魔攻機装

野良ねこ

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第一章 星が集いし町

17.『私、優秀ですから』

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 【ノピスネル】という金属は加工が困難な程に硬いことで有名であり、鉱山一つを掘り尽くすことでようやく一塊が採掘出来るような滅多に手に入ることのないレアメタルだ。
 しかし難点が一つあり、直接的な攻撃に使用する武具には不向きとされている金属でもある。

「なかなかお出来になりますわね」
「それはそれは、お褒めに預かり光栄ですわ、ねっ!」
「素直ですこと」
「ええ、『私、優秀ですから』」

 硬い分、金属密度が非常に高いノピスネルは、一般的に出回る鉄の約七倍の比重を持っている。それはつまり、通常使われる一・五キロの剣と同じ大きさの物を作った場合には約十キロともなり、おいそれと人が扱えるものではなくなってしまうことを意味している。

 更に魔攻機装ミカニマギア用ともなればその三~四倍となり、生身より遥かに高い身体能力を得られるので扱うこと自体は可能ではあるものの、消費される魔力に見合うかといえば否と答えざるを得ない。

「それにしてもっ! その鉄扇っ! 何で出来てるの、よっ!」
「ほほほほほっ、下賤なクセに目敏い女ですこと。これは庶民ではまず手に入らないノピスネルという金属で出来てます、のっ!」
「うそっ、ノピスネルって激レアの金属じゃない……くぅぅっ!」
「ほらほら、喋ってると手元が疎かになりますわよ?」

 ヒラヒラと舞う鉄扇は一見すると闇雲に振り回されているかのように思える。しかしその実、よく計算された実に効率の良い動きをしており、両手で繰り出すディアナのレイピアはことごとく弾かれジルダに届かないでいた。
 そのジルダはほぼ防戦一辺倒。まったく攻撃が無いわけではないが、どれも気の乗らない適当なモノ。宣言通り、試すかのようなのらりくらりとした戦いにディアナの苛立ちは増える一方だ。

「ご心配にはっ! 及びまっ! せんっ!」
「あらそう、ほらほら頑張ってくださいな」
「このぉっ!」
「ふふふっ、その調子ですわ……私、少しだけ貴女を見直しましたの。だって、この美しい黒尾扇に興味を持ってくださったんですもの」
「へぇ、じゃあそれ頂戴」
「貧しい市民に施しを与えるのも施政者たる私供の役目。でも残念、貴女は私が守る市民でないうえに、これは矮小な輩が持つには荷が重すぎる崇高なる美術品」
「けーちっ!」

 強度を保てる極限の厚さまで延ばされた扇子を構成する仲骨は、ノピスネル特有の青とも黒とも言えぬ独特のメタリックカラー。長さが一メートルもありなら幅が五センチしかないというのに僅かにしかしならない。
 それでいて計算され尽くした美しい掘込みは風の抵抗を減らす透かし彫。単体でも芸術品として申し分ないというのに、三十六本の仲骨達が一つに合わさることにより完成する【黒尾扇】は見る者を魅力する至高の鉄扇であった。

「じゃあ、これならどぉ?」

 一旦離れたディアナが両手に握る金のレイピアを一振り。するとマッチに火を付けたかのように切先に炎が灯り、瞬く間に剣身を覆い尽くした。

「ふふふっ、良いわぁ。さぁ、いらして?」

 ジルダの言葉を待たず飛び出したディアナは灯る炎が描き消える程の速さでレイピアを振るう。
 しかし先程と変わらず、幾度も襲いかかる刃はひらりひらりと舞う黒尾扇を打ち負かすことはおろか、跳ね除けることすら出来ないでいる。

「何で、って不思議にお思いになるでしょう?ああ、大丈夫ですわよ?皆様、口を揃えて同じことを仰いますから」

 たとえ安物の剣であったとしても、魔法を纏わせることにより切れ味、強度、共に跳ね上がるのは魔攻機装ミカニマギア戦での常識。付与された魔法が強ければ魔力に比例して性能も上がるのだが、その究極の状態がドミニャスの持つギミック【ジュディオ】、魔法のみで出来た刃だ。

