15 / 119
第一章 星が集いし町
12.誤解なんです!
しおりを挟む
暗闇を照らす灯りは街を焼く炎。それを理解すると同時に自分が夢の世界にいるのだと認識させられる。
「止めろおぉぉぉぉぉぉっっ!!!」
目の前で動き出したのはルイスが追い求める漆黒の魔攻機装、夜闇でも目に付く黒い刃は狂気を孕む黒い光を纏っている。
ソレが目指す先には、唇を硬く結び、覚悟を決めた表情で両手を広げる若い女が立っている。
その背後には傷付き疼くまる老齢の男。
どんなに性能の悪い物だったとしても、生身の人間と魔攻機装とでは勝負にもならない。それは子供でも理解している常識であり、毅然とした態度で微動だにしない彼女とて知っていることだった。
「止めろ!止めろ!止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」
動くことの許されぬルイスは、己に出来る唯一の抵抗として喉が潰れるほどの声をあげて喚き散らす。
しかし、それを嘲笑うかのように速度を上げた黒き厄災。
一瞬で距離を詰めるだろう奴の速度はスローモーションのように遅く、絶叫するルイスの目に焼き付けるかのようにじわり、じわりと進んで行く。
タチの悪い拷問のような時間は夢であるとは分かりつつも決して受け入れられるものではない。
声にならない叫びを上げ続けるルイスを尻目に背中に生える六枚の黒い翼を羽ばたかせた漆黒の悪魔は、ゆっくりとした動作で女の胸に狂気を突きつける。
涙で歪む視界には、抵抗が無いかのようにあっさり沈み行く黒い凶器がはっきりと写される。
ルイスの願い虚しく柔らかな肉を突き進んだ刃は、その身体に巡る大量の血液と共に彼女の背中へと頭を覗かせた。
△▽
「くそっ……またか」
荒い呼吸で目覚めてみれば、ここ数日で見知った部屋。すぐ目の前のベッドに横たわる六歳の少女──ミュリノアの私室だ。
ひょんなことから知り合った彼女はあっという間にルイスに懐き、母親と顔を合わせてからというもの暇さえあればミュリノアの面倒をみている。
父子家庭に育ち、一人っ子であるルイスには妹のような彼女がとても可愛く思えた。
それというのも、コロシアムでの闘い以降、毎日のように見るようになったあの夢に精神的ストレスを感じて癒しを求めていたのが大きかったのかもしれない。
▲▼▲▼
ドミニャスとの闘いから数日、することもなく町をブラブラとしていたルイスは、露店で買った食べ物を手に公園のベンチに座った。
時刻は十時を過ぎ、朝食にしては遅い時間帯。天気も良く心地良い微風の吹く中、さぁ食べようと包みを開けて口へと運んだその時、すぐ近くの物陰から自分を見つめる視線に気が付いてしまったのだ。
「食べたいの?」
物欲しそうに見つめる少女。意図せずとも無言の訴えに気付いたルイスは、しきりに首を振り遠慮する彼女を手招きで呼び寄せ隣に座らせると本心を聞き出す。
母の手一つで生活するという貧しい暮らしをするミュリノアからすれば目の前にチラつかされたサンドイッチはご馳走に写り、幼さが後押しして “食べたい!” という欲求に勝てなかった。
──幼き少女を物で釣る、餌付けである
それがまた『仲良く半分こ』という人心を惹きつける絶妙かつ狡猾な心理手段。抗う術や警戒心の低い少女がコロッと引っかかってしまうのは致し方のないことだろう。
穢れを知らぬつぶらな瞳は綺麗な緑色。ゆるふわな金の髪は肩上で切られ、可愛い盛りの少女が口を開くたびに軽やかに揺れる。
誰の目から見ても愛らしい少女は性格も控えめで、食べてしまっておきながら深々と頭を下げて「ご飯盗ってごめんなさい」と謝る健気さ。
ミュリノアの三倍は生きているルイスが心惹かれるのも無理もない出来たお子様だった──二十歳であるルイス的にはかなりの問題がありまくりだが……。
──卑劣な魔の手はミュリノアの母親にも伸びる
コロシアムでの勝利のご褒美として小遣いを貰ったルイス。その額に驚き慌てて突き返したものの、当のディアナからは「大丈夫、大丈夫。それでも本当に極一部だから」とニコニコ顔で押し返されてしまった。
大の大人がなぜ女性から小遣いを……と文句を言いながらも渋々受け取ったお金はエスクルサで真っ当に働く者の年収の倍額。
元々金に困ってなかったルイスは持て余す金を迷うことなく使い、一日中遊んで仲良くなった少女の母親を連れて夜飯をご馳走するという運びに持っていった。つまり、母親までをも買収したのだ!
