黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第九章 大森林に咲く一輪の花

14.彼女達の最終兵器

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「何を惚けている!?相手はたかが二人!さっさと片付けろ!!」

 全員が緑と黒の迷彩パレオかと思いきや、声を荒げた隊長格らしき女は緑と黒に加えて黄色の混じったパレオを腰に巻いていたので、彼女がこの部隊の中核なのは間違いないだろう。

「朔羅、やるぞ」

 今まで虚無の魔力ニヒリティ・シーラを使う時だけ魔力を通していたのだが、ノンニーナが言うには朔羅に付けられた精霊石は闇の魔力を蓄積する物らしい。ヴィクララも教えてくれれば良かったのにと愚痴を言いたくもなったが、過ぎた事に腹を立てても仕方がない。

 朔羅が仄かに黒い光を纏うと、止まっていた時間が動き出したかのように再び火球が雨あられと横殴りに降り始める。
 次のグループへと飛び出したティナを追いかける火球の群れへと、本人には気付かれぬよう気を遣いながら風壁を展開して背後を守ってやるが、雷を纏う彼女のスピードには尾い付けていないので要らぬ心配だったかもしれない。


 勝負を挑まれた以上、手を抜いたりしたら怒られるのは俺の方。いつもならモニカ一人を寝かしつける為に使う闇魔法も朔羅を介して放てば固まる三人を纏めて眠らせる事も可能だと踏み、ティナとは反対側にいる手頃なグループを見定め魔力を解き放った。

「なん……だ……」

 降り注ぐ火球が巻き起こす爆炎の僅かな隙間、目の前に浮かべた風壁越しに見えたのは額に手を当て力無く膝から崩れ落ちる三人の巨乳ちゃん。
 ティナのように倒れる姿勢にまで気を遣う事は出来ないが、傷付ける事もなければ痛みも伴わないという至って平和的な攻撃だと満足して頷きながら想定通り上手く行った事に心の中でガッツポーズを決めた。

「!!!」

 すぐ隣に居た他のグループの女の子達が、なんの前触れもなく突然倒れた仲間を見て目を見開いたところに「次は君達だよ~」と一人呟きながら ルンルン とした良い気分で思念を載せた闇の魔力を飛ばすと バタバタ と気持ち良く倒れてくれる。

 調子に乗ってその奥に見えた二グループに向けて魔力を解き放った時、炎があるわけでもないのに チリチリ と焼かれるような感覚がするほど強い火の魔力を感じ ハッ と我に返った。


「てぇーーーっ!!」


 人数が減った事により多少薄くなった火球の弾幕の向こうに見えたのは、三人のサラマンダーが寄り添い、並べて突き出された六つの手のひらに集まる膨大な量の火の魔力。
 号令と同時に現れたのは熱した鉄が伸びてくるような錯覚さえ感じさせる直径三十センチ程の黄色に輝く炎の柱だった。

「あ、やべっ」

 風魔法とは元来火魔法との相性が悪く、風の魔力を凝縮して作った壁で火球を防ぐなど言語道断。火に油を注ぐ行為に値するのだが、自分の魔力の底が見えないのをいい事に魔力をふんだんに使いギュギュッと凝縮させて強度を出していた。
 しかし極度に強い火魔法を受ければひとたまりも無いのは明白で、同じベクトルの三人の魔力を合わせるという聞いた事もない離れ業で作られた強力な火柱を防ぎ切る事は叶わないだろう。

 展開していた風壁の直ぐ後ろに推定千度のレッドドラゴンのブレスですら防ぎきった実績を持つ《無限氷壁》と名付けた氷の壁を創り出したところで、嵐のように降り注いだ火球ではビクともしなかった風壁を光り輝く火柱が呆気なく霧散させる。

「よし!……なっ、なんだとぉっ!?」

 恐らく彼女達にとって最終兵器にも等しい合体魔法だったのだろう。
 魔法を放った三人が呆然とする様子が透明度の高い氷越しに見えるが、その横にいた色違いのパレオを纏う指揮官は唇を噛み締めながら尻尾で地面を一打ちした。


