魔攻機装

野良ねこ

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第二章 奇跡の光

2-8.思い知らされた現実

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 レーンとディアナが飛び出したと同時、ミネルバの後方からは青白い光りが吹き上がる。
 初速を得るために使いはしたが、先を急ぐとはいえ加圧魔力装置ブーストエンジンを焚いて町中を爆走するほどニナの常識はぶっ飛んでいやしなかった。

 それでもアリベラーテ機構を使用しての移動は並の魔攻機装ミカニマギアでは追いつけないほどに早い。

「なんだ!?」
「危ないぞ!!」
「避けろ避けろ!!」
「うわぁぁぁぁぁっっ」

 黒煙と成り果てた王宮と、其処彼処から上がり始めた建物を包む炎。何が起こっているのか理解に苦しみ、変わり果てた町の姿に大通りに出て呆然としていた獣人達は、そこを突き進む謎の自動車に慌てふためき悲鳴と共に人波が割れる。

「左だっニナ!」

 歳下だと思っているのか、いつもなら物腰柔らかに『ニナちゃん』と呼ぶ黒髪の青年。
 だが、怨敵たるディザストロが手の届くところに見えている、このことに余裕が持てないルイスは力強い声で呼び捨てにニナへと指示を出す。

 運転席の背もたれに手を掛け、忙しなく周りを観察している。すぐ隣に立つ、普段とは違う彼の姿にチラリと視線を向けはするものの、人の行き交う町中を高速で移動していてはじっくり観察している暇などはない。


 車体を内側に倒すことで慣性力を利用しつつ急激に進行方向を変えるバイクのような走法。その際、各所から噴出される微量な青白い光は姿勢を制御するためのものだ。
 絶妙な匙加減で向きを変えたミネルバは、ニナの思いを正確に体現している。

「うぉっとっと!?」

 まるで魔攻機装ミカニマギアかのような動きを見せる華麗なハンドル捌きだが、搭乗する者にまで気を使っていやしない。
 屈強なグルカですら必死になって踏ん張っていたというのに、彼とは違い同じように立っていたルイスはどこ吹く風でディザストロが居るだろう新しい炎が上がる方向を見て険しい顔をしている。

「ぎゃーーっ!」
「ぐぉぉっっ!」
「ひぃぃっ」
「あぶっ!あぶないっ!!」
「ばかもんっ!人を轢いたらどうする気だ!」
「心地良いGだ」
「速度を落とすな!加速せよ!」

 キャビン内をゴロゴロと転げ回る七人の爺ちゃんズ。賑やかなのは良いことだが今は非常時、シリアスな場面なので少しばかり静かにしていていただきたい。


△▽


「アレだっ!」

 いく度目かの角を折れた先に見えた黒き光、それはエスクルサでも見たディザストロの黒翼。

「このまま突っ込め!」

 優雅に拡げた手のひら同士を繋ぐように半円を描く炎。流れでもあるかのように螺旋を描いて猛る赤色は、その先の地面に伏せる獣人へと今まさに放たれようとしている。

加圧魔力装置ブーストエンジン緊急点火、常時魔力障壁フリーズィエスの出力を一時的に八十パーセントに上昇」

 時を同じくして危機的状況を見てとったニナはルイスの指示を受ける前にミネルバの操作に移っていた。

「くぅぅっ」
「馬鹿者!」
「ワシらのミネルバを……」
「駆逐せよ!」
「クククッ、良いぞ!」
「ぐぇぇ~っ」
「ミネルバの力を思い知るが良いっ!」

 見えてから僅か三秒足らずで黒き魔攻機装ミカニマギアへと肉薄する。

 違和感に気付いて振り返るディザストロだが、その時にはもう目の前。
 もはやどうにもならない状況に炎を霧散させると、ミネルバを押し留めようと両手を伸ばすものの弾かれ、猛烈な勢いに負けて吹き飛ばされてしまう。

「可愛い顔に似合わず豪快だな、嬢ちゃん……」

 インパクトの直前、ニナの機転で僅かに車体を持ち上げたミネルバはディザストロを空中へと跳ね飛ばすことに成功した。
 それは、死の淵にいた二人の獣人の頭上を通過させる咄嗟の判断。

