魔攻機装

野良ねこ

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第二章 奇跡の光

2-1.喧嘩するほど仲が良い

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「オラオラッ、脇が甘いって何度言ったら分かるんだ?」
「ぐっ! このぉっ……カハッ」
「筋力に頼るな、与えられた動きを流れに替えろ」
「そんなこと、はぐぅっ……言ったって、ゴフッ!」

 帝国を南下するディアナの住居一体型自動車シークァ【ミネルバ】。そこに設置された工房、兼、整備場には現在、整備する魔攻機装《ミカニマギア》などは無く、ただただ広いだけの空間に運び込まれた爺ちゃんズの荷物が乱雑に置かれたままになっている。

「泣き言は聞かない。頼んだのはお前だろぅ?」
「そうっ、ですっ、けどっ!」
「一々脇を開くな、だからなけなしの力も逃げて行くんだぜ?それと、痛みを怖がるな。そのへっぴり腰を見せられてると、背後から蹴りを打ち込みたくなる」

 その荷物の持ち主達はといえば、ミネルバの運転に疲れて泥のように眠った……とは聞こえが良い言い方だが、実際のところ、七人が七人とも魔力の喝没で倒れてボロ雑巾のように部屋へと放り込まれる始末。
 理由は至極単純なもので、操者ティリスチーとしての資格を持てないほどに保有魔力が少なかった為である。

 アレやコレやと詰め込んだ結果、大きさに比例して総重量がかなりかさ増しされたミネルバ。本来レーンの持つ魔導バイクのように大した魔力を消費せず運転出来る計算でいたというのに、遊び心が過ぎて倍以上の消費魔力を余儀なくされた。
 魔力の所持量という思わぬ盲点に気が付きはした爺ちゃんズであったが、どうしても運転がしたいがために見栄をはった結果、死屍累々の惨状に陥ったというワケなのだ。

「かれこれ一時間?基礎を飛ばして実践訓練なんてルイスも意外とマゾイわね」
「なんのスイッチが入ったのか知らねぇけど、ただボコボコにされてるだけで強くなれるのか?」
「私から見たら、無駄?」
「ストレートだな、おいっ」

 無駄に広いスペースの有効活用。暇を持て余したルイスが近衛の隊長を務めていたグルカに棍術の手解きを受けている。

「あまり詰めても効率が落ちるだけだ、今日はこの辺にしておこう」
「はぁはぁはぁはぁ……あ、ありがとう、ございました」

 産まれたてのカモシカのように、棍を支えに小刻みに震える足を推して起き上がりかけたルイスではあったのだが、訓練終了の知らせを受け取ると同時に崩れ落ち、大の字になって荒い呼吸を吐き出し始めた。

「お前さんもどうだ?」

 振り返ったグルカは観戦していたレーンへニヤニヤとした笑みと共に棍先を向ける。

「あぁっ? なんで俺様が、んな泥臭ぇことしなきゃなんねぇんだ?」

「そりゃお前、いくら魔攻機装ミカニマギアが強かろうとも、武器を扱う技術が有るのと無いのとでは戦闘における優位性に明らかな差が出るからだろ。
 生身で強い奴は魔攻機装ミカニマギアを纏っても強い。鍛えておいて損になることはこれっぽっちもないぞ?」

「俺みたいな天才に努力は必要ない」

「真面目に言ってんのか?」

「当たり前だろ? だいたい、いつまで付いてくるつもりだ?」

「その話は昨日もしたし、このシークァミネルバの持ち主の許可を取ったのも聞いていただろ、なぁ?」

 エスクルサでルイスを救う形となったグルカは、その足でミネルバへと乗り込みレーン達と共に居る。

 だが、リヒテンベルグ帝国の第一皇子と近衛隊長。せっかく皇宮から逃げ出して自由を満喫し始めた矢先に引き戻されたような嫌な気分になってしまったのだ。
 いくら嫌いではない相手だとはいえ、レーンからしたら父親とも取れかねない年齢差と圧倒的存在感。今までの開放感の反動もあり、余計に窮屈に感じてしまっていた。

「私たちの邪魔をしないなら目を瞑ると言っただけですわ、グルカおじさま?」

「ぐははははっ。忘れてねぇけど “おじさま” は止めろ。
 それと、邪見にはされてるみたいだが、俺自身は邪魔してないだろ?まだセーフだぜ?」

 チュアランと旧知の仲であるグルカは、デビューしたての頃のディアナとコロシアムで何度か顔を合わせている。気心の知れた、とまではいかないが、それでも赤の他人というには面識があり過ぎる友人一歩手前の関係を持っていた。

「それにしても益々美しさに磨きがかかったなぁ。どうだ?今夜ちょっと付き合わねぇか?」

「褒められたのは素直にありがとうと言っておくけど、こう見えても私、夜は忙しいのよ?ごめんなさいね」

「カーーッ!あっさりバッサリ振られちまったぜ。こう見えても宮殿じゃあ男前で……」

「てめぇっ!人の女を堂々と口説くんじゃねぇよっ!! だいたいっ、嫁さんや子供はお前がココで呑気に遊んでるのを知ってるのか!?」

「嫁は子供を連れて実家に帰った」

「……は?」

「嫁は子供を……」

「一回聞けば分かるわっ!理由を言えやっ!!」

 それまでの飄々とした雰囲気は鳴りを潜め、淡々と事実を繰り返したグルカにレーンの苛立ちが爆発する。
 互いに歳の離れた兄弟のような認識でいた近しい二人。当然のようにグルカの嫁、子供とも接点があり、親しい間柄にあったことは語るまでもない。

