黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

49.たからものは光の内に

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 女性に人気があるというのは男にとって果報だと言えよう。しかし、両手でも余る花は到底抱えきれるものではなく、その全てと真摯に向き合うには抱える花を制限せざるを得ない。

 それに伴い相手の好意を遠慮するというのはとても心苦しく、俗に言う嬉しい悲鳴というのを上げ続ける羽目となる。
 もし仮にそれから逃げて無頓着に全てを受け取ってしまえば、手に取った全てが枯れ果て不幸となる未来しか見えない。
 だから、不徳の致すところだと己を律し、覚悟を決めて丁重にお断りするしか道はなかった。


「ばかっ!ばかばかばかばかっ、レイのばかーー!!」


 いつものようにイライラを込めた力強い一撃ではなく、戯れつくような駄々っ子パンチをひたすら連打するのは、多少なりとも事情の理解を示してくれているからなのだろう。
 馬乗りになったティナに良いようにされているのは、押し切られた俺に非があると認めているからだ。

「ごめんって。でも、善処はしたろ?」

 ララの助力があったとはいえ、セレステルには正面切って断りをいれた。当然のように義理母であるアリシアにも無理だと伝えてある。
 怪しげな気配が漂い始めたミルドレッドには気付かないフリをしているが、強敵であるノンニーナには遠回しにだが拒否の意向を少しずつ伝えているつもり。

 そして、今回問題視されている難敵レオノーラはと言えば、月一の要求を受け入れてしまったものの、それより深いところまで踏み込まれるのは回避している。

「善処ぉ~? 何処がやねんっ!!」
「ゴフッ!」

 頭上に掲げられた両手を振り下ろす一際強い一撃。それでもいつもよりは軽めの “お怒り” ではあったのだが、降り注ぐ視線は氷のように冷たい。

「約束通り嫁は増やさなかったし、フェルニアを出てしまえばプリッツェレに寄ってサルグレッドだろ? もうこれ以上の新しい出会いはないはずだ」

 魔導車で移動する俺達はフェルニアからモニカの実家であるプリッツェレまで三日で辿り着く。そこで何日かゆっくりしたとしても、サルグレッドまでは一日の距離。
 仮にアリシア達全員が馬車のようなモノで移動出来たとしても、最短で三十二日はかかる計算だ。

 上手いこと事が運び、女神復活と同時にサルグレッドに入り込んでいる過激派の中枢を叩けたとすれば、亜人連合の血を流すことなく終結できる……って、あり得ないなぁ。

 過激派の中核である四元帥は、アリサが俺の側に折れてくれただけで実力的には到底敵うものではなかった。
 前回、ガイアに勝ち越したとはいえ、あんな茶番での勝利は何の意味も持たない。
 それにあの糞じじぃ。思い出すだけでもイラッとするジャレットの野郎には、翻弄されたあげく苦湯を飲まされている。

 奴等を全て潰さなければ勝利は無い。

 俺が全部を、一人で?……いやいや、複数回に分けて個別でならまだしも、全部いっぺんにとか天地がひっくり返っても無理な話し。

「王様なんかになったら嫁じゃなくても、愛人がたくさん増えたりしてね」

 上手いことやれれば俺なんぞが王様になどならなくても……とは思うが、人間の生活圏に国を創るんだ。俺が橋渡しをやらされるのは必須事項だろう。

 それはまだ良い。

 俺の理想とする皆が平等で分け隔てのない世の中となるのに必要であれば一肌脱ぐのは全然構わないのだが……田舎育ちの冒険者である俺が王様?
 なんの冗談だよ!!

「すみません、善処します」

「善処じゃないわ!作らないと断言しろ、ばかーっ!!」

 何はともあれ、過激派を排除しなくてはただの皮算用。
 女性問題、過激派、王位……抱える難題が多過ぎじゃね!?


▲▼▲▼


 内容を詰める二日目の族長会談が幸いし、昨日一日は久しぶりに愛する者達全員とゆったりとした時間を送くることができた。
 もちろん、ただそれだけではなく、関係各所には別れの挨拶と共に、今日、ラブリヴァを立つ旨は伝えてはあった。

「もっとゆっくりしていけばいいのに、貴方もそう思うわよね?ライナーツ」

「レイ様にはレイ様のお考えがある。こちらの都合で引き留めては失礼だろう?」

「しばらく間が空くだけでまた会えるんだ。一時とはいえ別れの挨拶でその顔はどうかと思うぞ?」

 『御立腹です』と書かれた剥れ顔のアリシア、その両脇を固めるライナーツさんとジェルフォは苦笑いだ。
 別れは告げたので見送りは要らないとは言いはしたが、朝食を共にした彼等は当然のように王宮前の広場まで着いてきていた。

 国の中心たる彼等が来ればその他の者も来ないはずがない。

 多くのメイドを引き連れたメアリさんや、近衛を中心に獣王騎士団の一部を従えたアーミオンまで来れば結構な数の見送りとなる。
 更に驚くのは、王宮に居た者以外には告げていないはずなのに、何百という数の獣人達が広場に集まり、その数は現在進行形で増えて行っている。