「!?」

 巨大な鉄の塊に飛び越えられるなど滅多に体験出来ることではない。

「ルイス!」

 呆気に取られる二人の向こう側に着地するなり車体を横滑りさせての緊急停止。
 弧を描いて土埃を巻き上げたミネルバからは “待ちきれない” と言わんばかりの慌てた様子で飛び出して行こうとするルイスにお目付役のグルカが待ったをかける。

「死に急ぐなよ?」

 その声に多少なりとも冷静さを取り戻したルイスは扉を開きながらも振り返り、目の合ったグルカへと深々と頷いた。


△▽


『やってくれたな?』

 瓦礫と化した建物からゆっくりと身を起こすディザストロは、まるでそう言っているかのように待っていたルイスへと真っ黒なバイザー越しに視線を打つける。

 それに応えるように手にした槍の先を向けて構えて見せるルイスだが、純白の装甲の下は手汗に塗れていた。


『父さんとリンナの敵!』


 忘れたくとも忘れられぬあの日のビジョン。夜毎見せられる父と幼馴染の殺害の光景は、アンジェラスの頼みと重なるディザストロ排除の志しを風化させぬようにとルイス自身が焚き付けていたものなのかも知れない。

 その思惑が功を成し強い怒りを抱き続けていたルイスだが、いざ本人を目の前に対峙してみれば、自分の身にも襲いかかるであろう黒き光を纏いし刃の記憶が克明に思い出されてしまい極度の緊張状態へと陥っていた。


 憎きこの女は殺してやりたい。でも、もしかしたら自分が殺される側かも知れない。


 差し違えてもと意気込み、玉砕覚悟で突貫できる者の凄さを身に染みて感じる。気持ちだけは同じところに在れど、これまでで最大のチャンスである奴の目の前で武器を構えているというのに一歩が踏み出せないのだ。

 煩いほどに高鳴る鼓動、それに伴い荒くなる呼吸。周りの音などすでに聞こえず、ふらつきさえ感じる身体では立っていることすら辛く感じる。
 自分の呼吸で揺れる視界。狭くなり、ディザストロしか見えなくなってしまった世界の中で、黒き魔攻機装ミカニマギアが背に生える黒光の翼をこれ見よがしに拡げた。

「!!!!」

 黒い光が尾を引き、急速に近付く二本の刃。それに慌てふためくルイスは、まだ射程にすら入らぬというのに槍を振り上げ、雄叫びと共にがむしゃらに振り回し始める。


「うぉおおおおおぉぉぉおおおぉぉぉおおっっ!!!」


 恐怖をかき消そうと吐き出された声の裏には『来るな!』という気持ちが強く込められていた。

──それは側からみれば一目瞭然の戦意無き姿

 泣きそうになる子供のような気配に呆れたのか、槍の射程ギリギリで急速に動きを止めた黒き堕天使。


「ルイスっ!相手を見ろ!!」


 慌てたグルカが飛び出しつつ魔攻機装ミカニマギアを纏うが、如何に歴戦の猛者と言えども距離の壁を覆すことはできなかった。


 ある程度の実力を有する者からしてみれば、ただ闇雲に振られるだけの武器を退けるなど雑作もない。

 目の前で風を切る槍先に剣を合わせたディザストロは続く二撃目をさらに深い場所に打ち込み槍を弾き飛ばす。

 驚きの声を上げる間もなく突き入れられた三撃目、ルイスの目の前十五センチに展開された魔力障壁パリエスに触れるか否かのところで黒い光を宿した切先がピタリと止められる。

「あ、あぁぁ……」

 それと見つめ合うことを余儀なくされたルイスは、暫くすると空気が抜けたように地面へとへたり込んだ。

「チッ!」

 ルイスの戦意が完全に抜け切ったと同時にグルカが切り込むが、今度は楽しめそうだとばかりに紅い唇が吊り上がる。

 振り返りざまに動いた黒剣が間近に迫った棍を跳ね上げ、お返しとばかりに放たれた二撃目がグルカへと襲いかかる。しかし、それを打ち返した時には既に三撃目が動きを見せていた。