(なんかこの解説酷くない? 俺に恨みでもあんの?)
(………………)
(無視かよ、おいっ!!)
△▽
暗闇に紛れて尋ねた先はあらかじめ教えられていた古めかしい長屋の一室。あからさまに貧乏臭い造りはレーンの忌避感を膨らますものの、気にした素振りもなく腕に絡みつくディアナが率先して扉を叩いてしまうので引き返すわけにもいかなかった。
「あの……どちら様でしょう?」
顔を覗かせたのは訝しげな表情を見せるミュリノアの母親──ダニエメ。
夜も八時を回りそろそろ就寝をと思っていたところに見ず知らずの妙に身なりの良い二人が訪ねてきたとあっては不審に思うのも頷けるというもの。
「ああ、本当にここに居たのね」
自然な動作でダニエメの横をすり抜けると、今しがた彼女が座っていたルイスの隣に腰掛ける。
それと同時に机に置かれた紙袋を開き、興味深げに様子を伺っていたミュリノアの前に中身を取り出した。
「コレ、美味しいのよ?」
「くれるの?」
「ええ、そのために持ってきたんだから遠慮なんかしちゃダメよ?」
「うわぁ~、ありがとうお姉ちゃん!」
キラキラとした目でディアナに感謝を告げたミュリノアは、教えられた通り遠慮することなくさっさと蓋を開けてクッキーを頬張る。その顔は実に嬉しそうで、渡したディアナも満足そうにそれを見ていた。
「あの、貴女がたは……」
突然の来訪者に困惑するダニエメだったが、ルイスに紹介されれば萎縮しつつも納得して茶を淹れ始める。
「それで?何でわざわざここに?」
「そんなの決まってるじゃない。ルイスの彼女の顔を見に、よ?」
盛大に吹き出したルイスにビックリしたミュリノアが目を丸くして固まるが、すぐに我に返ると咳き込むルイスの背中をさすり始める。
ディアナのびっくり発言には母親であるダニエメも驚いた表情を見せるが、口を挟んではダメだと悟ったのか、沈黙を守り壁際でその様子を静かに見守っていた。
「本人を目の前にして言う冗談じゃないよね!」
「あら、冗談なんかじゃないわよ?」
「は?意味が分かりませんけど!?」
「だってルイス、幼女趣味でしょう?」
「ちょっと待て!どうしてそうなる!?」
「だって、この間の猫耳ロリっ子……」
「わー!バカバカっ、アレは違うんだって!」
ディアナの持ち出した猫耳とはエスクルサに到着したときの宿の受付をしていた娘のことで、自分を差し置いてその娘に癒しを求めたことを怨みがましく記憶していた。
何分狭い家、五人もの人間に座る場所などはなく入り口で立ったままのレーン。慌てたルイスがディアナの口を手で塞ぐのを見てピクリと眉を動かしたが、特に文句は口にしない。
しかしその隣では成り行きを見守るダニエメが危機感を抱き、金持ちであるルイスが貧しい自分達に近付いた真意を測ろうとジト目を向ける。
茶化すディアナと必死で取り繕うルイス。要所要所で突っ込みを入れるダニエメの姿に、話しの半分くらいは分かっていないであろうミュリノアがクッキーを頬張りながらケラケラ笑うという構図がしばらく続いた。
「それで、なんでわざわざここに来たの?」
「ルイスの彼女の顔を見にだけど?」
「またそれを言う!?」
「え?楽しくない?」
「俺は少しも楽しくない!!」
そのやりとりがツボに入ったミュリノアは床に届いていない足をバタバタさせ大喜びで爆笑するが、引き際を見極めたディアナはようやく本題を切り出すことにした。
「特に理由なんてないわ」
「……は?」
「なーんて冗談よ?」
「……」
「連れない!ルイスが連れないわっ!」
「いいから、それはもういいからっ」
