黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第九章 大森林に咲く一輪の花

37.支えてくれる者達

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「一旦帰る」

 そう言い残したノンニーナは愛用の椅子と化していた俺の肩から飛び立つと、超高速で空を駆けるギルベルトの背中に張られた風の結界の中に在って自分だけを結界から外すという器用な技を見せ、別れの挨拶も無しに一瞬にして後方へと流され姿が見えなくなる。

「何かおかしくないですか?」

 それから一時間半ほどが過ぎた頃、結界の境界部分で緩やかに吹き付ける風に長い髪と耳を靡かせ、一人前方を眺めていたエレナの呟きが妙にはっきり耳へと届いた。

「流石は獣人王家だな、アレが見えるのか。火事にしては些か規模が大きいようだが……」

 胸騒ぎを増長するギルベルトの言葉に立ち上がると、すぐ傍に座るモニカへと雪を預けてエレナの隣に立ってはみたものの俺にはまだ何も見えない。

「まさかレイ殿の案じていた魔族の襲撃ではありますまいか?」

 目を細めるジェルフォにも立ち上る黒い煙が見えるらしく更なる不安を掻き立てられるが、俺の目にも地上から生える黒い棒のような物が見え始めた頃には彼の表情は強張り、頬を伝う汗が一番高い所まで来た陽の光を反射していた。

「ラブリヴァが、燃えている……」

 緑の絨毯が敷き詰められた大森林フェルニアを豪快に切り取った代わりに、城壁に囲まれたそれほど大きくはない宮殿を中心に民家を沢山詰め込んだ、上空から見た獣人王国ラブリヴァはそんな印象だった。

「そのようだな。空にもゴミ虫どもが飛んでいるぞ」

 生活をする上では出ない筈の真っ黒な煙が其処彼処から立ち昇り、意図せずとも人々の逃げ惑う姿が頭を過ぎる。
 一万を超える獣人達が平穏に暮らしていた筈の広い田舎町。平素であれば食事をしていたであろう時間帯に襲いかかった悲劇はまだ幕を開けたばかりのようだ。

「ラブリヴァが襲われてるとしたら十中八九魔族の仕業なのでしょうね」

 二十年以上の時を経て帰ってきた故郷の様子に呆然とするライナーツさんの肩を叩いたのは、想定の範囲内といった感じで落ち着きを払う同じ境遇のアリシアだった。
 袂を分かち疎遠となっていたとはいえラブリヴァには彼女の父親が居る。それを分かりながらも冷静でいられるのは先の先を見通す王としての気質なのだろうか。

「レイ君、彼等の目的は封印石を持つ属性竜だったわね?王宮に押し入り情報を得るつもりだろうから狙われるのは町の方ではないってことね。
 ギルベルト様、私達を王宮の上で落としたら飛び回る空の魔物を退治してくださませんか?」

「委細承知した。空は任せよ」

 力強い返事に微笑むと俺達へと向き直ったアリシア。いつものボケボケな間の抜けた感じとは違い、自然と人を従わせてしまう不思議なオーラのようなモノを纏っているように感じられ、彼女が指示をくれるのを心待ちにしている自分がいるのに驚く。

「レイ君はやることがあるのよね?それが襲撃の鎮圧に繋がるのならそっちに全力を注いで頂戴。
 他のみんなは私と一緒に王宮に乗り込み、敵の目的である国王セルジルの確保を手伝ってもらえるかしら?」

 ラブリヴァ上空に入り速度を落としつつ旋回を始めれば、民家を好き放題に破壊する魔物の姿が目に入り今すぐにでも助けに行ってやりたい衝動に駆られる。

 モニカ達がやる気に満ちた顔で頷いたのと同時に空全体が何かの力でギュッと押されたような感覚がして息苦しさまで感じる。得体の知れない居心地の悪さに横を向けば、表情を強張らせたエレナが自身の身体を両腕で抱いていたのでそれを感じたのは俺だけではないようだと理解に至る。

