黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第九章 大森林に咲く一輪の花

幕間──セレステル編

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 腰に付けたアクセサリーを外して魔力を通せば二メートルも無い短槍に早変わりする。それを手に颯爽と駆け出せば短いスカートが ヒラヒラ と動き、男性にとってはああいう格好が魅力的なのだろうなとぼんやりと眺めていた。

 彼女が揺らす赤い紐に縛られた金の髪は首元で二つに分けられ、緩くカールしながらお尻の下まで伸びている。まるで踊り子がリボンを持って踊っているかのように機敏な動きに合わせて右に左にと長い髪が宙を舞えば、それとは逆に相対する魔物は動きを止める。

 あまりにも違う自分の短い髪を手に見比べながら今まで気にもならなかった女としての魅力の無さに落胆が胸を突く。

(こんな女らしくない者に言い寄られてもレイシュア様は迷惑にしか感じない……のかな)

 誉あるレッドドラゴンとしては出来損ないだと思っていたのは間違いではあったが、女としての身体に不備があるのは変わりがない。劣等感が先走り女を磨く努力をすることはおろか、男性に対して想いを描いた事などただの一度もなかった。
 でも、レイシュア様がトパイアス様を打ち倒した瞬間に奪われた私の心は、例え子を産めずとも自分が女なのだと突然訴えかけてきた。

 肩で切り揃えた髪は動くにも乾かすにも適度な長さだと思い自分で切ったもの。しかし、サラマンダー達のように大きくあればよかった胸など自分の意思ではどうにもならない事を知りながらも、緑色の光を発する槍 《フォランツェ》が振られる度に揺れる豊かな胸を羨めば更なる落胆がのし掛かり溜息が出てしまう。


「せいっ!   やぁぁぁっ!」


 サラマンダー達では苦戦するだろう上級モンスターを鮮やかに一閃すれば、歯向かう者なく我が物顔で暴れ回っていた一匹が光に包まれた後で赤い石へと変わる。
 本能の赴くままに町を破壊していた魔物達が彼女を標的に定めて次々と襲いかかるが、並の者なら震え上がる視線など意にも介さず、身の丈が三メートルを超える巨大な相手にも怯む事なく果敢に攻めて行く姿に『獣人の癖に』と嫉妬心が芽生えた。


 魔法の得意ではない獣人でありながらも風魔法を巧みに操り、身体に纏わせた風の魔力が身軽な彼女の動きを加速させる。
 人の姿をした鬼型モンスター《オーガ》の左太腿、右腕と順番にステップを踏み上空へ飛び上がれば、地面に発生した幾つもの風の刃がそれを追随するように螺旋を描いてオーガを切り刻む。

「はぁぁっっ!」

 光に包まれたオーガなど気にもかけず彼女の視線は上空へと向かっていた。

 金の髪を靡かせ弾丸のように上空へ飛び出した獣人。まだ届かぬ空の先、それを目掛けてフォランツェを振り抜けば、矛先から伸びた緑色の光が空を飛ぶ魔物の身体を通過する。

 たったそれだけだ。

 二つに分かれた茶色の巨鳥は断末魔を挙げることもなく内包していた血液を空中に撒き散らすと、赤い石へと姿を変えて地上へ落下して行く。

(あれはレイシュア様の得意とする魔法……)

 空中で クルリ と身を翻したウサギの獣人の足元に現れた小さな緑色の板には見覚えがあり、それを足場に地上で敵意を向けるモンスターの中へと勢いを付けて飛び込んで行く。

──だが私の目を惹いたのはその後の彼女ではなかった

 地上へと落下した巨鳥が姿を変えた魔石。トンッ というありふれた音を立てて一度だけ弾むと、その真上に透明な短剣が現れ正確無比に中心へと突き刺さる。
 割れた魔石は赤い粒子に早変わりし風に流され消えて行く。それを成した人物へと視線を向ければ『何?』と言いたげな顔を向ける色の薄い金髪を携える人間の女。   

 ララと名乗るその女も例に漏れず私から見ても綺麗な女性で、レッドドラゴンの里 《パラシオ》でも人目を集めていた。
 しかも我父レッドドラゴンの族長ギルベルトと、大森林でも有名なシルフ族族長ノンニーナ様と対等以上に接する姿が彼女をより謎めいた存在へと押し上げ、コロシアムに押しかけた男達の興味を我が者としていた。

(レイシュア様のお側に居る女性は皆綺麗だ……それに比べて私は……)

 彼女を見る私を見返しながら腰まで伸びる髪を掻き上げる姿に『喧嘩売ってるのか?』と少し ムッ とするものの、そんな気持ちは見透かされたように微笑みながら近寄って来ると私の肩を軽く叩いてくる。

「人と比べてどうだとか、そんなの小さな事よ。   貴女には貴女にしかない個性がある。それを分かった上で自身を磨ければ、貴女の魅力に男なんてメロメロになるわよ?
 戦いにおいても同じだわ。貴女には貴女にしか出来ない戦い方がある。自分の長所短所をキチンと理解した上で、それを補い伸ばして行く。貴女より能力の劣る彼女が貴女より強いのはそれだけの努力をして来た証なのよ」

 諭すような穏やかな声で放った言葉は私にも理解出来る内容だった。ただ分かっただけでいざ実行となると難しい問題だとは想像がつく。ともなれば、二百年の時を生きてきた私より、その十分の一ほどの時間しか生きていない彼女達の方が濃密で有意義な時間を過ごして来た事の証明であり、自分の人生が無駄でしか無かったのではないかと不安に駆られた。

