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第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林
41.開票の行方
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そのままズルズルと夜を迎え、自堕落な日はあっという間に過ぎ去って行く。
昨日と同じく候補者三人が集う朝食会には、ノンニーナやオレリーズ、マルティーアなど各種族の代表達も参加し、朝から賑やかな席となった。
「アリシア、その様子だと手応え有りって事かな?」
話しかけるフラルツは何処か疲れた様子で目の下に隈を作り、元々華奢な彼は今にも倒れてしまいそう。
対するアリシアはといえば普段と変わりなく生き生きとした彼女らしい表情で、普段よりも沢山の食事を口へと放り込んでいる。
「はっはっはっ、国王などこれくらい図太くなければ無理だな。貴様は最初から辞退した方が良かったのではないのか?」
「できる事ならそうしていたさ。残念なことに、国始まって以来の選挙がみすぼらしくなるからとアーミオンに止められてしまってな。つまり、私は君達の華々しい未来を飾る為の道化だということさ」
その時初めて見たアルミロの苦笑いは、政治家としての仮面を外した彼の素顔だったのかもしれない。奇しくもアルミロとフラルツは同い年、その二つ年下なのがアリシアとライナーツさん、それにジェルフォなのだと言う。
昔は一緒に遊んだ事もあるとはアリシアが教えてくれた事。しかし十才ともなれば、それぞれ大人社会の常識が分かるようになり、次第に仲良く出来る時間は減って行ったとの事だった。
「お前はこのまま政治家も引退したらどうだ?」
「馬鹿を言え。私が退いてしまえば独裁主義のお前を誰が止めてやれると言うのだ?国とは民がいてこそ成り立つのだ、いい加減にそれを分かれよアルミロ。
私は自分の生まれた国を滅ぼしたくない、ただそれだけの為に政治家をやっている」
「昔は俺を引き摺り下ろすと言っていたお前が、丸くなったものだな」
「歳を取ったのはお互い様だろ?それにこの国もだ。
古より続く伝統も大切だが、閉ざされたままの家屋は老廃が早いように、時に新しい風を吹き込む事が大切なのだよ。
アリシアは正にそれだ。
彼女はお前にも幸せになって欲しいと言った。彼女がもたらす新鮮な風に乗り、新たな世界へと旅立つ。
ラブリヴァだけじゃない、フェルニア……いや、世界の全てが変わるべき時が来たのではないか?」
二人の会話はそれほど大きな声で交わされていた訳ではない。だがその会話に聞き耳を立てていたのは俺だけではなく、各種族の族長達も同じであった。
──しかし、これこそがアリシアの生き様
長くてよく聞こえる筈のうさぎ耳は、その機能を止めてしまっているのだろうか?一心不乱に朝食を貪る彼女は皆の視線にも気付かない。
タイミングよく満足したのか、一息付いた所でようやく自分が見られている事に気が付くと キョトン としてしまう。
挙げ句の果てには隣に座るライナーツさんに「何か付いてる?」と聞く始末。
「今日はよく食べるね。満足したかい?」
「ん~、そうね……あらかた? デザート食べたらご馳走様するわ。ライナーツも食べる?」
手を伸ばし果物を皿に放り込む姿に緊張感は皆無だ。後二時間も無いくらいで天国か地獄かが決まると言うのに、そんな事を気にする素振りもない。
そんな彼女を見ながら「風、ねぇ……」と呟いたアルミロは、窓から見える遠くの空を見上げて遠い目をしていた。
▲▼▲▼
華やいだ食事の場で唯一、家族でも死んだかのような暗い顔をするイェレンツの肩を叩き「諦めるな」と他には聞こえない声で励ますものの、その返事は蚊の鳴くようなか細いものだった。
⦅定刻となりましたので、昨日行われました次期国王選の選挙結果を現国王セルジル様より発表して頂きます⦆
昨日と同じテラス席、だが昨日とは違い隙間なく整然と並べ直された机達。
真っ白なテーブルクロスまで掛けられ、食堂にあるような巨大なテーブルとなった席に着き『本人に危機感が無い』と少々の憤りを感じならがも美味しいお茶を飲んでその時を待った。
昨日と同じく二万人の獣人を前にして堂々たる姿で壇上に顔を見せたセルジル。
