黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

8.宣戦布告

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 目付きからして悪どそうな印象を受ける中年親父。国王の席の後ろに並ぶ俺達から見て右側に座る左大臣アルミロは大きな腹を机に乗せながら熱弁を振るった。

「アルミロ!確たる証拠が有るならまだしも推測だけで物を言うのは、この国の危機を救ったアリシア姫に失礼であろう!」

 会場に座る議員から賛同だと言わんばかりの拍手が鳴り響く中、静かな怒りを滾らせた右大臣フラルツがそれを止めるかのように机を叩いて立ち上がる。

「貴様、人の話を聞いていたのかね?証拠と言えるほどにアリシア姫にとって都合の良い状況は重なり、敵である魔族を殺すどころか側に控えさせているではないか。
 これ程分かりやすい証拠を見せるという事は他の目的がありますと言っているようなもの。だから面倒な問答は差し引いて何が狙いなのかと聞いているのだ」

「お前は救国の恩人に対して……」

「フラルツ、ありがとう、もう良いわ。貴方の純真で真っ直ぐなところ、嫌いじゃない。でもそれでは政治家としてのアルミロに勝つ事は出来ないわよ」

 立ち上がったアリシアは王座の横に立ち、ここでは到底見せられない顔でクソジジィと忌避していたはずのセルジルの肩へとわざわざ手を置き、ゆっくりとした動作で会場を見渡してから静かに話し始めた。

「まず初めに言っておくことがあるわ。
アルミロの言ったこの女性、魔族であるアリサは確かにラブリヴァを襲撃した組織を束ねる者だった。けど、それは過去の話よ。

 彼女が何故この場に居ると思う?この国を襲い、そのまま同じ場所に留まれば非難を受けるどころか恨みを持った誰かに背後から刺される可能性だってあるし、食事に毒を入れられる可能性だってある。
 危険を顧みず殺される可能性のある場所に敢えて留まっているのは、彼女が彼女の命の恩人であるレイ君とこれからの人生を共にすると決めたからよ。

 ラブリヴァなど魔族の足元にも及ばないのは先日身をもって分かったはず。その魔族最大の組織を敵に回してまで恩に報いる、尊敬出来る素晴らしい人物だと私は思ってるわ」

 視線を向けられたアリサは言葉無く目礼を返したのみで、表情を崩す事もなかった。

 アリシアの指摘でようやく気が付いたアリサの危機的状況。
 人に世話を焼かれるという事は楽で良いが、何日か前に毒を盛られたばかりだというのに、アリシアの故郷だと思って油断し、配慮に欠けていたのだと大いに反省する。


「二つ目。お父様、ジェルフォの話、しなかったわね?」

 セルジルの肩が ビクッ と揺れれば、そこに置かれた手が ニギニギ と動いているのが見て取れる。
 横から見える彼の顔色は血の気が引いて サッ と青ざめ、冷や汗すら浮かび上がっているものの、国王としての仮面を保てているのには少しだけ見直した。

「い、いや……それは……その…………」

「その辺りの “お話” が足りなかったようね。また後でじっくりと、二人で、語りましょう。

 こっちの話は置いといて、元騎士団長ジェルフォの話は聞いているかしら?
 お父様が国王を降りると決めた時にジェルフォもある決断をすると、すぐに行動に出たそうよ。

 順当に考えて次期国王候補は、私腹を肥やす事に命を捧げるデブでバカなアルミロ、国民を思いやる優しさがありながら権力を掴みきれず空回りする残念な男フラルツの二人に絞られる。

 どうしよう!?このままではこの国に未来は無い……そうだ!輝かしい才能を持った人物が一人だけいた! あの麗しのアリシア姫様は今何処に?   よしっ、探しに行こう!いざ、人間界へ!

