黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

文字の大きさ
上 下
500 / 562
第九章 大森林に咲く一輪の花

41.ふたり

しおりを挟む
 コレットの上げた二本目の噴水を潜り、ティナの拳が再び炸裂すればまたしても宙を舞う哀れな魔族がいる。

 ジェルフォさんが次の標的を見定め動き出せば、身長ほどの短めの槍を持つ魔族も狙われているのに気付き臨戦態勢を整える。
 コレットの苦無が三人目の首筋へと滑り込んだのと同時、私の元を離れた小さな火弾が体重を感じさせないほど軽やかに走るジェルフォさんの横をすり抜け、目の前の敵に集中する魔族の腹部に炸裂する。

「クッ……しまった!ぅがぁぁぁっ!?」

 威力を弱めてでも注意を逸らすことに特化させた魔法は見事に役目を果たし、間合いで不利となる筈の斧の一撃が魔族を横薙ぎに両断する。

 心の中で『うぇっ』と顔をしかめつつも同時に撃ち出したもう一つの火弾はその横を通り過ぎ、更に奥で襲い来る獣人の隙を突こうと画策していた青い目の魔族の胸を捉えるものの直前で気付いて咄嗟に魔力障壁を張ったようだ。
 けど私とて、人間の中では異常とも言える強さを誇る婚約者レイと共に、普通の冒険者では体験出来ないほどの経験を積んで来た身。それがイコール強さであるなどとは思わないが、彼等に付いていけるだけの実力を手に入れる為にそれなりの努力はして来たつもりではいる。

「なにぃっっ!?」

 魔力障壁を突き抜けた私の火弾。

 障害など微塵も感じさせず体内に吸い込まれると、手を叩いたような乾いた音が聞こえる。
 胴体部分が血飛沫と共に木っ端微塵に砕け散れば、自由を手に入れた四肢と首とが六人の魔族が倒れ伏す広場へと好き放題に飛び出して行く。



「くっそ……小娘が!」

 強烈な一撃をもらい霧揉みしながら空へと打ち上げられた魔族は、苦痛に顔を歪ませ腹部を押さえながらも背中に生える蝙蝠に良く似た大きな翼を羽ばたかせ空中で体勢を立て直し、自分を痛め付けたティナへと憎悪の視線を投げ付けている。
 だがそれも束の間、手の出し難い空中とはいえ戦いの最中に無防備に立ち止まればただの的でしかない。

 その隙を逃さず魔族の身体を通り抜けたのは、魔石を壊してまわっていたために私達とは離れた場所にいたエレナの風魔法。
 彼女の握るフォランツェから人の腕程の細い竜巻が伸び、二百メートル近く離れた場所に浮かぶ羽の生えた魔族の身体を斜めに薙ぎ払えば、肩から腰にかけての肉体が綺麗さっぱり消えて無くなってしまう。

「グハッ!……この、俺が、人間ごとき……に……」

 耳を塞ぎたくなる気色の悪い音を立てて魔族だった物が地面に落下したのを合図に、ティナの一撃で最初に飛ばされた筋骨隆々の魔族が動き出す。
 城壁に埋まった上半身を重々しく持ち上げると小刻みに振る顔を右手で押さえる。左手で膝を押しながらゆっくり立ち上がる姿を見れば、既に相当なダメージを受けているのが見て取れる。

「不意を突かれたとはいえ女ばかりの部隊にしてやられるとは魔族の名折れ。このままおめおめと帰ってはアリサ様の顔に泥を塗ることになる。
 四元帥の副官としてこの身を散らせてでも、王宮への侵入は阻止してみせよう……娘、本気になった私にそんなチンケな魔導具なぞ……」

 魔力障壁とは、身体の奥底から湧き出したばかりのどの属性にも染まっていない状態の魔力を使い、魔力そのものを集めて盾とすることで、どの属性の魔法にでも対抗出来るようにする高度な魔力の使い方。
 それを身体の表面だけでなく、魔導銃を構えたモニカに向かい突き出した手の先に半透明な白い膜のような物として可視化出来たのは、肉体派を思わせる容姿ながら魔法も相当な腕を持つ事を意味していた。


シュボッ!


