ならば恩人の望みを叶えるのに最も適した人材である私が彼らを案内する、これぞ適材適所というのではありませんか?」

 生き残りの王子王女と会ったのは見るからに高級そうな造りの宿の食堂。
 朝食後に来いとの指示であったため十一時にはだいぶ早いがイレブンジズに合わせて持てなそうという腹積もりらしく、香り高い紅茶が品のあるティーセットで提供され、スコーンや小さめのケーキなどが所狭しとテーブルを賑わせていた。

「王城も王宮もあの状態、お父様達が生きておられる可能性など絶望的なのですよ?残された王族は私とキリク、それにシェリル、貴女を含めてたったの三人しか居ない。
 その貴女が復旧さえままならない今、国を出るというのがどういうことなのか分かってらっしゃらないみたいね」

 小さな溜息を吐いたカトレアーヌはカップに口を付ける。その上品な仕草は紛れもなく一級品に仕上げられた上流階級の所作。
 胸元まで伸びるフワフワとした金の髪とシェリル同様整った顔立ち。すれ違ったのなら思わず立ち止まり二度見したくなるほどの麗しき見目とも相まって、たかが紅茶を飲む姿でさえ惚れ惚れするほど美しき姿である。
 事実、ルイスは見たい欲求に駆られながらもガン見しても失礼かと要らぬ気を使い、落ち着きのない視線を行ったり来たりとさせている。だがしかし、そちらの方が失礼に当たるとは残念ながら気付けない。

「非常時に紛れて人間の盗賊が入り込んだと聞いています。なんでも人間の国では若い獣人の女は高く売れるのだとか。
 その者達を捕らえるのに一役買い、王城さえも破壊するような圧倒的な力を持つ黒い魔攻機装ミカニマギアからシェリル姉さんを救い出して信用を得る。
 あまりにも出来過ぎたシナリオに、僕は彼らに疑惑の目を向けてしまうのですが、それは間違った事でしょうか?」

「キリク! 憶測だけで物を言うのは客人に対して失礼だ!謝りなさいっ!」

 全ての黒幕はレーン達なのではないかと勘繰るまだ十二歳と幼きキリク。それを頭ごなしに叱りつけるシェリルは、自分の恩人を貶され怒りのボルテージが跳ね上がってしまっている。

 当事者として現場に居たシェリルには、例え疑う要素があろうともディザストロとの戦いを直接肌で感じており、あれが演技などではないことが分かりきっている。
 しかしその場に居なかったキリクは、聞き及んだ情報から事態の全容を組み立てるしかない。そして悪いことに十二歳という若さ故に経験というものが圧倒的に足りていないのだ。

 ディザストロにしても魔攻機装ミカニマギアを纏っている以上は恐らく人間。そして人攫いである盗賊も、レーン達も人間なのだ。
 自作自演だろうと疑われても仕方がないのだろうとは理解するも、それでも不満が溜まるレーンはこの場に来て初めて口を開いた。

「なぁ姫さんよぉ、この国の舵取りはアンタがして行くことになるのか?」
 
「なっ!? 今や【ルピナウス】の頂点に立つ姉上に対してなんという口の聞き方を!」

「今はレーンさんが話しています、口を閉じなさい」

「しかしっ!!」

 不満だと目で訴えながらもカトレアーヌ本人から『黙れ』と言われては言葉を飲み込むしかない。苦虫を噛み潰したかのように顔を歪めてレーンを睨んでいるが、それでも目上である姉の意見を聞き入れたキリクはいわゆる優等生であった。

 そんな彼を一瞥しただけでカトレアーヌを真っ直ぐ見つめるレーン。

「ゆくゆくはキリクが国王となるでしょう。しかし彼はまだ十二、しばらくは私が代理として立つことになると考えております……それが何か?」

 まるで意図が分からないとの思い篭る視線にフッと笑顔を浮かべたレーンは、紅茶を一口含んでから置かれていたティースプーンで軽くカップを叩いて見せる。
 その様子にますます訳がわからぬとばかりに小首を傾げたカトレアーヌだが、告げられた指摘に目を丸くすることとなる。


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