「収束砲!第二形態用意!!」


 持ち手を守るための護拳と鍔とが織り成す秀麗な金の花細工が目を惹くレイピアと呼ばれる細身の剣を抜き放ち、自分の指揮する部隊に喝を入れると、ブーツの踵を打ち鳴らし姿勢を正すと共に惚けていた顔を引き締めたその部下たるサラマンダー達。

「マーゴット司令!第二形態は時間がかかる上に成功率が三十パーセント程しか……」

 気を遣いつつも与えられた命令に慌てて抗議をし始めるが、有無を言わさぬ鋭い視線と向けられた切っ先にたじろぎつつも、それでも考えを改めて欲しいとマーゴットを見つめる一人の女。

「そんなことは言わずとも分かっている!だが貴様はこのまま何もせずに侵略を受け入れろと言うのか!? 否!それは村に残してきた一族を含めこの場にいる全員の意思に反するものと私は認識している。
 ならば例え不確定要素が強くとも全力を出さずしてどうする!?我々がやってきた訓練の真価を問われるのは今をおいて他に無いっ!!」


──侵略者……事情を知らない彼女達からすれば、そう捉えられても仕方がないのだろう。 


 収束砲と呼ばれた三人の魔力を合体させた魔法の威力は単純に三倍なのではなく、更にその三倍程という想像より遥かに強力なモノだった事もあり第二形態とやらに興味が湧いてしまった。

 彼女達との間に浮かぶ無限氷壁を一旦解除すると「何事だ!?」とマーゴットの鋭い視線が俺に向いたので、思い通りに事が運び思わず笑みが溢れるがそれは良くない影響を与えたようだ。

「時間がかかるなら待ってやるよ。お前達の全力とやらを見せてくれないか?
 その代わりと言ってはアレだけど、俺がその魔法を防ぎ切ったら負けを認めて降伏してくれ」

「くっ、馬鹿にしやがって……」

 マーゴットの内に秘めるプライドはかなり高価だったらしく余程カンに触ったのか、苦虫を五匹くらいいっぺんに噛み潰したように清楚系美人顔を沸き起こる怒りで歪めて台無しにすると、先程意見した女が次の命令を悟り恨みがましい目を俺へと向けた後で背後を振り返る。

「特別分隊第一班、一から三組までは収束砲第二形態の用意!攻撃対象、黒髪!目標出力八十パーセント、成功させる事だけを考えろっ!」

「ミルドレッド!貴様ぁっ!!私を差し置いて勝手に命令を出したな!?
 前言撤回!特別分隊は六組までを総動員してあの魔族を……」

「マーゴット司令っ!お言葉ですが、総動員などしても未だかつて出力の十パーセントの状態ですら成功した試しはありません。現段階で我々が実践投入出来る限界地点はここです。闇雲に出力だけを考えては暴発した際に隊員達の命が無いのはご存知でしょう?

 あの男は真っ向勝負を望んでおります。
もし、我々が負けるような事態になれば全ての責任は私が取ります。如何様な処罰も辞さないつもりでおります故、ここは私に任せていただけませんか?」

 少し丸みを帯びた優しそうな顔付きに肩の上で切り揃えられた緩く波打つ栗色の髪がどことなくユリアーネを彷彿させ、物腰が柔らかそうな感じがするのに部隊の中に在って絶対の上官に意見する姿に『芯がしっかりしてるとこまで似てる』と白結氣にぶら下がる白の精霊石を触りながら見惚れていた。

「良いだろう。そこまでの覚悟があるのなら、しかとあの魔族を倒して見せよ」

「ハッ!」

 一瞬だけ俺へと向けた視線は残念ながら期待するような親しみのあるものではなく、対峙する敵に向けられた憎しみさえ篭っていそうな冷ややかなモノ。
 チクリと胸を刺す感覚が何を期待してるんだかと自分を戒めてくれるのだが、振り向いて微笑んでくれるのではないかと馬鹿な事を期待する自分がいる事に気付いて鞘ごと白結氣を引き抜くと、彼女の代わりに目に入れる事で彼女とユリアーネが別人なのだと心に歯止めをかけた。

