黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第九章 大森林に咲く一輪の花

25.恐るべき変化

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「うぉぉおりゃっぁぁっ!!」

 先程の再現のつもりだったのか、はたまた竜化で得た力を見せつけたかったのかは分からない。

 低空飛行から斬り上げられる斬撃を白結氣で受け止めた瞬間、想像より遥かに強い力に吹き飛ばされるかと思ったのも束の間、勢いに負けじと歯を食いしばったときにはそれは無くなっており、根本から剣身を失った剣柄のみが奴の両手と共に通り過ぎて行く。

「!!」

 武器破壊とは意図として相手の武器を壊して戦闘意欲を削ぐ、若しくは戦闘手段を奪い去るもので、決して自らの武器を相手の武器で叩き壊すものではない。

 計算された攻撃がほんの僅かに生まれた虚を突き、引き戻された両手を俺の頭に直撃させた。

「ぉごっ!」

 巨大な岩でもぶつけられたように脳が揺さぶられ視界がブレる中、地面へと倒れ行く身体に合わせて鳩尾へと膝が入り、逆に跳ね上げられると、余裕をかまして片足を軸に背中から一回転した奴の踵が再び鳩尾を捉え観客席の壁まで水平飛行する事となった。

「お兄ちゃん!!」
「「レイ!?」」
「「レイ様!?」」
「レイさん!?」
「トトさまっ!!」
「レイ殿ぉっ!!」
「「レイシュア様っ!!」」

 狙ったのかどうかは知らないが、飛ばされた先はみんなが見守る観客席の真下の壁。
 頭への一撃は完璧に入れられまだクラクラするが、その直後に体内に張り巡らせた水魔法によりダメージは軽いものだ。

「くそっ……久しぶりの血の味だぜ」

 ちょっとこのまま休憩とは行かず、寝転んだまま目を開ければ不敵な笑いを浮かべて腕を組む竜化したトパイアスの姿が目に入るので立たずにはいられない。

 揺れる視界を抑えようと頭に手を当てながら壁を背にゆっくり立ち上がるとサラの魔力を感じたので咄嗟に手のひらを向けた。

「サラ、今はまだ駄目だ。止めてくれ」
「えっ!?でもっ!」
「少しフラフラするだけだ、すぐ治る。大丈夫だから男の勝負に水を差さないでくれ」

 壁の上から覗き込む彼女は心底心配そうな顔で何か言いたげな口を自らの拳で塞ぐとゆっくり頷いて俺の意見を尊重してくれたが、今まであまりやられるという事のなかった俺の醜態にみんなこぞって不安げな視線を落としている。

「大丈夫、ちょっと油断しただけだ。ミルドレッドやリュエーヴの為にも負けるわけにはいかない、だろ?」

「女の為に負けるわけにはいかない、カッコいい台詞だねぇ、少年。君がこの女とどうゆう関係かは知らないが、全てのサラマンダーは俺達レッドドラゴンのモノだと知らないのか?
 お前がトパイアスと遊んでる間に俺が貰っちまうって選択肢もあるんだが、どうしようかなぁ」

 意図が見えないがわざわざ壁際まで来て俺を覗き込む銀髪男は、ミルドレッドの顎に手を当て彼女と顔を合わせたまま俺に流し目を向けてくる。イラッとしたお陰で多少頭がスッキリしたが今すぐアイツを引き摺り下ろしたい衝動に駆られ睨みを効かせた。

「それならお前とも遊んでやるから今すぐ降りてこいっ!二対一でも俺は構わないぞ?」

「くくくくくっ、あはははははっ。良いっ!良いぞ少年。俺は君が気に入ったよ。精々頑張ってアイツをギャフンと言わせてやるがいいっ。俺はここで高みの見物をさせてもらうとするよ、ははははははっ」

 ミルドレッドの栗色の髪を一撫ですると引っ込んで姿が見えなくなったので、なんだか知らないがちょっかいを出す気は無いのだろう……今の所は。



 優勢が知れて気分が良いのかニヤニヤと表情を緩めて戻って来るのを待っていたが、まだ持っていた折れた剣の持ち手を近付いた俺へと投げ付けてくる。

「頭に良いのが入ったからな、まだ大丈夫か心配したぞ?くくくっ」

「お前に心配されるほど柔じゃないよ」

 剣を叩き落としたのを満足気に見届けると首を左右に倒してコキコキと鳴らし「そうでなくては困る」と呟くと同時にその場に残像が残るような速さで飛び出した。


 一直線に伸びる奴の軌道は赤色の線を描くようで、その先端が到達するのに合わせて白結氣を振り上げたにも関わらず手応えが無い事に驚いた次の瞬間、無防備となった俺の左手側面に殺気を感じ慌てて飛び退きながら風壁を展開する羽目になった。

「チッ……んなもん効くかっ!」

 すぐさま加えられた追撃を躱すためにもう一足後ろへと飛びながら手のひらサイズの風の刃を連写するが、驚く事に皮膚を覆う鱗に全てを弾かれ傷すら付けることが出来ない。

「逃げんなよっ、人間!」

 躱すことも防ぐ事もせず無数の風の刃が吹き荒れる中、真っ向から突っ込んで来るトパイアスには恐怖すら感じてしまう。

 腰を捻り引かれた右腕が、魔道銃から放たれる弾丸のような速さで押し出されて来る。

 派手な怪我はなるべく控えようと思ってしていた遠慮を取っ払い右手に握る朔羅で返り討ちにして奴の勢いを削ごうと考えたのだが……


「は!?」


──思わず漏れた声は俺の心境の全てを表していた

 奴の拳を真っ二つに腕の半分を削ぎ落とすつもりで斬りつけたはずの朔羅は金属に当たったような硬い感触と共に受け止められ、俺の目論見は脆くも崩れ去る結果となった。


「ぉりゃぁああっ!!」


 既のところで奴の二打目に白結氣を打つけて受け止めると弧を描く三打目が直ぐにやってくる。

 全身を覆う鱗という朔羅の斬撃が通らないほど強固な鎧に絶対の自信があるのだろう。二本の刀を振るう俺に躊躇する事なく攻め入るのは、そうと分かっていても二の足を踏んでしまいなかなか出来るものではない。
 その点に関しては奴の胆力に称賛を送りたいが、人としてはもう少し他人の気持ちというものを考えてやれると良いのにと、それどころでは無い状況なのに余計な事に頭が回るのは俺の良くない所なのだろう。

 合わせるのがやっとの奴の拳に遅れず付いて行き、僅かな隙間を見つけて一旦距離を置くべく重心を背後へと傾けると、距離が空いたことで拳では威力が落ちると判断するや否や蹴りが襲ってくる。
 二刀を交差させて防ぐと、その反動も利用し奴から離れるべく地を蹴った。



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