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第一章 星が集いし町
11.気絶しちゃったっ(テヘペロ
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「うぉぉぉぉぉおおっ!!」
上、下、右に左。当然のように斜めや、正面からの最短を突いてくる縦横無尽に迫る斬撃の嵐。
先程より一回りは太くなった緑の刃が幾度となくルイスを襲うが、魔力障壁が護ってくれると信じて疑わないルイスもまたがむしゃらに拳を突き入れていた。
側から見れば子供の喧嘩のように攻防の駆け引きなどない攻め一点だけの醜い争い。それでも互いに両手を使っての鬩ぎ合いは手数が多く、魔力障壁が奏でる金属音が派手な闘いを演出している。
一度は砕けたヴェナンディの魔力障壁ではあったが、操者たるドミニャスの精神状態が安定したことにより本来の強度を取り戻していた。
これにより、素人と変わりないルイスでは何度拳を叩き込もうとも再びひびを入れる事すら出来ないでいる。
「このままじゃ埒があかないね」
「そうかもな」
互いに手は止めないものの言葉を交わす余裕すらある膠着状態。
(ど素人のくせに……なんて奴だ)
高い攻撃力を誇るジュディオではあるものの、その分魔力の消費量が多いのがネックなギミック。しかしドミニャスは経験の浅いルイスのほうが先に魔力切れとなると踏んでいたのだが、未だ硬度を保ち続ける魔力障壁は破れる気配がない。
「コロシアムには俺のように他所からも魔攻機装がやって来ると聞いた」
「ああ?」
「念のために聞いておきたい」
「聞くだけなら聞いてやろう、なんだ?」
「漆黒の魔攻機装を見たことはないか?」
色とは個を連想させるのに重要な要素の一つ。テストリーグや下級リーグに出場するようなテスト機や試作機などは見た目に拘らないことからチグハグなカラーリングの機体が多いのも仕方のないこと。
しかし中級や上級、今彼らが戦うマスターリーグともなれば実際の商品となり得る完成された機体が殆どなので、当然の如く他に印象付けるための外装も完成されており塗装も同じなのだ。
用途の殆どが各国や各地に点在する権力者達が兵力とする為の魔攻機装。その諜報を担当する連中の目に留まらせるには見た目の派手さも必要で、軍隊のように大量に生産された機種を除きカラフルな機体が多く存在する。
つまり先に述べたように “色” とは機体の印象付け、延いてはその開発工房の名売りの為の重要な要素の一つであり、黒色という地味な色の機体は人気も薄く、無いわけではないが極めて少ない。
またアンジェラスのような白い機体というのは軍の指揮官機として使われる為に戦場では狙われやすく、後方で立っているのが仕事である為ある程度の性能しか求められて設計されない。
それに伴い開発工房としては “つまらない機体” であり、忌避されるカラーリング。それを踏まえてコロシアムを見渡せばレーンのオゥフェンと同じく純白のアンジェラスも目立つ機体であった。
「俺が知ってたとして、それを教えるとでも?」
「その機体には女が乗っていた」
「お、おんな?」
「そう、身体のラインを見せつける服を着て」
「なにっ!?」
使われる魔石と操者の素質、機体との相性で強度の決まる魔力障壁。本体の出来に大きく左右されるが、扱ううえでは魔攻機装の強さもこの三点でほぼほぼ決まって来る。
元来、闘いとは男の領分であり、その名残が今尚色濃く残るものの、魔攻機装戦において男女の身体能力に大きな差は生まれないことから、全体の二割ほどは女性の操者が占めているので女というのはそれほど珍しいことでもない。