「二人はとっても仲良しさんなんだねっ。もしかしてお姉ちゃんはルイ兄ぃのお嫁さんなの?」
幼き少女から投下された爆弾に固まるルイス、何か言いたげなレーンを視線で黙らせたディアナはミュリノアの頭に手を乗せ静かに「違う」と否定の言葉を投げかける。
「私はルイスともっと仲良くしたいんだけど、肝心のルイスはミュリノアと仲良くしたいみたいよ?だから二人が更に仲良くなれるようにもっともっと遊んでもらいなさい」
「うん!ルイ兄ぃにいっぱい遊んでもらう!」
満面の笑みで抱き付いて来たふわふわな頭をルイスの手が優しく撫でる。
しかし、本物の家族に向けるような慈しみの視線を向けていたルイスだが、わざわざディアナがこの場に足を運んだ理由をなんとなく察して温度の下がった視線を彼女に向けて口を開く。
「それで、本題は?」
「お金の方は貴方のお陰で整った。その大半を家具やら何やらで使ったわけなんだけど、目的のモノを作る材料が今日入荷したわ。
基本設計はみっちり二週間かけて終わってるとは言ってた。だから、早ければ二週間後には町を出るわよ」
エスクルサに来て既に二週間、帝国はレーンが
ここエスクルサに潜入していることに気付いており、町を警邏する兵士の数が日毎増えているのは実感していた。
そのためレーンは極力昼間の町を出歩くことを控えており、用事があるにしてもこうして日が落ちてからだけに留め、なるべく人目に触れない努力をしている。
「ルイ兄ぃ、何処かに行っちゃうの?」
ご機嫌から一変、僅かにでも突つけば泣き出してしまいそうなほど不安げな顔になったミュリノア。だが『そりゃそうなるよな』と、心の中で文句を言ったところで何も変わりはしない。
ルイスにはルイスの目的があり、この町に住んでいるわけではない。それにディアナがここで話す話さないに関わりなく、エスクルサでの滞在時間には限りがあるのだ。
まだ残された時間のある今それを告げなくてもと思うルイスではあるものの、それと同時に言い辛いことを変わりに伝えてくれたのだとディアナの心遣いも理解していた。
「ルイスにもお仕事があるの、だからいつまでもこの町に居られるってわけじゃない。
ミュリノアがルイスと遊べる時間も限られてるけれども、ルイスはきっと貴女に会いにまたやってくるわ。だってルイスは貴女のことが大好きなんですもの。
ミュリノアはルイスの事が好き?」
「うん!お母さんと同じくらい大好き!」
「じゃあルイスと会えなくなっても待っていられるわね? その間、ミュリノアが寂しくて泣かなくてもいいように、明日からもルイスにいっぱい遊んでもらうのよ? 分かった?」
「うんっ、分かった!ルイ兄ぃと、い~っぱい遊ぶ!」
元気よく返事をしたミュリノアと指切りをして約束をしたルイスは、彼女を寝かしつけた後でいい加減お暇しようとダニエメに挨拶をした。
その際、彼女の視線からは娘を狙っているのを疑っているであろう怪訝そうな気配を感じたが、それは明日からの態度で示そうと心に決め、弁明することなく家を後にした。
「止めろおぉぉぉぉぉぉっっ!!!」
目の前で動き出したのはルイスが追い求める漆黒の魔攻機装、夜闇でも目に付く黒い刃は狂気を孕む黒い光を纏っている。
ソレが目指す先には、唇を硬く結び、覚悟を決めた表情で両手を広げる若い女が立っている。
その背後には傷付き疼くまる老齢の男。
どんなに性能の悪い物だったとしても、生身の人間と魔攻機装とでは勝負にもならない。それは子供でも理解している常識であり、毅然とした態度で微動だにしない彼女とて知っていることだった。
「止めろ!止めろ!止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」