 見た目に魔法を纏った感じのしない黒尾扇。しかし、いくら硬度の高いノピスネルとはいえ生の状態で無事でいられるなどおかしいのだ。

 不審な点と言えば扇の先端、三十六の仲骨の一枚一枚に付けられた宝石のような石。

「まさかとは思うけど、その石は全部……」
「ご明察、その洞察力は誉めて差し上げます」

 単なる装飾のように取り付けられた赤緑黄の石はその全てが魔石。つまり、ジルダの持つ黒尾扇には三十六もの魔石が取り付けられていることになる。

「ばっかじゃないの!?」
「下市民から向けられる僻みは高貴なる者にとっての誉れですの。悔しければその思いを活力に奮起し、私供と同じ場所まで来れるよう粉骨砕身頑張りなさいませ」
「かぁぁーーーっ!イラつくっ!イラつくイラつくイラつくぅぅっ!!」
「おほほほほほっ、無様ですこと」

 魔攻機装ミカニマギアの製作費の半分は魔石が占める。それほど高価で貴重な魔石をふんだんに取り入れた黒尾扇は、それだけで魔攻機装ミカニマギア十八体分の値段に匹敵するということだ。

 侯爵令嬢、恐るべし……。

「それにしたって強度がおかしいわよ」
「ん~ん、なかなかの造詣の深さ。貴女、私の元で働いてみる気はありませんの?」
「絶対にお断りっ!!」
「謙遜するとはなかなか身の程を弁えているわね。良いわ、良いわよ」
「ちょっ!勝手に気に入らないで!!」

 だが、黒尾扇の強度の秘密は “魔石が取り付けられているから” ではない。

魔攻機装ミカニマギアの本体は魔力で覆われている。この意味は知っていて?」
「魔法より魔力量の少ない魔力そのものを使って強度の補填を行いつつ、瞬時に魔力障壁パリエスを展開するための下準備」
「その通り。では、その魔力はどこから来るもの?」
「どこから、ですって?」
「あら、どうやらここまでのようね」
「……魔石に内包された魔力と人間が元々持っている魔力が引き合った結果」
「 Excellent!! 」

 魔力を内包した石──魔石は、魔攻機装ミカニマギアのコアとなることで人間の魔力と繋がりを持つ。これにより、よりタイムラグのないスムーズな制御が可能となるのだが、魔力障壁パリエスという副産物を得たことは嬉しい誤算であった。

「気休め程度にしか役に立たないほどの弱い魔力の幕。でももし、それを強力にする方法があるのだとしたら?」
「そんな……まさか!?」
「技術は日々進歩している、今持ち得る知識だけが全てではないとお知りなさい」

 久しぶりに叱られた気分になったディアナ。気に入らない相手からの言葉に目が覚める思いになったのは気に食わないが、いつの間にか今の自分自身に満足し、前に進むことを止めていたことに気付かされた。

(魔石から漏れ出る弱い魔力、三十六個もの魔石、進化する技術……あり得ないとは思うけど、目にしている現実は他に説明のしようがない)

 ほぼ魔力消費無しで強化される武具など脅威でしかない。なぜならそれは魔攻機装ミカニマギアが稼働可能な限り魔法を使っているのと同等の強力な火力を持ち続けるのと同義なのだ。
 はったりだと言いたくなる夢のような装備ではあるものの、現にジルダの持つ黒尾扇は打ち込まれ続ける魔法剣を最も容易く防いで見せている。手数重視で威力には自信のないディアナではあったが、それを差し引いても脅威的な新技術には舌を巻くしかなかった。

「……何ですの?」

 不意に聞こえた小さな爆発音、それは隣で繰り広げられるレーン達の戦闘音ではなかった。
 それは機を見たルイスが裏側から抜け出た音であり、違和感を気にしたジルダの注意が逸れる。

(ナイスよ、ルイス!)

