黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第九章 大森林に咲く一輪の花

28.虚無の魔力

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 そんな二人のやり取りは他所に、俺の視線はある一点を見続けていたが見てるだけでは状況は変わりそうにない。
 あれがわざとなのかどうかは知らないが、俺自身がこれほど独占欲が強いのだと気付かされる事態だった。


「皆、聞け!そこにいる黒髪の人間レイシュア・ハーキースはこの世界を変える運命を背負った人物だ。お前達が好き好んで戦いを挑むのは勝手だが、我等レッドドラゴンの方針としては彼に跪く事になる。
 まぁ、見ての通り竜化したトパイアスをも捻じ伏せる力は伊達じゃない事くらいは分かるだろう。ちなみに俺でも勝てんから……」

 苛々が限界に達し傍観するのを止めると、それでもなるべく心を落ち着けようと目を閉じ静かに朔羅を鞘へと仕舞う。
 チンッと小気味良い鍔鳴り音が俺の心へ染み渡り多少なりとも気を沈めてくれる。しかし、クラウスとトパイアスが俺へと視線を向けたのを感じながら目を開けてみたものの残念な事に先程と状況は変わらない。

「!?」
「おいおいおいっ、何をする気だ?」

 白結氣を包み込む白い光が強まり右手に持ち替えると、何やら演説のように皆に話しかけるギルベルトへと切っ先を向けたところで俺の意志を乗せた魔力を解き放つ。
 ノンニーナが乗る肩とは反対側を一条の光が駆け抜ければ彼の話を聞いていた全員の視線が俺へと向いたのは仕方のない事。何も言わずとも俺の意図を正確に理解したギルベルトは盛大な溜息と共にサラの肩に置かれたままだった手を退かした。

「と、まぁ、あいつのモノに手を出せばどうなるか分かったな?それでもちょっかいかけたきゃ好きにすれば良いがオススメはしないぞ?
 レイシュア、丁度良い事にレッドドラゴンの中でも取り分け血の気の多い三人が揃っている。紹介ついでにお前の本当の力を見せてやってくれないか?」

 ギルベルトの言いたい事は分かる。
どれだけ物好きがいるのかは知らないが『強者こそ正義だ』みたいな風習の奴等を黙らせるには圧倒的な力というものを見せつける必要があるのだろう。

 要らぬ争いを避けるためには必要な事かもしれないが、自身の力を誇示するのは好きではない。
 ましてや努力の末に手にした力ではなく、血の巡り合わせでたまたま受け継いだだけの力など尚更なので乗り気にはなれないが、ラブリヴァの王位継承を目的とするアリシアの為には致し方ない。

「本当の力だと……それじゃあ何か?俺と殺り合ったのは本気ではなかったと言うのか!?」

「いや、それとは少し違うよ。まぁ見てな」



 白結氣を鞘に戻し、土魔法の練習で作った不要な剣を鞄から取り出すと地面に突き立て少し距離を置いた。

「あっ!ズルっ娘!!」

 いつものティナの声が聞こえて微笑ましく思いながら視線を向けると、笑顔を携えたエレナが長いツインテールを靡かせて音も無く俺の隣に降り立ち腕を絡めて来る。

「えへへっ」

 虚無の魔力を使う際には心が不安定になる事はみんなが知ってくれている事。使う毎に強くなる気さえする彼方側に引き摺り込もうとする黒い力に飲まれぬようにと、繋ぎ止める役目を買って出てくれたのは本当にありがたい。

「気を遣わせて悪いな、ありがと」

 観衆の視線などこれっぽっちも気にかける様子はなく「妻は夫を支える者ですよ?」と人差し指を立てウインクをするエレナからキスを受けとると、遠くでまたティナの声が聞こえた気がした。

