黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

文字の大きさ
上 下
516 / 562
第十章 嬉しい悲鳴をあげた大森林

4.戦いの終焉

しおりを挟む
「話を戻そうと思ったんだけど名前を聞いてなかったわね?」

「はい、私の名はグレゴリオと申します。そこにお出の魔族、四元帥アリサ様の参謀を務めさせて頂いている者です。 それで、隣にいるのが……」

「僕はテオフィルと申します。アリサ様の副官候補生という事でこの場に同行しました。
 あの……貴方が噂のレイシュア・ハーキースですか?」

 先程とは違い、見た目同様の落ち着いた動作で立ち上がった老人が自己紹介すれば、隣に居る青髪の青年も スクッ と音がしたかと思えるほどキビキビした動作で立ち上がる。

 アーミオンが彫りが深くてしっかりとした顔立ちの武道派系イケメンなら、テオフィルは街に出れば道行く女性が振り返るような爽やかさが全面に出るアイドル系のイケメン顔。何がそうさせるのか分からないが、ただ立ち上がっただけで何処か優雅な感じがした不思議な青年だ。

「噂かどうかは知らないけど俺がレイシュアで間違いないよ」

「差し出がましいのだけれど、二人はこのまま帰してあげられないかしら?」

 何を驚いたのか、少し大きく開かれたテオフィルの薄い紫色の瞳が明るくなったと思ったら、背後から歩み寄ったアリサがすぐ近くで立ち止まり、手を前で組んで申し訳なさそうに小さくなりながら俺とアリシアとを交互に見る。

「貴女達はラブリヴァを襲った魔族の幹部、生きて帰しては被害に遭った国民に顔向け出来ないわ。
 貴女の処遇はこの国を救ったレイ君が決める。けど、この二人を見逃せと言うのなら然るべきモノと交換しなくては割に合わない」

 俺に向けられたアリシアの顔には悪戯っぽい笑みが溢れており、何かを企んでいるのが一目瞭然。 二人の命と交換するようなモノ……と考え始めたとき、他からは見えない方の片目を パチリ と瞑ったのに気が付き、一芝居打てとの合図だと悟る。

 身内だけなら『はい、おっけー』で済まされる事も、この部屋にはメイドや兵士がおり、言うなればこの国の目がそこにある。

 アリシアが言ったように、襲って来た相手を無事に帰すとなると国王の座を狙う彼女にとってマイナスのイメージを植え付ける結果となるだろう。
 しかし逆に言えばそれはチャンスでもあり、アリシアこそが国王に相応しいと広められれば今後の展開も楽になることだろう。

「然るべきモノかぁ、そうだな……じゃあ、アレだ。
 今回襲って来た魔族の主戦力である、倒しても倒しても復活してくる魔物の殺し方、なんてどうだ? それが分かれば俺達も楽になるし、もし次にラブリヴァが襲われたとしても対処法が分かっていれば脅威とはなり得ない、だろ?」

「むぅ……確かに。強力とはいえど、魔物自体は倒せなくない。だが厄介な点は何度でも復活してくるという事でした。
 恐らく魔石を破壊すれば良いのでしょうが、アレには何らかの魔法が掛かっているようで砕くこと叶いませんでした。その対処法さえ分かれば魔族などには屈しはしません!」

 先の戦いを思い出し、悔しそうに拳を握り締めるアーミオン。それとは対象的に目を丸くしたのはテオフィルだった。
 実は既に分かっているとはいえ、そんなことは知らない彼からしたら、町を襲うための主戦力の弱点を教えろと言われて困惑しない方がどうかしている。

「それはっ!」
「待ちなさい。それは魔族にとって致命傷ともなり得る重要な機密、アリサ様、私共は貴女が無事なら殺されても文句など言いますまいが、如何致しますか?」

 何か言いたげに身を乗り出そうとしたテオフィルを制したのはグレゴリオだったが、その姿はなんとも胡散臭い。多分、あの爺さんは俺達の芝居に気が付いているな。

 静かに頷いたアリサが了承の意を示すと、懐に手を入れ赤色の魔石を取り出した。

「戦ったのなら見たかもしれませんが、この《魔導石》が町で暴れた魔物の正体です。貴方が仰るように魔導石を砕けば最後、二度と魔物は現れません。
 獣人の方で武器に魔法を載せる事が出来る方はみえますか?」