 他の人が見ても分からないほど少しだけ ムッ とした表情だったのに気付いたのはモニカが私の親友だったから。
 陽の光を浴びて一瞬だけ小さな虹が見えれば、魔法で造られた弾丸が黒光する銃身を離れ相対する魔族の元へと到達している。


「……っ!!」


 人間には出来ないほど高度な魔法であっても、そんなことはお構いなしに障壁を突き抜けると、まるで最初から目標が彼ではなかったかのように相応の歳を感じさせる堀の深い魔族の顔を掠めて城壁に突き刺さる。

 自分の魔法に自信があったのだろう。
目を見開き頬を伝う赤い血に放心したのも束の間、モニカの撃ち出した次弾に更に大きく開かれた目に写った光が、彼がこの世で見た最後の光景だった。

 二発目に撃ち出されたのはいつもの水弾ではなく、直径二メートルになろうかという巨大な光。
 その威力に片目を瞑り、アッシュグレーの髪を靡かせ半歩下がったのは、この魔法がまだ完成していない事の現れだろう。
 白竜となったセレステルのシャイニングブレスにも匹敵するような、もはや弾丸とは言えない凄まじい威力の魔法は身動ぎすら出来ずにいた魔族を飲み込み、彼の背後にあった城壁はおろか、その更に向こうにあったであろう建物までをも消し去り駆け抜けていった。



「貴方なんかにお兄ちゃんの造った物を悪く言われたくないわ」

 唖然としたのは、なにも消えて無くなった魔族だけではない。

 開いた口が塞がらないセレステルに、天を突かんとばかりに長い耳を真っ直ぐ伸ばしたエレナ。我が目を疑い、薄紅色の瞳を何度も見え隠れさせているティナに、大きな音を立て、思わず愛斧を手から滑らせたジェルフォさん。

 そんな人達を尻目に “彼” への愛情表現のつもりなのか、黒い銃身に口付けをすると大事そうに鞄に仕舞いこちらに振り返る。


パンパンパンッ


「はいはいっ。戦場で呆けていると、今度は貴女達が今の魔族の二の舞になるわよ。
 モニカは銃の扱いもさる事ながら最後のはお見事だったわね。あれでも幹部級のかなり強い魔族だったのよ?でも、もう少し鍛錬が必要なようね」

 この場のリーダーを任されたララが皆の気を引き締める為に注目を集めれば、安全な場所にいたアリシアさん達も合流してくる。

「それって褒めてるの?けなしてるの?」
「両方よ」

 即答したララが親指を立てた右手で人差し指をモニカに向けて銃を撃つ真似をすれば、二人の間に笑顔が溢れる。

 モニカとララは普通以上に仲が良い、なんだか長年連れ添った姉妹のような感じさえする。
 それはララがお姉さん的な雰囲気を醸し出し、みんなを気遣い和ませてくれているからなのかもしれないが、それにしても……だ。

「光魔法の制御は時間があれば見てあげる。でもその前に、今やるべき事をやるわよ」

 ララが真剣な眼差しで見渡せば、それだけで皆の表情も引き締まり、戦いに直接参加しない筈のアリシアさんやライナーツさんまで次なる戦いに向けての心構えが出来た事が見て取れる。   

「ララ殿……」
「却下よ」

 内容を言わない内に口を塞がれて驚きを隠せないジェルフォさんだったが、続くララの言葉に納得せざるを得なかった。

「貴方の気持ちは分からなくはない。けど私達が目指すべき場所は王宮にいる国王セルジル、そうよね?
 国王の身柄の確保と同時にアリシアを引き合わせる、それが最優先。つまり貴方の役目は私達の旗印であるアリシアを守る事、ラブリヴァの治安維持ではないわ」