「これは……」

 ギルベルトの呟きが終わるや否や王城を取り囲むように黒い魔力で出来た六本の柱が突然生えた。稲妻のような魔力光を迸らせ、隣の黒柱同士がレース生地のような半透明な膜で繋がって行く。

「大規模結界ね、やるじゃない、あの女。私達の存在に気が付いた証拠ね」

 王城を内包した黒い正六角柱は上から見ると魔力線で柱同士が繋がれ、黒いキャンパス上部には更に黒い黒で六芒星が描かれている。

「あれを破壊するのは普通では無理ね。でもこっちにはレイがいる。それを分かっていないはずが無いのに大量に魔力を消費してまでわざわざ結界を張ったのは何故かしらね?」

 背後から抱き付く形で腰に手を回してにこやかに見上げてくる薔薇色の瞳は全てを分かった上で言葉を発しているように思えた。

「貴方の力を見せつけてやりましょう」

 社交ダンスでも踊るかのように添わされたララの腕が持ち上がれば俺の左腕も連れて行かれ前方に突き出す格好となる。

「私が支えてあげる。黒い囁きなんかに負けないで、全力でアレを消し飛ばしてやりなさいっ」

 ララの創る結界も余程の力を加えないと破壊することが出来ないほど強固なモノ。神の血を引く彼女には劣るとはいえ城より巨大な魔法陣を使い組み上げられた結界ともなれば個人の力ではどうしようもないのかもしれない。

「“私” じゃありません “私達” ですよ」

 俺の正面に身を寄せて二人の腕に手を添えて来たのはすぐ隣にいたエレナ。微笑む彼女に笑顔を返せばまた新たな手が添えられる。

「そうよ、お兄ちゃんは一人じゃない。いつでも、いつまでも、支えると誓い合った私達がいるんだもの。怖いモノなんて何も無いよね?」

「そうですよ、トトさま。頑張ってくださいっ」

 モニカの言葉と雪の笑顔に少しばかり込み上げるものがあったかと思うと、更に添えられる手が増えていく。

「虚無の魔力がどれほど強くとも、私達が傍に居る限り負けはしない。そうよね?」

 性格そのままにサラが柔らかに手を置けば、対照的に力強い手が伸びてくる。

「あんな結界、レイなら一発よ。遠慮なんてしないで思いっきりやっちゃいなさいっ!」

 いつも一緒に鍛錬をしていたせいか妙にリリィっぽい喋り方をするティナだなぁと思った時にはそっと触れるもう一本の手。

「主人を支えるのはメイドの本領ですよ。レイ様は後先など考えずご自分のやりたいことをやれば良いのです」

 普段、自分から主張する事なくみんなの世話を焼いてくれるコレットさんも俺の大切な人の一人だ。そんな人が手を伸ばせば仲間外れは嫌だと参加してくる人も居るが、その気持ちはありがたい。

「私もレイシュア様を支えます!支えちゃいますよっ!」
「アンタはいいのよ!部外者は見てるだけにしなさいよ」

「ちょっとぉ~、私もっ!私も支えちゃうよぉ?」
「お母さんはお父さんを支えてあげて下さい!」

たった何日かで最初の印象とはガラリと変わってしまったセレステルと、何かの遊びだとでも思ってないかと疑問すら過ぎる楽しそうなアリシアまで混ざれば、俺の左手を中心に九人もの愛すべき人達に囲まれるという幸せな状況。

 未だに疎通した事はないが、意志がある筈の白結氣が自己主張するかのようにいつも以上に強い光を精霊石に灯せば、それに負けじと対抗するように朔羅にぶら下がる精霊石もまた黒い光を強めて存在をアピールする。