 その中心に陣取るのは、アリシアの勝利に貢献した軍隊のような女性だけの自警団ブラッディーローズ。
 二十名から成る一枚の壁は、民衆とその代表たるジェルフォの家族とを分け隔てていた。

「レイシュア様」

 別れを惜しんで手を繋ぎ合う、雪、リュエーヴ、ペルルの少女三人。
 微笑ましい光景に見惚れていれば、ジェルフォの家族たるランシリア 、アデライザ、ヴェリットを従えたツィアルダが俺達の前までやって来て突然、膝を突く。

「ちょっ、ちょっと!」

 理解できない行動に焦る思考。大衆の面前でありながら人目を憚らない行為に、初めて受ける俺はどう対応していいのか分からず慌てて手振りで止めさせようとするものの、地面へと顔を向ける彼女達は気付く素振りを見せない。

 だが、四人が四人共、チューブトップに短いスカート。
 そんな格好の彼女達が片膝を突いて蹲み込めば、視線だけは露わになった眩いばかりの太腿へと釘付けになってしまう。

「二日後、我々は皆に先行してレイシュア様方を追います。これは後発する亜人連合の進軍をスムーズにする為、何よりレイシュア様のお役に立ちたいという意志の現れです」

 顔を上げた彼女のトラ耳がピクリと動く。それに釣られて目が合えば見惚れてしまうほどの極上の笑みを浮かべるではないか。


──ツィアルダはジェルフォの娘!


 己の心にブレーキをかけるべく心の中で叫んではみたものの、それを嘲笑うが如く、僅かだけ口角を上げながら言葉を紡ぐツィアルダはゆっくり……そう、凝視していないと分からないほどゆっくりとした速さで太腿の間隔を拡げて行く。


──み、み、み、見えちゃうよ!?


「フェルニアに住む全ての亜人の未来はレイシュア様に委ねられました。例え数多の同士が志し半ばで倒れようとも、新しき国の礎となるよう粉骨砕身、身を賭して文字通り死力を尽くす事でしょう。
 ですからレイシュア様、どうぞ我々を希望溢れる未来へとお導きください」

 俺の葛藤など露知らず、ツィアルダに倣い次々と膝を突き始める見送りに集まった人々。
 アーミオンやメアリさん、アリシアまでもが膝を突けば、増えつつある民衆までもが真似をし始めるので、唖然としてしまうのは当然の反応だろう。

 更には、セイレーンやシルフ、サラマンダーの種族を代表する面々までもが同じように膝を突いて頭を垂れるが、ギルベルトだけは膝を突きながらも ニヤニヤ とした笑みを俺へと向けていた。



『未来を委ねた』『導け』となど言われても、俺から頼んだわけでもなければ、何をどうして良いのかなど分かったものではない。

 そもそも “新しい国” のことはアリシアが独断で決め、各種族の族長達が勝手に持ち上げたこと。
 それならば、そこに至るまでの過程のことも勝手にやってくれと声を大にして言ってやりたい。

「そろそろ行きましょう?」

 あまりの事態に固まった俺へと近寄り、そっと耳打ちしてくれるアリサ。

 我に返り、風の絨毯を展開すべく魔力を練ろうとすれば、砂埃を巻き上げ遠くから駆けてくる人物に既視感を覚える。

「セレステル様……」

 ツィアルダ達の前まで来ると両膝に手を当て息を整えるセレステル。呆れと感嘆、羨望が折り混じった呟きは彼女を慕うリュエーヴのものだった。


「レイシュア様、私もっ……私も連れて行ってください!!」


 大勢が見守る中でされる懇願、静かな広場に響いた声は俺の心へと突き刺さる。

「セレステル……」

 意を決した硬い表情の彼女へと歩み寄ると背中へと手を回し、少しばかり力を込めてその身体を抱きしめた。

「レイシュアさ……」

「君は最強と謳われるレッドドラゴンでありながら、その種族をも超える素晴らしき力を内包している。君の力はこれから更に大きくなっていく、その事は理解しているよね?」

 俺の行為が余程嬉しかったのか、肯定を示すために動いた顔は熱を帯びている。

「君は現族長の娘であり、血統的には適任だ。あの時は冗談で言っていたかも知れないが、力こそが正義とされるレッドドラゴン一族を纏めて行く存在となるだろう」

 しかし、俺の言わんとすることを悟った賢き娘は、言葉を投げかける度に僅かに力が入り、徐々に身を固くしていく。

「潜在能力に奢り、胡座を掻いて来たクラウスやトパイアス、レジナード達には今はまだ負けない自信がある。でも、自分を鍛えることに本気となった彼等が俺を追い越すなど、そう遠い未来ではない。
 そんな彼等を差し置いて君の隣に並び立つなど人間の俺にはどだい無理な話しなんだ」