 相手の主力は六人、対するディアナ達は三人しかいない。
 目的であるはずのレーンを目の前にしても未だ姿を見せぬ残りの四人が不気味に感じ、できる限り早くケリを付けたいディアナは、時期尚早とは思いつつも切り札の一つを切ると決めた。

 【紅蓮蜂】の二つ名を持つディアナの魔攻機装ミカニマギア【エルキュール】。その背中に生える半ばで折り返す外骨格のみの翼には、まるで飾り付けられたかのように林檎を模した丸い物体が等間隔に並ぶ。


──その一つが、人知れず落とされた


 ジゼルに気付かれぬよう背後へと回ったディアナの切り札──【アーペリ】
 一手で戦況を変えようと普段より多くの魔力を受け、必殺となり得る強力な一撃を放つ。

「ん?」
「チィッ!」

 魔攻機装ミカニマギアを纏っていようが一般の帝国兵程度ならば大破。宮廷十二機士イクァザムということで高く見積もったジルダの【カタリッシ】であっても、致命傷とは行かずも行動不能くらいには陥るとの計算だった。

 しかし現実は、自動で発動された魔力障壁パリエスにあっさり阻まれてしまう。

「見たことのない武器を使うのね、実に興味深い」

 直線的にしか動けないとはいえ、超高速で移動する五センチの球体。アリベラーテ技術を組み込まれたアーペリは肉眼で捉えるのが困難だ。

 にも関わらずあっさり看破したジルダ。言葉通り黒尾扇の上に覗く青い瞳は観察するように細められている。
 かと思いきや、優雅さを忘れぬゆったりとした動きで掲げられた左手に魔力が籠る。


炎弾フラム・バリ


 人の目には瞬間的にしか写らない動き続けるアーペリが、軌道を変えるために動きを止めた刹那の瞬間、次に動く先を読み、完璧なタイミングで炎の弾丸が撃ち出された。


炎弾フラム・バリ


 しかしそれを目にした直後……いや、アーペリが撃ち落とされると直感が告げたと同時、炎弾が撃ち出される前から無意識に魔力を集めていたディアナは、ジルダの魔法発動にほんの僅かにだけ遅れて同じ魔法を撃ち出した。

「!!」

 少しだけディアナ寄りを飛行していたアーペリの横を掠めたディアナの火弾は、その先から襲い来るジルダの火弾と正面から打つかり爆発が起きる。

「ふふ、ふふふふふっ、あはははははははっ」

 動きを止めたディアナと、相対するジルダ。それを遠巻きに囲む何百という帝国兵もいるというのに、聞こえて来るのはジルダの高らかに笑う声だけだ。

「軌道、タイミング、射出速度。どれも完璧な上に威力まで合わせてある。その証拠が完璧に相殺された爆発ですわ。コチラにでもアチラにでもなく真横に拡がる爆炎……素晴らしい、実に素晴らしいですわっ。
 私、貴女が欲しくなりました。沢山の使用人がベルネモート家にはおりますが、その中でも決して埋もれたりしない輝かしい才能。悪いようにはしないわ、わたくし専属の側仕えとしておいでなさいっ。いまっ、すぐ!」

 苦笑いどころか頬を痙攣させるディアナは、花が咲いたような笑みで両手を広げて迎え入れる体勢を万全にしたジルダに対し「断固拒否する!」と言い放つ。

「私が共に歩むと決めたのはレーンよ、貴女じゃないっ!」

「良いわぁ、拒絶する姿もとても魅力的。強気な貴女がねじ伏せられ、泣いて許しを乞う姿。想像するだけでゾクゾクしちゃうわぁ。淑女としてははしたないけど、貴女の為だもの、仕方がないわよね。
 さぁ、おいでなさい。私直々に調教して、あ・げ・るっ」

「誰がアンタなんかに調教されるかーーーっ!」


炎蜂の集会フラムアペス・スタトゥート


 突き出した両手の前に出来る頭ほどの炎球。そこから飛び出した豆粒ほどの小さな炎の数、およそ三百。
 まるで巣を突かれた蜂のように飛び出した炎達はディアナの意思を受け、相対する難敵へと一斉に群がる。
 
「あら今度は魔法合戦と言うわけねっ。良いでしょう、全ての自信を叩き割って差し上げます」


立ちはだかる壁シコパーノムラス


 迫り来る炎など何でもないかのように、余裕たっぷりの態度で黒尾扇を仰いだジルダ。
 反動により前に出された左手がゆっくりと開かれると同時に解き放たれる力ある言葉。それを得て吹き上がった炎の壁は、羽虫を焼き尽くすかの如くディアナの魔法を次々と叩き落とした。


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