「そんなに強くは無理ですが、多少なら私が……」
「なにぃっ!本当なのかアーミオン!?」
「ジェルフォ、黙って!」

 魔法の不得意な獣人において魔法が武器に付与出来る者など稀にしかいないだろう。
 思わず声を上げたジェルフォだったが冷ややかな目をしたアリシアに睨まれ、すごすごと引き下がる。


 グレゴリオの手により皆の見える床の上に置かれた〈魔導石〉と呼ばれる魔物に変化する魔族の作り出した特別な魔石。
 その前に立ったアーミオンが腰に刺した剣を引き抜くと、微量ながらも光の魔力で増幅された風魔法を纏わせるので思わず感嘆が漏れ出した。

「ハアッ!」

 気合と共に振り下ろされた剣が魔導石を真っ二つにすれば、塵となり崩れ行くソレを目の当たりにした戦場に出たであろう二人の兵士が歓喜の声を上げる。

「満足してもらえたかしら?」

「ええ、武器に魔法を乗せる技術は目下訓練中ですが、出来る出来ない以前に、知っているのと知らないのとでは戦略がまるで変わります。
 交換条件とはいえ有意義な情報提供をありがとうございます」

「交渉成立ね。それじゃあ、無理を押し付けられないうちに早く帰った方がいいんじゃない?」

 剣を仕舞ったアーミオンは自国を襲った憎い相手である筈のアリサに目礼をすると、自分の立ち位置はここだと言わんばかりに壁際に引っ込んだ。

 代わって進み出したのはグレゴリオとテオフィルの二人。
 アリサの前まで来るとテオフィルの表情が緩み始め、何か一押しでもされれば崩れてしまいそうだ。

「アリサ様……」

「全ての責任はわたくしにあります。貴方達が気に留める事など何も無いわ。
 グレゴリオ、これまでの貴方の忠誠に感謝します。最後のお願い、わたくしは死んだものと報告してください。
 テオフィル、貴方の未来はまだまだこれからよ。何が正しいのかを己の目で判断し、自分が信じた道を進みなさい。
 二人共、元気で」

 挨拶は終わりだと背を向けたアリサの表情は沈んでおり、彼女にとっても別れは辛いらしい。
 そんな彼女を尻目に、涙が頬を伝い始めたテオフィルの手をグレゴリオの皺枯れた手がしっかり握ると、俺とアリシアに一礼し、身体を包んだ光の中へと消えて行った。

「失礼します。お食事の用意が整いましたので準備をさせていただきます」

 不穏な空気の室内に飛び込んだ事をすぐに悟った様子のメアリ以下数人のメイド達だったが、そこは仕事だと押し切り言葉を続けた。

「ナイスタイミングよ、メアリ。でもちょっと予定変更、二人分の椅子が空いたから貴女とアーミオン、二人も同席しなさい」

「はい!?お嬢様、何を……」

 持ち込んだ机と食事を部屋へと運び込もうと歩き出したメアリだったが、想定外の命令に思わず立ち止まってしまう。
 そうなると困るのは部下であるメイド達。思わぬ事に対応しきれず、急停止したメアリのお尻に机を打つけてしまい青い顔をしていたのが気の毒に思える。

「全員一緒にと言いたいところだけど、これでも空気を読んだのよ?大人しく生贄になりなさい、いいわね? アーミオン、分かった?」

 頭の片隅に予感でもあったのか、はたまたアリシアの性格上言い出したら聞かないと知っていただけなのか、机を打つけられたお尻になど気にも止めず、こめかみを抑えて深い溜息を吐くと重い足取りで歩き始める。

 一方のアーミオンはと言うと、有り得ない状況に思考が固まり動かない。
 そんな彼を豪快に笑いながら肩を バンバン 叩くジェルフォを見てほっこりすると、未だ暗い顔をしているアリサの肩を抱き寄せた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

処理中です...