 元を辿れば同じ人間。しかし、創造神が与えし魔力により独自の進化を見せた魔族や亜人は、ただ魔力が扱えるようになっただけの人間より遥かに高い潜在能力を有している。

 種族でも差があるように、個の能力には更に大きな優劣が存在するのもまた事実。
 それでも、同じスタートライン、同じ環境で育てば、人間などという脆弱な種族が劣勢を強いられるのは仕方のないことなのだ。

「もちろんそれは言い訳の一つにしか過ぎない……けど、俺の答えは前にも告げた通り、今、愛する者達だけでいっぱいいっぱいなんだ。
 だから、ごめん。 君の気持ちを踏み躙らないためにも、その想いには応えてあげられない」

 身を離す際にもう一度謝罪を告げるものの、放心したかのように動きを見せないセレステルが言葉を返すことはなかった。


──これでいい、これが最良の選択


 モニカを受け入れると決めた当初は、俺を愛してくれる者の全てを受け入れるつもりでいた。
 しかし、現実にそれをしてしまうと、際限なく増える予感がする妻一人一人と向き合う時間が減り、それと共に愛情が薄れてしまう気がして歯止めをかけることにした。

「それがレイシュア様の答え……私の気持ちは……この胸に溢れんばかりの想いはいったいどうすれば……答えて。レイシュア様、答えくださいっ」

 歩き去る俺の背中にぶつけられる静かなる怒り。それは傷口に塗り込まれる塩のようにジクジクとした痛みをもたらす。
 だが、これは今ある幸せを守ると決めた結果。彼女の気持ちを虐げた罰なのだ。

「私の心に火を付けただけで放り出すんですね……酷い……酷過ぎます! 私はレイシュア様のことしか考えられないのに……ただ傍にいさせて欲しいだけなのにっ!」

 一際大きな声と練り上げられる膨大な魔力に振り返る。
 するとそこには、先ほどと変わらぬ人の姿でありながら背中に白き翼を生やした初めて見るセレステルの姿。

「嫌いっ!嫌い嫌い、大っ嫌い!!」

 驚く事に、全身全霊をかけて声を絞り出す彼女の頬の一部には白い鱗が生えている。握り締めた両の拳も白に覆われ、現在進行形で腕へと白が侵食しつつあった。


──竜化しかけている!?


 胸に集まる大量の魔力は、レッドドラゴンの心臓部とも言うべきレムネスハーツへと注がれているのだろう。


「レイシュア様の、バカーーーーーー!!!!」


 最高潮となった感情と魔力とか入り混じり、セレステルの口から吐き出された。


──それは、彼女の固有技であるシャイニングブレス


 思わず目を瞑りたくなる程の光の奔流を前に『これが彼女の気持ちなら甘んじて受けるべき』と思考が停止してしまう。

 猪突猛進的な一面を持つ彼女ではあるが、少しばかり胸がお淑やかであるだけで頭も良く、器量も良い、俺には勿体ないくらいの娘であった。
 出会う順番が違っていたら、そう考えたこともある。しかし今という現実に変わりはなく “もしも” は頭の中だけの空想に過ぎない。

 いくら言い訳をしようとも、彼女を傷付けたことに変わりはないのだ──これはその報い。


⦅レイわぁ、優しすぎるんだよぉ⦆


 頭に響く懐かしき声。そこで我に返れば、すぐ目の前には光の束が迫っていた。

 その途端、周りにあるはずの一切の音が遮断され、超高速で迫る筈のシャイニングブレスまでもが亀が歩くくらいのゆったりとしたスピードになっている。
 幾度か体験した時の流れの遅い世界で、光の奔流と俺との間に白結氣から溢れ出した光の粒子が流れ込んでくる。


──まさか……


 やがてそれは密度を増し、人の形を取り始める。


──まさかっ


 光影でありながら分かる形の良いお尻と滑らかな背中。決して忘れることのない見覚えのあり過るその姿は否応無しに鼓動を高鳴らせ、瞬きですら勿体なく感じて見開いたままの目で成り行きを凝視する。


──まさかっ!


 毛の先が内側へとカールする柔らかそうな髪、それが微風に靡いたかと思えば鮮やかな蜜柑色へと変貌を遂げた。

⦅痛みを受け入れてあげる気持ちは分からなくもないけどぉ、今ここでそれをするとぉ、レイの背後にいる大切な人達も怪我をしちゃうぞぉ?⦆

 フワリと漂う懐かしき匂い。

 俺しか動けないはずのゆったりとした世界にありながら明確な意志を告げてくるのは、二度と逢えないと諦めた最愛の人物。


──ユリアーネ!!!!


 俺が叫べば、横目だけでこちらを見た彼女がクスリと笑った気がする。

 直後に展開された大きな光の壁。それと接触したシャイニングブレスはあっさりと進む方向を変え、青く澄んだ空へと昇って行くのであった。


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