魔攻機装

野良ねこ

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第一章 星が集いし町

24.揺れ動く二つの大国

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 リヒテンベルグ帝国の東隣に位置するアナドリィ王国は帝国に次ぐ領土を誇り、人口、経済、武力においても引けを取らない世界に名だたる大国家だ。

「もう二ヶ月も経つぞ?未だ原因は特定できないのか?」

 円卓の中心は国王である【アレクァル・ディド・ハインディッヒ・三世】。
 彼の問いに渋い顔を見せた残りの六人は、この国の宰相以下、軍部寄りの各部門大臣達である。

「帝国からの回答は『関与していない』の一点張り。現地調査をしようにも町はほぼ壊滅状態にあり、僅かに生き残った者達からは確たる原因は得られておりません」

 ルイスの故郷であり、黒き厄災ディザストロによって一夜で廃墟と化したアリキティス。失われた都市を起点に王国内が密かに揺れていた。

「君はその答えを何度報告すれば気が済むのかね?私が欲するのは進展と解決の光明、ひいては原因の究明と対処が終わったという報告だよ。 ここまで言わないと分からないかね?」

 国王の聞きたい答えなど、この場の誰もが持ち合わせていない。
 だが、何も答えぬのはより激しい怒りを買うだけだと、一同を代表して重い口を開いたのはアリキティス事件の主担当である防衛大臣。しかし、勇気ある英断の結果は国王の顔を見れば一目瞭然だった。

「アナドリィとリヒテンベルグが対等を保ってこその世の平穏なのだ。その均衡を破ろうとする行いは世界を牽引する者の一人として断固として許すわけにはいかない。
 たとえそれが身内の仕業でも、だよ」

 リヒテンベルグ帝国とアナドリィ王国の戦争は約三十年にも及び続けられている。


──発端は魔攻機装ミカニマギアの誕生だった


 最初は土木建築のパワードスーツ。画期的な超技術はあっという間に拡がりをみせ、軍事転用されることで加速度的に性能を増して行く。
 小型化、軽量化、動きの繊細さや、性能を左右する魔石の高純度化に至るまで各国の軍事費の大半が注ぎ込まれ、誕生から僅か五年で現在のような完成された形を取るまでになる。

 小競り合いをすることはあれど、戦争と言えるほどの大規模な争いのない平和な時代。

 そんな世の中だとはいえ、優越に浸れるほどの力を持て余してしまえば振るってみたくなるというのが人間の心理なのだろう。
 こぞって力を得た国々は多少の意見の食い違いでも武力にモノを言わせるようになり、それは時間をかけずに大規模な戦闘へと発展する。

 小競り合いは抗争へ、抗争は戦争へ。そして戦争は飛び火し、止めどない火種が各地にばら撒かれた。


 魔攻機装ミカニマギアを開発する技術力。また、それを行える経済基盤と、製作のための素材物流ルートを持っていたこと。
 加えて、当時のアナドリィ王国国王の魔攻機装ミカニマギアという未来技術を取り入れる判断の早さと、それに追従する議会の柔軟さが功を成した。

 他より優れた魔攻機装ミカニマギアを他より多く所持したアナドリィ王国は近隣諸国を次々と落とし、吸収、奴属化させることにより現在のような世界的大国へと発展することとなる。

「今ある世界地図は、過去に尊い犠牲を賭して得られた平和そのもの。それを壊すべきではないことくらい、当時、アナドリィと同じように発展を遂げた現存する国々の指導者達であれば百も承知のはず。
 しかし残念なことに、いつの世、どの国においても野心を抱く者は必ずおります」

「私は心根を述べたまでだが、まさか本当に、国内の何者かの仕業だとでも言いたいのか?」

 主君からの攻めの視線が緩和されてホッとする小太りの防衛大臣。代わりに率先して矢面に立ったのは、浮き出た頬骨が細身の身体を更に細く見せる初老の男。
 【ルトラウト・アンダーウッド】、アナドリィ王国において国内外のあらゆる情報収集を担当する大臣であり、情報という重要性から、国王、宰相に次ぐ権力を持つ者だ。

「残念ながらそれを肯定するのも否定するのも出来ぬ状況ではあります」

「では何が言いたいのだ?」

「指示した組織と目的は判らねどアリキティスの破壊方法が確定されました」

「ほう……続けろ」

 古い歴史を持つ『火薬』を使った技術の開発は五百年以上の時の中で、拳銃や爆弾といった戦いに特化する武器を生み出してきた。
 近年、魔攻機装ミカニマギアの登場により軍事的地位を奪われはしたが、他人より優位に立てる武器の開発は止まることがない。

 かの大戦争時代では、誰にでも等しく扱える爆弾が町を破壊するのに大いに活躍した。
 それは魔攻機装ミカニマギアを使えない一般兵に割り当てられる仕事の半分が町中に侵入しての爆弾による破壊工作だった為であり、そのおかげで戦闘とは直接関係のない多くの人々の命が奪い去られることとなる。

 戦争とは、自国の領土を増やすことを目的とする略奪行為だ。もちろんそれ以外の理由が無いわけではないが、領土を増やした結果、それに付随する人や物を取り入れることで国を豊かにしようとの目論みで行われるのが殆どだった。
 しかし、爆弾による破壊はその両方を激減させる。つまりそれは、戦争をする “うまみ” を減らす愚かな行為なのだ。

 世界的な戦争が落ち着きを見せた現在では、一般市民を大量に殺害する非人道的な行為を止めさせるという建前の元に『戦争やそれに準ずる争いで爆弾を使用することを禁ずる』という国際条約が制定されていた。