「魔力石の使用を許可する。隊列を組んだら各自波長を合わせろっ。六十秒後に発射可能領域まで魔力を高めて待機!」

 六十秒も有ったらティナは何人ぶっ倒して来るかなぁと、今更ながらに彼女に申し込まれた勝負を思い出し「待ってやる」と言った事に少しだけ後悔したが、これで俺が勝てばティナが倒しきれなかった全てを俺が倒した事になるので夫としての面子は保たれる……のかなと、淡い期待を胸に彼女達が準備する姿を眺めていた。


 三人横並びだった先程とは違い円陣を組むように向かい合い、両手で持った赤い宝石が先端に埋め込まれた短い杖を突き合わせて静かに魔力を高めているが、恐るべきは練り合わされた三人分の魔力量。

 一括りに “魔力” と言うが一人一人発する声が違うように魔力にも “波長” という個性があり、一つとして同じものはない。
 ララはこの世界を創った神の子だから特別だとしても、生まれてからずっと付き合ってきた自分の魔力とは違い波長の違う他人の魔力を使って魔法を行使するなどおいそれと出来る事ではない。

 他人と魔力を混ぜ合わせるだけでも相当な訓練が必要だろうに三人合わせるとなるとどれほど大変な事か想像もつかないが、単純に “三人分の魔力を合わせた魔法” では留まらず、先程受け止めた “収束砲” と呼ばれる結果からも分かるように苦労の末に手に入れた成果は絶大なようだ。

 だが彼女達がやろうとしているのはそれの更に強化版のようで、円陣を組んだ三人が三組、三角形を描いて陣を取り、その中心で掲げられているミルドレッドの魔力石へと九人分の魔力が集められて行くと、小さな炎が地面の上を相互方向に走り出し、彼女達を閉じ込めるように大きな二重円が描かれて行く。
 このような “陣” はとても重要なモノで、複雑な魔法を使うときには魔力の流れを円滑にしてくれる補助機能があるので使われる事が多い。

 相対するグループ間を駆け回っていたティナも足を止めるほどの魔力に彼女達を挑発したのは不味かったかなと少しだけ後悔もしたが、今も尚、どれほどの魔法になるのかと好奇心の方が優っているのはレッドドラゴンのブレスにもビクともしなかった無限氷壁に自信がある為の驕りだろうか。



 眼前に掲げた白結氣に光の魔力を通すと、そこを介して縦横三メートル程の水の壁を創り火魔法で極限まで温度を下げると厚さが一メートルはあろうかという巨大な氷の壁が出来上がった。

「何、なの……?」

 一時的にか何なのか、攻撃が止み静かになった戦場。
   パッ と見ではガラスにしか見えないソレに唖然としながらも近寄って行くと、その向こうに膨らむ魔力の事など忘れてそっと手を触れたティナの肩を抱き「危ないぞ」と引き離した所でミルドレッドの力強い声が聞こえてきた。


「充塡魔力、目標値の八十パーセントに到達!マーゴット司令っ、号令を!」


 その時をじっと待っていたマーゴットは黙っていればお人形さんのような見た目の雰囲気には似合わず、片方の口角を吊り上げ不敵に微笑むと、地面に突き立てていたレイピアを大空に向かって掲げて高らかに声を上げた。


「この森は我々亜人の物、人間や魔族の侵略など断じて許さない事を貴様等の力を持って指し示す時が来た!!奴の魔法など我々の最終兵器の前では児戯に等しい事を思い知らせてやるのだ!!

 目標!壁向こうの魔族二体!正義の鉄槌をぶちかませっっ。

 ぅてぇぇぇーーーーっ!!!!」


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