黒の皇子と七人の嫁

野良ねこ

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第九章 大森林に咲く一輪の花

3.フェルニアの空気

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 真っ直ぐ伸びる太い幹にタンコブのように膨れ上がる木の粉を固めて出来たおかしな物を見れば異常であるのは一目瞭然。魔力探知でも大量の魔物がその中にいる事が分かっていたが、地元民のジェルフォは気を利かせて説明をしてくれる。

「レイ殿!あれはキラービーという獰猛な蜂共の巣です。近付こうものなら手のひら程もある大きな蜂が百匹以上の群で一斉に飛び出して来て獲物を仕留めようとする厄介な奴なので刺激しないように迂回しましょう」

 大森林フェルニアに入り森林浴をしながら久々の徒歩移動を始めて出会った最初の魔物。手のひらサイズの蜂なんかに刺されたら即死しそうだなと思いつつ胸の前に自分の顔くらいの火球を浮かべた。

「綺麗……」

 二十メートルほど向こうに見えている五メートルはあろうかという巨大な蜂の巣は五百匹ほどのキラービーが中にいるようだ。
 自分の助言を無視されて唖然とするジェルフォは放って置いて、目には目を、歯には歯を、蜂には蜂をと巣から飛び立つ蜂をイメージし、浮かべた火球から米粒程の極小サイズの火玉が炎の尾を引きながら一斉に飛び出して行くのを見て腕に抱く雪が感嘆する。
 すると不穏な気配を察知した巨大な蜂が次々と巣から飛び立ったが、魔力探知から逃れる事叶わず撃ち落とされ住処もろとも焼かれていく。

「凄い……これならキラービーといえども恐怖の対象ではありませんな」

 魔法が不得意な獣人は近距離戦が主体になる。縦横無尽に飛び回る五百匹の蜂を相手に刀だけで勝てるかと言われれば俺でも自信は無いので、獣人であるジェルフォがキラービーを危険だと忌避しようとしたのは当然の事だと言えよう。

 ボロボロになり崩れ落ち始めたキラービーの巣には魔物の反応が無くなった。最後に残した一匹が向かって来るのを観察し、本当に大きいだけの蜂なのだと見極めた所で少し腰を落とし雪を傷付けないように注意しながら朔羅を抜き放って真っ二つにすると、チンッ という小気味良い音と共に鞘へと仕舞った。

「トトさま、トトさまを信じてない訳ではありませんが、それはちょっと怖いです」

 自分のお尻の辺りで刃物をチラつかされれば怖くて当たり前だろう。ちょっと朔羅の鍔鳴りが聴きたくなって調子に乗ったが雪には悪い事したなと謝罪を込めていつもより長いキスを頬へとすると、ギュッと顔を抱きしめてくれた。


「次は私がやっていい?」

 腕に抱きついて来たモニカは返事も聞かないままに俺の真似をして火球を浮かべると二十発近くの小さな火玉を分離させ、さらに奥にあるキラービーの巣へと撃ち込み始める。
 だが、巣の外には出ていないとはいえ推定五百匹の蜂に対して火玉の数が足りず、次々と発射される火玉だったが攻撃された事で続々と飛び出して来るキラービーの対処が間に合っていない。

「最初から上手くはいかないかぁ。お兄ちゃんは何でそんなに上手に出来るの?ずるいっ」

 さして不機嫌でもないのに口を尖らせるモニカは火魔法を撃ち続けつつ、処理が間に合わず巣の周りを飛び回るキラービーに向けて超高速で放たれる水玉を併用し始める。

 魔法の分離などという特殊な作業よりも普通に魔法を使う方が一般の人にとっては楽な作業だろう。ましてや慣れてない火魔法と来れば同じ事が出来なくとも仕方のないこと。

 しかし逆を言えば、俺も今のモニカの真似は出来ない。水のような柔らかい物とはいえ一定以上の速度を与えてやればそれはもう凶器と化す。
 飛び回る小さな的を魔力探知で先読みし、瞬時に作りだした水玉を超高速で撃ち出し的確に撃ち落とす、十匹や二十匹程度なら俺にも出来なくはないだろうがモニカがやっているのはその十倍近い数だ。

