黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

5.慌ただしい朝

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 夕食の席はジェルフォとアーミオンを弄るアリシアの独断場で、昔の話しなども飛び出し大いに盛り上がった。それは一重に二人の関係を修復しようとしたアリシアの心遣いであり、その甲斐あって、ぎこちないながらもお互いに会話が出来るようにはなれたようだ。

 その一方で、仲が悪いのかと思われたアリシアとセルジル親子だったのだが決してそうではないようで、食事の世話を嫉くメイドさんの他、セルジルが俺の妻達に色目を使ったとき以外はごくごく普通に会話をしていた。

 この国において “敵” と認識されてしまったアリサだったが、この席では極度の女誑しセルジルを除けば敵意を抱くのはアーミオンただ一人。乱入したギルベルトの活躍と、しごく普通に会話する俺達の対応に流されたのか、直接言葉を交わすことはなかったが邪険にする事もなかった。

 強制参加させられたメアリはと言えば、メイドとしての能力を生かし、その場の空気に乗って何も気にしてない素振りを見せていた。


 個人的な事を言えばサラが食事の場に現れなかったという事。
 それに付き合ったララとティナが一緒に食事を取ったと聞いたので心配はしなかったが、通信具を通して連絡を取ったララの手引きで彼女達の元に赴けば、珍しく……と言うか初めて、サラからのグーパンチが腹に叩き込まれた事は報告しておこう。

 予想だにしなかった一撃に不覚にもティナの時より激しいダメージを受け、逆流しようとした夕食を彼女の顔にぶっ掛けるところだったのだが、なんとか耐え切った自分を褒めてやりたい。
 初めて食らったサラの拳を噛み締めながら誠心誠意謝り続けることおよそ三十分、鎮火してきた事を見届けたララとティナが空気を読んで二人きりにしてくれた。

「こんなところで油売ってていいの?あの人は今、この国で憎まれる存在なのよ?何かあっても知らないんだから……」

 魔族だと罵った相手にまで気が使える優しい彼女を怒らせた事に治りかけた胸が痛みを再燃させるが、今後の自分の行動で示すしかこれ以上の謝罪の道はないだろう。

「アリサには断りを入れてきたし、サクラにも頼んで来たから大丈夫だよ」

「モニカの儀式は終わったの?」

「フラウの魔石の事か?ちゃんと終わらせてきたよ。 それより、寒くはないか?」

 タイミング良く帰国を果たしたアリシアは今や救国の英雄であり、その手下たる俺達は手厚い歓迎を受けた。
 その一つが先の夕食であり、生活が厳しいと聞いていた獣人国でありながらも、人間の町でも豪華だといえるほどの食事でもてなされることとなった。

 もう一つあげるとすれば個人に当てがわれたココ。
 バルコニー付きの広い部屋は内装する机やベッドを含めて貴族の屋敷の一室のようで『豊かじゃないんだよな?』と混乱を覚えるほどの豪華な部屋だ。

 たくさんの植物に彩られる華やかなバルコニーの床に並んで座り、二人だけでワインを楽しんでいれば少しだけ微風が冷たく感じる。
 鞄にあったマントを取り出すと、壁に背を預ける俺の股の間にサラを移動させ、背後から抱きしめる形で二人を包み込んだ。

「こうすれば暖かいだろ?」
「……うん」

 月の光を受ける銀の髪はとても綺麗で、顔を寄せて鼻を動かせば、サラからしか感じられない柑橘系に林檎が混ざったような仄かに甘い匂いが感じられてとても落ち着く。

「今夜はティナの番じゃなかった?喧嘩になるの、嫌なんだけど……」

「ティナならなんだかんだ文句は言うけどちゃんと分かってくれるよ。苛々したらまた殴られておくから大丈夫さ」

「なによそれ、うふふっ」

 二人して笑い合うとワインを手に取りサラに飲ませ、俺も一口口に含んだ。

「サラはいつでも人の心配ばかりするな」
「そう、ね。レイの心配、いっぱいしたんだからっ」

「もぉ、それは勘弁してくれ。次こそは約束を守る、そう誓ったろ?」 
「……うん」

 泣いてまで怒ったのは俺の事を心から心配してくれたから。それを思い起こすと胸が痛くなるほど愛しさが溢れ、サラを抱く腕に力が篭る。

「俺はサラ無しでは生きられない。ずっと傍に居てくれ」
「それは、また怪我をするって事?」

 俺の意図とする事が分かってるクセに悪戯心漂う言葉を機嫌良さげに放り投げてくる。

「それもある……が、それだけじゃない」
「素直でよろしい」

 再び笑い合うと首を回して振り返り、星空を写す青紫の瞳が俺を見た。
 吸い込まれるように顔を近付ければその目は閉じられ、求めるモノは同じかと嬉しく思いながら柔らかな唇に自分のを重ねる。

「サラ、愛してるよ」
「私も愛してるわ……私がいる限り貴方を死なせやしない」

 満天の星の下、特に言葉を交わす事もなく、お互いの存在を感じるだけの幸せな時間をお尻が痛くなるまで楽しんだ。


▲▼▲▼


「そういうのは困りますっ」
「あんた!いい加減にしなさいよ!!」

 片方が ペコン とお辞儀した犬の耳の生えたメイドさんに連れられ、国王セルジル以下、俺の身内が食事しているという王族専用の食堂の前まで来てみれば、扉の向こうは朝から不穏な空気が感じられてサラと顔を見合わせてしまう。

「おはよう、廊下まで聞こえてたけど何……」
「あっ、レイさんっ!おはようございますぅ!」

 昨晩は紹介が無かったチャラそうな男に手を掴まれ困惑していたエレナだが、天の助けとばかりに顔色が明るくなるのと同時に凄い勢いで天井まで飛び上がって強引にその手を振り切ると、食事中のテーブルの上でも気にせず一直線に飛び込んでくる。

「ぐほっ!……朝から激しいな、ごほっ、一体どうしたんだ?」

 サッ 身を翻したサラが被害に合わなかったまでは良い。
 でもしかし、目標とされた俺はエレナを受け止めるまでは順調だったのだが、猛獣に追われ脱兎の如く飛んで来た凄まじい勢いは殺しきれず、扉の枠と板挟みにされてしまった。

「どうしたもこうしたもありませんっ!」
「このチャラ男が、嫌がるエレナにしつこく迫って困ってたのよ!!来るのが遅いわ、あんぽんたんっ!」

 何故俺は怒られているのか分からないままに、自分の事ではないのに本人よりも怒り狂うティナの説明でイケ好かない雰囲気が漂う “チャラ男” と呼ばれた金髪の男へと視線をやれば、ニヤついたまま堂々とした足取りで俺達へと近寄ってくる。

「んん~っっ!き~みが噂のレイシュア・ハーキースだねぇ?稀に見る女癖の悪さはそこら中から聞いているよぉ~。なんでも、昨日襲って来た魔族のボスもお得意の口八丁で誑し込んだらしいじゃないかぁ。
 ぼぉくもまぁ、それなりに腕は達つからぁモテるにはモテるんだけどねぇ、君には負けちゃうよ。ハハハッと」

 女癖が悪い、と言われれば否定は出来ないかもしれない。だがお前のウザさも稀にしか見ないレベルだろと第一印象だけで十分過ぎるほどの印象を与えられ心の中で愚痴った矢先に動き始めた奴の右手。
 何の因縁か、腰に刺した剣を抜きに行ったのは考えるまでもなかった。

──この野郎っ、こんな場所で……

 直感を刺激する何かに従い青い顔でくっ付くエレナを庇うべく、左手で抱き寄せ身を捻る。
 万が一を考え右手を白結氣に乗せると、奴との間に風壁を展開させた。

 食事の席で自分の力をひけらかそうと剣を抜くなど常識として有り得ないコト。
 見た感じ頭に獣耳が無い事からしても獣人ではないようだが、ここは王族の為の食堂のはず……何故こんな奴がここに?


「!!!」


 背筋を刺激する嫌な予感。

 俺と奴とを隔てるように浮かぶ風壁の中ほどに目をやれば、まるでスポンジケーキにナイフを刺すかのように何の抵抗も無くあっさり突き抜けた鈍く光る銀色の剣先。

 想像だにしなかったその光景に目を見開いた次の瞬間、腹に感じる熱いモノ。


──痛ぅ、やばっ!?


 反射的に身を退くと同時に無我夢中で白結氣を抜き放てば、手に伝わってくる軽い感触。
 剣先を少しだけ腹へとめり込ませた奴の剣は白結氣に弾かれると、驚くべき事にその刃で風壁を安易と切り裂き、二回転の後に天井へと突き刺さる。


「このぉぉっ!!!」


 動くのはそれほど得意ではない筈なのに普段からは考えられないようなスピードで飛び出したサラ。 不味いと思った時には既に俺の隣におり、右手には赤々と輝く火弾が作られている。


──くそっ!   早まるな!


 サラがヤラれるよりマシだと次撃を食う事は覚悟しつつやむ無く白結氣を手放す。

 俺を通り越そうとするサラの腰に右手を回して抱き寄せながら無理矢理に引き寄せ、左手で火弾を奪い取って消滅させながらも唖然とするエレナを確保。
 そして、二人を庇うように身をひねり、突然凶行に走り始めたチャラ男へ背を向けた。


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