十五で駆け落ちし、二十七年経つという事はアリシアは現在四十二才。その十五から二十年は年上だろうセルジルは、長寿でも七十歳までは生きられないと言われる獣人からしたら、どっちにしてもそろそろ良いお年。仮病うんぬんでなくとも引退を考えてもおかしくはない時期だったのだろう。
⦅古来より受け継がれし伝統は私の目の前で道を踏み外し、これより先の未来は全国民に委ねられた。その意志のほぼ全てが、この中に書かれた数字として表されておる⦆
掲げた右手に握られた紙には、この国がどう進むのかが書かれている。
──アリシアが勝てば魔族との戦争、アルミロが勝てば現状維持だ
⦅先の取り決めにより、子供から老人まで国民一人に付き一票の権利が与えられ、今まで国の政を預かってきた官僚に関しては一人百票の権利が与えられている。
それを踏まえた上で出された数字こそが決定されたラブリヴァの未来であり、その決定に意義は認められない⦆
そこまでの説明を終えると、広場に集まる国民に見えるよう両手を高く掲げ、手にした白い封筒の中から一枚の紙切れを取り出した。
いよいよ発表の瞬間。この数日の努力が実り新国王アリシアとなるのか、はたまた権力を握るアルミロがその力を見せつけるのか……
二万人が集まっていても物音一つしない静かなる時の中、広げた紙を見てゆっくり息を吐き出す。
最後の仕事だとばかりに威厳のある凛々しい面持ちで顔を上げたセルジル。
⦅第三席、得票数二千六百九十九、フラルツ⦆
一旦区切り、国民へと視線を投げかけるが、さしたる反応は無く静まり返ったままだ。
⦅第二席、得票数八千五百九十……⦆
セルジルの背後に並ぶ候補者三人は全員が揃って目を瞑る。さっきの食事の場では平然としていたアリシアであったが、胸の前で両手を組み、今更ながらに神にでも縋り付いているかのようだ。
特に関係ないといった態度だった嫁達もその場の空気に飲まれたのか、一言も喋らずに固唾を飲む。
──しかし、とうとうその時は訪れた
⦅第二席……アリシア。
第一席、得票数八千五百九十三、アルミロ。
これにより、獣人王国ラブリヴァの次期国王は、アルミロに決定されたものとする⦆
勝利の歓声は、テラス席とは国王を挟んで反対側にある官僚席からが大きい気がする。だが、それだけでは数が足りない筈だが、国民席からは落胆のため息しか聞こえてこない。
しかし既に雌雄は決し、アルミロが次期国王に決定された。
つまり、族長達を集めたアリシアの努力は泡と化し、消えて行ったのだ。
昨日と同じく候補者三人が集う朝食会には、ノンニーナやオレリーズ、マルティーアなど各種族の代表達も参加し、朝から賑やかな席となった。
「アリシア、その様子だと手応え有りって事かな?」
話しかけるフラルツは何処か疲れた様子で目の下に隈を作り、元々華奢な彼は今にも倒れてしまいそう。
対するアリシアはといえば普段と変わりなく生き生きとした彼女らしい表情で、普段よりも沢山の食事を口へと放り込んでいる。
「はっはっはっ、国王などこれくらい図太くなければ無理だな。貴様は最初から辞退した方が良かったのではないのか?」
「できる事ならそうしていたさ。残念なことに、国始まって以来の選挙がみすぼらしくなるからとアーミオンに止められてしまってな。つまり、私は君達の華々しい未来を飾る為の道化だということさ」
その時初めて見たアルミロの苦笑いは、政治家としての仮面を外した彼の素顔だったのかもしれない。奇しくもアルミロとフラルツは同い年、その二つ年下なのがアリシアとライナーツさん、それにジェルフォなのだと言う。
昔は一緒に遊んだ事もあるとはアリシアが教えてくれた事。しかし十才ともなれば、それぞれ大人社会の常識が分かるようになり、次第に仲良く出来る時間は減って行ったとの事だった。
「お前はこのまま政治家も引退したらどうだ?」
「馬鹿を言え。私が退いてしまえば独裁主義のお前を誰が止めてやれると言うのだ?国とは民がいてこそ成り立つのだ、いい加減にそれを分かれよアルミロ。
私は自分の生まれた国を滅ぼしたくない、ただそれだけの為に政治家をやっている」
「昔は俺を引き摺り下ろすと言っていたお前が、丸くなったものだな」
「歳を取ったのはお互い様だろ?それにこの国もだ。
古より続く伝統も大切だが、閉ざされたままの家屋は老廃が早いように、時に新しい風を吹き込む事が大切なのだよ。
アリシアは正にそれだ。
彼女はお前にも幸せになって欲しいと言った。彼女がもたらす新鮮な風に乗り、新たな世界へと旅立つ。
