黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

33.突き刺さるナイフ

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 この何日かで『アリシア  =  恐怖の対象』という関係を叩き込まれたセルジルは、睨まれている事に気がつくと罰の悪い顔ですごすごと小さくなって行く。

「はははっ。アリシア殿、で良かったかな?貴殿もなってみれば分かると思うが、一族を束ねる者というのは得てしてストレスを抱えるモノなのだ。そのストレスを緩和してやるのも世話をする者の務め。多少の悪戯など大目にみてもらわねばやっておれないのですぞ?
 それに、貴女を含めその娘も実に良い身体をしている。思わず触ってみたくなる気持ちも分からなくはないが?」

 舐め回すような視線に身の危険を感じたのか、口元に拳を当てつつ一歩だけ後退れば虎縞模様の尻尾がより一層の緊張を示して ピンッ と直立する。

「その娘さめんこいがら、オラも触って見でぇだなぁ……」

「馬鹿言うな、このエロじじい!お前さ、もしかすてその為に付いで来ただか!?ほだな目的だら一人で村さ帰れ!!」

 小声でボヤいたシドの頬を遠慮なしに摘み上げ怒りをぶち撒けたクララ。
 だが彼女の敵は彼だけではなかった。

「んだども、あの娘っこの美味そうな乳はおめさの大平原に比べたら何百倍も魅力的だべ?」

 ドワーフ族の胸は平均して小さいとは酒の席でサクラの胸を見ながら聞かされたのだが、その中でもクララのは残念な方らしい。

 だが、人には触れてはいけない部分が多々あるものだ。

「今何つっただか!?もういっぺん言ってみろ!!!その口さ二度どきけねぇようにすてやるべ!」

 族長であるゼノの胸ぐらを掴み片手で持ち上げる様は逞しい限りだが、逆鱗を強打されたからといって慌てて止めに入ったメイドさん達に迷惑をかけてはいけないとは側から見ているから言える事。
 俺も怒り出したらああいう風なんだと他人の姿を見て教訓を得る。

「ふくよかな胸も魅力的だがな、俺的には短いスカートから伸びる太腿が眩しくて目を瞑ってしまいそうだわ。エルフの娘より発達しておるしなやかな筋肉、それでいて柔らかみのありそうな魅惑の太腿だな。
 娘、コッチに来なさい。少し触らせてくれぬか?」

「馬鹿を言うな!」

 机を叩き注目を集めると、手招きするエルフの族長を遮るように立ち上がるセルジル。
 その顔付きは真剣そのもので、自分のメイドに手を出そうとする者に怒りを露わにした……のかと思いきや、やっぱり駄目な人だった。

「この娘の一番の魅力は、この肉付きの良い尻だと何故分からぬ!」

「いやいや、女は乳だべ?」

「何をぬかす、女の価値は太腿の良し悪しで決まるのだ」

 セルジルを真似てか何なのか、女性の好み論が加熱して立ち上がるゼノとエルフの族長……そういえば唯一名前知らないけど、まぁいいか。

 その様子を言葉なく見ていたアリシアはきっと机の下で拳を握りしめている事だろう。
 それを物語るのはこめかみに浮かんだ青筋と小刻みに動く頬の筋肉。怒りに歪み始める顔を必死に堪えてる感じだけど……まぁ……いいのか?

「女の魅力は尻で決まる!諦めて認めるのだ」

 ピンと伸ばした人差し指で真っ直ぐ指したのは他ならぬコレットさん。顔もさる事ながらスタイルも抜群な彼女は、ぷっくりとしたお尻もその魅力の一つではある。

「寝言を言うな。乳が大ぎぐ無ぐで何が女だべ。乳の魅力はこの娘っこを見れば一目で分がんべ!」

 ゼノが全力で指を指したのは キョトン とするサクラ。確かにサクラと比べたら誰でも小さく見えてしまうが、彼女の魅力はそれだけではないのにも関わらず、自分の胸に注目が集まっているのを悟るとこれ見よがしに胸を張りみんなに見せ付けている。

「分からぬ奴等だ、あの魅惑の太腿を見よ。あれこそが女の魅力の集大成だと何故理解出来ぬ?あれが人妻であるのがどれほど口惜しい事か……」

 アリシアの隣に立っていたエレナは指を指された途端に短いスカートの端を握り慌てて隠そうとするものの、そんな事で長いおみ足が隠せるものではない。
 だが、すぐさまアリシアの影に隠れるという対処法を閃いた彼女には称賛を送りたい。

