黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第九章 大森林に咲く一輪の花

7.押し付け合い

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「止まれ!何故ここに人間がいるのだ!?大森林フェルニアは我々亜人族の森、それを知って尚、侵入して来たと言うのなら相応の覚悟は出来ているのだろうな?」

 案内すると言った癖に俺の右肩に座ったまま寝ているのかと思えるほどに静かになったヘルミを連れてぞろぞろと夜の森を歩くこと二十分。視界の不十分な所で何の警戒もせずに進む筈もなく、魔力探知で分かってはいたが気付かないフリをして好きにさせていると、俺達を取り囲み始めた身長四十センチの集団。

 やはりというか当然というか男もいるんだと思いながらも、少しだけ開けた場所で一斉に闇に浮かんだ鮮やかな緑色をした一メートルほどの風魔法で作られた槍と、シルフの背中に生える羽根に纏う淡い緑の光を見ていた。

 言われるがままに立ち止まれば集団のリーダーと思わしきちょび髭を生やした中年男が光球の照らし出す光の元へと姿を現わし、それに続いて他の者も進み出て包囲している事をアピールしてくる。

 もしかしなくてもシルフ族では一般的な格好なのだろうが、皆一様にヘルミと同じ緑色をした蕾型のスカートを履いているので『男なのにスカート!?』と見慣れない姿に加えて目の前にいるリーダーらしき人物のポッコリとしたお腹との異色のコラボレーションに吹き出しそうになるが、そんな俺の心などつゆ知らず、上半身裸のスカート野郎供に敵意を露わにした険しい表情で手にした風槍を突き付けられた。

「私達は貴方がたと争うつもりはありません。シルフの集落が近くにあると聞き、族長とお話しがしたくて訪れたのです」

「白ウサギの獣人……獣人王家の者だと!?」

 ライナーツさんの手に引かれて進み出たアリシアを見てたじろぎ、半歩後退さるシルフのちょび髭リーダー。

 俺の正面にいる彼から見れば何故か人形のように身動きをしなくなったヘルミだとしても同族が一緒にいることくらい一目瞭然のはずだ。
 おまけに俺達を取り囲めば、仮にリーダーの視界に入らずとも他の奴等には目に付いただろうライナーツさんとアリシアにも、今になってようやく驚いているのはおかしいとしか言えないだろう。

「ええ、そうよ。せっかく近くに来たのに挨拶も無しに素通りしたとあっては歴史ある獣人王家の威信に関わるわ」


「ぷっ!あははははははははははははっ」


「あぁ?……えっ!ぞ、族長ぉ!?いつからそこに!?」

 ずっと目の前に居たのに笑い声を上げた事で今、初めて目にしたかのようにざわつき始めるシルフ達。見た感じ演技でもなんでもなく本気で気が付いていなかった様子なのは最早どうでもいいけれど、耳元で突然大きな声を出すのはやめて欲しい。

「言うに事欠いて威信ときたか、そんなものがあるのなら是非とも見せてもらいたいものだの。

 ふむ……もしかしてもしかすると、其方は自分達以外の種族が獣人王家のお家騒動を知らないとでも思ってるのか? それとも自分が飛び立った後にどれほどの波紋を残して行ったのかを分かっておらぬのか?

 有史以来、初の女王の誕生が期待された獣人王家。だがその卵であった肝心の王女が唆されて駆け落ちしたとあっては只の笑いのネタにしかならぬ。本筋が駄目ならばと担ぎ出した二人の代役も、内乱を起こす火種に過ぎぬ不逞の輩と己の意志も突けぬ脆弱者と言うではないか。

 この二人が王座争いを続ければどちらにせよ国は二つに割れてラブリヴァは消滅する、其方がシルフ族族長との対面を求めたのはそういう事だろう?」

 二、三度しか見たことは無いが、要所要所で見せた凛とした雰囲気を纏った時のエレナの顔は母親そっくりなのだと、先ほどとはガラリと雰囲気の変わってしまったヘルミへと強い眼差しを向けるアリシアを見て実感する。

