黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

31.アリサの魔法

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 一人広場に残ったコレットさんは、俺達が戻るまでの間に昼食を用意してくれていた。

 ドワーフの族長であるゼノと、勝手に弟子入りした本名クラリエルこと通称クララ。それに引き篭もりが種族特性だと聞いていたのに何故か行きたいと言い出したシャロとクララの父親であるシドを交えて昼食を終えると、重大な問題が発覚した。

「転移洞窟って狭いよね?」
「あれはドワーフ用に作られたモノらしいからね。それがどうかした?」
「どうかしたって……ヴィーニスは通れないけどどうするつもりなのかなぁって思ったんだけど?」

 モニカの指摘で初めて気が付いたが、俺達やエルフ御一行は屈めば通れなくはないのだが、馬型モンスターであるヴィーニスはそうもいかない。

 アリシアとの約束にはまだ丸一日の余裕がある。しかし向かうべき方角も分からないのに闇雲に空を飛んでも辿り着ける保証がないのだ。

「あら、考えて無かったのね。それならわたくしの特技の一つをお見せしましょうか?」

 どうしたもんかと腕を組んだ直後、緩やかに波打つ薄藤色の髪を掻き上げ、得意げな顔で救いの手を差し伸べてくれたのはアリサだった。
 何をするつもりだろうと返事も忘れて考えていれば『どうするの?』と俺の頬をハート型の尻尾が突つく。

「ごめんごめん、何か策があるのならお願いしてもいい?」

「お願いじゃなくて命令でも良いのよ?ご主人様?」

 そんな事をする筈がないと分かりながらも俺を揶揄うアリサに毎度の事ながらサクラが「コラー!」と乱入してくれば、待ってましたとばかりに抱き寄せ頭を撫でている──もしかして俺って二人のダシに使われてるだけ?

「サクラ、お願いがあるんだけど聞いてもらえるかしら?」

 艶々の黒髪を一頻り堪能したところでアリサがサクラの顔を覗き込んで微笑めば、猫のように戯れ付くのを止め彼女を見上げて次の言葉を待っている。

「貴女も持ってる紅玉、アレを貸して欲しいの」

「むむっ、アレは僕の宝物だぞ?いくらアリサでもあげないよ?」

「借りるだけだからちゃんと返すわ。そうね、ペンダントなんてどうかしら? 折角の素敵な石だもの、どうせならいつでも見えるように身に付けておくのも素敵だと思うけど、どうする?」

 いまいち意味が分からず小首を傾げるサクラに「その石をペンダントにしてあげる」と言い直せば、これでもかという程に盛大に首を振りながらポケットにしまってあった紅玉をアリサの手の上に置いた。

「えっと……」

 人差し指で トントン と頬を叩きながら何処か遠くを眺めて考え事をするアリサは物凄く可愛い。

「この村に金力石は無いかしら?あったら少し分けてもらいたいのですけど」

「あるげど……どれくらい欲すいんだべ?」

「ほんの二グラムか三グラムあれば十分よ」

 それならと鞄を漁ったクララが小箱を取り出すと、いくつもに仕切られた箱の中から鈍い金色をした金属を摘みアリサに渡した。

 金力石とは俺の左耳にある通信具の材料ともなった超がつくほどに希少な金属。
 ルミアの命令でユリアーネと共にスベリーズ鉱山へと採りに行ったのは懐かしい思い出だが、その後アリサに心無い一言を発してしまった事も同時に思い出され『ごめん』と心の中で改めて謝りを入れた。

「よいしょっ」

 長い髪に土が付くのも気にもせず、うら若き見た目に相応しくない掛け声で胡座を掻いて座り込む。 そしてサクラから受け取った紅玉、クララから貰った金力石と、自分の鞄から取り出した似たような色の金属とガラスのような透明な石を地面に置いた。

「それはオリハルコンどセドニキスだべ?姉さんも土魔法が使えるのが?」

「レイほど凄くないけど、一応、ね。
サクラ、紅玉の形を……そうね、涙型にした方が可愛いと思うんだけど、いいかしら?」

「うむ、良きに計らえ」

 腕を組んでアリサを見下ろすサクラは機嫌良さげに頷いた。
 それを見たアリサは微笑みを浮かべると、胸の前で両手を合わせて魔法に集中すべく目を瞑る。すると、四種類の鉱石を囲む手のひらほどの大きさの魔法陣が現れるではないか。