動くことの許されぬルイスは、己に出来る唯一の抵抗として喉が潰れるほどの声をあげて喚き散らす。
しかし、それを嘲笑うかのように速度を上げた黒き厄災。
一瞬で距離を詰めるだろう奴の速度はスローモーションのように遅く、絶叫するルイスの目に焼き付けるかのようにじわり、じわりと進んで行く。
タチの悪い拷問のような時間は夢であるとは分かりつつも決して受け入れられるものではない。
声にならない叫びを上げ続けるルイスを尻目に背中に生える六枚の黒い翼を羽ばたかせた漆黒の悪魔は、ゆっくりとした動作で女の胸に狂気を突きつける。
涙で歪む視界には、抵抗が無いかのようにあっさり沈み行く黒い凶器がはっきりと写される。
ルイスの願い虚しく柔らかな肉を突き進んだ刃は、その身体に巡る大量の血液と共に彼女の背中へと頭を覗かせた。
△▽
「くそっ……またか」
荒い呼吸で目覚めてみれば、ここ数日で見知った部屋。すぐ目の前のベッドに横たわる六歳の少女──ミュリノアの私室だ。
ひょんなことから知り合った彼女はあっという間にルイスに懐き、母親と顔を合わせてからというもの暇さえあればミュリノアの面倒をみている。
父子家庭に育ち、一人っ子であるルイスには妹のような彼女がとても可愛く思えた。
それというのも、コロシアムでの闘い以降、毎日のように見るようになったあの夢に精神的ストレスを感じて癒しを求めていたのが大きかったのかもしれない。
▲▼▲▼
ドミニャスとの闘いから数日、することもなく町をブラブラとしていたルイスは、露店で買った食べ物を手に公園のベンチに座った。
時刻は十時を過ぎ、朝食にしては遅い時間帯。天気も良く心地良い微風の吹く中、さぁ食べようと包みを開けて口へと運んだその時、すぐ近くの物陰から自分を見つめる視線に気が付いてしまったのだ。
「食べたいの?」
物欲しそうに見つめる少女。意図せずとも無言の訴えに気付いたルイスは、しきりに首を振り遠慮する彼女を手招きで呼び寄せ隣に座らせると本心を聞き出す。
母の手一つで生活するという貧しい暮らしをするミュリノアからすれば目の前にチラつかされたサンドイッチはご馳走に写り、幼さが後押しして “食べたい!” という欲求に勝てなかった。
──幼き少女を物で釣る、餌付けである
それがまた『仲良く半分こ』という人心を惹きつける絶妙かつ狡猾な心理手段。抗う術や警戒心の低い少女がコロッと引っかかってしまうのは致し方のないことだろう。
穢れを知らぬつぶらな瞳は綺麗な緑色。ゆるふわな金の髪は肩上で切られ、可愛い盛りの少女が口を開くたびに軽やかに揺れる。
誰の目から見ても愛らしい少女は性格も控えめで、食べてしまっておきながら深々と頭を下げて「ご飯盗ってごめんなさい」と謝る健気さ。
ミュリノアの三倍は生きているルイスが心惹かれるのも無理もない出来たお子様だった──二十歳であるルイス的にはかなりの問題がありまくりだが……。
──卑劣な魔の手はミュリノアの母親にも伸びる
コロシアムでの勝利のご褒美として小遣いを貰ったルイス。その額に驚き慌てて突き返したものの、当のディアナからは「大丈夫、大丈夫。それでも本当に極一部だから」とニコニコ顔で押し返されてしまった。
大の大人がなぜ女性から小遣いを……と文句を言いながらも渋々受け取ったお金はエスクルサで真っ当に働く者の年収の倍額。
元々金に困ってなかったルイスは持て余す金を迷うことなく使い、一日中遊んで仲良くなった少女の母親を連れて夜飯をご馳走するという運びに持っていった。つまり、母親までをも買収したのだ!