「そ、ソイツは……」
「ムチムチボディで胸は大きい」
「!?」
「括れた腰のラインも見事なものだった」
「マジか!!」
「ああ、マジマジの大マジだ」
しかしそこは絶対数が圧倒的に多い男社会の真っ只中、容姿端麗な女性操者ともなれば男共が群がるのも当然のことで、コロシアムにおけるディアナのように爆発的な人気を博すこともしばしばあるようだ。
「そ、それは紅蓮蜂よりも、か?」
「うん? そうだな……好みによりけりじゃ?」
「つ、つまり?」
「ああ、見劣りはしないだろうな」
「!?」
互いに譲り合うことなく剣と拳を交わし続ける現状。しかしその意識は回想と妄想の違いはあれど、黒き厄災を駆る謎の女へと向いていた。
「教えろ」
「……は?」
「その女の事を詳しく教えろ!」
「いやいや、聞いてるのは俺の方なんだけど?」
「隠し立てか……俺には教えられんと?」
「いやいやいや、人の話、聞いてる?」
繰り返すが、二人が居るのはコロシアムのキューブの中であり、数多くの観客が行く末を見守る戦いの最中である。
しかしながら、休む事なく打ち込まれ続ける剣と拳とで魔力障壁を煌めかせる本人達は女の話で盛り上がるという実に不謹慎な状態……誠に遺憾である。
「ならばそれでも構わんが、貴様がそういう態度を取る以上、俺にも考えがある。俺を本気にさせた事、地獄の底で後悔するが良いっ!!」
停滞していた状況を一変するかの如く膨れ上がるドミニャスの魔力。それがジュディオへと流れ込めば太かった刃が更に一回り大きくなる。
「おい待て!コロシアムで殺しはご法度なんだろ!?」
「覚悟は出来たか!? 死ねっ!小僧ぉ!!」
振りかぶられる両腕、そこに煌めく緑色の光。違い違いに迫っていた魔力剣がタイミングを同じくしてルイスを目指す。
しかしルイスとてそれを待ってやるほどお気楽ではなく、斬撃が止んだ一瞬の隙を見逃さず慌てて飛び退く。
【双穿撃】
だがそれよりも先に腹へと届く魔力の刃。更なる魔力を注ぎ威力を増した魔法剣を二本同時、寸分違わぬ場所へと叩き込むことにより相乗的に威力を高めたのだ。
「なにっ!?」
そうはさせじと魔力障壁が展開し阻んだまでは良かった。
しかし、反動で飛ばされるルイスの目には虹色の幕に入る亀裂が写る。
【穿つ螺旋】
歴戦の勇士がそんな好機を逃すはずもなく、突き出された魔力剣の刃だけが解き放たれ、螺旋を描き一本の槍のようになりながらルイスを追いかける。
程なくして聞こえるガラスの割れる音。キューブに響いた甲高い音色は魔力障壁が砕かれた音だった。
鉄壁を誇っていた虹幕がなくなれば生身で晒されるルイスの肉体。勢い衰えぬ螺旋の槍は、その魔法名通り相手の腹を食い破った。
腹から生える魔力の槍に串刺しとなったルイスは一切の身動きの無いまま壁に磔にされている。
進退の無い乱打戦は突如として終わりを迎えた。それは正に一瞬の出来事。
騒がしかった観客達も固唾を呑み込み、会場に僅かな静寂が訪れた。
⦅おおっとぉ~、これは決まった! ルイス選手の強固な魔力障壁はドミニャスの必殺技により砕け散ったぁぁ! これはもう勝負あ……⦆
しかし、進行役のトラ耳娘がいち早く我に帰り自分の仕事を完遂しようと喋り始めた矢先、それはルイスの生命が危険だと判断され救護班が慌ただしく動き始めた時のことだった。
「……なに?」
危なくありながらも念願の三十連勝を手にしたとドミニャスが確信した瞬間、ルイスを支えていた魔力で出来た槍が消え失せたのと同時に溢れ出した悪寒。 それはコロシアムに居る者全てが感じるほどに確かなモノで、皆が皆、膝を突き倒れる筈のルイスへと視線を向けた。
