黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第九章 大森林に咲く一輪の花

41.ふたり

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 コレットの上げた二本目の噴水を潜り、ティナの拳が再び炸裂すればまたしても宙を舞う哀れな魔族がいる。

 ジェルフォさんが次の標的を見定め動き出せば、身長ほどの短めの槍を持つ魔族も狙われているのに気付き臨戦態勢を整える。
 コレットの苦無が三人目の首筋へと滑り込んだのと同時、私の元を離れた小さな火弾が体重を感じさせないほど軽やかに走るジェルフォさんの横をすり抜け、目の前の敵に集中する魔族の腹部に炸裂する。

「クッ……しまった!ぅがぁぁぁっ!?」

 威力を弱めてでも注意を逸らすことに特化させた魔法は見事に役目を果たし、間合いで不利となる筈の斧の一撃が魔族を横薙ぎに両断する。

 心の中で『うぇっ』と顔をしかめつつも同時に撃ち出したもう一つの火弾はその横を通り過ぎ、更に奥で襲い来る獣人の隙を突こうと画策していた青い目の魔族の胸を捉えるものの直前で気付いて咄嗟に魔力障壁を張ったようだ。
 けど私とて、人間の中では異常とも言える強さを誇る婚約者レイと共に、普通の冒険者では体験出来ないほどの経験を積んで来た身。それがイコール強さであるなどとは思わないが、彼等に付いていけるだけの実力を手に入れる為にそれなりの努力はして来たつもりではいる。

「なにぃっっ!?」

 魔力障壁を突き抜けた私の火弾。

 障害など微塵も感じさせず体内に吸い込まれると、手を叩いたような乾いた音が聞こえる。
 胴体部分が血飛沫と共に木っ端微塵に砕け散れば、自由を手に入れた四肢と首とが六人の魔族が倒れ伏す広場へと好き放題に飛び出して行く。



「くっそ……小娘が!」

 強烈な一撃をもらい霧揉みしながら空へと打ち上げられた魔族は、苦痛に顔を歪ませ腹部を押さえながらも背中に生える蝙蝠に良く似た大きな翼を羽ばたかせ空中で体勢を立て直し、自分を痛め付けたティナへと憎悪の視線を投げ付けている。
 だがそれも束の間、手の出し難い空中とはいえ戦いの最中に無防備に立ち止まればただの的でしかない。

 その隙を逃さず魔族の身体を通り抜けたのは、魔石を壊してまわっていたために私達とは離れた場所にいたエレナの風魔法。
 彼女の握るフォランツェから人の腕程の細い竜巻が伸び、二百メートル近く離れた場所に浮かぶ羽の生えた魔族の身体を斜めに薙ぎ払えば、肩から腰にかけての肉体が綺麗さっぱり消えて無くなってしまう。

「グハッ!……この、俺が、人間ごとき……に……」

 耳を塞ぎたくなる気色の悪い音を立てて魔族だった物が地面に落下したのを合図に、ティナの一撃で最初に飛ばされた筋骨隆々の魔族が動き出す。
 城壁に埋まった上半身を重々しく持ち上げると小刻みに振る顔を右手で押さえる。左手で膝を押しながらゆっくり立ち上がる姿を見れば、既に相当なダメージを受けているのが見て取れる。

「不意を突かれたとはいえ女ばかりの部隊にしてやられるとは魔族の名折れ。このままおめおめと帰ってはアリサ様の顔に泥を塗ることになる。
 四元帥の副官としてこの身を散らせてでも、王宮への侵入は阻止してみせよう……娘、本気になった私にそんなチンケな魔導具なぞ……」

 魔力障壁とは、身体の奥底から湧き出したばかりのどの属性にも染まっていない状態の魔力を使い、魔力そのものを集めて盾とすることで、どの属性の魔法にでも対抗出来るようにする高度な魔力の使い方。
 それを身体の表面だけでなく、魔導銃を構えたモニカに向かい突き出した手の先に半透明な白い膜のような物として可視化出来たのは、肉体派を思わせる容姿ながら魔法も相当な腕を持つ事を意味していた。


シュボッ!


