黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

文字の大きさ
上 下
522 / 562
第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

10.天使の降臨

しおりを挟む
「玉藻様、気が晴れたところで私から一つ伝言をお願いしたく存じます」

「其方が風竜ルアン様にかぇ?内容如何ではお伝えしよう、申してみよ」

「はい、私は二十年以上のあいだラブリヴァを離れて人間界に居ました。
 人間の手により生き別れた夫ライナーツと愛娘エレナとの再会を果たし、これから楽しい余生をと言う時に、私を迎えに来た騎士団長のジェルフォが告げたのは父セルジルの危篤でした。
 レイ君達の協力を得て戻って見れば、危篤などただ国王という職務を引退したかったが為の真っ赤な嘘。呆れ返ったのは言うまでもありませんが、今まで王女という立場に生まれながら放ったらかしにしてきた国民の為にセルジルになり代わり国王を継ごうと思います。
 今はそれだけお伝えください」

 こうなる事を予測出来なかったのか、アリシアが喋り出すと同時に急に姿勢を正したセルジルだったが、自分の素行不良を告げ口されて冷や汗が次々と滴り落ちる。

 そんな彼を冷たい目で一瞥した玉藻は最初の印象とは打って変わって楽しそうな顔で畏ったアリシアを見返した。

「今は、か……ふふっ、まぁ良い。嘘、と言えば我も一つ告白してやろうぞ。
 先程は伝言すると告げたが、そんなものは必要ない。ルアン様は全てを聞き届ける素晴らしい能力をお持ちだ。御姿は晒さずとも、この社でされた会話なら直接お耳に届くじゃろう」

「相変わらずの地獄耳ね。二千以上経っても盗聴癖が抜けないなんて陰湿なのは死なないと治らないようね。そんなにも自分に自信がないのかしら?
 ルアンっ!聞いてるのよね?私達がなんでここに来たのかも分かってるんでしょ?次に来る時は姿を見せなさいっ。良い?約束だからね!」

 ララが立ち上がり踵を返して歩き始めれば、アリシアとライナーツさんも立ち上がり玉藻に一礼すると屍になりかけのセルジルの襟首を掴み引き摺って行く。

 これが作法ではない事くらい聞かなくても分かる。だが、会話は終わりだと立ち上がった三人に苦い顔をするかと思われた玉藻はというと、意外にも薄らと微笑みを浮かべている。

 俺達だけ残っても仕方がないとモニカとティナに早く行こうと突つかれてようやく立ち上がると、この場に残る玉藻に軽く頭を下げれば柔らかな動作で手を挙げ返してくれたのだった。


▲▼▲▼


 夕食までの空き時間、サラは町の治療院に行きたいと言い出す。
 願ってもない申し出だと嬉しがる獣王騎士団団長にして近衛隊長を務めるアーミオンと、近衛の任を任されている騎士団の中でもエリート三人が万が一の為にと同行を買って出てくれた。

 元近衛隊長のジェルフォの実力から推し量れば俺達全員が一緒に行動するので彼らの同行を必要には感じない。
 だが町の人達の信用を得る、という観点からしたらこれほど心強いものはないだろう。


 各所に設置されている治療院はそれほど大きい建物ではなかった。

 目測で二十メートル四方の部屋には包帯を巻いた獣人達が所狭しと座っており、自分の順番が来るのを静かに待っている。
 それだけの人が居ながら楽しげな会話も少なく、笑い声なんて聞こえやしない。彼等の纏う雰囲気は決して明るいものではなく、今にも降り出しそうな空模様のようにどんよりと曇っていた。

 そんな中に彼等の拠り所たる近衛に付き添われる人間の集団が現れれば、どう思うかは別にしても興味を惹くのは自然な事。

 入り口付近にいたイヌの獣人の母娘の前に蹲み込んだサラが ニコリ と笑いかけて手を伸ばせば、娘を守ろうと青い顔で抱きしめた母親と、ポカン と見上げるだけの女の子の二通りの反応がある。

 だが、包帯に吊られた女の子の腕が光に包まれたすぐ後、不思議そうな顔でその腕を持ち上げて感触を確かめ、母親の顔を見て「痛くない」と当人が呟けば、驚いたのはその母親だけでは留まらなかった。

「天使様だっ!」
「あれが噂の天使様か!?」

 どうやら昨日も何人かの怪我人を治療したらしいサラの噂は既に町中に浸透していたようで、一人が叫び出せば静まり返っていた治療院が歓声に包まれる。

「見ての通りこの方は治療の魔法が使える。サラ様のご好意によりこの場にいる者達の怪我を治して下さるそうだ。
 ただし、サラ様は昨日、魔族襲来の危機に帰還されたアリシア姫様のご友人、くれぐれも粗相の無いよう誉高きラブリヴァ国民として節度ある態度で順番を待つように!」

 舞い降りた天使を一目見ようと押しかける獣人達だったが、それ以上は近付かない人達で壁が出来あがり、大勢に囲まれているというのにサラの周りだけは直径二メートルの穴が空いているよう。
 これが彼等の節度なのかと不思議に思っていれば、母親の治療も終えた最初の二人が仲良く手を繋ぎ笑顔で出て来たので道を譲った。



「私が付いてるから町でも見て来たら?特に面白いモノなんてないけど、飽きたら先に帰ってて」

 気を遣ったララに促され近衛の一人に案内してもらい獣人王国ラブリヴァの町をブラリとしてみるが、俺達人間の住む町とそれほど変わりがない。
 流石に王都サルグレッドのような都会と比べたら見劣りはするものの、石や土を巧みに使った建物には、そんなに大きくはないが、外から店内を見渡せるガラス窓まであるのにはちょっと驚いた。

「大森林フェルニアには我々獣人を含めて七つの種族が住んでいます。種族間の交流はそれほどありませんが決して敵対しているわけではなく、特にドワーフとは交易が多くて、食料を提供する代わりに武器や美術品に加えて建物の建築教育もしてもらっています」

 ドワーフの名前が出されて会えるかなと期待したのだがそう都合良くは行かず、出不精の彼等はラブリヴァには滅多に来ないのだと言う。

 期待に膨らんだ胸が急速に萎んでいく所に「飽きた」と言って背中に抱きついて来たサクラに賛同しティナも帰ろうと追い討ちをかける。

 町の状況を把握している近衛の兵士が王女の連れである俺達に気を遣ったのか、被害の受けていない町並みだけを案内されただけだった。
 だが、見た目には判断出来ずともこの町を襲った魔族であるアリサが彷徨くのは双方共に良くはないだろうと判断して王城へと帰る事にし、今度は城の中を案内してもらった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...