「はんっ!やるじゃねぇか、姉ちゃん」

 片足を軸に背中を見せての一回転。鋭い剣撃を二メートルという体格に見合わぬ軽やかさで鮮やかに躱してみせたグルカ。しかし、背後で崩れ落ちる建物を見て一瞬だけ動きが止まってしまう。まごう事なき強者の一撃を久方ぶりに目の当たりにし、目を見開いたのだ。

 だがそんな隙は見逃されるはずもなく、襲いかかる黒剣が容赦なく責め立てる。
 再び回避に転じたグルカだがすぐさま体勢を立て直すと、斬撃を防ぎつつ攻めにも回り始めた。

「かぁぁーーっ!良いねぇ、久々に熱くなって来たっ! どうだい?この後ベッドで第二ラウンドってぇのは、よっ!」

 襲い来る二本の黒剣は類を見ない黒い光に包まれている。これ即ち、ディザストロの武器が魔力を纏い強化されている事を示しているのだ。そんなものをただの棒切れが防げるはずもなく、グルカの握る棍にも魔力が纏わされていることに他ならない。

「…………」

 剣の間合いである近距離戦にも関わらず三メートルを超える棍の先端に手元にと、全てを余すことなく使い、防御に攻撃にと忙しなく動き回る。
 ものの一分足らずの間に交わされた攻防は実に百回にも及ぶ。軽口を叩きながらも手数の多い猛攻と互角に鬩ぎ合うベテランの槍兵。

 相対するディザストロを纏し女もまたその状況が愉しいのだろう。装甲、ボディスーツ、共に真っ黒な中、胸元から鼻までという僅かに見せる雪のような白い肌。それに生える紅い唇の端は吊り上がったままだ。

「んだよっ。YESにしろNOにしろ返事くらいしてくれても良いんじゃね?」

 拮抗する戦闘の最中に逸れる意識。ある程度の実力が見えたことで気が緩んだのだろう。若い頃は歴戦の勇士として名を馳せたグルカではあるが、近衛という職務は殺し合いから程遠い位置にある。

 身を包む黒い機械鎧の下、至上の女であるディアナに勝るとも劣らない素晴らしきボディラインを余すことなく曝け出させる黒いボディスーツ。
 形の良い胸が揺れるのに目を奪われた一瞬の隙を見逃さなかったディザストロは、今までにない力加減でグルカの棍を弾いて僅かに距離を取った。

──黒剣が纏った炎が膨れ上がる


「はぁぁっっ!!」


 遅れること数瞬。同じように炎に包まれたグルカの棍が突き入れられると同時、後端で勢い付いた炎が先端へと駆け登って行く。
 集まった炎は凝縮され、赤から眩しい光を放つ黄色へと変色する。

 それに合わせるように左右から迫る炎の黒剣。

 三つが交差した瞬間、黒剣の炎の熱量が急激に高まり、グルカの棍と同じく眩い黄色へと変化した。

「ぬおっ!」

 直視出来ない打つかり合いはほんの一瞬。一定の周囲を吹き飛ばす結果を生み出した二人の魔法は、当然のように両者に距離を取らせた。

 呆然とするルイスとて例に漏れず、なす術なく弾き飛ばされ瓦礫と化した建物に半分埋もれている。
 そんな姿を一瞥したディザストロは、半身を逸らすと黒い翼を拡げて空へと舞い上がる。

「あ、おいっ……」

 声を掛けたとて止まることなどないだろう。そうは分かりつつも『逢い引きの返事を聞いてねぇ!』とか考えるのはまだまだグルカに余裕がある証拠だ。

「おいルイス、大丈夫か?」

 頬を掻きながら黒き堕天使が立ち去る姿を見上げていたグルカだが、未だ反応の薄いルイスの手を引き立ち上がらせると、肩を貸しつつ半分引きずるような形でミネルバの元へと歩いて行くのだった。



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