黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

47.セイレーン一族の決意

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「フェルニア全体が一丸となり未来の為の戦いを挑むというのに、戦いに不向きな種族というだけの理由で不参戦を訴えるにはあまりにも横暴、レイシュア様もそう思われますよね?」

 予定されていた新国王の就任式、そんなものは知らぬとばかりに慌ただしく開催されることとなった族長会談は、思ったより短時間でカタがついたようだ。

 その日の夕方、選挙戦の勝利と国王就任を祝っての祝賀会には当然のようにお客様たる各種族の代表達も参加している。

 立食スタイルでの華やかなパーティー。各々が思うままに食事会を楽しむ中、族長会談で確実にゴネると思われたドワーフとエルフの族長がかなりの上機嫌で談笑している姿を目の当たりにし、どんな手段で丸め込めばああなるのかと心配に思えてしまった。

「あ、そ、そうですね」

 まだ家族仲のシコリが残る様子のアーミオンにジェルフォのフォローを入れて別れた矢先、一息入れて飯でもと振り向いたところにレオノーラが微笑んでいた。

「他の種族の方々が命を張り、勝ち取って造る新しい国。まさに心血を注いで出来た場所に、何の不利益も得ないままの私供が入り込むなど許される筈がありません。
 それに、ラブリヴァの民がこの地を去るというのなら、一族だけでは繁殖を行えない私供は滅亡の一途を辿るのみ。アリシア様を中心に族長会談が行われた時点でセイレーン一族に選択肢はありませんでした」

 たわいの無い話から一転したはずの内容であるにも関わらず、それを違和感と思わせる事なく流れるように進んでいく会話。
 言葉の魔法にかかったような不思議な感覚を覚えはするものの、思い返せば彼女自身、極自然な感じで流れるように現れた。

「だからと言って魔族との戦いに否定的な訳ではありません。
 獣人の方々とは違い、私供はまだ人攫いの被害を受けてはいない。それでも隣人の悲しみには心が痛みますし、何よりその被害が拡大していけばセイレーンとて他人事ではないのです」

 意外にも広いパーティー会場、サルグレッド城と遜色ない造りだったレッドドラゴンの城パラシオ同様、ドワーフが造ったであろうラブリヴァの王城も立派な建物だ。

 その王城で行われている祝賀会も、何度か参加させられた人間達の催すパーティーに見劣りしない食事が提供されている。
 端で演奏し続ける楽団、参加者と同じ数が居そうなほど沢山見受けられる会場を動き回る使用人。会場を彩る金銀の装飾品と、ふんだんに使われている高価なはずの魔導具による照明。
 この場を見る限りでは、貧困から国を捨てて人間の生活圏へと逃げ出す者が出るなどとはとても思えない。

「セイレーン一族は魔族との戦いに参戦いたします。
 しかし、先にも述べましたが、私供は水魔法しか取り柄の無い戦いに不向きな種族。存亡のためにと否応無しに参戦すれば、強大な魔族の前になす術なく数を減らすこととなるでしょう」

 だがラブリヴァ国民が裕福でない暮らしをしているのは人間の生活圏で出会った獣人達の話からも確実なもの。
 国の上層部が “自分達さえ良ければいい” と圧政を敷いているのならば、建て直しを図るより、思い切って国を取り潰して一から創り直した方が早いのかもしれない。

 ここに戻ると決めたアリシアは自由奔放に生きた王女。この国の貧富の差が大き過ぎる事を知っており、これ幸いと俺や魔族を良いように利用して自らの構想を現実のものにしようとしているのだろう。

「ですから、お願い申し上げます。一族の皆が切迫詰まって仕方なく戦いに赴くのではなく、必ず生きて帰るのだとやる気に満ちる希望を私供にお与えください」

「俺が、与える? 一体何を……」

 華やかなパーティーには華やかな衣装で。

 恐らくラブリヴァ側から貸し出されたであろうドレスも、人間達が着るモノと比べて見劣りなどしない。

 目の前に居るレオノーラも例外ではなく、昨日今日と身に付けていた白い貝殻の胸当てよりも危険なお召し物。
 イケナイとは分かりつつも、妖艶とも言える扇情的な今の格好についつい目を惹かれてしまう。