 他の人が見ても分からないほど少しだけ ムッ とした表情だったのに気付いたのはモニカが私の親友だったから。
 陽の光を浴びて一瞬だけ小さな虹が見えれば、魔法で造られた弾丸が黒光する銃身を離れ相対する魔族の元へと到達している。


「……っ!!」


 人間には出来ないほど高度な魔法であっても、そんなことはお構いなしに障壁を突き抜けると、まるで最初から目標が彼ではなかったかのように相応の歳を感じさせる堀の深い魔族の顔を掠めて城壁に突き刺さる。

 自分の魔法に自信があったのだろう。
目を見開き頬を伝う赤い血に放心したのも束の間、モニカの撃ち出した次弾に更に大きく開かれた目に写った光が、彼がこの世で見た最後の光景だった。

 二発目に撃ち出されたのはいつもの水弾ではなく、直径二メートルになろうかという巨大な光。
 その威力に片目を瞑り、アッシュグレーの髪を靡かせ半歩下がったのは、この魔法がまだ完成していない事の現れだろう。
 白竜となったセレステルのシャイニングブレスにも匹敵するような、もはや弾丸とは言えない凄まじい威力の魔法は身動ぎすら出来ずにいた魔族を飲み込み、彼の背後にあった城壁はおろか、その更に向こうにあったであろう建物までをも消し去り駆け抜けていった。



「貴方なんかにお兄ちゃんの造った物を悪く言われたくないわ」

 唖然としたのは、なにも消えて無くなった魔族だけではない。

 開いた口が塞がらないセレステルに、天を突かんとばかりに長い耳を真っ直ぐ伸ばしたエレナ。我が目を疑い、薄紅色の瞳を何度も見え隠れさせているティナに、大きな音を立て、思わず愛斧を手から滑らせたジェルフォさん。

 そんな人達を尻目に “彼” への愛情表現のつもりなのか、黒い銃身に口付けをすると大事そうに鞄に仕舞いこちらに振り返る。


パンパンパンッ


「はいはいっ。戦場で呆けていると、今度は貴女達が今の魔族の二の舞になるわよ。
 モニカは銃の扱いもさる事ながら最後のはお見事だったわね。あれでも幹部級のかなり強い魔族だったのよ?でも、もう少し鍛錬が必要なようね」

 この場のリーダーを任されたララが皆の気を引き締める為に注目を集めれば、安全な場所にいたアリシアさん達も合流してくる。

「それって褒めてるの?けなしてるの?」
「両方よ」

 即答したララが親指を立てた右手で人差し指をモニカに向けて銃を撃つ真似をすれば、二人の間に笑顔が溢れる。

 モニカとララは普通以上に仲が良い、なんだか長年連れ添った姉妹のような感じさえする。
 それはララがお姉さん的な雰囲気を醸し出し、みんなを気遣い和ませてくれているからなのかもしれないが、それにしても……だ。

「光魔法の制御は時間があれば見てあげる。でもその前に、今やるべき事をやるわよ」

 ララが真剣な眼差しで見渡せば、それだけで皆の表情も引き締まり、戦いに直接参加しない筈のアリシアさんやライナーツさんまで次なる戦いに向けての心構えが出来た事が見て取れる。   

「ララ殿……」
「却下よ」

 内容を言わない内に口を塞がれて驚きを隠せないジェルフォさんだったが、続くララの言葉に納得せざるを得なかった。

「貴方の気持ちは分からなくはない。けど私達が目指すべき場所は王宮にいる国王セルジル、そうよね?
 国王の身柄の確保と同時にアリシアを引き合わせる、それが最優先。つまり貴方の役目は私達の旗印であるアリシアを守る事、ラブリヴァの治安維持ではないわ」