「ば、ばかな……奴は化け物か」
会場の総意を告げるように呟かれたのはドミニャスの言葉。
それもそのはず。
腹に風穴が開いたというのに僅かな出血のみでその場に立つことなど出来るはずもない。普通に考えたら即死でもおかしくない重症であり、傷口から血を噴き出し瀕死の状態で倒れているのが当たり前なのだ。
俯き、表情は見えないが、ゆっくりと踏み出した一歩に会場中がどよめく。
「おい、ばか、その身体でまだやるつもりか?止めとけっ、本気で死んじまうぞ!」
願いともいうべきドミニャスの言葉はルイスには届かなかったようだ。
返事の代わりに踏み出された更なる一歩に恐れ慄いたドミニャスが後退る──と、次の瞬間、一足で間合いを詰めたアンジェラスの拳が瞬時に展開された魔力障壁を一撃の元に破り捨てた。
続けざまに叩き込まれる両の拳。再構築された魔力障壁がドミニャスを護ろうと展開するものの、闘う気力の退いてしまったドミニャスとヴェナンディの間には十分な同調が得られない。また魔力の殆どを使い果たしていては例えドミニャスが健常であったとしても、ヴェナンディが本来持ち得る強固な魔力障壁を展開することが出来ない。
己の意思とは関係なく展開はされるものの、無きに等しくあっさりと砕け散る虹色の幕。遮るものの無い拳はドミニャスの身体を捉えて血反吐を撒き散らした。
「おい!誰か止めろ!!」
際限なく繰り出される鉄の拳、打たれるのは当然の如く生身の身体だ。そんなものを一撃どころか、複数回くらっては人間の身体などすぐにダメになる。
すぐさま指示を出したチュアランではあったが、そこは元コロシアムの戦士。万が一のとき用に備え付けた非常出口からキューブへ舞い降りながらも自らの魔攻機装を起動させる。
実働だけで千に近い登録のあるコロシアムに属する魔攻機装の中で、頂点たる三銃士に名を連ねるドミニャスが一方的にやられているのだ。それを割って止めに入れる者などそうそう居はしない。
「お前の勝ちだ、もう手を引け!」
チュアランが操る重厚なる魔攻機装は『蒼斧』と二つ名で呼ばれる青色の機体。
『紅蓮蜂』同様、殿堂入りを果たした滅多にお目にかかれない機体の登場に沸く観客達だが、今の彼にはそんな事に構っている余裕などありはしなかった。
──目をかけた女の連れが、コロシアムの有望株を潰そうとしている
チュアランからしたら二人とも失う訳にはいかないのだ。
アンジェラスの肩に手を掛けると力任せに放り投げる。
これで二人の間に入りさえすればドミニャスは助かるだろうとの打算だった。
「どうなってる……」
床に片手を突き勢いを殺すアンジェラス。それが反転し、自分に向けて走り出した際、操者であるルイスの目が閉じているのを目の当たりにする。
更に驚くべき事に、血が流れ出しているであろう穴の空いた腹部には白い光が灯っており、思わず目を見開き我が目を疑った。
(白い魔力光は再生魔法の証、一般の人間がおいそれと使えるもんじゃないんだぞ!?
だいたい、無意識で魔攻機装を操り戦闘するのは百歩譲るとしても、そのうえ再生魔法まで使用してるだと?……ありえない!)
『蒼斧』の代名詞とも言える青緑の斧を手放し、突進してきたアンジェラスと両手を組んでの力比べが始まる。
「おめぇ、本当に何者だよ……って、いま聞いても無駄か」
見るからにパワータイプの蒼斧──【アリエッタ】の力を持ってしても押し負けない細腕のアンジェラス。それに驚くチュアランだったが、拮抗する相手の頭部を見てそんな些細な思考は吹き飛ばされる。
(ばかな!魔攻機装の目が光るだと!? これではまるで、コイツ自身が意思を持っているようではないか!!)