「レイ殿は幸せ者ですな。こんなに沢山の者に支えられては倒れるわけには参りませんぞ?」

「レイ様なら大丈夫、運命の女神ですら貴方に寄り添う事を選ばれるでしょう」

 ジェルフォとライナーツさんは流石にこの中に参加するのは気が引けたのだろう。右肩に置かれた手からは俺を信頼してくれている力強い意志が感じられる。

「くははははっ、この光景を見られぬノンニーナに心底同情するよ。
 やれっ、レイシュア!愛すべき者達に支えられるお前の真の力を見せてやれ!
 新たな時代の幕開けとなる希望の光を灯せ!!」

 力強い言葉と共にギルベルトが旋回し、結界に閉ざされたラブリヴァの王城が再び目に入る。


「やるぞっ、朔羅!」


 柄頭に置かれた右手から流し込まれる魔力に呼応し朔羅全体が黒い輝きを放てば、いつもは怖くて小出しにしかしなかった虚無の魔力ニヒリティ・シーラがここぞとばかりに心の奥底から噴き出してくる。



【殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せっ!
奪え!奪え!奪え!奪え!奪え!奪えっ!
犯せ!犯せ!犯せ!犯せ!犯せ!犯せっ!

この世の全ては王たるお前の物だ!

お前に歯向かう者は一人残らず殺すのだ!!
お前の欲しい物は残らず奪い尽くせ!!
目にした女は全て犯し、絶えぬ欲望をぶちかませ!!

殺せっ!奪えっ!犯せっ!貪れっ!
この世はお前の為にある!!!! 】



 開放量が多い為か、頭の芯に響く得体の知れない気持ちの悪い声も今までのような単語ではなく、意志のようなモノが強く感じられる。


──やはり虚無の魔力は俺の意識を消し去り、この身体を乗っ取ろうとしている


 左腕から感じる暖かな気配のお陰で以前より強い筈の闇へと引き摺り込もうとする強制力も、小うるさい雑音程度にしか思えない。
 愛し愛される者に支えられる事がこれ程心強い事なのだと改めて思い知らされ感謝の念と共に封じられていた特別な魔力を解き放てば、陽の光の降り注ぐ暖かな空の下、突き出した左手から深淵とはこの事だと言わんばかりに深い闇が湯水の如く溢れ出す。

 魔物達の起こした爆炎の渦中で異彩を放つ黒き壁。見ようによっては魔物から王城を守るための防御結界に見えなくもないが、城内に魔族や魔物が居ない保証はない上にアレがあると俺達まで中に入る事が出来ない。

 解き放たれた闇が決して早くはない速度で巨大な箱の蓋へと辿り着けば、柔らかなプリンでも掬うかのように何の抵抗もなく貪り尽くし、不気味な光を放っていた魔法陣が姿を消す。

「行け、レイ……虚無の魔力は他の誰のものでもない、貴方の力よ」

 左肩に顔を置くララの囁きが耳元へと届き、その圧倒的な力を初めて目にする何人かが息を飲む中、六つに分かれた闇が結界を形造る柱へと向かえば地面へと押し込むかのように一気に喰らい尽くし、役目を終えた虚無の魔力ニヒリティ・シーラごと消えて無くなってしまう。


『うぉぉぉぉぉおぉぉおぉおぉぉっ!!』


 結界により開ける事が出来なかった城門が勢いよく開かれると、ここまで聞こる雄叫びを上げながら何百という獣人達が一斉に町へと流れ出して行く。

 故郷を蹂躙されながらも駆けつけることすらさせてもらえず押さえつけられていた戦士達の憤りが爆発したのだろう。怒れる剣が、爪が、牙が、好き放題していた魔物達へと襲いかかり次々と薙倒して行く様子が目に浮かぶ。
 だが魔族が放つのは上級モンスターばかりだろう。決して楽ではないだろうが彼等の戦いは今始まったばかり。最優先でやるべき事があるので手伝ってやれないのは心苦しいが健闘を祈るばかりだ。


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