ラブリヴァだけじゃない、フェルニア……いや、世界の全てが変わるべき時が来たのではないか?」
二人の会話はそれほど大きな声で交わされていた訳ではない。だがその会話に聞き耳を立てていたのは俺だけではなく、各種族の族長達も同じであった。
──しかし、これこそがアリシアの生き様
長くてよく聞こえる筈のうさぎ耳は、その機能を止めてしまっているのだろうか?一心不乱に朝食を貪る彼女は皆の視線にも気付かない。
タイミングよく満足したのか、一息付いた所でようやく自分が見られている事に気が付くと キョトン としてしまう。
挙げ句の果てには隣に座るライナーツさんに「何か付いてる?」と聞く始末。
「今日はよく食べるね。満足したかい?」
「ん~、そうね……あらかた? デザート食べたらご馳走様するわ。ライナーツも食べる?」
手を伸ばし果物を皿に放り込む姿に緊張感は皆無だ。後二時間も無いくらいで天国か地獄かが決まると言うのに、そんな事を気にする素振りもない。
そんな彼女を見ながら「風、ねぇ……」と呟いたアルミロは、窓から見える遠くの空を見上げて遠い目をしていた。
▲▼▲▼
華やいだ食事の場で唯一、家族でも死んだかのような暗い顔をするイェレンツの肩を叩き「諦めるな」と他には聞こえない声で励ますものの、その返事は蚊の鳴くようなか細いものだった。
⦅定刻となりましたので、昨日行われました次期国王選の選挙結果を現国王セルジル様より発表して頂きます⦆
昨日と同じテラス席、だが昨日とは違い隙間なく整然と並べ直された机達。
真っ白なテーブルクロスまで掛けられ、食堂にあるような巨大なテーブルとなった席に着き『本人に危機感が無い』と少々の憤りを感じならがも美味しいお茶を飲んでその時を待った。
昨日と同じく二万人の獣人を前にして堂々たる姿で壇上に顔を見せたセルジル。
十五で駆け落ちし、二十七年経つという事はアリシアは現在四十二才。その十五から二十年は年上だろうセルジルは、長寿でも七十歳までは生きられないと言われる獣人からしたら、どっちにしてもそろそろ良いお年。仮病うんぬんでなくとも引退を考えてもおかしくはない時期だったのだろう。
⦅古来より受け継がれし伝統は私の目の前で道を踏み外し、これより先の未来は全国民に委ねられた。その意志のほぼ全てが、この中に書かれた数字として表されておる⦆
掲げた右手に握られた紙には、この国がどう進むのかが書かれている。
──アリシアが勝てば魔族との戦争、アルミロが勝てば現状維持だ
⦅先の取り決めにより、子供から老人まで国民一人に付き一票の権利が与えられ、今まで国の政を預かってきた官僚に関しては一人百票の権利が与えられている。
それを踏まえた上で出された数字こそが決定されたラブリヴァの未来であり、その決定に意義は認められない⦆
そこまでの説明を終えると、広場に集まる国民に見えるよう両手を高く掲げ、手にした白い封筒の中から一枚の紙切れを取り出した。
いよいよ発表の瞬間。この数日の努力が実り新国王アリシアとなるのか、はたまた権力を握るアルミロがその力を見せつけるのか……
二万人が集まっていても物音一つしない静かなる時の中、広げた紙を見てゆっくり息を吐き出す。
最後の仕事だとばかりに威厳のある凛々しい面持ちで顔を上げたセルジル。
⦅第三席、得票数二千六百九十九、フラルツ⦆
一旦区切り、国民へと視線を投げかけるが、さしたる反応は無く静まり返ったままだ。
⦅第二席、得票数八千五百九十……⦆
セルジルの背後に並ぶ候補者三人は全員が揃って目を瞑る。さっきの食事の場では平然としていたアリシアであったが、胸の前で両手を組み、今更ながらに神にでも縋り付いているかのようだ。
特に関係ないといった態度だった嫁達もその場の空気に飲まれたのか、一言も喋らずに固唾を飲む。
──しかし、とうとうその時は訪れた
⦅第二席……アリシア。
第一席、得票数八千五百九十三、アルミロ。
これにより、獣人王国ラブリヴァの次期国王は、アルミロに決定されたものとする⦆
勝利の歓声は、テラス席とは国王を挟んで反対側にある官僚席からが大きい気がする。だが、それだけでは数が足りない筈だが、国民席からは落胆のため息しか聞こえてこない。
しかし既に雌雄は決し、アルミロが次期国王に決定された。
つまり、族長達を集めたアリシアの努力は泡と化し、消えて行ったのだ。
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