 白い布を身体に巻き付けただけの斬新な服は、首の後ろで縛られた細い布が形の良い魅惑的な膨らみの上を通過し、腰の辺りで横巻きにされて不規則な形状のスカートとなっている。
 隠すことで引き立つ秘匿感が、首からおへそまで拡がるVゾーンをより一層魅惑的に感じさせ、それとは対照的に、一切を隠されず晒された背中がそのドレスのセンスの良さを物語っている。

「レイシュア様から生き残った者達へと、頑張った “ご褒美” を頂きたいのです……ダメ、でしょうか?」

 両手で包み込まれた俺の手は意図的に見せるための双丘へと誘われ、押し付けられた膨らみの感触を余すことなく伝えてくる。

「そ、それは具体的に何を指しているのでしょう?」

 話の内容や意味ありげな行動からは不穏な気配しか感じないものの、レオノーラの浮かべる微笑みからは下心のある腹黒い感じや、何かを含んだ意味深な感じが一切漂わないという不思議な人。

 見る者を魅せる極上の笑顔、身長差から来る上目遣いに警戒心が鳴りを潜めようとするが、紡がれた言葉に慌てて舞い戻ることとなる。

「レイシュア様が幾人もの愛する者を抱えていらっしゃるのは重々承知です。ですのでたまに……そう、一月に一度程度で構いません、レイシュア様のお時間を私供にお与え下さいませんか?」

 いやいや、ちょっと待て! それはつまり月一で彼女の……いや、彼女達の相手をしろということではないか。
 確かにセイレーン一族が子孫を残すために必要なことであるとは理解しているが、それは何も俺でなくとも良いはず。

 レオノーラ自身には昨日断りを入れた件ではあるが、彼女達の為でもあるとはいえ、俺が始める戦いに強力する上での意欲向上にと言われれば断り辛く、魅惑的な肢体が、心とは相反する方向へと背中を押してくる始末。

「いやはや、聞こえてしまったのは仕方ないとしても盗み聞きしたことには変わりがない。
 それは謝るとしても、君の置かれる立場とは世の男からしたら羨ましい限りだな」

 不意にかけられた言葉に慌てて手を引っ込めれば、そこに居たのは銀髪オールバックの老紳士。
 その傍では、物珍しいだろう料理を口いっぱいに詰め込み、リスのように頬を膨らませながら口を動かす少女が銀狼の尻尾を上機嫌に揺らしている。

「セイレーンは昔から獣人に寄生している。と、言っても、彼女達の容姿は彼らにとっても魅力的なもの。その容姿故に持ちつ持たれつの関係で今日まで至るのだろう。
 一族が存続する上で必要となる儀式の一端を担うのだ、彼女達を統べる者ともなれば、その願いを無碍に断るなど出来はしないだろう?
 それはそれは羨ましい限りの役得だな、新国王陛下?」

 人の不幸は蜜の味とは何処かで聞いた言葉だが、目の前でそれを『うまー!』とこれ見よがしに貪られては気分が良い筈がない。

 客観的に見ればメルキオッレの発言は至極当然。
 貧しき生活でありながら貴重である金を払ってでもと通う獣人が後を経たず、一角の商売として成り立つセイレーンの館であるハラムシェル。そこに住う見目麗しき一族の相手を定期的に無償でお願いされているのだ。客である男達が激昂して襲いかかってきても驚きはしない──返り討ちにはするけど。

「心優しいレイシュア様なら、自国の民を蔑ろになど出来るはずありません。
 メルキオッレ様、ありがとうございます。これで私供セイレーン一族は心置きなく亜人共和国設立の為に全力を注げると言うもの。 例え幾人の同胞が帰らぬ者と成ろうとも、必ず生きて帰るのだと心に刻み込み必ずや勝利を掴み取ることでしょう。
 世界の平和のため、全亜人の未来のため……延いては、レイシュア様のご寵愛を賜るために」



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