 火魔法では無理と悟ると大きな巣へは火魔法を叩き込んで焼き尽くし、飛び回るキラービーは得意な水魔法で叩き落とすという自分の不得手を自分でカバーしたモニカはもう既に一流の冒険者だといえよう。


「もう少し練習しないとなぁ……ばーんっ」
シュボッボッ!


 最後まで俺の真似をしてわざと残したキラービーを右手に持つ魔導銃で撃ち抜くと、銃口にキスをしながら悪戯っぽく見上げてきた。

「二連射お見事っ、凄いなモニカは」

 火魔法の鍛錬が足りなくて撃てなかった魔導銃がようやく撃てるようになったと報告があったのが少し前の事。まさかもう連射まで出来るようになっているとはモニカの成長速度には驚きを通り越して呆れてしまう。

 自分の成長を褒めて欲しくて見つめたままでいるモニカの頭を撫でてご褒美のキスをすると、お決まりの彼女が声を上げてくる。

「ズルっ子モニカ!次は私の番ねっ」

 手に嵌る黒い手套を打ち鳴らしてやる気をアピールするが、自分からは進んで戦おうとしなかったもう一人の娘がそれに待ったをかけた。

「ティナさん?次は私ってさっき話し合ったじゃないですか。ズルっ子はティナさんですよぉ?」

「さっきはさっき、今は今よっ。それで、私に狩られる哀れな魔物はどこ?」

 雷魔法にも慣れケイリスフェラシオンを使った格闘技も様になってきたティナは以前より遥かに強くなっており、強くなる事にそんなに興味が無さげだったエレナの心を揺さぶったようだ。

 自分より下がいる事で余裕を持っていたのに、その相手がどんどん強くなり自分を追い越そうとしている。俺としては全然構わないのに自分が足を引っ張る立場になるのは我慢ならないようで、一緒に入った昨日の風呂でもイチャラブどころか魔法の練習で長湯してしまった。

「張り切るのは良いけどさ、先はまだ長いんだから疲れちゃうぞ?それに魔力探知も頑張ろうか、この辺りはキラービーのテリトリーだったようだから他の魔物はいないようだよ?」

 仲良く頬を膨らませながらも顔を突き合わせると、競い合うように歩き始める。
 ライバル心をもって競い合うのはお互いの為になるので良いことだとは思うけれど、熱くなりすぎて喧嘩はしないでくれよと願いつつ微笑ましげに我が子を見つめるアリシアとライナーツさんの後に続き森の散歩を再開する。


 近衛隊長といえばその国最強の戦士といっても過言ではないだろう。現にサルグレッド王国の近衛隊長であるクロヴァン・ルズコートの強さはまさに次元が違いボコボコにされた苦い思い出がある。
 獣人の国ラブリヴァの近衛隊長だと言うジェルフォの解説を聞きながらずんずん突き進むエレナとティナが現れる魔物を交代で蹴散らして行くが、彼からしたら強敵と言える魔物でも苦もなくあっさり仕留めてしまう二人に苦笑いを浮かべるばかりであった。


 昼も過ぎてから森に入ったという事もありアッと言う間に暗くなって来たので『まだやる!』と張り切る二人を宥めてその日はキャンプを張る事にした。

「ねぇ、徒歩だとあの山まで何ヶ月もかかりそうじゃない?わざわざ歩く必要があったの?」

 ララの言う通りフェルニアとの境界を魔導車で西に進めば早かったかもしれない。
 ようやく着いたのだからと知りたかったフェルニアの空気感も大まかにではあるが分かった事だし、翌日からは空の散歩と行こうと話し合いで決まった。


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