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第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林
10.天使の降臨
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「玉藻様、気が晴れたところで私から一つ伝言をお願いしたく存じます」
「其方が風竜ルアン様にかぇ?内容如何ではお伝えしよう、申してみよ」
「はい、私は二十年以上のあいだラブリヴァを離れて人間界に居ました。
人間の手により生き別れた夫ライナーツと愛娘エレナとの再会を果たし、これから楽しい余生をと言う時に、私を迎えに来た騎士団長のジェルフォが告げたのは父セルジルの危篤でした。
レイ君達の協力を得て戻って見れば、危篤などただ国王という職務を引退したかったが為の真っ赤な嘘。呆れ返ったのは言うまでもありませんが、今まで王女という立場に生まれながら放ったらかしにしてきた国民の為にセルジルになり代わり国王を継ごうと思います。
今はそれだけお伝えください」
こうなる事を予測出来なかったのか、アリシアが喋り出すと同時に急に姿勢を正したセルジルだったが、自分の素行不良を告げ口されて冷や汗が次々と滴り落ちる。
そんな彼を冷たい目で一瞥した玉藻は最初の印象とは打って変わって楽しそうな顔で畏ったアリシアを見返した。
「今は、か……ふふっ、まぁ良い。嘘、と言えば我も一つ告白してやろうぞ。
先程は伝言すると告げたが、そんなものは必要ない。ルアン様は全てを聞き届ける素晴らしい能力をお持ちだ。御姿は晒さずとも、この社でされた会話なら直接お耳に届くじゃろう」
「相変わらずの地獄耳ね。二千以上経っても盗聴癖が抜けないなんて陰湿なのは死なないと治らないようね。そんなにも自分に自信がないのかしら?
ルアンっ!聞いてるのよね?私達がなんでここに来たのかも分かってるんでしょ?次に来る時は姿を見せなさいっ。良い?約束だからね!」
ララが立ち上がり踵を返して歩き始めれば、アリシアとライナーツさんも立ち上がり玉藻に一礼すると屍になりかけのセルジルの襟首を掴み引き摺って行く。
これが作法ではない事くらい聞かなくても分かる。だが、会話は終わりだと立ち上がった三人に苦い顔をするかと思われた玉藻はというと、意外にも薄らと微笑みを浮かべている。
俺達だけ残っても仕方がないとモニカとティナに早く行こうと突つかれてようやく立ち上がると、この場に残る玉藻に軽く頭を下げれば柔らかな動作で手を挙げ返してくれたのだった。
▲▼▲▼
夕食までの空き時間、サラは町の治療院に行きたいと言い出す。
願ってもない申し出だと嬉しがる獣王騎士団団長にして近衛隊長を務めるアーミオンと、近衛の任を任されている騎士団の中でもエリート三人が万が一の為にと同行を買って出てくれた。
元近衛隊長のジェルフォの実力から推し量れば俺達全員が一緒に行動するので彼らの同行を必要には感じない。
だが町の人達の信用を得る、という観点からしたらこれほど心強いものはないだろう。
各所に設置されている治療院はそれほど大きい建物ではなかった。
目測で二十メートル四方の部屋には包帯を巻いた獣人達が所狭しと座っており、自分の順番が来るのを静かに待っている。
それだけの人が居ながら楽しげな会話も少なく、笑い声なんて聞こえやしない。彼等の纏う雰囲気は決して明るいものではなく、今にも降り出しそうな空模様のようにどんよりと曇っていた。
そんな中に彼等の拠り所たる近衛に付き添われる人間の集団が現れれば、どう思うかは別にしても興味を惹くのは自然な事。
入り口付近にいたイヌの獣人の母娘の前に蹲み込んだサラが ニコリ と笑いかけて手を伸ばせば、娘を守ろうと青い顔で抱きしめた母親と、ポカン と見上げるだけの女の子の二通りの反応がある。