「ええ、話しが早くて助かるわ。
まさか最初に出会ったシルフが族長だったなんて驚いちゃったけど、かえって好都合だわね。直接会えるとは思ってなかったけど、そこまで分かってるのなら私の言いたいことも察しがつくのではなくて?」

 せっかく見せた “獣人族の王女様” としてふさわしい顔もものの数秒で消え去り、後に残ったのは悪戯を思い付いた時の思わず一歩退いてしまいそうな不敵な笑顔。

「ふふふっ、小娘が。我と対等の立場などと考えるのはやめておいた方が身の為ぞ?」

「ヘルミ?」

 アリシアに対抗してか、口角を吊り上げたヘルミの変わりように我慢出来ず顔を向けると、背中の羽根に緑色の光を灯して空中へと浮かび上がり、さもそこに椅子でもあるかのように何も無い空中に腰を据えて手と足を組む。

「あぁ、すまんすまん。 歳を取ったせいか話の先ばかり考えてしまって配慮に欠けてしまうのは我に限っての事かの?ふふふっ。

 元来、我一人の身体だった所にヘルミと言う意志が分裂し共存するようになったのが二百年ほど前。我が眠りに就いた後にこの身体を好き放題するあやつには困り果てた時期もあったが、離れたくとも離れられぬ者同士の距離というのは時という緩和剤があれば否応無しに埋まって行くものでな、こんな特殊な我にも一族の理解があり、今ではヘルミと我を合わせて《族長ノンニーナ》としてシルフを纏める立場を押し付けられておるのだよ」

 ノンニーナと別の名で名乗った族長が広げて見せた手と共に肩を竦める。
 すると、向けられた視線に気圧されて引き攣った顔を プルプル と小さく横に振りながら一歩退がった俺達を取り囲んでいるシルフのリーダー。

「平均寿命が四十年という短命な種族の中で、ちょ~~っとばかり長生きしてると言うだけで全てを丸投げにしおる一族をどう思う?なんとも無責任で酷い奴等だと思うであろう?チラッチラッ」

 今の話からすると最低でも二百年は生きているはずのノンニーナは四十年で命尽きる種族の中ではちょっと長生きとかそんなレベルの生命力ではないだろう。
 現在何歳なのかは知らないが、今でも見た目は二十代という十分な若さが伺える容姿をしていることからもルミア級の長寿お婆ちゃんではなかろうかと予測される……しかし、だ。
 女性に年の話をするのは藪蛇を突つくようなものなので敢えて口にするような愚かな事はしない。

 口に出してまで視線をアピールしたのは、後退った腹デブリーダーとは逆に一歩前へと踏み出した幼さが顔に残る金髪少女への牽制のようだ。
 その顔と強い意志を感じさせる独特の雰囲気はノンニーナを十歳ほど若くしたような見た目で、聞くまでもなく血縁者なのだと分かってしまう。

「よし、我は決めたぞ。幸い居心地の良い椅子も見つけた事だし丁度良い機会だ、族長などという堅苦しい役は、我より若くて、我より優秀で、我より人望のある者に任せて其方達の旅に付いて行くとしよう。
 まずはお近付きの印として、我の事は親しみを込めて《ノンちゃん》と呼ぶが良い」

 取り囲んでいるシルフの中で唯一の女性は『また始まったか』と言わんばかりの呆れた顔で溜息を吐くと、隣で冷や汗を垂らしながら逃げ腰で立つちょび髭とは対照的に、これ見よがしに チラチラ と何度も送られる視線など物ともせず更にもう一歩前に踏み出す。

「何度も言ってますけど私に一族を率いるほどの力が無いことはグランマが一番ご存知でしょう?只でさえ自由気ままなのに、ご自分の自由時間の確保の為に私を人柱にしようとなさるのはおやめください。
 シルフ族を放り出して旅に出るなど以ての外です、駄目ですよ、だ~め!」


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