黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

44.ダブルブッキング

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 ラブリヴァで『癒しの天使』と崇められるようになったサラを連れて来た『救国の美姫』という肩書が効いたとは思う。
 それでも、帰国からたった数日で半数近くの国民の支持を得たアリシアは、紛れもなく “王女” だといえよう。

 しかし、それにも増してツィアルダのカリスマ性は羨むほどに凄かった。

 五分にも満たない短かな演説で、雑然としていた民衆の心に入り込み、未来を決めきれず二の足を踏む人々の背中を押したのだ。
 彼女の話が終わると同時に沸き起こる勝鬨。城を揺るがす程の声の津波に恐怖すら芽生えたのは、冒険者になってから様々な経験を積んできた中でも五本の指に入るほどに忘れられない出来事だった。

 獣人王国ラブリヴァ始まって以来の国王選挙は、採決を取るまでもなく、誰の目にも明らかなアリシアの勝利で幕を閉じた。


「二千年見守ってきた私の言葉では動かなかった民の心が、たった十七年しか生きておらぬ小娘に流されるとは……大森林フェルニアの守護神などと大それた肩書など捨て、そろそろ引退して引き籠るとするかな?」

 新国王が決まり、祝賀会へと雪崩れ込むかと思いきや「そんなもん後」と、さっそく族長会議が開催された。
 もちろん俺達は大森林フェルニアの獣人ではないので参加する義務はない。しかし、せっかく姿を見せたのだから参加すべき風竜ルアンとそのお供である玉藻まで居残り、朗らかな太陽の元、同じテーブルに着きお茶を飲んでいるのはいかがなものかと思いはする。

「じゃあ新しい国が出来たら、私が神様になっていい?神様って、働かなくてもいいんでしょ?」

 意気揚々と手を挙げたのは、ジェルフォのもう一人の娘であり、ツィアルダと双子かと思うほどにそっくりな妹ヴェリットだ。金と銀の瞳が左右逆なので区別はつきやすい──が、父親は同じであれど母親は違うのに、こうも似ているのは不思議に思える。

 その疑問を解決してくれたのは、ジェルフォのもう一人の妻であるアデライザの容姿。演説をしたランシリアとは瓜二つで、聞けば双子の姉妹なのだと言うから納得だった。

「ヴェリットお前、風竜様に対してその言いようは失礼……」

 妻娘四人からの無言の圧力に言葉を途切れさせたお父さん。派手に叩かれた訳ではないが、これ見よがしに送られる冷ややかな視線は見ている者の苦笑いを誘う。
 全身包帯塗れになるほどには彼女達の怒りを甘んじて受け入れている。しかし一応のピークは過ぎているようではあるが、それでもまだ、ジェルフォとの間には大きな隔たりがあるみたいだ。


 メイドとして一際優秀なメアリさんは族長会談の方へ出張っている。ルアンと玉藻、それにジェルフォ一家と俺達しか残っていないテラス席は、ここぞとばかりにコレットさんがはりきって給仕をしていた。

「こうしてルアン様もみえることですし、時間のあるうちに私共の用件を済ませておいたら如何でしょう?」

 お茶のおかわりを注いでくれるコレットさんの言うとおり、獣人王家のお家騒動に巻き込まれるために遠路遥々フェルニアの奥地まで来たのではない。
 あくまで俺達の旅の目的は、女神チェレッタの封印を解くための鍵である《封印石》を集めること。 そして女神を殺すための力を借り受けるため、世界各地に点在する属性竜を巡ってきた。

「用件って、アレよね?
も、もしかしてレイ……その……男同士でとか…………それならまだ浮気してくれた方が幾分かマシよ!?」

 おかしな妄想の末に焦り始めたティナ。闇竜ヴィクララのときはその場に居なかったので知らないだろうが、火竜サマンサから属性竜の力を貰い受けたときは目の前で見ていたはずなのに、その出来事はすっかり抜け落ちているようだ。

「そうよねぇ、男同士でってのは私も思うところがあるわよ?」

「ええっ!?それってまさか……レイさん!人としての道を踏み外したら駄目ですぅ!」

 くすくす笑うサラが追い討ちをかければ、隣の席にいたエレナが俺の肩に手を置き力任せに揺さぶってくる。人形のようにカクカク揺れる首。男同士など俺としてもゴメン被りたいが、流石にそれが人の道を踏み外しているとは言い過ぎな気がする。
 どこかに惹かれ好き合う者同士ならば、性別だろうが種族だろうが関係はないだろう。愛の前には如何なる国境も無いうえに、自分の意思で制御できるような軽いものではないのだ。