だが、包帯に吊られた女の子の腕が光に包まれたすぐ後、不思議そうな顔でその腕を持ち上げて感触を確かめ、母親の顔を見て「痛くない」と当人が呟けば、驚いたのはその母親だけでは留まらなかった。
「天使様だっ!」
「あれが噂の天使様か!?」
どうやら昨日も何人かの怪我人を治療したらしいサラの噂は既に町中に浸透していたようで、一人が叫び出せば静まり返っていた治療院が歓声に包まれる。
「見ての通りこの方は治療の魔法が使える。サラ様のご好意によりこの場にいる者達の怪我を治して下さるそうだ。
ただし、サラ様は昨日、魔族襲来の危機に帰還されたアリシア姫様のご友人、くれぐれも粗相の無いよう誉高きラブリヴァ国民として節度ある態度で順番を待つように!」
舞い降りた天使を一目見ようと押しかける獣人達だったが、それ以上は近付かない人達で壁が出来あがり、大勢に囲まれているというのにサラの周りだけは直径二メートルの穴が空いているよう。
これが彼等の節度なのかと不思議に思っていれば、母親の治療も終えた最初の二人が仲良く手を繋ぎ笑顔で出て来たので道を譲った。
「私が付いてるから町でも見て来たら?特に面白いモノなんてないけど、飽きたら先に帰ってて」
気を遣ったララに促され近衛の一人に案内してもらい獣人王国ラブリヴァの町をブラリとしてみるが、俺達人間の住む町とそれほど変わりがない。
流石に王都サルグレッドのような都会と比べたら見劣りはするものの、石や土を巧みに使った建物には、そんなに大きくはないが、外から店内を見渡せるガラス窓まであるのにはちょっと驚いた。
「大森林フェルニアには我々獣人を含めて七つの種族が住んでいます。種族間の交流はそれほどありませんが決して敵対しているわけではなく、特にドワーフとは交易が多くて、食料を提供する代わりに武器や美術品に加えて建物の建築教育もしてもらっています」
ドワーフの名前が出されて会えるかなと期待したのだがそう都合良くは行かず、出不精の彼等はラブリヴァには滅多に来ないのだと言う。
期待に膨らんだ胸が急速に萎んでいく所に「飽きた」と言って背中に抱きついて来たサクラに賛同しティナも帰ろうと追い討ちをかける。
町の状況を把握している近衛の兵士が王女の連れである俺達に気を遣ったのか、被害の受けていない町並みだけを案内されただけだった。
だが、見た目には判断出来ずともこの町を襲った魔族であるアリサが彷徨くのは双方共に良くはないだろうと判断して王城へと帰る事にし、今度は城の中を案内してもらった。
「其方が風竜ルアン様にかぇ?内容如何ではお伝えしよう、申してみよ」
「はい、私は二十年以上のあいだラブリヴァを離れて人間界に居ました。
人間の手により生き別れた夫ライナーツと愛娘エレナとの再会を果たし、これから楽しい余生をと言う時に、私を迎えに来た騎士団長のジェルフォが告げたのは父セルジルの危篤でした。
レイ君達の協力を得て戻って見れば、危篤などただ国王という職務を引退したかったが為の真っ赤な嘘。呆れ返ったのは言うまでもありませんが、今まで王女という立場に生まれながら放ったらかしにしてきた国民の為にセルジルになり代わり国王を継ごうと思います。
今はそれだけお伝えください」
こうなる事を予測出来なかったのか、アリシアが喋り出すと同時に急に姿勢を正したセルジルだったが、自分の素行不良を告げ口されて冷や汗が次々と滴り落ちる。
そんな彼を冷たい目で一瞥した玉藻は最初の印象とは打って変わって楽しそうな顔で畏ったアリシアを見返した。
「今は、か……ふふっ、まぁ良い。嘘、と言えば我も一つ告白してやろうぞ。
先程は伝言すると告げたが、そんなものは必要ない。ルアン様は全てを聞き届ける素晴らしい能力をお持ちだ。御姿は晒さずとも、この社でされた会話なら直接お耳に届くじゃろう」
「相変わらずの地獄耳ね。二千以上経っても盗聴癖が抜けないなんて陰湿なのは死なないと治らないようね。そんなにも自分に自信がないのかしら?