(なんかこの解説酷くない? 俺に恨みでもあんの?)
(………………)
(無視かよ、おいっ!!)
△▽
暗闇に紛れて尋ねた先はあらかじめ教えられていた古めかしい長屋の一室。あからさまに貧乏臭い造りはレーンの忌避感を膨らますものの、気にした素振りもなく腕に絡みつくディアナが率先して扉を叩いてしまうので引き返すわけにもいかなかった。
「あの……どちら様でしょう?」
顔を覗かせたのは訝しげな表情を見せるミュリノアの母親──ダニエメ。
夜も八時を回りそろそろ就寝をと思っていたところに見ず知らずの妙に身なりの良い二人が訪ねてきたとあっては不審に思うのも頷けるというもの。
「ああ、本当にここに居たのね」
自然な動作でダニエメの横をすり抜けると、今しがた彼女が座っていたルイスの隣に腰掛ける。
それと同時に机に置かれた紙袋を開き、興味深げに様子を伺っていたミュリノアの前に中身を取り出した。
「コレ、美味しいのよ?」
「くれるの?」
「ええ、そのために持ってきたんだから遠慮なんかしちゃダメよ?」
「うわぁ~、ありがとうお姉ちゃん!」
キラキラとした目でディアナに感謝を告げたミュリノアは、教えられた通り遠慮することなくさっさと蓋を開けてクッキーを頬張る。その顔は実に嬉しそうで、渡したディアナも満足そうにそれを見ていた。
「あの、貴女がたは……」
突然の来訪者に困惑するダニエメだったが、ルイスに紹介されれば萎縮しつつも納得して茶を淹れ始める。
「それで?何でわざわざここに?」
「そんなの決まってるじゃない。ルイスの彼女の顔を見に、よ?」
盛大に吹き出したルイスにビックリしたミュリノアが目を丸くして固まるが、すぐに我に返ると咳き込むルイスの背中をさすり始める。
ディアナのびっくり発言には母親であるダニエメも驚いた表情を見せるが、口を挟んではダメだと悟ったのか、沈黙を守り壁際でその様子を静かに見守っていた。
「本人を目の前にして言う冗談じゃないよね!」
「あら、冗談なんかじゃないわよ?」
「は?意味が分かりませんけど!?」
「だってルイス、幼女趣味でしょう?」
「ちょっと待て!どうしてそうなる!?」
「だって、この間の猫耳ロリっ子……」
「わー!バカバカっ、アレは違うんだって!」
ディアナの持ち出した猫耳とはエスクルサに到着したときの宿の受付をしていた娘のことで、自分を差し置いてその娘に癒しを求めたことを怨みがましく記憶していた。
何分狭い家、五人もの人間に座る場所などはなく入り口で立ったままのレーン。慌てたルイスがディアナの口を手で塞ぐのを見てピクリと眉を動かしたが、特に文句は口にしない。
しかしその隣では成り行きを見守るダニエメが危機感を抱き、金持ちであるルイスが貧しい自分達に近付いた真意を測ろうとジト目を向ける。
茶化すディアナと必死で取り繕うルイス。要所要所で突っ込みを入れるダニエメの姿に、話しの半分くらいは分かっていないであろうミュリノアがクッキーを頬張りながらケラケラ笑うという構図がしばらく続いた。
「それで、なんでわざわざここに来たの?」
「ルイスの彼女の顔を見にだけど?」
「またそれを言う!?」
「え?楽しくない?」
「俺は少しも楽しくない!!」
そのやりとりがツボに入ったミュリノアは床に届いていない足をバタバタさせ大喜びで爆笑するが、引き際を見極めたディアナはようやく本題を切り出すことにした。
「特に理由なんてないわ」
「……は?」