 感情を込めず冷静に告げるララに対し、軍人であるジェルフォさんは唇を噛み締め自分の気持ちを押し殺すことしか出来ないでいる。

「でも町の人達が心配ではない訳はないし、肝心な住人が居なくなってしまってはアリシアの計画はおじゃんだわ。
 魔石モンスターの処理が出来ない獣人達の助っ人は私が行く。一人でもいいけど、手数は多いに越したことはないわね。
 エレナは私に付いて来て存分にその力を発揮しなさい。セレステル、貴女は実戦経験が不足し過ぎてるからコッチで見学者。それとサラ、貴女もこっちよ」

「え?私?」

 一対一ならともかく、一対多の戦闘力としては心許ない私が指名された事に首を傾げたら、呆れた顔を向けてくるララには疑問を感じざるを得ない。

「王宮の中より町の方が被害が大きいのよ?当然負傷した町人も沢山いるわよね……貴女は自分の能力を把握してるのかしら?」

 モンスターを倒し魔族を退ける事に頭が偏り過ぎていて、自分が得意とするのが癒しの力だというのが完全に抜けていた事に、乾いた笑いを浮かべ頬を掻いて誤魔化した。

「まったく……魔族側の最大戦力は叩き潰したわ。町で暴れる魔族も数は多いけど大した相手ではない。王宮内も数人居るようだけどそれも大したことないからモニカに任せるわ」

「なら、わた……」
「却下、パートⅡ~」

 喋りかけたティナに向かい二本の指を立てた右手を突き出し、ジェルフォさん同様言葉を遮った。

「なんでよ!?」

「聞くまでもないでしょ?役に立たない貴女を連れて行っても面倒が増えるだけだわ。戦場以外の場所でも同じだけど、動けなくなった女の子がどんな目に遭うのか、分からせてあげましょうか?」

 顔を曇らせたティナの可愛らしい小鼻を指でつつき、胸の中心から下腹部までを人差し指がなぞれば、ララの言わんとする事を理解したティナが ブルリ と身を震わせる。

「でも、まぁ、私達は一人じゃない。みんなの消耗を抑える為に一肌脱いだ、そう考えればアンタの行動もそうは責められないわね。けど “やりたいとき” と “やるべきとき” は違うのだと覚えておきなさい」

「さっきのはやり過ぎたと反省してるわ。それにしても、なんだか妙にリリィ感のあるお説教ね」

 思わぬ物言いに キョトン としたのは一瞬、母のような温かみのある笑顔を浮かべると、色の薄い金の髪を指に絡めて誰に語るでもなく遠くの空を見上げた。

「リリィは二千年の時を超えて巡り合った娘みたいなものよ。時間をかけて触れ合っていれば似てくるのは仕方のない事だわ……さぁっ、雑談は終わり。今この時も獣人の国ラブリヴァは魔族の侵略を受けているわ。早く解放してあげるのがこの時この場所に巡り合った私達の使命、そっちの事は頼んだわよ、モニカ。コレットが支えてくれる、好きなようにやりなさい」

 話しは終わりとばかりに共に行く事を指示した三人に目配せすると、腰まで伸びる長い髪を靡かせ颯爽と走り出す。
 同じ身体なので可笑しな話しだけど、その姿にリリィがダブリ、久しく話してない彼女が思い起こされて、なんだか妙に懐かしいような感覚が心に拡がる。

「行かないんですか?置いてかれますよ?」

 不思議そうな顔で覗き込む蒼い瞳に自分が立ち止まったままだった事を知らされ少しだけ焦りが生まれた。

「大丈夫、行きましょうっ」

 だが、そんな事は顔に出さず、真剣な面持ちでモニカ達に行ってくると手を挙げると、心配して待っててくれたエレナの肩を ポン と叩き、先を行く二人の背中を追いかけた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...