ルアンっ!聞いてるのよね?私達がなんでここに来たのかも分かってるんでしょ?次に来る時は姿を見せなさいっ。良い?約束だからね!」
ララが立ち上がり踵を返して歩き始めれば、アリシアとライナーツさんも立ち上がり玉藻に一礼すると屍になりかけのセルジルの襟首を掴み引き摺って行く。
これが作法ではない事くらい聞かなくても分かる。だが、会話は終わりだと立ち上がった三人に苦い顔をするかと思われた玉藻はというと、意外にも薄らと微笑みを浮かべている。
俺達だけ残っても仕方がないとモニカとティナに早く行こうと突つかれてようやく立ち上がると、この場に残る玉藻に軽く頭を下げれば柔らかな動作で手を挙げ返してくれたのだった。
▲▼▲▼
夕食までの空き時間、サラは町の治療院に行きたいと言い出す。
願ってもない申し出だと嬉しがる獣王騎士団団長にして近衛隊長を務めるアーミオンと、近衛の任を任されている騎士団の中でもエリート三人が万が一の為にと同行を買って出てくれた。
元近衛隊長のジェルフォの実力から推し量れば俺達全員が一緒に行動するので彼らの同行を必要には感じない。
だが町の人達の信用を得る、という観点からしたらこれほど心強いものはないだろう。
各所に設置されている治療院はそれほど大きい建物ではなかった。
目測で二十メートル四方の部屋には包帯を巻いた獣人達が所狭しと座っており、自分の順番が来るのを静かに待っている。
それだけの人が居ながら楽しげな会話も少なく、笑い声なんて聞こえやしない。彼等の纏う雰囲気は決して明るいものではなく、今にも降り出しそうな空模様のようにどんよりと曇っていた。
そんな中に彼等の拠り所たる近衛に付き添われる人間の集団が現れれば、どう思うかは別にしても興味を惹くのは自然な事。
入り口付近にいたイヌの獣人の母娘の前に蹲み込んだサラが ニコリ と笑いかけて手を伸ばせば、娘を守ろうと青い顔で抱きしめた母親と、ポカン と見上げるだけの女の子の二通りの反応がある。
だが、包帯に吊られた女の子の腕が光に包まれたすぐ後、不思議そうな顔でその腕を持ち上げて感触を確かめ、母親の顔を見て「痛くない」と当人が呟けば、驚いたのはその母親だけでは留まらなかった。
「天使様だっ!」
「あれが噂の天使様か!?」
どうやら昨日も何人かの怪我人を治療したらしいサラの噂は既に町中に浸透していたようで、一人が叫び出せば静まり返っていた治療院が歓声に包まれる。
「見ての通りこの方は治療の魔法が使える。サラ様のご好意によりこの場にいる者達の怪我を治して下さるそうだ。
ただし、サラ様は昨日、魔族襲来の危機に帰還されたアリシア姫様のご友人、くれぐれも粗相の無いよう誉高きラブリヴァ国民として節度ある態度で順番を待つように!」
舞い降りた天使を一目見ようと押しかける獣人達だったが、それ以上は近付かない人達で壁が出来あがり、大勢に囲まれているというのにサラの周りだけは直径二メートルの穴が空いているよう。
これが彼等の節度なのかと不思議に思っていれば、母親の治療も終えた最初の二人が仲良く手を繋ぎ笑顔で出て来たので道を譲った。
「私が付いてるから町でも見て来たら?特に面白いモノなんてないけど、飽きたら先に帰ってて」
気を遣ったララに促され近衛の一人に案内してもらい獣人王国ラブリヴァの町をブラリとしてみるが、俺達人間の住む町とそれほど変わりがない。
流石に王都サルグレッドのような都会と比べたら見劣りはするものの、石や土を巧みに使った建物には、そんなに大きくはないが、外から店内を見渡せるガラス窓まであるのにはちょっと驚いた。
「大森林フェルニアには我々獣人を含めて七つの種族が住んでいます。種族間の交流はそれほどありませんが決して敵対しているわけではなく、特にドワーフとは交易が多くて、食料を提供する代わりに武器や美術品に加えて建物の建築教育もしてもらっています」
ドワーフの名前が出されて会えるかなと期待したのだがそう都合良くは行かず、出不精の彼等はラブリヴァには滅多に来ないのだと言う。
期待に膨らんだ胸が急速に萎んでいく所に「飽きた」と言って背中に抱きついて来たサクラに賛同しティナも帰ろうと追い討ちをかける。
町の状況を把握している近衛の兵士が王女の連れである俺達に気を遣ったのか、被害の受けていない町並みだけを案内されただけだった。
だが、見た目には判断出来ずともこの町を襲った魔族であるアリサが彷徨くのは双方共に良くはないだろうと判断して王城へと帰る事にし、今度は城の中を案内してもらった。
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