「なーんて冗談よ?」
「……」
「連れない!ルイスが連れないわっ!」
「いいから、それはもういいからっ」
「二人はとっても仲良しさんなんだねっ。もしかしてお姉ちゃんはルイ兄ぃのお嫁さんなの?」
幼き少女から投下された爆弾に固まるルイス、何か言いたげなレーンを視線で黙らせたディアナはミュリノアの頭に手を乗せ静かに「違う」と否定の言葉を投げかける。
「私はルイスともっと仲良くしたいんだけど、肝心のルイスはミュリノアと仲良くしたいみたいよ?だから二人が更に仲良くなれるようにもっともっと遊んでもらいなさい」
「うん!ルイ兄ぃにいっぱい遊んでもらう!」
満面の笑みで抱き付いて来たふわふわな頭をルイスの手が優しく撫でる。
しかし、本物の家族に向けるような慈しみの視線を向けていたルイスだが、わざわざディアナがこの場に足を運んだ理由をなんとなく察して温度の下がった視線を彼女に向けて口を開く。
「それで、本題は?」
「お金の方は貴方のお陰で整った。その大半を家具やら何やらで使ったわけなんだけど、目的のモノを作る材料が今日入荷したわ。
基本設計はみっちり二週間かけて終わってるとは言ってた。だから、早ければ二週間後には町を出るわよ」
エスクルサに来て既に二週間、帝国はレーンが
ここエスクルサに潜入していることに気付いており、町を警邏する兵士の数が日毎増えているのは実感していた。
そのためレーンは極力昼間の町を出歩くことを控えており、用事があるにしてもこうして日が落ちてからだけに留め、なるべく人目に触れない努力をしている。
「ルイ兄ぃ、何処かに行っちゃうの?」
ご機嫌から一変、僅かにでも突つけば泣き出してしまいそうなほど不安げな顔になったミュリノア。だが『そりゃそうなるよな』と、心の中で文句を言ったところで何も変わりはしない。
ルイスにはルイスの目的があり、この町に住んでいるわけではない。それにディアナがここで話す話さないに関わりなく、エスクルサでの滞在時間には限りがあるのだ。
まだ残された時間のある今それを告げなくてもと思うルイスではあるものの、それと同時に言い辛いことを変わりに伝えてくれたのだとディアナの心遣いも理解していた。
「ルイスにもお仕事があるの、だからいつまでもこの町に居られるってわけじゃない。
ミュリノアがルイスと遊べる時間も限られてるけれども、ルイスはきっと貴女に会いにまたやってくるわ。だってルイスは貴女のことが大好きなんですもの。
ミュリノアはルイスの事が好き?」
「うん!お母さんと同じくらい大好き!」
「じゃあルイスと会えなくなっても待っていられるわね? その間、ミュリノアが寂しくて泣かなくてもいいように、明日からもルイスにいっぱい遊んでもらうのよ? 分かった?」
「うんっ、分かった!ルイ兄ぃと、い~っぱい遊ぶ!」
元気よく返事をしたミュリノアと指切りをして約束をしたルイスは、彼女を寝かしつけた後でいい加減お暇しようとダニエメに挨拶をした。
その際、彼女の視線からは娘を狙っているのを疑っているであろう怪訝そうな気配を感じたが、それは明日からの態度で示そうと心に決め、弁明することなく家を後にした。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

強奪系触手おじさん
兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる