黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

34.ララの行方

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 “拝啓        レイシュア・ハーキース様
貴方がこの手紙を読む頃には……って、そんな事わざわざ書かなくても分かりきってる事よね。

 砂時計の砂が落ち切り、私に残されていた時間は使い切って……うーん、なんか違うわね。長らく手紙なんて書いてなかったから書き方忘れちゃったわ。

 まぁ簡潔に言うなら、貴方達と過ごした時間は私の第二の人生と言えるほどに楽しく素敵な時間だった、そんな感じよ。
 私の意識は消えて無くなるけど、私自身はリリィとして彼女と共に生きて行くことになるわ。だからリリィと私を不幸にしたら通常の二倍の恨みを買う事になる……って、意味不明ね。何書いてるんだろ、やんなっちゃうな……もぉ。


 死ぬのがこれ程怖いとは知らなかった。

 もっと一緒に居たかった、もっと色んな事を喋りたかった、もっと触れ合いたかった、もっと、もっと……

 駄目ね、支離滅裂、何書いてるんだろ、意味分かんない。


 止めよ、手紙なんて止め!こんなの破棄!破棄!!


 貴方に会えて良かったわ、楽しい時間をありがとう”





 自ら求めたにも関わらず、ララが居なくなった現実を当人とも言えるリリィの口から聞かされたことは俺の心に軽くないダメージを与えたようだ。

 頭が真っ白になると、どうやら全身の力が抜けてしまい立っていられなくなったらしい。

 床に打ち付け、痛みを訴える膝を支えに蹲み込んだ俺へと目線を合わせたサラが、知らずに流れ出した涙を拭いてくれた。
 そして、リリィの部屋の隅に丸めて捨てられていたと言う一枚の紙切れを渡してくれたのだ。

「ちょっ!サラ!?」
「いいから……」

 回らない頭ながらも クシャクシャ になった紙切れを広げて見ると、いつもながらに綺麗に書かれたリリィの字。だがそれは明らかにララの書き記したものではあれど、いつもしっかりしたお姉さんをしていたララらしからぬ纏まりのない手紙擬きだった。

「ゴーレムの話、間に合わなかったわね」

「ゴーレムぅ?何の事よ?」

 訝しげな顔で腕を組むリリィを無心で眺めていれば、エレナがドワーフの村での事を話してくれている。


『……覚えておいてよ、ね』


 ドワーフの村へと旅立つ朝、ララは既にこの事を予感していたのだろう。

 たとえあの時に彼女の意図に気付いていたとしてもどうすることも出来なかっただろうが、後悔というのは “たら、れば” の妄想がお好きなようだ。

「トトさま、ララ姉さまにはもうお会い出来ないのですか?」

 今にも泣き出しそうな悲しげな顔で俺の前に立ち、素直な疑問を投げかけてくる雪。
 俺達の様子を横から見ていたペルルが二人の頭を ヨシヨシ と撫でてくれるので、ほんの僅かにだがその優しさに心が癒された。

「そう……なんだけどな、そうじゃないんだよ。
難しい話なんだけど、ララはリリィであると同時に、リリィはララでもあるんだ。だから今まで通りいつでも会えるし、今もすぐそこにいる。だから悲しむのは間違いなんだ」

「レイ君、一つ良いかね?」

 雪を抱きしめ、自分自身にも言い聞かせるように諭せば、黙って成り行きを見守っていたメルキオッレが口を開く。

「二つの魂が溶け合い一つになるなど聞いたこともない事だが、そんな事が出来る人物も世の中にはいるのだろう。
 しかし、な……どれくらいの期間を掛けたのか知らないが、そう短時間で出来る事では無いと思うのだが?」

 何が言いたいのか分からないのは気力が根こそぎ抜け落ちているからだろうか?
 癒しを求めるあまり雪はおろか、優しくしてくれるペルルまでもを抱き寄せてしばし考えてみたのだが、やっぱり言いたい事が分からない。

「失うモノが大きければ、それに比例して心が痛むのは仕方のない事よ。けど、確かめもしないで失ったと思い込むのは如何なのかしらね?」

「どういう事だ?リリィ本人がララはもう居ないって……」

 不出来な弟でも見るような、少し呆れた顔をして小さく溜息を吐くアリサに、俺は何か間違った事を言っているのかと吐き出す途中の言葉が消えて行く。

「貴方、自分の事は自分が一番分かってるとでも言いたいの? じゃあ聞くけど、体内の損傷に気付かずサラを泣くほど怒らせたのは何処のどなただったかしら?
 自分の愛する人の言葉を信じてあげるのは大切な事だけど、魂なんてよく分からないモノを感覚や状況判断だけで確定するなんて無理がある。確かめる為の術が無いのならまだしも、その能力があるのに問題を放棄するというのなら貴方の勝手だけど、後で後悔しても知らないわよ?」

 確かめる術になど心当たりは無く、疑問を投げかけようとした間を見計らって浮かび上がる黒色の魔力球。

「甘えてくれるのは嬉しいわ、でも甘ったれは嫌い。レイなら聞かなくても答えに辿り着けるわよね?」

 すぐに消えた魔力球は俺へのヒント。つまりアリサは闇魔法を使えと言うのだが、闇魔法などモニカを眠らせるのと、身体を思い通りに操る事以外に使った試しがなく彼女の意図はまったく分からない。

「能力とは使いこなしてこそ意味がある。そのための鍛錬とは己を知り、何が出来て何が出来ないのかを知る事に始まるのだよ。
 君は己で扱える魔法について、何も学んでこなかったのかね?」


 “闇魔法とは魂の支配権を奪い、相手を意のままに操る魔法なのよ” 


 闇の魔力は闇竜であるヴィクララに貰い、魔法としての使い方は他ならぬララが教えてくれた。
 あまり意識して使ってはいなかったが闇魔法の根幹は魂の支配。その人の記憶さえも覗けるほどに使いこなせるのなら、リリィに溶け込んだララの魂を探す事も出来る気がする。


 僅かばかりの希望の光が見えれば、それまで身体を支配していた倦怠感が薄れて行くように感じる。それと入れ替わるようにやる気が満ちて来て、我ながら現金だとは思いつつも雪とペルルをもう一度抱きしめ力を分けて貰うと、ようやく立ち上がる事ができた。

「サクラっ、悪いけど手伝ってくれ」

 そんな事は不要だと分かっているが、朔羅の柄に手を置けば俺の言いたい事は確実に伝わる。

「そんな時しか構ってくれないのなら、もう帰って来てやんないぞ?」

 リリィの真似をしてか、腕を組み、近寄ってきたサクラは特段怒っている様子はないのだが、口にした不満は本物なのだろう。
 目の前で腰に手を当て、真意を知ろうと俺の瞳を覗き込む姿に申し訳なく思いつつも、その柔らかな頬に両手を添えて唇を重ねた。

「ごめん、分かってるけど……ごめんな。   頼むよ」

「これくらいじゃ騙されないからなっ。
それは後で “お話し” するとしても、溶けた魂を探すなんてレイシュアに出来るの?」

「出来る出来ないじゃない、やるんだよ」

 肩に手を置き抱き寄せれば、俺の首筋へと額を擦り付けてくる。
 一頻り満足が行ったのか「仕方ないなぁ」と呟けば、サクラの身体が黒い粒子に成り果て腕の中の存在感が突然消え失せた。

 仄かに黒い光を宿した精霊石、朔羅にぶら下がる勾玉を弄りながらサクラに感謝しつつもクララの造ってくれたゴーレムのコアの入る袋を取り出した。

「リリィ……協力してくれるか?」

 彼女の性格上怒ってそっぽを向くかと思いきや、如何にも興味有りげに、姿を現した紅い石をまじまじと見つめている。

「その中にララの魂を入れるの?私は何をすれば良い?」

「リリィは何もしなくていいよ」

 協力的な姿勢に感謝しつつリリィの背後へと回ると、鞘ごと引き抜いた朔羅を右手に、ゴーレムのコアを左手に持ち、彼女のお腹の前で交差させた。

「痛みがあるわけじゃない、気持ちを落ち着けリラックスしてて」

 色の薄い金の髪に顔を埋めて耳元で囁けば無言のままに小さく首が動く。

 ララが書き残した “死” とは肉体的なモノではない。
 本当の死とは、肉体を失い、顔を見なくなる事で人の記憶から忘れ去られてしまう事。それを知っていたからこそ『覚えておいて』と言い残したのだろう。

 リリィと一つになり生き続ける彼女だが、ララという意識は無くなり、やがて皆の記憶から薄れて行く。それは生きながらにして死を迎えるような残酷な現実で、自分で選んだ結末とはいえ受け入れ難かったのだと思う。

「ねぇ、私の事……好き?」

 みんなには聞こえないほど小さな声で投げかけられた疑問、その真意は分からないが俺の答えは聞くまでもない。

「もちろん、俺はリリィを愛してるよ」

「そう……じゃあ、ララの事は?」

 投げかけられて一瞬固まる思考、思い返されいる一月余りという短い期間のララとの思い出。
 屈託のない笑顔、真剣に怒る表情、ふざけている愉しげな顔に、何処か寂しそうな横顔。リリィと同じ肉体を使いながらも、リリィとは違うララの個性。そんな彼女を俺はどう思っていた?

「分からない……けど、失いたくない大切な人だ。
 俺はもう、目の前から大切なモノが失われて行くのを我慢したくない。だから、そんな事にならないよう全力を尽くすと決めたんだ」

「正直な気持ちをありがとう、なんだか分からないけどララの事を大切だって言ってくれるのは嬉しいわ。
 おかしいよね……ただの先祖、血の繋がりが有るとはいえただの他人なのに。これが混ざり合うって事なのかな。
 レイ、上手くやってよね。アンタを信じてるわ」

「やれる自信は無い、けど俺の返事はこうだ」

 一旦区切ると、自分自身にも気合を入れ直す。
そして、力強く言葉を吐き出した。


   「まかせとけ!」


 リリィの微笑みを合図に朔羅全体が黒い光に包まれれば、密着する背中を通して闇の魔力が流れ込む。

「んぅぁっ……」

 小さく漏れたあまったるい声に戸惑いはしたが、それ以上の反応がまるで無いのを確認し更なる魔力を押し付けると、彼女の何処かに居ると信じたララの捜索を開始した。


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