「朔羅、やるよ」

 柄頭にそっと手を置き、ぶら下がる精霊石を指で触りながら魔力を通せば、鞘ごと黒い光に包まれて俺の意志に従い縛ってあった心の紐が緩められたのが感じる。


【殺せ!お前を傷付ける者を殺せ!お前の邪魔をする者を殺せ!お前のモノを盗る奴等を殺せ!お前の気に食わぬ者を殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!お前に従わぬ者は全て殺せ!!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!全てを殺し尽くせ!!】


 黒くて気持ち悪いモノが胸の一番奥底からドロリと湧き出せば、まもなく命の燈の消えそうな老人が発する力の無い嗄れた声が頭の奥の奥の方から聞こえ始め、届かぬ場所はないほどに隅々へと反響しながら響き渡る。
 囁きかける内容は常識のある人間なら到底容認出来ない言葉であるにも関わらず、それでも自然と従ってしまいたくなるような不思議な力を持つ声は、俺を洗脳しようと休む事なく喋り続ける。


「私はレイさんを愛してます」

 
 流されそうになる心と押し寄せる黒い感情に身体が強張ると、熱くも柔らかな感触が頬に触れた事で我に返った。

 左腕に抱きつく彼女と目が合えば屈託の無い笑顔を浮かべて肩へと頭を預けてくる。

「俺も愛してるよ、エレナ」

 リリィより色の濃い艶々な金の髪へと顔を埋め、彼女の匂いを嗅いでその存在を心へと刻み込む。


──大丈夫、俺は一人じゃない


 地面に突き立てた剣へと改めて視線を送ると、俺達の前に虚無の魔力ニヒリティ・シーラを顕現させた。

「!!!!」
「な、何なんだ……アレは」

 背筋を這い登るゾワゾワとした感触をその場に居合わせた全員に与えて現れた黒い霧。

 エレナも直接目にするのは初めてだった筈だが、腕を掴む手に僅かな力が入っただけでそれ以上の反応はしない。
 だが予備知識もなければ見るのも初めてのクラウスやトパイアスはそうもいかず、異様な雰囲気を放ちながら空中に留まるソレに慄き目を丸くしている。


 観客の注目を一身に集めてゆっくりと移動し、突き立てられた剣へと纏わり付いて黒く染め上げると、そこにあった筈の一本の剣は黒い霧へと姿を変えて消えてなくなる。

「「!!!!」」

 言葉が出ないのか、昼間だと言うのに何一つ物音もせず静まり返った闘技場を寄り添うエレナと共に歩くと、放心と言っても良いほどに口を開けたまま唖然としているトパイアスへと振り向いた。

「トパイアス、お前の凄かったブレス、もう一度撃ってくれよ」

「……ぇ?あ、ぉ、、あぁ……」

 意図は分からないままに呼ばれて立ち上がったトパイアスはギルベルトへと視線を向けると頷かれたので躊躇いながらも俺へと向き直る。

「良いからやってくれ、頼むよ」

 俺と奴との間に黒い霧が薄い壁のように展開されると、ようやく意味を理解したようで両足と両翼を開いて発射態勢を整える。

「いくぞ?」
「あぁ、よろしく」

 奴の胸部が膨らんだ次の瞬間、目が眩むほどの光を放ち吐き出された白い炎のブレス。
 だが立ち塞がる黒い霧に接触すると、そこから先は別空間とでも言うように掻き消えてしまい、俺達へと到達する事は出来ないでいた。

「すっげーな、こりゃ……」

 二十秒ほどの照射で終わりを告げたブレスと共に役目を果たした黒い霧も姿を消すと、静まり返ったままの闘技場にギルベルトの低い声が響いた。

「全員目にしただろう、アレは全ての物を破壊し、無へと返す神の力だ。あの力の前にはどんな魔法もどんな技も全くの無力。
 レイシュアはこの世界を創りし神の力を継ぐ者、人間の支配するこの世界を全ての者達が平等に暮らせるモノへと造り替える救世主なのだ!」


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