「町を崩壊させるほどの破壊を生むとなれば使用を禁止されている爆弾を町の至る所に設置するのが一般的。実際、火薬の反応は町の至る所で見受けられるのですが、そのほとんどの爆心地はアリキティスに駐留する軍の施設の位置と一致するのです」

「つまり、爆発したのは我が軍が保管していた爆弾だと?」

「はい。残留していた魔力と火薬の反応から、魔法による攻撃により爆破されたものと断定出来ます」

「してやられたということか。つまり相手は我が軍の内部を良く知る人物であり、複数の魔攻機装ミカニマギアを所持する集団というわけだな?」

「そう見るのが妥当なのですが、やはり不可解なのは町の中心部に残された超爆発の痕跡です」

「例の消し飛んでいた中心地、か」

「町を統括していたエルスマイン家を中心とした直径七百メートルにも及ぶ更地の周りには、そこに有ったであろう建物の破片が半壊状態であったと予測される周囲の建物を破壊する弾丸として放射線状に放たれた形跡が数多く見受けられます。
 そして驚くことに付近からは火薬の反応が検知されず、この凄まじいまでの超爆発が魔法によって引き起こされたものと結論付けられました」

「それほど強力な魔法を行使出来る魔攻機装ミカニマギア操者ティリスチーが存在しているのか……にわかには信じ難いな」

「そして複数の目撃証言のある漆黒の魔攻機装ミカニマギア。これ以外の不審な魔攻機装ミカニマギアの目撃がないことから想定される最悪は、何処ぞの組織がこれ程の力を内包する魔攻機装ミカニマギアを複数所持しており、我が国にちょっかいをかけてきているという由々しき事態です」

「馬鹿な!?そんなのを複数だと!!」

 驚愕で目を見開いたまま、思わず立ち上がってしまったのは軍の総司令を務める【モーリアム将軍】。
 リヒテンベルグ帝国の誇る宮廷十二機士イクァザムにもそのような性能を持つ魔攻機装ミカニマギアなど聞いたことはなく、それと並ぶ実力を自負するアナドリィ王国の【蒼穹の聖機士ブルーミラノス】にも当然のようにそのようなモノは存在しない。

「最悪の仮定の話だ。取り乱すのは早計だぞ?」

「しかしっ一機は居るのは確実なのだろう!?」

「落ち着け、モーリアム。高性能な魔攻機装ミカニマギアではなく、ウチでも開発が進んでいるような合同魔法を可能にする特殊なギミックを使用してとも考えられるだろう。
 それに、予測だけで物事を決めつけるのは危険だよ」

「終わらない議論をしても無意味。今注目すべきは、弾薬庫の場所が割れていたことでしょう」

「身内の関与か?」

「先に述べた通り肯定も否定も出来かねます。ですが、北と東の動きが気になります」

 アナドリィ王国の西には言わずと知れた強国、リヒテンベルグ帝国があり、北には【エヴリブ公国】、東には【ヴィルマン王国】という二国に次ぐ強国が隙を伺っている。

「ザルツラウから鉄を買い付ける際、移動コストを抑えるのに最短ルートである我が国を経由して持ち込むのが通常です。
 しかし、ここ半年もの間、通常の仕入れ量は維持したまま、南東の国【ウェセター】を通して東のヴィルマンと北のエヴリブは倍の量の鉄を含めた様々な金属や資源を集めているようなのです」

 アナドリィ王国の南西に位置する【ザルツラウ商業連邦】には世界でも有数の鉱山があり、産出された金属を加工し世界各国に流通させることで財をなす中立国家だ。

 何かに付けて必要となる金属を買うのは経済を回す上で必要なことではあるのだが、ルトラウトが調べた情報は、その買い付けをアナドリィ王国に悟られぬよう、わざわざ他国を経由し遠回りさせて仕入れを行うという異常行為。
 それに加えて通常の仕入れは行なっているというからやましいことがあると疑われても仕方のない状況であった。

「時期から考えてもヴィルマンとエヴリブがアリキティス事件に関与していると考えるのが妥当というのだな?」

「まだ証拠はありませんが、恐らくは」

「ならば経由地であるウェセターに人を送れ。彼の国からヴィルマンへと向かう金属類の監視を行うのだ。
 それと同時にザルツラウにも何人か潜入させておけ。もしかしたら奴等との繋がりが見えてくるやもしれん」

 どうなるかと不安で仕方のなかった会議はルトラウトの活躍により光明が見え始めた。
 ホッと一息吐きたくなる心境ではあれど、そこはアナドリィという大国の大臣を務める大物達。顔はキリリと引き締めたまま、終わりの時を待ち望んでいる。

「世界を混沌に導くアナドリィとリヒテンベルグの全面戦争は何としてでも回避しなくてはならない。
 皆、心してこの件に当たるように」


「「「ハッ! アナドリィのためにっ!」」」


「アナドリィのために」

 一糸乱れぬ動きで立ち上がり、敬礼の姿勢を崩さぬ大臣達を見たアレクァル国王も席を立った。
 国の中心が目指すべき指標を口にすると会議の終了を告げるように部屋から出て行く。



 継承権問題で揺れ始めたリヒテンベルグ帝国に追い討ちをかけたエスクルサの反乱。
 それに合わせるかのように波紋を拡げるアナドリィ国王を取り巻く不穏な気配。

 物語は、アナドリィ国王の監視対象に含まれたザルツラウ商業連邦へと舞台を移すこととなる。


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