 だいたいからして、力を貰うだけなら身体のどこかが触れていればいい。

 手を握るだけで事足りるというのに、土竜ミカエラや、水竜フラウと一晩過ごしたのがよほど印象に残っているとみえる。それはつまるところ嫉妬なのだろうが、要するに、俺を愛するが故にってことだな。フフフ……

「なかなか面白いことを言うお嬢さん達だね。だが残念なことに、私は男の身体になど興味が持てなくてね、君達の旦那を寝取るのは不可能だ」

 律儀に答えるなよ!と、目を細めて心の中でツッコミを入れていれば、対面に座っていたルアンと玉藻が席を立ちわざわざ近寄って来てくれる。
 神と崇められる存在にご足労頂いたが、この場にいる者でルアンを神として特別扱いしているのがジェルフォしかおらず非難の声は上がらない。

 それでも流石にふんぞりかえっているのは忍びなく、立ち上がろうとしたが止められてしまった。

 俺の座る椅子の両脇を固めたルアンと玉藻。二人同時に肩に手を置いてくるので『何故?』と疑問が浮かぶ。
 
「属性竜が創造神に創られし特別な存在だとは聞いておろう?我等は人間より高い次元に在る。これにより、遠く離れていようとも現実とは異なる世界で会うことができ、情報の共有が可能なのだよ。
 だから私は、君のことを他の属性竜から聞き知っている。もちろん旅の目的も」

「そうじゃないわ、ルアン。レイが疑問を感じたのは玉藻の事よ」

 そう、リリィの言う通り。風竜が意図を察し、力を渡すために俺の肩に手を置いたのは理解できたが、彼の巫女だと言う玉藻までもが同じことをするのが不思議だったのだ。

「お主は全ての属性竜の力を求めておるのであろう?」

 睨まれている訳でもなければ、嘲笑われている訳でもない。だが元々細い彼女の目からは威圧感すら感じさせる力強い視線が降り注ぐ。
 嫌いではない……が、この人は苦手だ。

 しかし、そう言われてもなお、玉藻の行動が理解できない。

「サマンサ、ミカエラ、ヴィクララにフラウ。レイはこれまで四人の属性竜から四種の力を貰ってきた。残るは風竜と光竜のみよね?
 風竜ルアンはそこにいる。そして最後の一人である光竜も、同じくそこにいるのよ?」

「光竜も……ここに?」

 リリィは神の子であるララの記憶を持つ、ならば全ての属性竜と面識が合ってもおかしくはない。
 「そこにいる」と言われて思い至る思考。一度床に落ちた視線が勢い良く上がれば、まさかという思いで見開かれた視線が玉藻を捉える。

「見聞きする情報だけでは全てを理解するのは不可能だぞぇ?己の感覚を研ぎ澄ませ、感じてみよ。さすれば今まで見えていなかった事も自ずと知ることができるであろう。
 我の名は玉藻。ラブリヴァで崇められる風竜ルアン様の巫女を務める者ではあるが、我自身、属性竜でもある」


──玉藻が光竜!?


 属性竜二人に同時に会えたことは幸いだが、まさか世界を支える存在が同じ場所にいるとは思いもしなかった。

「まぁ、そういう事だ。納得できたら覚悟するがいい。
 我等属性竜の力は人の身に余る代物。創造神に近い魂を持っていても、異質を受け入れる際、相応の衝撃を伴う事は火竜の力を身に宿したときに体験しておろう?」

「クククッ。その美形がどんな顔に歪み、どんな美声を聞かせてくれるのか楽しみじゃのぉ」

 両肩に添えられた属性竜の手。玉藻の背後で九つの尻尾が フワリ と揺れたのと同時、今の状況を正しく理解した。

 蛇に睨まれた蛙の構図、一瞬にして吹き出した冷や汗が頬を伝う。

 口の端を吊り上げる玉藻が言い出したのだろうが、それに付き合う形のルアン。
 サマンサ一人のときですら身体を翻弄する力に我慢しきれず、声を枯らすほどに叫びまくったのは鮮明に記憶されている。それを知っていてなお二人同時にやるとあらば、最早それはイジメ意外の何物でもない。
 もっとも、一人ずつ連チャンでやられても辛いのには変わりがなさそうではあるのだが……。

 次の瞬間、両肩から入り込む力の奔流に、巨大過ぎるハンマーで思い切り殴られたような強い衝撃が襲い、視界が暗転する。

 のしかかる不幸の中でも幸いだったのは、ほんの一瞬で意識が刈り取られ、何も覚えていなかったという事だった。


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