「理由なんて聞くまでもないだろう?お前の所為だぜ、レーン?」

 仲睦まじかったグルカ一家が自分の所為で仲違いしている、衝撃的な一言はレーンの心に深く突き刺さった。

 レーンが帝都を出た時点でグルカは、仕方のない弟に付き合い近衛を辞めるつもりでいたのだと言う。しかし、追いかけるつもりで自動車を購入するも、最新鋭の魔導バイクに乗り込んだため見失ったと聞かされた時には愕然としたらしい。

 帝位継承権第二位のアシュカル殺害の容疑者であるレーンと共に居ようというのだ。どんな理由があろうとも自分も犯罪者認定される可能性は濃厚。どうしたもんかと悩む間にとりあえず自分が不在の間によからぬ事をされぬようにと嫁と子供を逃していた。

 『里帰り』とは程の良い言い訳で、帝国の南西に位置する他国【モアザンピーク】に居れば、余程のことがない限り危害が加わることはない。

「なんで俺なんかに構う?自分から出て行った無能皇子など放っておけばいいだろう!?」

 仲違いが勘違いだと悟り胸を撫でおろせば、自分には構うなと心がささくれ立つ。

「弟が無茶するのを分かっているのなら、それを止めてやるのが兄貴の役目ってやつだろう?
 だいたい、どれだけ取り繕うとも、お前さんが無能じゃないのは知ってる奴は知っているんだよ」

「……俺を連れ戻すつもりか?」

「お前さぁ、俺の話聞いてたわけ?」

 もしも “YES” と答えたなら、全力で張り倒してでも逃げ出す覚悟で聞いた問い。
 しかし深いため息を吐き出したグルカは、答えを返すと同時に口角を吊り上げ白い歯を見せる。

「面倒で堅苦しい立場からは開放され、嫁という最大の呪縛からも逃れた俺は自由! 今っ、この時を謳歌しなくて、いつ、人生を愉しむと言うのだ!?
 俺はお前と共に旅をする!まだ出会ってない別嬪さんを求めて!!」

 拳を握りしめての力説はまるで選挙演説のよう。

 ドッパーンッと荒波が押し寄せる崖の上にでも立っているかのような勢いで胸の内を熱く語ったグルカはこれ以上ないドヤ顔だ。

 だが、面と向かって聞かされたレーンは言葉を飲み込めず放心し、上半身だけ起こしたルイスは頬をヒクつかせる。額に手を当てたディアナは小刻みに首を振っていた。

「んで? これから行くアイヴォンってぇのは綺麗どころがいっぱいいる町か?」

「んな事知るかーーっ!! アイヴォンへはルイスの武器と諸々の材料の仕入れだっつってんだろうが!
 だいたいっ!んな訳わからん目的の為に俺を利用するんじゃねぇ!!さっさと親父の所に帰りやがれぇぇぇっ!!」

 友人の居るキファライオ王国を暫定の目的地としていたレーンではあったが、特に思惑があるわけではないので急いでなどいなかった。そこにエスクルサでの経験から武器の有用性を実感したルイスが、その扱いにも長けたグルカへ己の鍛錬を申し込むことで話が膨らむ。

 現在、ルイスの纒う魔攻機装ミカニマギア【アンジェラス】の持つ武器は帝国兵から奪い取った貧弱な槍のみ。攻撃のためのギミックなどもなく、腕輪が外せない以上詳しい調査はおろか、ギミックを装着する改造も行えなかったのだ。

 しかし、奪った武器は装備出来ている。

 そこでディアナが提案したのは高性能な武器の製作。その為の材料を買い付ける為に西へと向けていた進路を南南東へと変更し、世界の殆どの鉱石を排出し続けている【ザルツラウ商業連邦】の首都【アイヴォン】を目指すこととなったのだ。

「んな連れねーこと言うんじゃねぇよ。お前だって好きだろ?良い女引っ掛けたら混ぜてやるからカリカリすんなっ、な?」

「ぶぁっっか野郎!!自分の女の目の前で、んな誘いにホイホイ乗れるかぁぁっ!!」

「ああっ、そりゃ悪かったな。ディアナ、ちょい耳塞いでてくれるか?コイツ恥ずかしがり屋なんだわ」

「ちっげーーよっ! お前、はっちゃけ過ぎも限度があるだろう!お前は厳格がモットーの近衛の隊長だろうがっ!」

「今は休職中ぅ~、堅苦しい立場なんぞクソ喰らえだ」

 感情的でありながら頭の中は常にクールなレーン。その彼が心底熱くなり、良いように揶揄われる珍しい姿を微笑ましく思いながらも、ディアナは別の事に思いを巡らせていた。


──和やかなこの輪の内にニナを……


 例外なく見目麗しく育つエルフは、本人の同意の有る無しに関わらず金持ちに飼われるというのがどこの国でも暗黙の了解とされている。

 まだ成長過程にあるニナも例に漏れず、たまたまエスクルサに連れ込まれたところを助けて工房で匿っていた。当然のように【永遠なる挑戦レゼラレミ・スフィーダ】のメンバー以外とは交流どころか顔を合わせることすらなく、仕方のないことだとはいえ監禁しているような罪悪感さえ感じていたのだ。

(代わりを探さないといけないわね)

 外に連れ出しはしたが、魔力の乏しい爺ちゃんズに代わり彼女は運転手を務めてくれている。
 それはニナが魔攻機装ミカニマギア無しでも魔法を扱えるほど魔力に長けたエルフであることを起因とした苦渋とも言える決断であった。


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