「尻だ!」
「乳だべ!」
「太腿だと言っている」

 自分の好みを主張するのは勝手たが、自分の女を出汁にされるのには我慢ならず思わず漏れた一言でヒートアップしていた三人が押し黙ることになる。


「おいっ」


 少しばかりの殺気と共に闇の魔力を含んだ言葉は効果覿面で、指を指し合っていた三人は意気消沈して スゴスゴ 椅子へと沈んで行った。

「お父様、後でお話しがあります」

「帰っだら、おめの嫁に言いづけてやっから!」

「父上、他の種族の前でエルフの品性を問われる言動はお控えください」

 それぞれ苦言を貰い酒の席のような話題は終わりかと思った矢先、それまで黙って聞いていた男が満を侍して口を開く。


「私は乳派だな」


 すぐ隣から感情の乗らない無機質な視線を向けるペルルを始め、怒られた三者とサクラ以外の冷たい視線を感じると、完璧に決まるオールバックの後ろに手をやりながら「いや、あはは……」と乾いた笑いで誤魔化すメルキオッレ。
 その様子に『頼むわ』と言いたくなったのは、その場に居合わせたメイドさんを含む全員の総意だったと俺は思う。


 波乱から始まった顔合わせの場をエレナが仕切り改めて自己紹介を終えたのはいいのだが、俺としては町に出かけているであろうサラ達が気になり上の空だった。

「アリシア、俺達はもういいよな?」

「そうね、少ししたら夕食だし一先ず解散しますか。メアリ、お客様を部屋へ案内してあげて頂戴」

 見た目だけなら雪の少しお姉さんというペルルは雪の事も気に入ったようで、俺達と共にいる事を望む彼女に付き合い、父親であるメルキオッレも部屋は後で良いと断りを入れた。
 そうなると黙っていられないイェレンツなのだが、それよりも暴走気味の父親の方が気がかりだったようで、彼は泣く泣く部屋から去って行くのだった。



 客人が退出したのを見届け、サラの様子でも見に行くかと思った矢先に彼女達の方からやって来た。

「おかえり、無事で何よりよ。怪我人の手当てはあらかた終わったわ、そっちはどうだった?」

 にこやかに近寄って来たサラと挨拶を交し、いつもなら子犬の如く飛び付いて来るだろうティナを期待したのだが一向に来ない。
 いまいち元気が無さげで、機嫌でも悪いのかと不思議に思いながらも頭を撫でてみたのだが、どこか寂しげな目で俺を見ただけで異常なほどに反応が薄い。

「ティナ? どこか具合でも悪いのか?」

 サラに視線を送っても苦笑いをするだけで返事はしなかった。
 それならララに聞こうと視線を向けたが、いつもなら笑顔で「おかえり~」と明るい感じなのに、少しだけ不機嫌そうな顔で腕を組んでいる。

「何があったんだ?言わなきゃ分かんないぞ?……喧嘩?」

「うるっさいわね、喧嘩なんかしてないわ」


──姿形は同じなれど魂が変われば違う人間だ


 当然の如く性格が違えば言葉遣いも違ってくるもの。モヤモヤとした言い知れぬ不安が胸に拡がり、やがて焦りへと変わって行く。

「リリィ……だよな?」

「アンタまでそんな事言うの!?私が私でいて何が悪いのよ!!!」

 何度も聞かれて苛々していたのだろう。怒りを露わにするリリィに謝ろうと近寄れば、来るなとばかりに拳が襲ってくる。
 しかしリリィらしからぬ弱々しさに、彼女の心が病んでいるのだと気付いたときには既に遅く、間近で目にした薔薇色の瞳は涙に溺れかけていた。

「私の事……要らなくなったの?」

 拳を掴み抱き寄せれば、いつもなら嫌がるみんなの前だと言うのに抵抗などこれっぽっちも無く、まるでそれを望むかのようにすっぽりと腕の中に収まった。

「違うっ! そうじゃないよ、リリィ。君は大切な俺の嫁さんだ。生涯共に生きると約束しただろ?
 ただ……しばらくララがその身体を使っていたから少し戸惑っただけだ、それだけの事だよ。ごめんな」

「じゃあ……私はいなくならなくてもいいの?」

「当たり前だ、傍に居てくれなくては俺が困る。
 でも、リリィが大事な人であるように、ララも俺達にとっては大切な仲間なんだ。どっちが要る要らないじゃない、二人とも必要なんだ。
 だから教えて欲しい。ララは……今もリリィの中に居るのか?」

 何も答えず俺の胸へと顔を埋める彼女は、自分の中に居るはずのララを探してくれているのだろうか?それとも、みんなにララ、ララ、言われて答えたくないだけなのだろうか?

 無言の時間に不安を煽られながらも九割がた見えているはずの回答に目を瞑る。
 その上で自分の希望通りの返答が来るものと信じ込んで待ち侘びるが、いくら取り繕おうとも鼓動だけは騙されてくれず、急降下する鳥のように加速度を増してして行く。

「迷惑な話よね。要らないって言ったのに……あの人の持っていた知識や経験、思い出は全て私の中に入り込んで来た。
 私、まだ十五なのに、既に一回分の人生を送ってるのよ?頭の中、整理し切れなくて気持ち悪い。
 あの人は自分の全てを私の中に混ぜ合わせ、溶けて無くなったわ。だから、私はリリィでありながらララでもある。当然、あの人とみんなの過ごした記憶も全て私の中にあるわ」

 聞こえてきたのは、間違いであって欲しいと願った答え。
 リリィの吐き出した現実はよく斬れる刃物となり、無防備に晒された俺の胸へと深く深く突き刺さった。


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