黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

文字の大きさ
上 下
489 / 562
第九章 大森林に咲く一輪の花

30.ドラゴン達の試練 (上)

しおりを挟む
 横なぎにした朔羅をモロに喰らい身体をくの字に曲げて飛び立った赤い塊は、体と同じく赤い髪を靡かせて十メートルもの空中散歩を楽しむと、砂埃を上げながら石畳を滑り行く。

「くっそっ……なんで竜化してるのに勝てねぇんだよ……」

 入れ違いに放たれた眩い光の柱を透明な壁が難なく防ぐと、そのまま距離を詰め、途切れた瞬間を狙い奴の背後へと回り込み再び朔羅を叩き込んだ。

「ぐっ……」

 倒れ込んだトパイアスは地面の上でゴロリと半回転し空を仰ぐと、諦めた様子で大の字に寝転んだまま立とうともしない。

「おいおい、やる気あるの?」

「うっせー、勝てないものは何度やっても勝てやしないんだよ」

 カチンと来るセリフに奴の寝転ぶ側に歩み寄ると、無防備に晒された眉間へと朔羅を落とした。

「!!!!」

「なんだよ、敗者をどうするかは勝者が決めるんだろ?なら、俺に勝てないお前の生殺与奪の権利は俺にある。今ここで息の根を止められても文句はないんだろ?」

 切っ先が僅かに当たった事により薄ら滲んだ血が流れ出すと、死の気配を感じて目を見開いていたトパイアスの顔に安堵が混じる。

「分かったよ、やりゃ~いいんだろ?やりゃ~よぉ……」

「そうだ、諦めずにやればいい。だが、ただ闇雲にやるだけなら何度やっても結果は一緒だぞ?」

 何度やっても勝てないどころか一太刀すら入れられないことに不貞腐れてトパイアスと同じく地面に寝転びストライキに入ったクラウスを呼び付けると、竜の鱗に覆われていてもダメージを入れられた腹を押さえながらゆっくり立ち上がり、ダルそうにしながらも指示に従って歩いてくる。

「なぁ二人共、竜化なんて俺より遥かに強い肉体をしてるのに何で勝てないのか考えてるのか?
 今までは自分より弱い者しかいなくてただ力を振るえば勝てたのかも知れないけど、自分と同等かそれ以上のやつに勝つには自分の持てる力を余す事なく使う必要があるぞ?

 トパイアス、昨日の敗因はなんだと思う?俺の打撃に対する防御力が足りなかったからか?それも敗因の一つだろうがそうじゃない。
 お前達には遠距離ではブレスというとんでもない攻撃がある。逆に接近すれば斬撃も魔法も効かない最強の肉体からの拳が敵を打ち倒すだろう。だが、その中間はどうする?昨日のように闇雲にブレスを撃っても、来ると分かっていれば避けるのは難しくない。

 じゃあどうするか、答えは魔法だよ。

 お前、竜化してから一度も魔法を使ってないよな?
 力で押しきれない相手には小手先の技術も必要だと覚えておけ。フェイント、フェイク、目眩し、牽制。相手を倒すためじゃない、隙を作るために魔法を効率よく使うんだ。それを良く考えながら二人で実戦練習してみろよ」



 実の姉により一切の言葉が出ないほどに論破されたクラウスは、俺達の滞在が決まるや否や覚悟を決めたらしく三日は元に戻れないという竜化を自らの意志で選択し、それでも渋るトパイアスを連れて闘技場へと飛んで行った。

 彼自身三強と呼ばれながらも自分の力には満足していなかったようで、他の二人に勝てない事に憤りを感じ続けていたのだとセレステルがこっそり教えてくれる。

「俺はパス」

 そう言った筈のレジナードも闘技場には現れ、昨日と同じく女を侍らせながら酒を飲むというスタイルながらもその目は真剣そのもので、二人が何をするのか見逃すまいとしているのがよく分かる。

「ぅぇっ、気持ち悪……」
「ティナさん、静かにして下さい。頭が割れてしまいます……」
「エレナぁ、助けて……頭が……頭がぁぁ……」

 その近くにはサラの言葉を無碍にしたツケを払い、生きながらにして屍と化した愚かな三人の姿がある。
 頭を押さえつつ観客席に座るエレナに力無く寄りかかるアリシアと、他人が居ないのを良い事に、彼女の太腿を枕に固い石で出来たベンチにだらし無く横になるティナが昨晩のアルコールが消化出来ずに苦しんでいる。

「サラぁ、魔法で治してょぉ……」

「お断りします。人の忠告を無視して調子に乗るからそうなるんです、そのまま反省なさい」


「「「ぇぇぇぇぇ…………」」」


 昨日のサラは酔わなかったのではなく酔えなかったのだと言う。

 危険な場所ではないとは分かりつつも紅茶に毒を盛られた教訓から身体に入る物には常に気を配っており、癒しの魔法を使える自分がしっかりしてなくてはと、いざと言うときの為に酒のアルコールを浄化して飲んでいたから酒であっても酒では無くなった物を飲んでいたので酔わなかったのだとか……。

 それを聞いた時、サラにしか出来ない事とはいえ俺達と同じ客でありながらホスト役に回らせた事に罪悪感を抱き、いたたまれなくなって ギュッ と抱きしめ「いつもありがとう」と告げたのはみんなには内緒にしておいた。

「ぷくくっ、反省反省っ」

 口に手を当てて笑っているモニカはサラの言うことを聞いて酒を止めたから無事なだけだとは気が付いていないのだろう。

「なんだ、アリシアまで潰れておるのか。其方がおらんでは今夜の会談が進まぬ、夜までに体調を整えておくのだぞ?」

「ノンちゃん、今夜も飲む気?本当、好きねぇ。いつからそんなんになっちゃったの?」

 ノンニーナもララも “会談” と称して朝まで飲んでいたらしいが、二人とも何事もなかったように平然としているのは何故だか不思議だ。そういえばリリィの酔っ払ったところなんて一度も見た事がない気がするがどんな身体の作りをしているのやら……。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

性癖の館

正妻キドリ
ファンタジー
高校生の姉『美桜』と、小学生の妹『沙羅』は性癖の館へと迷い込んだ。そこは、ありとあらゆる性癖を持った者達が集う、変態達の集会所であった。露出狂、SMの女王様と奴隷、ケモナー、ネクロフィリア、ヴォラレフィリア…。色々な変態達が襲ってくるこの館から、姉妹は無事脱出できるのか!?

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

排泄時に幼児退行しちゃう系便秘彼氏

mm
ファンタジー
便秘の彼氏(瞬)をもつ私(紗歩)が彼氏の排泄を手伝う話。 排泄表現多数あり R15

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

処理中です...