魔攻機装とは特殊装甲の内に押し込められた機械の集合体。それを統括するためのAIが内蔵されているとはいえ、操者たる人間の意思通りに動く、言わば操り人形なのだ。
その常識を覆し魔攻機装が自らの意思で動くなど……。
「人間を馬鹿にするなよ……うおぉぉぉぉぉおおおっっ!!」
昂る意思は魔攻機装との同調を高める。
気合いで均衡を破ったチュアランはアンジェラスをねじ伏せると同時に片手を離し、すかさず魔攻機装の頭部へと拳を突き入れた。
思惑通り怯んだアンジェラス、その隙に床に転がる愛斧を握りしめると、一切手加減することなく不気味な頭部を力任せに殴打した。
上、下、右に左。当然のように斜めや、正面からの最短を突いてくる縦横無尽に迫る斬撃の嵐。
先程より一回りは太くなった緑の刃が幾度となくルイスを襲うが、魔力障壁が護ってくれると信じて疑わないルイスもまたがむしゃらに拳を突き入れていた。
側から見れば子供の喧嘩のように攻防の駆け引きなどない攻め一点だけの醜い争い。それでも互いに両手を使っての鬩ぎ合いは手数が多く、魔力障壁が奏でる金属音が派手な闘いを演出している。
一度は砕けたヴェナンディの魔力障壁ではあったが、操者たるドミニャスの精神状態が安定したことにより本来の強度を取り戻していた。
これにより、素人と変わりないルイスでは何度拳を叩き込もうとも再びひびを入れる事すら出来ないでいる。
「このままじゃ埒があかないね」
「そうかもな」
互いに手は止めないものの言葉を交わす余裕すらある膠着状態。
(ど素人のくせに……なんて奴だ)
高い攻撃力を誇るジュディオではあるものの、その分魔力の消費量が多いのがネックなギミック。しかしドミニャスは経験の浅いルイスのほうが先に魔力切れとなると踏んでいたのだが、未だ硬度を保ち続ける魔力障壁は破れる気配がない。
「コロシアムには俺のように他所からも魔攻機装がやって来ると聞いた」
「ああ?」
「念のために聞いておきたい」
「聞くだけなら聞いてやろう、なんだ?」
「漆黒の魔攻機装を見たことはないか?」
色とは個を連想させるのに重要な要素の一つ。テストリーグや下級リーグに出場するようなテスト機や試作機などは見た目に拘らないことからチグハグなカラーリングの機体が多いのも仕方のないこと。
しかし中級や上級、今彼らが戦うマスターリーグともなれば実際の商品となり得る完成された機体が殆どなので、当然の如く他に印象付けるための外装も完成されており塗装も同じなのだ。
用途の殆どが各国や各地に点在する権力者達が兵力とする為の魔攻機装。その諜報を担当する連中の目に留まらせるには見た目の派手さも必要で、軍隊のように大量に生産された機種を除きカラフルな機体が多く存在する。
つまり先に述べたように “色” とは機体の印象付け、延いてはその開発工房の名売りの為の重要な要素の一つであり、黒色という地味な色の機体は人気も薄く、無いわけではないが極めて少ない。
またアンジェラスのような白い機体というのは軍の指揮官機として使われる為に戦場では狙われやすく、後方で立っているのが仕事である為ある程度の性能しか求められて設計されない。
それに伴い開発工房としては “つまらない機体” であり、忌避されるカラーリング。それを踏まえてコロシアムを見渡せばレーンのオゥフェンと同じく純白のアンジェラスも目立つ機体であった。
「俺が知ってたとして、それを教えるとでも?」
「その機体には女が乗っていた」
「お、おんな?」
「そう、身体のラインを見せつける服を着て」
「なにっ!?」
使われる魔石と操者の素質、機体との相性で強度の決まる魔力障壁。本体の出来に大きく左右されるが、扱ううえでは魔攻機装の強さもこの三点でほぼほぼ決まって来る。
元来、闘いとは男の領分であり、その名残が今尚色濃く残るものの、魔攻機装戦において男女の身体能力に大きな差は生まれないことから、全体の二割ほどは女性の操者が占めているので女というのはそれほど珍しいことでもない。
「そ、ソイツは……」