 光の魔力で描かれた魔法陣から白い光が立ち昇り三十センチほどの高さの円柱型を成すと、地面に在る魔法陣をそのまま写したかのように上面にも魔法陣が描かれている。

「立体魔法陣だと!?これ程見事なモノを一体どこで……」

「立体魔法陣は魔法を増幅させる為の我等エルフの秘儀。どこで習得したのかは後で聞くとしても、これほど見事にやってのけるとは恐れ入りました」

 その様子を黙って見守っていたエルフの族長が驚愕するのを、同じように驚きながらも解説してくれたのは意外にもイェレンツだった。

 魔法が不得意で人間、魔族と袂を分けた獣人の中に在り、長い時の中でそれぞれ得意属性毎に寄り固まって個別の進化を遂げて来た六つの種族。
 その内の一つでエルフと呼ばれるようになった彼等は、獣人の中でも人間のように魔法全般を扱える種族なのだとはヴィーニスが教えてくれた。

 そしていつからか広まり始めた魔法陣というものを昇華し得意とするようになったのだと言う。

「お褒めに預かり光栄ですわ。でも驚くのはこれからよ?」

 再びアリサが目を瞑ると、内包された四つの石が光の円柱の中程まで浮かび上がる。
 すると今度は、上下にある光の魔法陣から分離するように茶色の線で描かれた魔法陣がそれぞれ現れ、相反する方向へとゆっくり回転しながら円柱内を移動し石との距離を詰めて行く。

 石を挟み込むまであと僅かという所で明滅を始めた茶色の魔法陣。その明滅が激しさを増して行くと同時に円柱内に白い光が満ちて行き、やがて白く塗り固められたように中の様子は何も見えなくなった。

「はい、完成」 

 鳴らされた指の音を合図に白い円柱が光の粒子となって霧散して行くと、四つの独立した石は一つと成り宙に浮いていた。
 差し出されたアリサの手のひらへと収まったのは宣言通り涙型へと姿を変えた紅玉。その先端には金色の金具が取り付けられ、細い鎖とは透明な金具で結ばれている。

「可愛いじゃんっ!これ、僕の為に!?」

 アリサの背中に飛び付き肩に手を置いて覗き込むと、歓喜が全面に出る キラキラ とした眼差しで出来上がったばかりのペンダントを見つめるサクラ。

「そうよ、貴女の為に造ったものよ。でもごめんなさい、少しだけ貸しておいてくれるかしら?」


「えええええぇぇぇええっ!?」


 「あげない」などと言われた訳ではないのに、空気の抜けた風船のように ヘナヘナ と力無く崩れ行く。

 すぐ傍で大袈裟にガッカリするサクラの頬にキスをして頭を撫でると「ちょっとだけよ」と言い残し、出来上がったばかりのネックレスを片手に空へと浮き上がり何処かに行ってしまった。

「そんなに落ち込むこと?少しの我慢だろ?」

 一人項垂れたまま動かないサクラを見兼ねて肩に手を置けば、これ以上無いくらいに頬の膨らんだ顔を上げ ジトッ とした不満ありありの目を向けてくるが、一体俺が何をしたと言うのだ?

「折角実体化したのに僕を放りっぱなしの冷たいレイシュアには僕の気持ちなんて分かんないんだよっ」

 彼女だけを見ている訳にいかない事くらい理解はしているだろうが、それでも念願叶ってようやく実体化したというのに肝心の俺が傍に居ないでは不満も積もるというもの。
 愛する者を増やし過ぎた俺の責任ではあるが、恋心とは止めようと思ってもなかなか止められるものではないことも理解願いたい。

 だがこのままで良ろしくないのは事実で、コレットさんにもモニカの事を言われたばかりだ。

 こんな事ならゴーレムのコアには俺の魂を半分にしてぶち込んでしまい、ミカエラに身体を創ってもらって俺の分身を……なんて馬鹿げた妄想が膨らみ、自分の阿保さ加減に溜息を吐くとサクラの頭を撫でて立ち上がった。


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