 こうして国王の密命を受けて旅立ったジェルフォは紆余曲折がありながらも理解ある人間の助けを得て見事任務を果たし、アリシア姫様と共に国に帰還したのでした。めでたし、めでたし」

「アリシア……」

 身振り手振りを交えて小芝居を演じきったアリシアは満足気な顔付き。
 誇張が入り混じる事が分かっているジェルフォは頭を抱えて絶句していた。

 その一方で、王位継承するには相応しくないと罵られたフラルツは苦笑いを浮かべて聞いていただけだったが、もう一人のアルミロは顔を真っ赤にして拳を握りしめている。

「アリシアぁぁっ!貴様、私との婚約から逃げ出しただけでは飽き足らず、わざわざ戻って来てまで……」

「貴方、私が戻って来た真意を尋ねたわね?
率直に言えば私は王位を継ぎに来た」

「自分から出て行っておいてやっぱり王位継ぎます、なぁんて事が通用するとでも思ってるのかぁぁぁ!!!!」

 怒りをぶちまけるように壊す勢いで バンバン 机を叩くと、唾を飛ばしながら高々と振り上げた拳で最後の一押しをする。
 彼の思いを代弁するように大きな音が立ちはしたが、思いの外頑丈に造られていたようで、巨漢ウサギの猛攻にもビクともしなかった議会の机。

 だが、鼻息を荒げるアルミロに対してアリシアは冷めた目で見下ろし、少し落ち着くのを待ってから言葉を続けた。

「二十年以上経っているんだもの、貴方の言う通り元の鞘に収めろとは言わないわ。
 私が今日、この場に来た理由は一つ、獣人王国に住む人々全員の参加で次期国王になる者を選ぶ為の選挙を行う事を提案するわ」


▲▼▲▼


 議会が終わって尚、俺達は必要だったのかと疑問に思う。
 話の内容からしたらジェルフォとアリサは必要な存在だったとは思うが、なにも全員で参加する意味は無かった気がするのは俺が政治というものを分かってないからなのだろうか。

──選挙の話は呆気なく承認された。

 元々アルミロとフラルツとで行われる議会選挙で国王が決まる予定のところにアリシアが割り込んだ形なのだが、議員の八割を掌握する絶対的優勢のアルミロが喋り始める前に煽りを入れたアリシアの作戦勝ちとなり、出戻り御法度の事などすっかり忘れて三人の候補者による国民総選挙が行われることが決定したのだ。

「食事中すまない。少しだけ良いだろうか?」

 「一旦帰る」と言い出したギルベルトは嫌がるセレステルを「すぐに戻るから」と押し切り連れて行った。
 それ以外の皆で一先ずの勝利を祝って乾杯をした直後に対立候補の一人フラルツが扉をノックしたのだ。

「構わないわ、なんなら貴方も食べて行きなさいよ」

「お言葉に甘えて、と言いたいところだが、邪魔しちゃ悪いから遠慮しておくよ」

 アレやこれやと限界ギリギリまで煽りまくったアルミロとは打って変わり、議会でもさしてちょっかいを出す事のなかったフラルツとは友好的なようだ。それは彼の穏やかそうな性格故かも知れないが、国民ファーストの考えがアリシアを共感させるのだろう。

「単刀直入に聞こう、何故このタイミングでラブリヴァに戻ったんだ?昔から頭の良い君の事だ、この国の舵を取るだけの為に王になりたかったのではないのだろう?
 君は、何を見てる? 君の目指す未来は……」

 かざされた手と苦笑いを通り越した呆れた顔で、熱の入りかけたフラルツを制すると立ち上がって皆の座る食堂内を歩き始めるアリシア。

「私の答え次第で貴方は私に味方しようと言うのよね?変わらないわね、フラルツ。
 貴方の言う通り王権は通過点であって目指すべき場所ではない。けど、今はまだそれ以上は教えてあげない。
 でもね、私はこの国の全ての人達に幸せになってもらいたい。その中にはアルミロも含まれるし、もちろん貴方も含まれるのよ?そう願っての事だとは覚えておいて頂戴」

 肩に置かれた手を辿り、見上げた先には母の顔。微笑みながらウインクされるが何の合図だかさっぱり分かっていないエレナは小首を傾げるばかり。

 だがそれでも何かしら伝わるものがあったようで、満足げな顔で頷き皆を見渡したフラルツは「邪魔したね」と言い残し、颯爽と去って行った。


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