「ムチムチボディで胸は大きい」
「!?」
「括れた腰のラインも見事なものだった」
「マジか!!」
「ああ、マジマジの大マジだ」
しかしそこは絶対数が圧倒的に多い男社会の真っ只中、容姿端麗な女性操者ともなれば男共が群がるのも当然のことで、コロシアムにおけるディアナのように爆発的な人気を博すこともしばしばあるようだ。
「そ、それは紅蓮蜂よりも、か?」
「うん? そうだな……好みによりけりじゃ?」
「つ、つまり?」
「ああ、見劣りはしないだろうな」
「!?」
互いに譲り合うことなく剣と拳を交わし続ける現状。しかしその意識は回想と妄想の違いはあれど、黒き厄災を駆る謎の女へと向いていた。
「教えろ」
「……は?」
「その女の事を詳しく教えろ!」
「いやいや、聞いてるのは俺の方なんだけど?」
「隠し立てか……俺には教えられんと?」
「いやいやいや、人の話、聞いてる?」
繰り返すが、二人が居るのはコロシアムのキューブの中であり、数多くの観客が行く末を見守る戦いの最中である。
しかしながら、休む事なく打ち込まれ続ける剣と拳とで魔力障壁を煌めかせる本人達は女の話で盛り上がるという実に不謹慎な状態……誠に遺憾である。
「ならばそれでも構わんが、貴様がそういう態度を取る以上、俺にも考えがある。俺を本気にさせた事、地獄の底で後悔するが良いっ!!」
停滞していた状況を一変するかの如く膨れ上がるドミニャスの魔力。それがジュディオへと流れ込めば太かった刃が更に一回り大きくなる。
「おい待て!コロシアムで殺しはご法度なんだろ!?」
「覚悟は出来たか!? 死ねっ!小僧ぉ!!」
振りかぶられる両腕、そこに煌めく緑色の光。違い違いに迫っていた魔力剣がタイミングを同じくしてルイスを目指す。
しかしルイスとてそれを待ってやるほどお気楽ではなく、斬撃が止んだ一瞬の隙を見逃さず慌てて飛び退く。
【双穿撃】
だがそれよりも先に腹へと届く魔力の刃。更なる魔力を注ぎ威力を増した魔法剣を二本同時、寸分違わぬ場所へと叩き込むことにより相乗的に威力を高めたのだ。
「なにっ!?」
そうはさせじと魔力障壁が展開し阻んだまでは良かった。
しかし、反動で飛ばされるルイスの目には虹色の幕に入る亀裂が写る。
【穿つ螺旋】
歴戦の勇士がそんな好機を逃すはずもなく、突き出された魔力剣の刃だけが解き放たれ、螺旋を描き一本の槍のようになりながらルイスを追いかける。
程なくして聞こえるガラスの割れる音。キューブに響いた甲高い音色は魔力障壁が砕かれた音だった。
鉄壁を誇っていた虹幕がなくなれば生身で晒されるルイスの肉体。勢い衰えぬ螺旋の槍は、その魔法名通り相手の腹を食い破った。
腹から生える魔力の槍に串刺しとなったルイスは一切の身動きの無いまま壁に磔にされている。
進退の無い乱打戦は突如として終わりを迎えた。それは正に一瞬の出来事。
騒がしかった観客達も固唾を呑み込み、会場に僅かな静寂が訪れた。
⦅おおっとぉ~、これは決まった! ルイス選手の強固な魔力障壁はドミニャスの必殺技により砕け散ったぁぁ! これはもう勝負あ……⦆
しかし、進行役のトラ耳娘がいち早く我に帰り自分の仕事を完遂しようと喋り始めた矢先、それはルイスの生命が危険だと判断され救護班が慌ただしく動き始めた時のことだった。
「……なに?」
危なくありながらも念願の三十連勝を手にしたとドミニャスが確信した瞬間、ルイスを支えていた魔力で出来た槍が消え失せたのと同時に溢れ出した悪寒。 それはコロシアムに居る者全てが感じるほどに確かなモノで、皆が皆、膝を突き倒れる筈のルイスへと視線を向けた。
「ば、ばかな……奴は化け物か」
会場の総意を告げるように呟かれたのはドミニャスの言葉。
それもそのはず。
腹に風穴が開いたというのに僅かな出血のみでその場に立つことなど出来るはずもない。普通に考えたら即死でもおかしくない重症であり、傷口から血を噴き出し瀕死の状態で倒れているのが当たり前なのだ。
俯き、表情は見えないが、ゆっくりと踏み出した一歩に会場中がどよめく。