 感情を込めず冷静に告げるララに対し、軍人であるジェルフォさんは唇を噛み締め自分の気持ちを押し殺すことしか出来ないでいる。

「でも町の人達が心配ではない訳はないし、肝心な住人が居なくなってしまってはアリシアの計画はおじゃんだわ。
 魔石モンスターの処理が出来ない獣人達の助っ人は私が行く。一人でもいいけど、手数は多いに越したことはないわね。
 エレナは私に付いて来て存分にその力を発揮しなさい。セレステル、貴女は実戦経験が不足し過ぎてるからコッチで見学者。それとサラ、貴女もこっちよ」

「え?私?」

 一対一ならともかく、一対多の戦闘力としては心許ない私が指名された事に首を傾げたら、呆れた顔を向けてくるララには疑問を感じざるを得ない。

「王宮の中より町の方が被害が大きいのよ?当然負傷した町人も沢山いるわよね……貴女は自分の能力を把握してるのかしら?」

 モンスターを倒し魔族を退ける事に頭が偏り過ぎていて、自分が得意とするのが癒しの力だというのが完全に抜けていた事に、乾いた笑いを浮かべ頬を掻いて誤魔化した。

「まったく……魔族側の最大戦力は叩き潰したわ。町で暴れる魔族も数は多いけど大した相手ではない。王宮内も数人居るようだけどそれも大したことないからモニカに任せるわ」

「なら、わた……」
「却下、パートⅡ~」

 喋りかけたティナに向かい二本の指を立てた右手を突き出し、ジェルフォさん同様言葉を遮った。

「なんでよ!?」

「聞くまでもないでしょ?役に立たない貴女を連れて行っても面倒が増えるだけだわ。戦場以外の場所でも同じだけど、動けなくなった女の子がどんな目に遭うのか、分からせてあげましょうか?」

 顔を曇らせたティナの可愛らしい小鼻を指でつつき、胸の中心から下腹部までを人差し指がなぞれば、ララの言わんとする事を理解したティナが ブルリ と身を震わせる。

「でも、まぁ、私達は一人じゃない。みんなの消耗を抑える為に一肌脱いだ、そう考えればアンタの行動もそうは責められないわね。けど “やりたいとき” と “やるべきとき” は違うのだと覚えておきなさい」

「さっきのはやり過ぎたと反省してるわ。それにしても、なんだか妙にリリィ感のあるお説教ね」

 思わぬ物言いに キョトン としたのは一瞬、母のような温かみのある笑顔を浮かべると、色の薄い金の髪を指に絡めて誰に語るでもなく遠くの空を見上げた。

「リリィは二千年の時を超えて巡り合った娘みたいなものよ。時間をかけて触れ合っていれば似てくるのは仕方のない事だわ……さぁっ、雑談は終わり。今この時も獣人の国ラブリヴァは魔族の侵略を受けているわ。早く解放してあげるのがこの時この場所に巡り合った私達の使命、そっちの事は頼んだわよ、モニカ。コレットが支えてくれる、好きなようにやりなさい」

 話しは終わりとばかりに共に行く事を指示した三人に目配せすると、腰まで伸びる長い髪を靡かせ颯爽と走り出す。
 同じ身体なので可笑しな話しだけど、その姿にリリィがダブリ、久しく話してない彼女が思い起こされて、なんだか妙に懐かしいような感覚が心に拡がる。

「行かないんですか?置いてかれますよ?」

 不思議そうな顔で覗き込む蒼い瞳に自分が立ち止まったままだった事を知らされ少しだけ焦りが生まれた。

「大丈夫、行きましょうっ」

 だが、そんな事は顔に出さず、真剣な面持ちでモニカ達に行ってくると手を挙げると、心配して待っててくれたエレナの肩を ポン と叩き、先を行く二人の背中を追いかけた。


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