「貴女を連れて来たのは貴女を落胆させる為じゃない。エレナは半年前まで戦う事なんて出来なかったか弱い娘なのよ。その彼女の戦いぶりの中から何か貴女の刺激となるものが得られると良いわね」

 聞けば彼女だけではなく、私と一緒に来た人間界を治める国の姫君サラや、凄まじいまでの水魔法を操るモニカ、雷という特殊な魔法を武器に格闘技を修練中のティナも本格的に戦いを覚えたのはレイシュア様と旅をするようになってからなのだとの事。

(じゃあやっぱり、レイシュア様が気に入ってお側に置いてもらうのには女としての魅力が無いとダメなのか……)

 落胆が失望を呼び『どうせ私など……』と自虐に変わり始めた頃、ララが叩いたとは反対の肩に触れる手の温もりに我に返れば、人間界の姫君でありながらレイシュア様に付いて旅をするサラの笑顔がそこにあった。

 そういえばあのエレナが獣人王国の王女アリシアの娘だと言うことはこの王女と立場を同じくする者。こう見えても私は世界最強の種族レッドドラゴンの族長ギルベルトの娘、立場的には見劣りしない……はずだと思えば落ち込んでいた心が少しだけ安らぐ。

「ねぇセレステル。他の人と比べてどうだっていうコンプレックスは案外、よそから見たらなんでもない事の方が多いわ。 気にするな、とは言わないけど、気にし過ぎるのは良くないと思うわよ?
 私からみたら運動能力に長ける貴女はとても羨ましい。それに加えて溢れんばかりの光の魔力や、美しい竜に変身できるなんて他の誰にも真似できない素晴らしい個性だと思う。
 それにスタイルだって良いじゃない……モデルみたいに背が高くて、その髪型だってとても似合っていると……!!」

 目を見開いて固まる彼女、突然走り出したその先には小さな男の子が居る。魔物にやられて倒壊寸前の家屋の入り口、今まさに崩れ落ちようとしているところに呆然と立ちすくむ彼の元へと向かうサラだが、あれでは彼女が巻き込まれしまうだろう。


「逃げて!!」


 その声にゆっくりと反応を見せた男の子ではあるものの、顔を向けただけで動こうとはしない。


──危ない!


 不安定だった瓦礫が落ち始めたのとサラが男の子の元に辿り着いたのは同時だったように思う。

 覆い被さるように身を呈して守ろうとするサラ、しかし人より大きな塊がその背を打てば彼女諸共潰れてしまうだろう。
 咄嗟に動いた私の右手、それはドラゴンの命とも言えるレムネスハーツに集められた魔力が纏い仄かな光を帯びていた。


──壊れろ!


 私の意志に従い伸びゆく光が瞬く間に距離を詰める。

 男の子に覆い被さるサラの上には透明な壁のような物が姿を見せた。
 その更に上、落ちてきた瓦礫を射抜いて背後にある家屋すら突き抜ける光の柱。咄嗟だったとはいえ無意識に放った魔力は強すぎたようで、人など飲み込んでしまう程の太さとなった光はさっと通り過ぎただけなのに家屋自体が姿を消してしまっていた。

「……鍛錬が必要ね」

 横目で見れば呆れ顔のララ、微笑みを向けてきたかと思いきや踵を返して歩き出す。戦場にあって優雅過ぎる落ち着きある足取りには違和感を感じなくはないが、何故かそれに見惚れてしまっていた。

「ありがとう」

 男の子の手を引くサラがいつの間にか近くに立っている。
 彼女を助けようと意識した訳ではなかった。ただ危ないと思い咄嗟に手が出ただけの事。かけられた言葉に応えあぐねていれば女の私でも照れてしまうような天使の微笑みを浮かべる彼女、そんなモノを見せられればやはり自分などあの人の隣に居るべき存在ではないのだと思い知らされる。

「ねぇ、セレステル。本当はね、みんなで決めたからこんなこと言っちゃダメなんだろうけど、私個人としては貴女を応援してるから……だから、自分に自信を持って?」

 それだけ告げると ポカン と見上げる男の子を連れてララを追い歩き始める。
 その際に揺れた銀の髪。微風に靡き、陽の光を受けるソレは宝石のような美しさを感じさせ、自分の髪を摘んで見比べれば溜息が漏れてしまう。

 羨むような容姿に、自分の身を顧みない心根の優しさ、彼女が本気を出せば死んでいなければ身体の欠損ですら補えるという特出する医療魔法。
 あまりにも違うサラという人物に落胆させられるばかりだが、彼女はこんな私に『応援する』と言った。


──何故?


 私が自分に勝てないと知っているから?

 あの人が自分のモノというのが揺るぎないのを知っているから?


──否、心優しき彼女がそんな打算をするはずがない


 じゃあ、本気で私を応援? 自分の幸せの障害となる可能性があるのに?

 疑問は尽きない、だって私は彼女ではないのだから……でも、咄嗟に出たあの魔法、アレは彼女が『羨む』と言った私の個性だ。つまりこんな私でも彼女に優るモノを持っているということ。

 髪も、胸も、容姿の全てが負けていたとしても、私には私の誇れる能力がある。あの人が教えてくれた光の魔法が、シャイニングブレスがある!
 あの人の戦いはこれからが本番なのだと父からは聞いている。それならば彼の大変な時に役に立てるよう私は私の能力を磨く努力をする、彼の力になれるように……彼の気を少しでも惹けるように。


──私、頑張るよっ!


 応援してくれてありがとうサラ、気付かせてくれてありがとうララ。

 出来損ないを治してくれてありがとうレイシュア様、私は貴女の為に強くなります。

 そうしたら、少しは私の事も見てくださいね……


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