「おい、ばか、その身体でまだやるつもりか?止めとけっ、本気で死んじまうぞ!」
願いともいうべきドミニャスの言葉はルイスには届かなかったようだ。
返事の代わりに踏み出された更なる一歩に恐れ慄いたドミニャスが後退る──と、次の瞬間、一足で間合いを詰めたアンジェラスの拳が瞬時に展開された魔力障壁を一撃の元に破り捨てた。
続けざまに叩き込まれる両の拳。再構築された魔力障壁がドミニャスを護ろうと展開するものの、闘う気力の退いてしまったドミニャスとヴェナンディの間には十分な同調が得られない。また魔力の殆どを使い果たしていては例えドミニャスが健常であったとしても、ヴェナンディが本来持ち得る強固な魔力障壁を展開することが出来ない。
己の意思とは関係なく展開はされるものの、無きに等しくあっさりと砕け散る虹色の幕。遮るものの無い拳はドミニャスの身体を捉えて血反吐を撒き散らした。
「おい!誰か止めろ!!」
際限なく繰り出される鉄の拳、打たれるのは当然の如く生身の身体だ。そんなものを一撃どころか、複数回くらっては人間の身体などすぐにダメになる。
すぐさま指示を出したチュアランではあったが、そこは元コロシアムの戦士。万が一のとき用に備え付けた非常出口からキューブへ舞い降りながらも自らの魔攻機装を起動させる。
実働だけで千に近い登録のあるコロシアムに属する魔攻機装の中で、頂点たる三銃士に名を連ねるドミニャスが一方的にやられているのだ。それを割って止めに入れる者などそうそう居はしない。
「お前の勝ちだ、もう手を引け!」
チュアランが操る重厚なる魔攻機装は『蒼斧』と二つ名で呼ばれる青色の機体。
『紅蓮蜂』同様、殿堂入りを果たした滅多にお目にかかれない機体の登場に沸く観客達だが、今の彼にはそんな事に構っている余裕などありはしなかった。
──目をかけた女の連れが、コロシアムの有望株を潰そうとしている
チュアランからしたら二人とも失う訳にはいかないのだ。
アンジェラスの肩に手を掛けると力任せに放り投げる。
これで二人の間に入りさえすればドミニャスは助かるだろうとの打算だった。
「どうなってる……」
床に片手を突き勢いを殺すアンジェラス。それが反転し、自分に向けて走り出した際、操者であるルイスの目が閉じているのを目の当たりにする。
更に驚くべき事に、血が流れ出しているであろう穴の空いた腹部には白い光が灯っており、思わず目を見開き我が目を疑った。
(白い魔力光は再生魔法の証、一般の人間がおいそれと使えるもんじゃないんだぞ!?
だいたい、無意識で魔攻機装を操り戦闘するのは百歩譲るとしても、そのうえ再生魔法まで使用してるだと?……ありえない!)
『蒼斧』の代名詞とも言える青緑の斧を手放し、突進してきたアンジェラスと両手を組んでの力比べが始まる。
「おめぇ、本当に何者だよ……って、いま聞いても無駄か」
見るからにパワータイプの蒼斧──【アリエッタ】の力を持ってしても押し負けない細腕のアンジェラス。それに驚くチュアランだったが、拮抗する相手の頭部を見てそんな些細な思考は吹き飛ばされる。
(ばかな!魔攻機装の目が光るだと!? これではまるで、コイツ自身が意思を持っているようではないか!!)
魔攻機装とは特殊装甲の内に押し込められた機械の集合体。それを統括するためのAIが内蔵されているとはいえ、操者たる人間の意思通りに動く、言わば操り人形なのだ。
その常識を覆し魔攻機装が自らの意思で動くなど……。
「人間を馬鹿にするなよ……うおぉぉぉぉぉおおおっっ!!」
昂る意思は魔攻機装との同調を高める。
気合いで均衡を破ったチュアランはアンジェラスをねじ伏せると同時に片手を離し、すかさず魔攻機装の頭部へと拳を突き入れた。
思惑通り怯んだアンジェラス、その隙に床に転がる愛斧を握りしめると、一切手加減することなく不気味な頭部を力任せに殴打した。
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